堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前の価値を決めるのも役目を決めるのも俺だ。

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「出てるぞ」  

何が?と聞き返す余裕もなく、霧野はハンドルを切った。タイヤが道路を擦れる音がして急カーブを曲がる。「ひゅー……かっこいいじゃんねぇ」という感情のない美里の声が耳にうるさかった。

美里が助手席で靴を脱ぎ、足を抱えるように座っていた。しばらく彼の泥のように疲れた目がこちらを見ていたが、飽きたのか窓の外を見始めた。外では黒い海がうねっていた。まるで泥をこねくり回しているような景色で、海と言うより巨大な沼に見えた。遠く満月が立ち上っていた。

彼が足を座席の上に上げているのを咎める余裕も、一体何が「出てる」のか聞く余裕もなくアクセルを踏み込んだ。

背後からパトカーのサイレンが束になって押し寄せてきていた。法定速度など遥かに越え、視線がバックミラーと前方を忙しなく往復する。車をここまで飛ばすのは久しぶりのことだった。手に汗握り、心臓が高鳴り、焦燥感の中に背徳的な興奮と気持ちよさがある。 追い詰められるほどに良い。

「ふふふ……」

霧野は一瞬だけ横に憔悴した美里がいることを忘れて笑い声を上げた。

覆面パトカーで監視対象者をネチネチと1日中付け回し、事の瞬間を抑えたらサイレンを回して全力で追い回す楽しさといったら勃起物である。

一度背後から追突、つまりカマを掘って路肩に止めさせてやった。相手方も頭にきたらしく、罪を重ねることになるにも関わらず、掴みかかってき、合法的に愉しい蹂躙まででき、最高に気分が良かった。おかげで神崎には随分絞られることになったが。

車を飛ばすことに慣れていたおかげで、それなりの走りができた。今ギリギリ彼らを振り切っている状態だ。しかし、まさか逆の立場になり、カーチェイスする羽目になるとは、人生何があるかわからない。

「もういい」

美里がため息混じりに言って煙草に火をつけた。新車の匂いが掻き消えて甘い煙草の香りが充満した。

「何がっ!」
思わず怒鳴ってしまい、舌打ちする。

「疲れた……後ろの、うるせぇし、聞き飽きたよ……頭痛いしぃ……」

美里が座席の上に乗せた膝の間に頭を擦りつけるようにしていた。

「お前の荒い運転で、吐きそ……」

煙草が彼の中指と人差し指の間で細い煙を上げ、灰を座席の上に零す。

「さっきから甘えたことばかり言うなよ」

彼は膝にこすり付けていた頭を軽く上げ、霧野の方に頭を向けた。髪がかかり目元が見えなかった。

「俺をその辺に降ろせ。お前は顔を見られてないだろ。うまくいけば」
「禁煙だぞ」
「ちっ……」

突然、彼は窓を全開に開けると煙草を左手に持ち替えて外に腕をつき出した。ごうっ!と凄まじい風が車内に吹きすさび、彼の髪が逆立つようになびいた。彼の口が深呼吸でもするように大きく開いた。

「気持ちいいーっ」

普段よりワントーンもツートーンも高い声で叫び、ジェットコースターにでも乗っているかのような声が響いた。

「何してる!危ないだろ馬鹿!何キロ出してると思ってる!」

彼の腕が風を切るように大きく外に出され、煙草のオレンジ色の炎が闇の中に紅い線を描く。

車が大きく揺れても曲がっても彼は態度を改めず、まるで追手を煽るように腕を出して揺らしていた。そうして、彼はしばらく腕をぶらぶらさせていたかと思うと火のついた煙草を指から離した。火花が後ろに流れて散った。彼は窓の外にだらんと腕を垂らした。

「そろそろ休憩したかったんだ」
半ば風の音に掻き消されながら声が響いていた。
「休憩?」
「そう、休憩。」
彼はそれきり黙り、窓を開けたまま外を見続けた。
「3年くらいかな」
冷たい風が車内に吹き込んだ。

「俺と運転を変われ。」
「逃げるのはもう飽きたよ。」
「俺が降りて奴らを説得しよう。」
「はぁ?何言ってる。」
外を見ていた彼の顔が再び霧野を向き直った。
「いくらお前でもそんなことできるわけねぇだろ。お前が捕まって終わりだぜ。」
「いいから」
「……。」

美里は半信半疑という顔で霧野の方を見ていたが、「わかった」と静かに言った。一気にパトカーの群れを引き離して、目立たない路肩に車を停め美里を運転席に乗せた。彼の目に一抹の不安がさ迷っていた。彼が窓を開けたので、車のルーフに手を乗せて中をのぞきこむ。指紋が着くのが気になったが、どうせこの車は廃車だ。

「この道を真っ直ぐだ。後ろを見ないでまっすぐ飛ばしていけ。そうすれば山道に入る。」
「はいはい、お前は命令口調になったら意地でも曲げねぇからな。言われた通りにしますよ。」

サイレンがすぐそこまで迫っていた。
彼の眉が神経質そうに軽く動いた。彼は表情に乏しいが、その分たまに出るちょっとした表情の癖がわかりやすい。やはり追われることは怖いようだ。

「何が出てたんだ?さっき。」
霧野は気分を紛らわすようにわざと優しく明るい口調で美里に話しかけた。
「あ?……」
美里は怪訝な目をして上目遣いに霧野を見た。眉の緊張が綻び、鋭かったら目付きが少しだけ和らいだ。彼は鼻で笑って視線を逸らした。

「ああ、お前の舌だよ、舌。」
「舌?」
「没頭してる時、お前はたまに舌を噛んでるだろ、犬歯の辺りで。舌先が少し出てんだな、たまに。動物みたいですげー馬鹿っぽい。治せよ。恥ずかしいんだよ。」

少しだけ彼の気分が落ち着いたようだった。今日は随分わかりやすいなと霧野は思った。車から手を離し、1歩身を引いた。

「ああ、そう、知らなかった。教えてくれてありがとう。じゃ、さっさと行け。無事合流出来たらお前のしょうもない癖も教えてやる。」
「……。楽しみにしてる。」

無数の赤ランプの光が乱反射するせいだろうか、彼が一瞬微笑んだように見えた。
霧野が何か言う前に彼は目の前から消えた。車のテールランプが遠くへ伸びていくのを見届けた。



目覚めると、知らない車の匂いと蒸れた臭いがした。何か昔の夢を見ていたような気がした。
「う……」
眩しい。青空が見えていた。小鳥が二羽ぴちぴちいいながら横切った。時間の感覚が全く無い。胃が蠕動するようにぎゅるぎゅると音を立てていた。

後部座席に仰向けに寝ていたらしい。身体を起こそうとすると、ギシ……と縄のしなる音がする。

「ん゛っ……!」

口は口枷を噛まされ塞がれていた。頭を上げると、手錠、手錠から延びた縄が真上のドア上のアシストグリップに繋がっている。

右脚は自由だったが、左脚は縄に囚われ、股を開かれ吊られた状態で、頭があるのと反対側のドアのアシストグリップにかかったままだった。

二条の気配を感じて頭を動かしたが、車の中には誰もいないようだ。衣服が座席の下に落ちている。落書きが掠れてはいるが、うっすら残っている。

そうだ、これは二条の車だった。下半身がずきずきと裂けるように痛み、管の中の痛みを中心にして、腹部や首の鈍い痛みがじわじわと呪いのように蘇り始めた。

痛みと共に断片的な狂気の記憶が蘇る。手酷いやり方で犯され意識を何度か手放しては戻されたのだ。

しかしそれは、必ずしも苦痛だけで満たされるのでなく、甘美な震えるような感覚を伴った。細胞を内側から黒く塗り替えられるような、闇の中に進んで身を沈めていくような強烈な感覚。

……。
自分のものとは思えない嬌声が響いていた。
薄雲の向こうに月があり、雲をつき破るように淡い光が刺していた。
月明かりの下で血が滾っていた。まるで獲物を追う一頭の獣となったように。
触られた端から感じるような異様な感覚が身体を巡り暴力的な貫きが無限と思える時間続いていた。

無限ではなく、意識を保っている時間を繋げると無限に感じられる。車の中、内の世界と外の世界で時間の流れがおかしくなっていた。昼が、夜に、晴れが、曇りになっていた。

闇の中から低く、吐息の交じった声が響き始めた。大きなものが顔を撫でた。

「まだ壊れないし意識があるじゃないか。これだからたまに喰う強い雄の肉は良いんだ。特にお前は格別に良い。さらに熟すであろう才能もある。」
『……』

縄で開かされた股の間で、じくじくとグロテスクな音を立てて獣が入口の方まで引いていく。

闇の中で、熱い手が下腹部の溝を優しく撫で上げた。撫であげられた箇所が、手が通り過ぎても余韻を持ってざわざわと鳥肌を立て熱っぽくなる。
『ぁ……』
まるで縋るように獣の頭部、その先端を肉が締めあげていく。命乞いに似た蠕動。低い笑い声とともに、門の入口で焦れていた獣が一気に奥を穿いた。

『あ゛あぁっ!!!……っ、ぁあ……ぁ』

胎内に燻っていた種子が急激に成長し根を張り巡らしたかのような性の衝撃に身体が爪先まで痺れた。
『あ……っ、ぅぅ』
喉を掻き切られたかのようなヒュウ…ヒュウ……という呼吸の交じった喘ぎが口からこぼれる。切迫した鳴き声に呼応して肉は激しく獣を締め上げた。

再び激しい暴力が始まった。

霧野は手錠を鳴らし縄を軋ませながら、喉の奥から悶絶し、吠え、乱れた。もがくと縄がよくしまり、強い拘束の暴力を感じた。楽器のように下の管からの貫きによって上の管から低い、時に上気した高い声が上がった。

安定しない姿勢にゆさゆさと身体が揺れ、背中が強く擦れ、浮かせた。体を反らせた拍子に、霧野は薄目を開いて窓の外を見た。

ほのかに注いでいた月明かりに幾重の暗雲が重なり、窓の外が漆黒に覆われた。月の代わりに、頭上で二つの病んだ輝きが一層強く霧野を見下ろした。その瞳に射られると自分の穢い罪や過ちを曝け出したくなる。

壊れたい。粉々に壊れたい。
心が塗り替えられる。自己を、手放して、絶頂しそうだった。しかし、どうしてか、再び暴力的な貫きが弱まり、柔く、ぬるく、なま優しいものに変わっていく。

『はぁ……っ、はぁ゛…ぁ゛…ぅぅ゛……ん゛……』

全身がそわそわし始め、霧野は自身の手に爪を立て血が出るほどに強く握りしめた。身体が何かを求め強張り、縄が強く軋みたてた。暗闇の中で彼の姿を探った。

「もっと刺激が必要か?」

姿が見えず、声だけが響いていた。闇の触手が胎内から抜け、闇に開かれていた道が音をたててゆっくりとしまった。そこは、何も無い狭い空洞になった。きゅぅぅきゅうと切なく何度か締まり、邪悪な獣を求めて濡れた。

彼の熱い獣の先端が肉の道の周囲と臀に焦らすように円を描いて擦り付けられていた。皮膚と皮膚が擦れ合うと、くちくちと粘着質な音が響いた。まるで獣同士が肉を貪り会うような淫靡な音だった。肉筒の周囲は濡れ穢れ、臀の下をびっしょりと濡らした。

「……そろそろ終わりにするかな」 

闇の中からまた声が聞こえる。霧野の喉から熱いざらざらした呼吸が漏れ、大きな手が内腿をなで上げると身体が震えて、それだけというのに、跳ねた。彼を探っていたはずの霧野の瞳があらぬほうを向き、口から吐息がもれる。彼はさっきまでの暴力と打って変わった静かな低く響く声で続けた。

「それとも欲しいかな、どうする……」

あらぬ方向を向いていた霧野の濡れた瞳が、切れ長の双眸の中でくるりと動き、闇の中に反り立つ肉の巨塔を捕らえた。それから、上に煌々と光る怪しい獣じみた双眸をまるで星でもみあげるかのように見上げた。仄かに月明かりが刺した。

霧野の目を縁取る睫毛は、蝿を捕らえるため匂い立つ液を滴らせ口開く蝿捕り草のごとく濡れて、月明かりに照らされ、毛の上にのった雫の粒一つ一つが微かな光を吸って煌めいていた。

霧野の尖った舌の先が鋭い犬歯の下からのぞいていた。口が薄っすら開き、舌が薄い下唇をゆっくりなぞった。
闇の中に霧野の妖艶な微笑みが浮かび、言葉を発した。
彼の姿が再び闇に覆い被されるようにして掻き消えた。大きな手が強く彼の濡れた顔を覆った。口内に挿し込まれた親指に舌が絡まった。

……。
記憶の断片が脳裏に現れては消えた。
爛れた夢だった。

ふうふうと自然と霧野の息が激しく上がり全身にびっしょりと汗がつたっていく。まるで信じられないものを見たかのように見開かれた瞳に汗が垂れ、目が閉じられる。彼は大きく息を吸い、全身に力を入れた。

「う、……」

身体が縄を解こうと激しく抵抗を始めた。記憶の中の自分を否定するように。

「う゛ううう…‥‥!!!」

それは力むための声というよりは慟哭に近かった。ごりごりと車が立ててはいけない音を立て始め、揺れていた。縄がピンと張り、どこにも行くなと窘める。

関節が、筋が、骨が、皮膚が悲鳴を上げても、力をこめるのを止められない。強く噛みしめたせいで、涎がだらだらと口の両端から垂れ顎をつたった。それは、はしたなく身体を開いた自身を罰するような、自傷行為に近かった。

しばらくして、力が入らなくなり、縄が切れる様子も外れる様子も無く無力に息を切らせ、また足を開かされ寝かされて寝ている自分がいた。

喉の奥から子犬の様な声を響かせ、唯一自由になっている右足をばたつかせ、座席の上を滑らせた。足の裏がぬるぬると滑るが、腕を引っ張って身体をずらせば、うまくするとドアに足が着く。親指が車のドアノブにひっかかっては外れるを繰り返した。

「ん゛、っ、!!!く、ぅ!……!!」

ドアノブに上手く足の指がかかり、蹴りあげるようにしてドアを開けた。強い日差しが入って、頭をもたげると広い外の世界が拡がっていた。

「ん……」

見覚えのある場所だった。山中を切り開かれて建てられている隠れた料亭『Rabbit Nest』の駐車場だ。個室からパーティ会場まで備え、街から離れた場所にあるため、組としても使いやすい場所のひとつだった。駐車場といっても森の中に作られているため、下は土で駐車線などもなく、周囲は木々に囲まれ、車と車の間隔も広い。外に人影はなく、静かであった。高級車が並び、その中に組の車が数台停まっているのが見えた。どうやら二条は意識を落とした霧野をそのままここに来て、仕事としての会食をしているようだった。

見張りが誰もおらず、外に出ているという一瞬の希望の後、そこから一歩も動けず外の世界に穢れた身を晒している自分がいることに気がついた。

行き場を失った右足が宙を掻き、再び縄がぎし…ぎし…としなり、霧野を戒め始めた。今しかないんだとバランスをとって縄を引き、体をよじるが余計に締めつけられ絶望が身体を襲う。姿勢を変えた拍子にごぼごぼと液体のこぼれる音がして、臀に熱い液体がつたった。

「う……」

記憶にまた脳を犯されそうになる。
凌辱、調教を受け犯された身体を世界に晒しているということが、霧野の焦りを加速させる。一体どれだけの時間が経ったのかわからないが、ぬるぬるとした感じや、空気が開かれた恥部に当たる感じに、まだ新しい性の余韻を感じた。手錠の隙間から手を出せないか手を拗じる、それから、一度力を抜き、吊り上げられた左脚を見上げた。右足を使い、縄の継ぎ目に器用に指を挿し込んでみる。

二条の縄を結う手さばきを思い出し、縄を構造的に理解していく。まずここを解けば、次の継ぎ目にいけるはずだ。

「ん……っ、んぅ、」

ぎゅうぎゅうと縄に締め付けられながら、結び目に指の先を入れることに成功した。右足の親指が縄の隙間にかかったのだ。一番の進歩であった。
「ん……!!」
いけるかもしれない、ようやく漏れ出る声に若干の明るさが戻り、霧野の表情が久しぶりに少し晴れやかになる。このまま指を上手く使えば。とにかくここから出るんだ。そうして霧野はしばらくの間縄の表面を爪で掻き、こじ開けることを繰り返した。ひとつの結び目が解けそうになり、指が完全に縄の隙間に嵌った。
「んー…」
親指と人差し指で縄の裂け目をほぐすと縄の結び目が緩んでいった。太陽の眩しさに目を細めながら、集中と作業を続けた。捕縛術、緊縛方式にもっと知見があれば……こうなる前に学んでおくのだった。

「とんだメス犬だな。」
「!!」

凛とした声が響いていた。驚いた拍子に指が外れ、せっかく解けかけた縄の結び目が再びきゅっと締まってしまった。縄に集中していて気が付かなかったが車から5mほど離れたところに川名が立って指先から紫煙を立ち登らせていた。そういえば煙の香りがする。煙草は既に半分ほど燃え尽きており、彼がそこに立って結構な時間霧野のひとりで奮闘する様子を眺めていたことがわかる。太陽の光、脚と車の影になって彼の表情がよく見えない。

「公共の場で穢れた犬性器を見せつけて、はしたないと思わないか。」

犬性器、川名に向かって開かれた股の中心で中の軸が疼き、血流がぐるぐると下腹部に溜まっていく。煙草を指につまんだ川名が近づいてくる。彼は車のすぐそばまで来るとじっとりと霧野の下半身を見降ろしていた。車のドアのすぐそばに立っているせいでやはり顔が見えなかった。彼の手が近づき、何をするかと思えば、肛門のすぐ近くの皮膚を煙草の火がじゅうぅ…と焼いた。

「ん゛っ、ん゛ぐぅっ!!!!!!ぅ、!」

縄がギシギシとしなり、左脚を締め上げ、霧野の背中が痛みにのけぞってシートから浮く。

「中を焼かれなかっただけマシと思え。わざわざしつけてやってるんだ。」

自由になっている方の足が川名を蹴りあげるように動くのを、川名が煙草を持っていない方の手で掴み上げ、車内を覗き込んでくる。何の感情も感じられない深い沼の様な瞳がこちらを見つめ続ける。

「お前は、俺を、蹴るのか?」

もがいていた脚の動きが止まり、内腿にじっとりと汗がにじみ出始めた。

「別にいいぞ、俺を蹴ってみろ。そこにノコギリがあるのが見えるか。」

川名の背後、店の壁に立てかけられるようにして周囲の木々や庭に植えられた植物を伐採するための工具が一式揃っていた。大きな鋸と鋏が太陽に照らされて輝いていた。霧野は、川名が冗談抜きで「やる」男だということを身をもって知っていた。

川名の手が足首から外れても、霧野の右脚は抵抗することなくおとなしくなっていった。しかし、恥部を隠すように震えた右脚が左足の方に自然と寄っていき、再び川名の手がそれを止め、大きく押し開いた。

「お前は自分の身体が大事じゃないようだな。」

霧野が必死で首を振ると手が離れた。手が離れても自由なはずの方の脚を開き、恥部をしっかりと彼の方に、よく見えるように晒し続けた。川名の射るような視線が霧野の瞳と下半身を同時に見続ける。とても川名の方を見続けていられず、先に霧野の視線が横にそれていった。

「く……」
「そうだ、そうやって俺に今の己の価値を必死に主張しておけ。お前の価値を決めるのも役目を決めるのも俺だ。今まで通りな。」
 
焼かれ続け、苦悶の声が小さくなるが、漏れ続け「うるさいなぁ」と川名がぼやきながら吸い殻を擦り付ける。

痛みに反応したのか、どろぉ……と再び裂け目から白とピンクの混ざった粘着質な液体が染み出て車を汚した。川名がそれをじっと見ている気配があった。

「………。これがもし俺の車だったら確実に肛門の中を2回は焼いているところだな。」

川名は言いながらよそ見をし、煙草を揉み消すように霧野の皮膚から離した。聞きなれた吠え声と四足の足音が近づいてくる。
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