堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前が俺をおかしくさせる。

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「兄ちゃん、良い音をだすじゃないか。」

また、酔っぱらいに絡まれた。久瀬は面倒くさげに声の主をねめつけた。
誰の、何を、弾いたかもわからないくせに、知ったような揶揄い。久瀬の視線の先には「兄ちゃん」と声を掛けておきながら、ほとんど同じくらいの年の割に、華やかで高級な身なりをした男が立っていた。金持ちの子息というには暴力の気配を纏いすぎている。

高価なボトル瓶片手に横に二人、人形のような女を侍らせて男は立っていた。人形のような女に挟まれているのに違和感がない。絵になっていないといえば嘘だった。もし、自分が彼の様に女を侍らせて立ったなら、きっとそんな風にはならないだろうから。男は、久瀬の話しかけるなという雰囲気を無視して話し続けた。

「でもな~、顔色、愛層が良くないよね。病気なのかな?なあ。ひっでえ顔だと思わないか。照明が赤なのにこの顔色って、幽霊でも、もうちょっといい血色してると思うぜ。お前はビョーキだよ、ビョーキ。そういうのは早いところ治さないとな。」

男が、それから女がつられるようにして笑った。笑い声が久瀬の頭の中で渦巻き響きまわる。

「う……っ」

頭が割れそうだ。久瀬は店の隅にいるオーナーに助けの視線を送ったが、オーナーはそのまましゃべってろの合図を返してくる。なるほど、店のケツ持ちに文句を言うなというわけだ。文句を言いたくても言えない相手なのだ。久瀬はオーナーに背を向けるようにして男の前に立ちはだかり、背後で中指を立てた。

「うるさい、俺が病気だと。元々こういう色なんだよ。初対面から失礼な奴だ。大体、何が兄ちゃんだ、年だってそんなに俺とかわらないじゃないか、なれなれしい。話し相手を探しているなら、その辺にいくらでも湧いてる女と喋ったらいい。そのために雇われているんだ。俺は違う!」

久瀬の物怖じしない低い声が、周囲の喧騒に負けずに響いていた。久瀬の幽霊のような頼りない外見よりも声の方が存在感を持っていた。

「それともお前はホモなのかな。気持ち悪いから勘弁してくれ。そういう店を知りたいなら近場のおすすめは、ここから二軒先の青い屋根の店の地下だ。下卑たピアノの下で3Pでも4Pでもできるだろう。さっさと俺の前から失せろ、チンピラが。」

男は久瀬の物言いに呆気にとられた顔をしたが、一転して声を上げた笑いだし、一歩距離を詰めた。久瀬が、げ、と思って後ずさるとピアノに背中があたり、追い詰められた。鼻先をブランデーとアンバー系の香水の香りが掠めた。パーソナルスペースを無視してずかずかと人の間合いの中に入ってくる。久瀬の一番苦手なタイプだった。

「おお!おお!威勢がいいなぁ~、てっきり物も言えない根暗君かと思ったら、そうでもないらしい。お前だろ?この辺で最近稼いでるらしいピアノ弾きは。こんな場所で弾くにしては相当の腕だってな。確かにそのようだ。」
「だったらなんだ、別にアンタらに悪いことの一つもしてないだろう。アンタみたいなのに目を付けられる筋合いは無い。」
男は意に介していない様子でにこにこと笑っていた。
「そうかな?本当に覚えがない?」

彼は首をかしげてじっと久瀬の仄暗い瞳を覗き込もうとする。久瀬は男を見た。男にしては長い髪、赤い照明の下で肉食獣のような顔が浮かび上がって見えてくる。女好きのする、骨格のしっかりとした精力の強そうな雄の顔だ。人間の顔というのは情報量が多い。無機質な物と向き合っている方が余程心が休まるのに、どうして人は人と関わりたがる。見ていると、雄のフェロモンに吸いこまれていくように、周囲の女がぼやけて見えて、喧騒が遠のいていった。赤いライトの光が揺らいだ。赤い海の中で彼の姿だけが浮いて見える。

身体の露出した部分、手首や胸元、骨格を見るにやわというわけでもない。荒事もやってきているであろう。彼の熱が身体に伝染してくる。自分も彼の周囲を漂う香りか女の一部になったような、何か、変な気分になってきて、知らず知らずのうちに久瀬の方から先に目を逸らしていた。目を逸らしても、圧が近くに漂い続けていた。

「無い。俺に付きまとわないでくれ。」

久瀬は彼らを振り切るようにして背を向け、店の奥の控室に荷物を取りに戻った。
流石についてくる様子は無いが、背後で誰かの馬鹿にするような笑い声が響いていた。この店も長続きしなかったなと思いながらボストンバックを手にとり、オーナーの元に向かう。

「困るよ、ああいう態度は、」
「……。すみませんでした。」

舌打ちしたいのをこらえて、頭を下げた。オーナーはため息をつきながら日給の入った封筒を手渡してくる。中を目の前で確認するとオーナーはさらに厭な顔をした。久瀬は封筒を握りしめ、頭の中で使い道を計算しながら店を出た。金は今、この手に握っている分しか無い。

身体中に汗が浮いていた。頭が痛い。一刻も早く帰って「音」を完成させたいのに、頭の中に店の喧騒、さっきまで自ら奏でていて音の残像が残り続けて、音のラインが考えた端から雑音と混ざり合い、思い通りの音が出てこなくなる。来た!と思った端から音が消えてしまう。砂と戯れているのと同じで実態がつかめない。

路上で誰かと肩があたり、罵声を浴びせかけられながら、転びかけてフェンスに手をついた。フェンスを強く握ると痛く、意識をはっきりとさせた。

もう少しで到達するはずなのだ。もう少しで到達するはずの音に辿り着けない。
魂を売ってでも、そこにいかなければいけないのに。

また頭の中で、一音溢れたかと思うと、大量の蟲が孵化したかのようにブンブンと五月蠅くさわがしくなっていった。不快だやめてくれと思うと余計に頭がどうにかなる。おびただしい蠅の群れの中に、さっきの男の顔が浮かび上がってくる。ふぅ、と息を吐くと酒臭いような気がした。一滴も飲んでいないのに、男の出していた香が身体に染み付いて剥がれない。

「……、……」

家に帰るつもりが、いつのまにかクラブに来ていた。極彩色のテクノが頭の中の雑音を上書いていく。クラブDJなどにいくらか遊びで創ったトラック音源を提供して、ビートメイカーとして小金を稼いだこともある。それからこういう場所では……。久瀬は目ざとく目当ての人物を見つけ目当ての物を買おうとした。なんでもいい。その時だった。背後から左手首を腕を掴まれたのは。

「そんな奴から買うのはやめなよ。」
さっきの男の声だった。肌に触れられた瞬間に、電撃が走る感じがして、反射的に男を突き飛ばしていた。
「つけてきたのかアンタ……」

男はクラブの床に尻もちをついて転んでいたが、頭を掻きながら特に怒った様子も無く立ち上がり、久瀬を見据えた。久瀬の表情から何かを読み取ったのか男はまた笑った。彼は女を連れておらず、1人だった。

「そんなに激しく怒るなよぉ、悪かったってばぁ‥…。でもな、アイツの混ぜ物は酷いぜ。快楽一割、BAD九割ってところ。摂るならもっと質のいいものを摂ることをお勧めする。身体と脳が腐るし、美味しくも無いし。ほら、どれだけ金があるのか見せてみなよ。欲しいなら俺が、こんなゴミより余程マシなもの回してやるよ。」

男はどこか同情的な笑みを浮かべて久瀬を見ていた。

「……。そうでもしないともう、マトモに弾けないんじゃないか、お前。」
「何……」

哀れみを帯びた瞳ががゆっくりと細まって蠱惑的な雰囲気を醸し始めた。憐れんでいるのか愉しんでいるのか、誘っているのか、久瀬は男の纏う空気の中に再び飲み込まれかけて、顔を覆った。身体が熱を帯びて底から嫌な感覚がまた立ち登る。

「お前みたいなお客は多いのさ。よせばいいのに、もともと鋭い感性をもっと高めようとする。もしくは耐え切れず、鈍らせようとする。」

久瀬は自分がわざとらしく声をあげて笑っているのに気が付いた。それから普段出さないような大きな声が身体から出ていくのを感じた。

「なるほど、それで俺をつけ回すような真似を!この悪魔がっ、恥を知れ!」

また、男の笑い声。そこから、何があって、どうやって家に帰ったかよく覚えていない。部屋の中は雑然とし、書きかけの譜面や機材が転がって、全てのやる気というやる気を吸い取っていった。何一つ想像が湧いてこない。才能の枯渇、最も恐ろしいこと。

ジャケットのポケットにいつの間にか男の名刺がいれられていた。名刺を灰皿に落とした。手元のライターでカチ、カチ、と火をつけては消すを繰り返す。名刺の上の「竜胆」の名前が明滅して、催眠術の様に頭の中に刷り込まれていった。あんなに耳に着く下品な笑い方をしておいて、竜胆とはこじゃれた苗字だ。左手首が熱を持って彼の感触が鮮明に蘇った。

「気持ち悪い。」



久瀬は壁にもたれかかるようにしながら、トイレの前に立っていた。霧野が入って既に20分がたっていた。最初こそ中からうんうんとうなる声が聞こえていたが、今はすっかり静かだ。

一行は取引を終えて、組の所有するマンションの一室に来ていた。竜胆、斎藤、宮下は奥の部屋にいる。久瀬も最初こそ奥で霧野を待っていたが、10分経ってもでてこない。気になってトイレの前に立って中の気配を伺っていたのだった。霧野は車中で弱音の一言も漏らすでもなく、部屋までやってきた。歩くのも辛いはずだったが、遠目に見れば何も無いように振舞っていた。久瀬は霧野の様子に感嘆と皮肉を覚えていた。霧野が何も無いように振舞っているのは今に始まったことではないのだ。

「おい、死んでんのか?」

ドアを蹴り、ドアノブを回したがひっかかる。「鞄」のくせに一人前に鍵をかけている。中から鍵を外す音がして顔面を蒼白にした霧野が久瀬に倒れかかるようにして出てきた。彼は壁に手を突きながら、気分悪そうにその場にしゃがみ込んだ。

トイレの中から精液と粘液の生々しい青臭いにおいが溢れ出てきた。床に、穢れた小袋が不自然に丁寧に、証拠品のごとく並べられていた。彼が律義に自分で並べたらしい。何を考えているのか。自分でも数えるためのか。いや、そういう習性なのか。しかし、ありがたいことに、ぱっと見で25個あることがわかる。

「足りないじゃないか。お前の中にあるのは28個のはずだぜ。」
「…‥、……でて、こない、……どう、がんばっても、‥‥…」

霧野が、助けを請うような瞳で久瀬を見上げて喘いだ。久瀬は霧野の求めるような表情にそのまま、彼の中を無意味に点検していじめてやろうかとも思ったが、止めた。そんな時間は無い。これはあくまで仕事なのだ。

「ちっ、ふざけんなよ。使えないな。」
「あ…、……。」

彼は、叱られた犬の様に久瀬から目を逸らした。初めて見る、彼の自信なさげな顔だった。中で破れるかもしれないという恐怖も抜け切れていないのだろう。身体が震えて、おびえて、らしくない。その、らしくなさ!

それから、仮にも仕事として与えられたことを遂行できていないことが潜在的に霧野のプライドを傷つけたのかもしれなかった。

今の彼は、診療所で、仕事を与えてやると竜胆に言われた時の、一瞬期待に煌めいていた表情とまるで逆だった。何をさせられるかも知らないで無邪気に喜んで。久瀬は自分の気持ちが高まってくるのを抑えきれず顔を覆って、くくく、と思わずこぼれ出てくる笑いに喉を鳴らしていた。笑うな笑うなとこらえる。

「……、」

口の中に濃く生々しい味と生唾があふれ出て、久瀬は霧野を直視し続けていられなくなった。気持ちを誤魔化すつもりで視線をトイレの方にやった。そこにさっき、ぶち、ぶち、と奇妙な音を出しながら、彼が出産していた形跡が残されていた。この仕事は初めてというのに限界まで挿れたせいもあり、ピンク色の粘膜で覆われたビニール袋がいくつか見えた。それから詰め作業の前の行いによって、白い粘膜で覆われた袋もあった。

「……、」

汚いからトイレでしてこいよと突き放すように言って出させたものの、四人の前で屈ませて排泄させてやってその様子を観察しても良かった。いや、しかし、そんなことをすれば、誰かが耐え切れず、霧野の腹の中に爆弾を残したまま、輪姦まわすようなことが始まりかねなかった。そうなったら誰が止めるというのか。

「……、」

いや、四人の前と言わず、組長の部屋まで連れてゆき、組長のデスクの上にでも股がらせて、周りを囲んで衆人環視の元産ませれば、こいつのことだから、緊張とプレッシャーで身が引き締まり、しっかりきれいに産めたのではないだろうか。次の機会では、事前に組長に進言しておき、そうするのもいいかもしれない。

「中を見て、出すのを手伝ってやろうか?」
「え……」
「見てやるから、俺の目の前で力んでみせてみろよ。もしかしたら、ひっかかってるだけかもしれないしな。」

そんなわけはなかった。本人が出せないなら、自分が見たところでおそらくどうしようもない。

霧野は、藁にも縋るような様子で、久瀬の目の前で躊躇う様子も無く、パンツと下着とを脱ぎ始め、廊下の上で尻を突きだすようにしてしゃがみ始めた。そのまま前傾姿勢になって、床に手をつく。躾のなっていない犬が廊下で糞をする風情であり、滑稽だ。

彼を犬と形容すること自体滑稽だが、霧野が必死であればあるほど滑稽だ。久瀬は嫌な笑いをこらえながら、霧野の背後に屈んで様子をよく見はじめた。

「ん゛……」

くぷくぷと瑞瑞しい音を立てながら、湿った桃色の秘所の肉が盛り上がったり引っ込んだりして口を開いていた。しゃがんだ姿勢によって太ももと尻の筋肉が力みに合わせて引き締まる。

ぬる、と一筋、体液と精液の掻きまわされ、白くなった液体が裂け目から漏れ出て、床に白い円をひとつ、ふたつと作った。

爪先立ってしゃがんでいるせいで、唯一無傷と言える彼の湿った健康的な足の裏が見えていた。習慣的によく歩くせいか、動くせいか、分厚い皮で覆われていたが、そこだけが健康的に艶々としていた。

力んだせいか、霧野のむき出しの部分の血色がよくなってきていた。

豊満な尻が目の前で展開されている。豊かな尻と対照的に、脂肪の少なく筋肉で覆われた部分の太い腰骨の形がはっきりと浮き出ていた。力むたびに尻は淫売のように誘う様に揺れるのに、隆々とした骨格は揺れず、どのような責め苦にも耐えようと主張するように、どっしりとしていた。外の肉は簡単に壊れそうにないというのに、繊細な内側の肉は何とも弱いこと。

「もっとやさしく力んだらどうだよ、力みが強すぎて引っかかってるんじゃないか。」

霧野が力を抜いたと同時に、久瀬は、やわらかくなった肉襞に優しく指を挿し入れた。ぁ!と嬌声があがったが、彼はすぐにこらえ、「異物を出してもらう」という手前抵抗もせずに、尻を突きだしたままにしていた。

肉筒の中は、蕩け、温かく、助けてとでもいうふうに優しく指に絡みついていた。久瀬は右手の指を深い肉の海の中で泳がせながら、左手で、霧野の腰の骨格の部分を撫で始めた。手の下で美しく重みのある骨格がわかる。まるで骨自体が、炭や薪のように内側から熱を発しているかのようだった。

右手で中をいじりまわしながら、仙骨の辺りを触り上げる。いつの間にか、皮膚の下は灼熱の様な熱さになって、霧野は小さく期待するような声を上げていた。その時、霧野の肉の奥からぬるりと何かが降りてきて、久瀬の指の先端に触れた。ビニール袋の端だった。久瀬がそれを指先で軽く弄ると霧野も薬が降りてきたことに気が付いたようで、安堵のため息をついた。

「ははは……なんだお前、これじゃあ子宮が降りてくるのと同じ原理だぜ。感じると降りてくるんだなぁ……。」
「…う…るさい、きもちわること、いってんじゃない、」

久瀬は黙ったまま、ビニールのある辺りをわざとらしくコリコリとこすった。

「ん゛……っ、はやくだせっ、ばかっ、」
「なんだと……、お前、人が親切心で野郎の汚い尻穴に指突っ込んで手伝ってやってるのに、なんだ??その物言いは。このまま押し込んでやろうか。あ?」
「やめろ…‥、」
「じゃあ、感じて、思わず子宮が降りてしまいました、と素直に言え。このホモ野郎が。死ねっ!」

久瀬の指は先端で袋の末端を掴みながら、霧野の腹の方に向かって徐々に折り曲げられていった。肉の奥の芯ともいえる硬い部分に当たり、久瀬の指先はそこをこねるように押していった。

「お゛……ぉ……っ」という吠え声と共に、周囲の肉が強張り震えて久瀬の指を折らんばかりに締め上げていった。下半身を中心に身体ががくがくと震え始め「や゛…め…っ、‥…」と悶え、また、ぽたぽたと何か粘液を垂らす音が聞こえた。

「おら!早く言えよっ!本当に押し込むぞ!このまま爪を立ててやろうか!?あ?」

みちみちと、中で粘着質な音が鳴って、久瀬を締め上げた。

「ぁ゛…ぉ…っ、感じてっ、おもわず、しきゅうが‥‥…っ、あああ゛!おりてぇ……っ、、ぁっ…!!ぅ…」

久瀬は器用に人差し指と中指で、袋の末端を摘まみ上げて、ずるずると中から引きずり出し始めた。

「ふぁ……ああ‥‥…っ」

ぬぽっ、と、粘液まみれの小袋が久瀬の指にぶら下がって出てきた。

「鞄がうるさいんだよ。」

久瀬は、小袋を他の小袋の横に並べると、再び霧野の中を探索し始めた。霧野は何度か啼き、腸もうねうねと鼓動のように共鳴して蠢いたが、それ以上袋が降りてくることは無かった。

「これ以上は俺の手じゃ無理だな。」
「ぅあ……ぁ‥‥…っ」

悶えながらひとり淫汁をまき散らし、床をはいずっている惨めな男を見ていると、久瀬はまた何かやましい感覚に満たされ始めた。おかしくなりそうだ。もうやめよう、そう思っても止まらない。

「ふーん、本来ならお前が自分一人でやるべき仕事を俺が、使えないお前のために手伝ってやったのに、礼の一つも言えないか。このまま突っ込んでお前の中で破裂させてやってもいいんだ。」

「なにが、しごとだよ……、礼?、こんなことさせて……っ、ははは、」

這いつくばりながら、霧野が自嘲気味に同時に、挑発するように笑っていた。

「仕事の内容に何か文句があるのかよ?いいか。お前のような裏切り者がまた仕事を任させてもらうこと自体奇跡みたいなことなんだぞ。一生地下暮らし望むというなら話は別だが。組長にそう言っておいてやろうか。あ?どうするんだよ。俺はお前と会えなくなったらそれはそれで寂しいぜ。でもお前が望むんなら仕方がないなぁ。」

霧野は少しの間黙っていたが、小さく息をついて口を開いた。

「……、……、私の仕事の致すところの不手際を手伝っていただきありがとうございました、……満足か?」

霧野は床を見たまま、ふてくされたように呟いた。こいつ、まただ。まだわかってない、と思った。

「服を全て脱げ。」
「あ……?」
「やっぱりお前の口から出てくる言葉は何一つ信用できないぜ、澤野。身体でお礼してもらうことにするよ。中を突かれたく無ければはやくしろよ。それとも、他の三人もよんできてやろうか!そうしたら、俺ひとりじゃあもう止めらんないな。竜胆なんか俺より凄いもん。知ってるだろ。勝手に抵抗して暴れまわってもらったっていいが、身体の中のソレがどうなるか、俺にもわからん。さっさと俺にお前の身体を見せろ。はやく。」
「……お前、……。」

霧野は久瀬をふりむきながら、何か言いかけたが口を閉じて起き上がると、黙って衣服を取り払い、久瀬の前に肉体を晒した。久瀬は最初直視できず、霧野の下半身の辺りだけをじっと見て顔を覆った。手の中の熱いことは、霧野の身体に触れたのと同じくらいであった。

「俺の前に跪けよ、前みたく膝をついて降伏しな、クソポリ。警官のくせして薬なんか運びやがってよ、恥ずかしくないのか?代わりに摘発してやる。」
「……」

久瀬の目の前で、霧野は黙って床に膝をついて、頭の後ろで手を回して降伏の姿勢をとった。久瀬は一つ息をついて、手を降ろし、霧野を見降ろした。

以前も同じように姿勢をとらせたが、服装が全く異なっていた。衣服の代わりに、性奴隷さながら縄と緻密な鎖で飾られた身体は、以前に増して、瑞瑞しくいやらしさを醸し出し、病んでいた。軽く膨張した肉の塊がぶらさがって、揺れていた。滑稽さを笑ってやりたいのに、今は笑えない。これが、竜胆や宮下だったらおそらく笑うだろう。

「……」

霧野のじっとりした視線を感じる。久瀬は霧野の表情を見降ろして、かつての彼と重ねては不快感と共に悦に浸りながら、その端正な顔に触れた。以前なら即座に振り払われただろう手が振り払われず、親指で彼の唇を弄ると、不快な眼差しをしながら、親指の先が舌先に触れて音を立てていた。

上の人間が、澤野を殺さずにおくと決めた時、さっさと殺せばいいのにと思ったものだった。彼に対する苛立ちはそうだが、それ以前にケジメをつけさせなければ組織として、示しがつかないだろうと思ったからだった。しかし、今となっては必ずしもそうとは思わない。竜胆は変わらず殺してやった方が良いと思っているのかもしれないが。
処罰の過程として澤野は今の姿になった。今の彼の姿は、川名の想定の範囲の内だったのか。

彼が姿勢を正すたびに縄が食い込み鎖が揺れて音を鳴らしていた。こらえているであろう息がたまに、ふっと漏れた。吐息以上に、彼の身体から、大輪の花が一斉に開いたかのような濃い匂いが湧きたっていた。男達に擦りつけられた臭いと混ざり合った彼の臭いであった。

頭の後ろで手を組ませているせいで、晒された、湿った脇のあたりからむわむわと匂いたつ。雄のフェロモンのような苦く濃い香りが周囲に霧でもたつようにまき散らされ始めていた。

筋に覆われて深い窪みを持つ脇は湿り気を帯びて、もはやある種の肉穴の一つと言えた。薄っすらとした体毛、小さな毛穴のひとつひとつ、それらをじっと見てやると、霧野は居心地悪く、恥ずかしくなったのかまた身体から音を鳴らしていた。

「何を見てる……」
「さっきから、すごい臭いだ。自分でもわかるだろ、霧野。」
「……、熱いからだ、部屋が、蒸れる、」

彼はあからさまに誤魔化すように言った。もう余裕が無いのか、視線が分かりやすく泳いで、声が震えていた。

「熱い?馬鹿言うなよ、お前ひとり裸同然の格好してるくせに、何が熱いんだ?こっちは涼しいくらいだぜ。」
「……、」
久瀬は霧野の脇に親指を擦りあてた。湿ってぬるぬるとし、「ん……」と霧野が快と不快の入り混じった声を上げた。
「一人で露出させられ、これから何されるのか考えて期待、興奮してるからだろうが、この変態野郎。一人で自分のにおい嗅いで高まってきちまったのか?ほら凄いぞ、お前から出た淫臭だ。獣臭い。一面この臭いで溢れてる。」

久瀬は自らの手指を霧野の鼻先に持っていった。顔を逸らしてもそのまま近づける。久瀬は、霧野が何も言わずに、恥ずかし気に鼻を鳴らして顔を紅くしているのを見ながら、そっと自身の一物を取り出した。一瞬はっとした表情をした霧野だったが、どこか弛緩した、諦めのようなものが浮かんだかと思うと、唇が濡れ薄っすらと開いていった。

「ふふふ、しゃぶりたくてしょうがないのか。マジ最低だぜお前。一体どれだけ俺を幻滅させれば気が済むんだよ。がっかりだなぁ。」

久瀬は、霧野の顔に一物を幾度かこすりつけてから、雄を脇の辺りに持っていった。豊かな肉に囲まれた脇はやわらかく湿っており、そこに肉塊をこすりつけると、霧野は驚きと官能の入り混じったような声をあげ、驚きさらに紅く染まった顔で理解できぬというように、久瀬を見上げていた。薄い皮膚の下で血管がどくどくとうなりをあげはじめ、彼の皮膚の表面に鳥肌が立った。

「脇でこいてみせてくれよ。」

久瀬は霧野の腕をとって一物を脇にはさませた。「う……」と先に久瀬が小さな声を上げ、にやにやと笑い始めた。霧野は少し冷静になった頭で久瀬を見上げた。

「お前……、さっき言うのをよしていたが、やっぱり変態じゃないかよ、……何考えてんだ、ぁ……っ」

久瀬は霧野の両胸から垂れ下がったチェーンに指を通して引き上げた。引っ張られて更に桃色の乳首が充血し、腫れていった。引きを強くしたり弱くしたりする。楽器の演奏や調律によく似ており、久瀬を熱中させた。陰部に繋がるチェーンも引き上げると、時に高まったらしい霧野が自ら背をそらせて、余計に鎖を引き上げるような動作をするのだった。
「淫乱が……」
久瀬は霧野に聞こえない程度の声でつぶやいた。彼の身体の構造をもっとよく知りたい。彼の出せる音の種類を、その限界をもっと知りたい。久しく身を潜めていた欲望が久瀬の中で高まりつつあった。

脇と胴の肉の間を大きくなった雄が擦り始め、双方の淫香が溶け合っていった。脇、身体の意外に敏感で、くすぐったい箇所にごしごしと雄を擦りつけられることで、霧野の身体は感じやすくなっていくようだった。くすぐったさに、時たま声を漏らして久瀬を見上げて、くすぐったさに堪えているせいか、淫靡に涎を垂らしながら、笑いかけているように久瀬には見えていた。

「ぁ゛……っ、ん……、ふ、」
「乳首をいじくられて脇にペニスを擦られてるだけで興奮してるお前の方が変態じゃないか。お前が俺をおかしくさせるっ、」

そうして、脇の窪みに白濁液が放出されていった。体臭同士がまじりあい煮詰めた珈琲のような苦い香りがあたりに漂う。乳でも垂れたかのように白い液が霧野の脇から脇腹をつたって流れていった。

どちらとも、はあはあと上ずった息を整えながら、久瀬は、もう霧野の方を一切見ないようにしながら、ポケットからビニール袋を取り出して床に投げ捨てた。霧野の声がいつまでも頭の中に残って煩かった。

「自分の出した物をそれに詰めて、咥えて俺と竜胆のところまで持ってこい。その恰好のまま這って来るんだぞ、変態。その方がお前も楽しいだろうからな。わかったか。」
「……」

返事の代わりに霧野も久瀬の方をいっさい見ずにビニール袋を片手にトイレの方に這って行く。

「くすねるなよ。」
「誰が!」

思わず振り向いた霧野を久瀬は冷めた目で見降ろしていた。

「鞄には事前に忠告するルールになっているからお前にも言ってるだけだ。頭が弱いのが多いからな。」
「!……」

霧野は久瀬を睨み上げてから、それ以上何も言わず俯いて再びトイレの方に向かっていた。

久瀬が手を洗い、竜胆たちの元に戻ると、竜胆はソファに深く腰掛けながらどこかに電話し、笑っていた。斎藤と宮下がその背後に立っていた。竜胆は久瀬に気が付くと何か二三言って、電話を切った。

「終わったの?」
「終わった、すぐに自分で持ってくる。」
「ふーん、全部出たのか?」
「いや、二個残ってる。」

久瀬は竜胆の斜め前に置かれたソファに深く座って、天井を眺めていた。精液を何度も出して疲れて、頭もぼーっとしてきていた。少しして、チャリチャリと可愛らしい音を鳴らせながら、霧野が言われた通り麻薬を詰めた袋を咥えて這って持ってきた。

竜胆がその様子を一目見てソファの上で笑い転げて、霧野が羞恥のあまり、入口の部分で足を止めてしまった。竜胆が笑いながら「麻薬犬じゃねぇか、最高だな!おい、はやくこっちおいでよ、ハルちゃん~!」と言って手を広げた。霧野は躊躇いがちに、部屋の中に進み出て竜胆の足元まで這って行った。さっきまでの余韻も残っているのか緩慢な動作で。

「よしよし、えらいえらいだね~。」

竜胆は袋を咥えた霧野の頭を犬の様に撫でまわして、その度霧野の口元でビニール袋がゆさゆさと揺れていた。竜胆の手の下で悔しさと羞恥で歯が食いしばられ、久瀬はビニール袋の持ち手が噛み千切られるのではなかろうかと思った。

「サンキュー」

竜胆が袋に手をかけ、ぬるぬるとしたビニール袋を受け取って、中を見、それから久瀬の方を見てにこにこと笑った。霧野の口からだらだらと涎がこぼれ出てカーペットを汚した。

「二個足りないが、とりあえず先にそれだけ持っていけよ。十分だろ。」
「お前は一緒に来ないのか。」
「俺はソイツを連れて行く。先生のところによって、残りを出してやるしかないだろ。二個くらいなら、まあすぐだ。」

「オッケー。じゃあ、お前とハルちゃんを先におろそう。……ところで久瀬、お前また抜け駆けか?ハルちゃんの脇から新鮮なお前の精液が垂れ放題に垂れてるじゃないか、汚ねぇなぁ。ついに雌犬さながら、母乳でも出始めたかと思って笑っちまったぜ。遅いと思ったら、何をやってるんだか。」

「抜け駆け?人聞きが悪いな。別に、お前も一発また抜いてもらってから解散すればいいだろ。ケツが使えなくてもどこでもやってくれる。身体全部が性器みたいなもんだ。な、霧野。さっきもまたペニスをしゃぶりたがって口を半開きにさせてボーっとしてたから、また挿れてやったらいい。」

「ふーん、そうだな、初めてにしてはちゃんと鞄できたから、ご褒美に舐めていいよ。」
竜胆が言うやいなや、脚で霧野の身体を股座の方に引き寄せて、頭を押さえつけ始めた。
「暴れんの?後ろを、宮下か斎藤に突かせて死なせてやろうか?もしかして、そうして欲しくて誘ってる?まったく淫乱だな。俺が優しく言っている内に、大人しく言うことを聞いておけよ。」

久瀬は、霧野がしぶしぶまた竜胆の立派な雄を口に含みしごき始めるのを、じっと見はじめ、また、目が離せなくなっていった。

明るいライトの下で、霧野の端正な顔の中に、竜胆の立派な雄がじゅこじゅこと音を立てて抉り、泡になった涎と青臭い汁の混ざり合ったものが垂れまた部屋が臭いたち始めた。苦しいのか、時折、口の端が軽く笑っているように上がり、痙攣して、もごもごと、うなっていた。

視線が敵意を持って竜胆や空を見ていたかと思うと、時折蕩けたように、不自然に彷徨ってどこか見ている。基本は凛とした眼差しがそのように溶けるのを見ていると、彼に対して幻滅するというのに、怪しい感覚がまた久瀬の下腹部に渦巻くのだった。

竜胆も同じ気持ちなのか、霧野の顔を両手で抱えるようにして上から見始めた。

「ふん、お前がもっとブスだったらこんなことにならなかったかもしれないのに、可哀そうと言えば可哀そうだ。同情するよ。組長がお前と美里を並べて置くもんだから、よくないよな。」
「ん……っ、ん‥く‥‥‥」
「ふふふ、そんな風ににらんだって駄目だよ。余計に可愛いもの。」

竜胆は片手でポケットの中を探ったかと思うと、何かフックのついた紐を取り出し、霧野の目の前でブラブラと揺らし始めた。

「もっと可愛くしてやるよ。お前の顔面はな元が元だけに、崩せば崩すほど人を煽情的にさせるんだ。……おい、斎藤、奥から鏡を持ってきてくれ。」

竜胆は霧野が自分の顔が見えるように片手で鏡を持って、霧野の顔をうつさせた。

「ほら、自分でもよく見てみろよっ!見ろ!男の一物を咥えて悦んでる自分の情けない姿を!傑作だろ!」

霧野が喉の奥で悔し気にうなり声を上げ始めたと同時に、手に持っていたフックを霧野の鼻にかけて、上に引き上げた。

「んご……っ!!?」

顔ごと上に上がって竜胆を見上げる形になり、竜胆がまた声をあげて笑い始めた。霧野自身も自分の顔に屈辱的な施しをされたこと悟っており、さっきよりますます上気して、情けなさにもがこうとする。竜胆がそれを離そうとせず、逆に霧野の頬を二三張り手し、無理やり鏡を近づけた。霧野の視線が鏡の上を通過すると、情けないほどに瞳が絶望的になって、顔が上気し、呼吸が上ずって、身体がせわしなくもぞもぞと動くのだった。さっきまであまり元気のなかった霧野の雄が、またぴくぴくと反応していた。

久瀬は思わずソファに深く預けていた身を乗り出して、様子を見始めた。

「羞恥で感じてるのか。そんなので感じるってことはお前、意外と自分の顔面に自信があったんだな、そういうところには頓着ないと思ってたが、ますます腹が立つ奴だぜ。……それにしても、情けねぇ顔!あははは!!おい、もっとよく見せてくれ。」

すると、霧野は見ないでとでもいうように顔を久瀬から隠そうとするのだった。無駄なあがきだというのに。

「あはははっ、雌豚が息を鳴らして興奮してるぜ、おい、久瀬、せっかくだからお前の携帯で写真でも撮っておいてやれよ。この傑作淫乱面を。あはははっ、」
「んん゛っ、んんー!!」
「そうだな、そうしよう。組長にも報告ついでに送っておいてやる。他の奴らに回されないことを祈ることだな。」

久瀬は嫌がる霧野の顔を何枚か写真に収めていった。撮られる程に、傷つけられるらしく、画面の中で良い顔をして、滑稽な顔面の中で悔し涙を浮かべていた。
竜胆が鏡をソファの上に置き、指を霧野の口の隙間にいれて引き上げた。

「せっかく久瀬先生が撮ってくれてるんだからさ~、もっと厭らしい顔してみせてやれよ~」

彼は肉棒を咥えさせた霧野の口角を無理に指で上げながら、斎藤と宮下の方をふり向いた。

「お前達は置物か?ぼさっと突っ立てないで、霧野の後ろでいつでも突っ込めるように準備しておくんだよっ。ちょっとでもナマやったら即挿れてやれ。爆発するかどうか五分五分ってところだな。どうだハルちゃん、面白いだろ?なぁ?スリルを感じて勃っちまうか?そのまま、いい顔してろよ。」

竜胆が霧野の口から指を引き抜いても、しばらく引きつったように口角が上がったままになっていた。

「おい霧野っ、またお前の淫臭がぷんぷんと臭ってきたぞ、その方が臭いもたくさん嗅げて、興奮しっぱなしだろ?なぁ?良かったなぁ。」
久瀬は笑いながら、画面越しに竜胆の雄と霧野の顔とを眺め続けた。
「うっ……ぅ…ふ‥ぅ」
ぼと、と床に何か落ちる音がした。霧野の尻の下に一つ、中に残されていた袋が産み落とされていた。産み落とした先から、物欲しそうに肉穴が二度、三度と収縮していた。
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