堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前が鳴くまで嬲り続けてやるから覚悟しろ。

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目の前の男は窓の外を見ながら話し続けていた。窓の外は闇で満ちて何も見えず、窓ガラス越しに写った彼自身の顔以外、見える物は無かった。風の音だけが響いていた。男ははだけたシャツのボタンをとめながら美里に、彼の母親が自殺体で見つかったと告げたのだった。

「ありえない、じゃあ、俺は一体何のために、」

母親は入院させており、先週の水曜日に会ったばかりだ。やつれてはいたが自殺のほのめかしなどなかった。自殺など考えられない。誰かが……。

美里は目の前の男を睨みつけた。睨みつけられたところで、窓に写った男の表情は一切変わらず、逆に殺意に満ちた強い視線を感じ取ったのか、口角を上げた。
「もとはと言えば、」
低く落ち着いた声だった。寧ろ美里のたてる息遣いの方が部屋に五月蝿く響いていた。
「もとはと言えば、お前が一人で背負い込もうとするからこうなったのだ。だから最初から一緒に囲わせてやるといったのに。お前のせいだぞ。」
まるで美里に非のある様な口ぶりで言った。
「何言ってる、ふざけるな……」
男の目がよやく美里の方を向き、全身を舐めるように見た。
「せっかくの金脈がもったいないが仕方ない。」
「なんだと、もう一回言ってみろ。」

美里が男に掴みかかろうとすると、どこからか無数の手が次々に伸びてきて、床に組み伏せられた。その腕は無数の男や女の腕であり、男の腕が黒く、太く、生き生きと美里を縫い留めるのに対して、女の細い腕は半ば腐り、肉が解け骨を露出して腐臭を漂わせていた。男が近づいてくる。

「もう一回?何度でも言ってやろう。せっかくの金脈がもったいない、と言ったんだ。お前などよりお前の母親の方が余程高く処理できたのだ。お前のわがままにつきあってお前に二倍の仕事をいれてやったのに。それで、一生懸命働くかと思えば暇さえあれば病院に通い、一体何をやっている。でも、これでこれからは仕事に専念できるじゃないか。良かったな。」

殺してやる!と口を開こうとすると真っ黒な手が覆い、噛みつけば全身を刺すような痛みに苛まれ、無数の手の中に身体が沈む。視界だけが奪われず、目を閉じても、男の顔、女の顔、母親の顔が浮かび上がってくる。男はつづけた。

「俺がお前に付加価値をつけてやってるんだ。お前は他の誰かのためでなく、俺のために頑張るんだ。……そうだ、葬儀をさせる気など無いが、お前の親を回収してきてやったから、会わせてやる。」

美里はついにこれが夢だと悟り、幾度となくみたこの夢の続きを思い出した。やめろ。と声にならない叫びをあげると耳元に息がかかった。
「目を開けてみろ。」

叫びをあげる自分の声で目が覚めた。全身が汗ばみ、シーツが汗で濡れ、シワになっていた。度々叫んでいたらしく喉の奥がじんじんと痛む。再びベッドに入るには身体が殺気立ち過ぎている。サイドテーブルに置かれた似鳥にもらった錠剤が目に入り、手で振り払った。パラパラ音を立てて白い錠剤が床を転がっていく。

しばらく顔を手で覆って、一人、高鳴った鼓動を落ち着かせようとした。心音がうるさい、滾った血の出どころがなく全身をめぐっていく。独りでいるのが耐えられなかった。
服を着替え、部屋を出ようとする際に視線を感じた。割られた鏡があった。自分で割ったのだ。自分の顔を焼き、剥がしたくなる。一時期治まっていたはずの夢を見る頻度が増えてきていた。このままではよくないことはわかっているがどうしようもない。

仕方がないだろ。と、自分に言い聞かせた。仕方がない、仕方がない。

行く当てもなく繁華街のいくらかの店で朝まで過ごした。人混みにいれば多少は身体を巡る血を意識しなくて済む。どうでもいい他人の会話が嫌でも頭の中を満たしてくれる。

カジノが開いていれば、と酔った頭で一瞬思ったが、澤野の馬鹿は非番になってしまったし、今の調子でギャンブルに手を出したら生意気な三島にまた巻き上げられる。他の奴らと話してもいいが、たいして盛り上がらないだろう。妙な気を使われるのも嫌だ。

だからといって似鳥に会う気も起きない。話は聞いてくれるだろうが、それで何になる。また怪しい薬を出されるだけだ。

途中何度か女に誘われる場面があった。店のマスターが割り込んでそれを止めてくれた。営業時間を過ぎてもソファで仮眠をとってから出てい行って良いと彼は言い、彼の言葉に甘えた。いや、彼の視線に甘えた。

ソファで寝たせいで乱れた服装のまま店を出た。川名が今の姿を見たらきっと怒るだろう。光が異常に眩しく瞳を突き刺した。眩しくて自分一人だけ頭が上げられない。サラリーマン、朝帰り、ホスト、風俗嬢、ありとあらゆる人間が前をまっすぐ向いて歩けているのに、自分だけが俯いてよたよたと壁に手をついて歩いていた。

昼過ぎくらいに事務所に着いた。
「早く捕まえろ!」
どこからか怒声がいくつも響いていた。嫌な予感がして地下の入口の方に目をやるがそこは暗くぽっかりと闇に濡れた口を開いて静かであった。遠く、犬の高く吠える声がした。
「この!どこに行く!」
ノアが庭を縦横無尽に走り回って吠えていた。組員達が黒い筋肉の塊が跳ね回るのを捕らえようと駆け回り、捕らえかけては、反撃されている。ノアからすればじゃれているだけのようだが、対する人間からすればたまったものではないらしい。一人は服が裂け、一人は半身泥にまみれていた。

遠目に眺めているとまるで昔のディズニーアニメのように馬鹿らしく、未だ夢の続きを見ているように思われた。美里が彼らの方へ向かうと人を弄ぶように走り回っていたノアが一直線に美里の方へ駆け、彼の腰元に飛びつくように前足をかけたのだった。

頭を抱えるようにして撫でてやるとおとなしく舌を出した。それから、媚びるように尻尾を振って頭を美里の太もものあたりにごしごしとこすり付けるのだった。

「どうした……」

手を頭から首筋に這わせる。そこに霧野と全く同じ装いの首輪が光っていた。首と首輪の隙間に指を入れて、一周させ、それをよく見てみた。もう一対の首輪と違うところといえば、もう一匹の方のは鍵が無ければ外せないというところくらいだ。

息を切らせた組員達がこちらにやってきた。彼らが何か言う前に、「俺が連れて行くからいい。遊んでいないで、仕事に戻れ。」と言った。彼らが少しひるんだ顔をしたのを見て、言い方が強かったかなと思った。それよりも今の顔が酷いのかもしれない。彼らが散り散りに去っていくのを確認して、再びノアを見下げた。

「遊びたいのか?どこに行きたい?」

ノアが答えるはずもなく、舌を出したまま黙っている。手を近づけると濡れた大きな舌で美里の手の甲をぺろぺろと舐め始めた。くすぐったいがそのまま舐めさせていた。犬と戯れたことで美里の表情が少しやわらかい物になった。

「お前は自由で良い、俺もお前になりたいくらいだ。何も考えたくないよ。」

彼を連れて公園に向かった。しばらく何も考えずあるきまわっていた。途中から何者かの視線を感じていた。職業柄視線を感じることは珍しいことではないが、白昼堂々公園の中でというのは珍しい。美里は手近なベンチに座り、彼を迎えようと思った。五分程度そうしてベンチに腰掛け遠くを見ていると、ひとりの男が近づいて来た。

人が間近に来ているというのにノアが吠えないし威嚇もしない。煙草の匂いが強い。ノアが男の方に身を乗り出そうとするので、首筋を軽く掴んだ。

「こら……やめなさい。」
「よい犬を連れているね。ノアって言うんだろ。」

彼の方を見上げた。太陽を背負って、覗き込むようにして立っている。顔が陰っている。伸びた影が美里の身体に覆いかぶさった。無造作な髪や髭は刑事と言うよりどこか怪しい探偵のようだ。老けて見えるが、川名と同程度か少し下だろう。川名は常に洗練された身なりをしているため、若く見える。この男とは随分対照的だ。

男の美里を見据える瞳の奥には常人にはない鋭く冷酷な輝きがあり、その冷徹な雰囲気は霧野によく似ていると思った。

「澤野君とは仲良くさせてもらっててな。最近彼を見ないから心配なんだ。」
「アンタは犬も連れてねぇのに、どうやっておっさんが俺らみたいのと仲良くなるって言うの。」

立ち上がり、再び歩き始めた。ノアはハアハア言いながら尻尾を振って神崎を見ていたが、美里に「行くぞ」とリードを強くひかれると視線を前に向けなおして歩き始めた。男は傍らを付いてくる。

「警察だろ、アンタ。見ればわかるんだよ。なれなれしいな。アイツ何かやったの?」

彼のことを知らないふりをして接触を続けた。
霧野は美里に以前の彼の上司である神崎という男と接触することを望んだのだった。霧野は神崎がこちらを探しているかは五分五分と言っていたが、こちらから仕掛けずとも向こうからやってくるとは。彼との連絡がうまくいけば、すぐさま出られなくとも、あの男の居場所も吐き、協力し、今まで以上に美里に対して従順になろうというのだった。

「従順になる?それで?俺がそんなことで悦ぶと思って言ってるのか?うけるなお前……。矛盾してるぜ、俺達に逆らってここから出ようというのに俺に従順でいるとは。どういうつもりで言ってるんだ。」

ソファに座り、片手で携帯を弄ぶ美里の足元に霧野が這っていた。彼の汗ばんだ背中の蚯蚓腫れを眺めながら、消えなくなった傷痕の上からさらに傷を刺青を彫ってやりたくなった。もちろん自分がつけてやった奴の上がいい。いや、それとも他の人間の付けた物の上に上書いて消してやるべきか。

「俺の目的はお前じゃないんだ。」
美里の視線が背中から霧野の顔に移った。俺の目的はお前じゃない、逡巡して彼が捜査員として何か目的を持ってここにいたことを思い出した。
「……だから?」
「お前も、こんなところからは早く出ろ。奴らがおかしいと思わないのか?」

霧野はまるで同調を誘うように美里をじっと見ていた。久しぶりにはっきりとした意思のある目をしていた。さっきまで人の上に乗って腰を動かし、絶望した眼差しで人の首に手を掛けてきた人間と同じに見えない。また、一瞬だけ懐かしい気配が漂った。しかし、

「俺に裏切れと言ってるのと同じじゃないか。なめられたものだな。『奴らが』おかしい?じゃあ俺はマトモとでも?ははは、思い出してみろよっ、俺はお前の上司の死体を犯してやってんだぜ、忘れたか!そんな人間にすがるんじゃねぇ。」

霧野は表情を変えずに、寧ろ軽く馬鹿にしたように口角を上げた。大きな口の中の整った歯が見えた。その中心で銀色の物が光り、血を流していた。まだ口を動かしづらいのか、何度か唇のあたりを触り、普段よりゆっくりした口調で言った。疲弊しているのか声が一段と低くざらざらし、息を吐きながら話す。地の底に響くような悪魔的な音色だ。

「川名に命令されているからか?そんなに奴らが怖いかよ。お前の意志はどうした?……こっちだって大分譲歩してやってんだぞ。……。ソレだっていつまで繋がるかわからんぞ。警察というのは膨大なコネクションを持っているんだ。お前らに引けを取らないくらいな。俺ならそこを調べてやれると言ってるんだぜ。……アイツ、川名に泣きつくのか?まあ、奴のような外道がお前のために何かしてくれると到底思えないけどな。」

肉の打たれる音が響いた。美里の手が霧野の右頬を平手打っていた。

「お前如きが知ったような口を利くなよ。」

霧野は不意を突かれて一瞬目を見開いて美里を見ていたが、俯いてまた笑い始めた。毅然として霧野を見降ろしていた美里だが、同調するように口角を上げた。

「俺の意志だって?あるに決まってるだろ。俺の手でお前をめちゃくちゃにしてやりたいんだよ、裏切り者。」

さらに何か言い返そうとする彼を打ち、縛り、酷く打擲したが、彼は呻き声一つ上げずにじっとこちらを見ていた。嫌な、責めるような、しかし挑戦的な目だった。霧野よりも美里の息の方が先に乱れた。

「いつもみたく鳴かないのか?」
「……、……」
霧野の閉ざされた口の端から血が流れていたが、開く気配は見えない。その血を見ていると、美里の中で静まっていた血が流れていく感覚があり、顔から表情が消えていった。

「つまらねぇ野郎だ。……いい、わかった、お前が鳴くまで嬲り続けてやるから覚悟しろ。今のお前の存在価値は地面に這いつくばって俺達を愉しませることなんだ。俺につまらねぇ戯言言ってないで、自分の責務を果たしな。」

美里は霧野の首から垂れたリードを引っ張り、ソファの足に短くして縛り付け、彼の側に屈んだ。これで、頭が床に近い状態からあげられなくなる。お前の顔を見なくて済む。霧野は首を垂れるような姿勢で膝をつき、美里に身体を無防備に晒す状態になった。

霧野の尻の穴から指三本程上、尾てい骨の際の辺りを美里は指先でこすり上げた。しばらくそうしていると、声さえ上げないが、下の方から動揺を含んだ熱い息遣いがはあはあと立ち登ってきた。

「そうだ、お前は打ったところで大して効かないが、これは効くだろうな。ここを擦り上げられて鳴くのは淫乱の証拠だ。『ここ』は尻尾の付け根さ、犬。本来お前に生えているべきものだ。お前に奴隷の自覚を持ってもらおうか。」

美里が指を離すと擦り上げた皮膚が桃色に染まって痕が残っていた。アタッシュケースの中を漁った。ポケットの中からライターを取り出し、それに火をつけた。太い赤色蝋燭だった。それは火にあぶられると、溢れるようにとろとろと溶け始め、甘い蝋の香りを一面に漂わせた。美里は霧野のすぐ横に立ったまま、しばらく火の滾るのを眺めていたが、下で霧野がもどかし気に身体を動かしたのを見て、蝋燭を傾けた。まず、一滴落ちた。

「!!」

霧野の背中の傷口に蝋が染み込んではりつき、身体がビクンと跳ねたが、声は上がってこない。二滴三滴と上から傷口を狙って蝋が落とされていった。その度、霧野の身体が軽く、まるでペニスをしごいてやったかの如く反応した。

しかし、意地を張っているのか、一向に声をあげようとしない。床に開いてついていた手がいつの間にか爪を立ててコンクリート打ちの床を掻き、それから強く握られた。

息遣いが乱れ始める。美里の足元で惨めに背中を上下させ、皮膚のいたぶられた箇所を桃色にして悶え、堪えている男を見ていると嫌なことを何もかも忘れた。

「はぁ……っ、はぁ……」
「なんだ?あぶられて興奮したのか?犬。」

霧野は顔をあげようとしたようだが、鎖がそれを許さず、鉄の擦れる音がたった。美里は霧野の肩の辺りを踏みつけ、蝋燭を腰の方に移動させた。

「これは特に飛び切り熱い奴だからな、少し痕が残るかもしれんな。お前は弱い奴より強い奴が好きだろ?」

灼熱の一滴が、「尻尾の位置」に音を立てて垂れた。尻尾の位置は下半身の奥の性感帯を皮膚の上から突くように刺激して揺らすのだ。中を開発され、その上マゾ傾向が強く開発された身体にはよく効く。二滴三滴と尾てい骨の付け根を狙って蝋を垂らす、いくらかは線になって尻や内腿のあたりを彩り始める。

「ぁ……っ、!………くぅ」
「ん?ようやくきそうかな?ここを鞭で打ってもいいし、こうやって焙ったっていい、ほら、吠えろ。吠えてみろ。」

蝋燭の傾きがきつくなり、ぼたぼたぼたぼたっと勢いを増して大量の蝋が尻尾の位置と発達した臀部に這いまわりった。尻尾の位置だけでなく、彼の傷口を噛み、撫でまわすように垂れ、下半身の奥に染みさせた。

「……っ、くぅ……、………。」

霧野の腰が揺れ始めていた。美里の足の下で這いつくばりながら、罵られ焙られているだけというのに甘いような感覚が霧野の身体を、下半身を満たし始めていたのだった。焙られて腰の辺りが刺激されると、痛みと同時にほんのりと温められ、じわじわと内臓の奥の良い部分、陰嚢の中、充血して血がたぎった性器までじんじんと拡がって、痛いにもかかわらず仄かな快楽が渦巻きはじめる。

「……ぉ……っ、………。」
「おうおう、耐えるじゃねぇか~。がんばれがんばれ。大の男に殴られても平気なお前が、こんなので鳴くのか?ん?」
「……、……」
「それとも意地でも耐えるのか?」

美里は霧野から脚をどけ、蝋燭は傾けたまま、彼のすぐわきに屈んだ。身体の下を覗き込むと半ば勃起し始めた霧野の一物があった。見られたことにより、さらに一瞬ビクンと跳ねた。そのまま視線を後ろにもっていけば、後孔が、まるで何か求めるようにぴくぴくと動き、美里を求めていた。

「勃起してきてるじゃないか……このマゾ野郎、おや、後ろの方もよく反応しているな?欲しいならくれてやるよ。ほら。」

美里の細い指が一気に三本、奥まで入り込んだ。

「ん……っ、!!」
「ガバガバじゃねぇかよ!こんなに濡らして!」

さっきまで美里の一物を咥え込んでいたせいで柔軟性も感度も良く、指を這わせれば吸い付くように咥え込んだ。そのまま中でコリコリと動かすと、小さくくぐもった声を上げ始めた。声をあげまいと耐えているせいで、余計に切羽詰まった息遣いとなって高まっていった。

「まるで熱湯に指を浸しているみたいだ。まさかお前がこんなに欲しがっていたとはな。さっきもデカい口叩きながら一人、ずっとここを濡らしていたのか?あさましい奴だ……。口でおねだりしてくれてもよかったのに。さっきのでは消化不良だったかな。てめぇが萎えることするからだぞ……。」

美里がここかと思う場所を嬲り押しながら蝋燭を垂らすと、霧野は声を上げる代わりに身体を猫のようにしならせて震えるのだった。声は出ないが、ぽたぽたと雫の垂れる音がして、彼の穴から滲み出た体液が床を湿らせていた。

美里は燃え、溶け出した液がたっぷりと蝋燭の溝に溜まるのを見届けてから、いっきにひっくり返した。じゅうううぅという音と焼ける匂いが漂った。

「う゛ああ、あ゛………っ!」

霧野の尻の周囲に紅い模様が紋様のごとく広がった。霧野の身体はついにどくどくと痛みと甘い感覚で激しく脈打ち、蝋燭の熱が温まった下半身を更に熱く滾らせ、肉の怒張が最大限に達していた。蝋の一部が美里の腕にも散って白い腕に赤い斑点を作った。垂れた蝋が後孔の周囲にも張り付き、奥から外から身体を燃えるように炙り熱した。

「はぁ……っ、はぁ゛……ぁ!っつ、ぅ……」
「ははは、ついに鳴き始めたな。まだ足りない。まだまだこれくらいじゃ終わらせない。終わらせてやらない。」

指を引き抜こうとするとまた、二三、中が激しく締まり、淫靡な音を立てて指が抜けた。開いた穴が求めるように中をのぞかせ、切なそうにゆっくりしまった。随分と素直な口だ。

「欲しいか?」
「……、ぅ……」
「はっきりしねぇか!」

肉がはたかれる良い音がして霧野の臀部に数発の平手が打ち込まれ、赤い椛模様がつき、ヒラヒラと花びらのように張り付いた蝋の一部が舞った。きゅん!きゅん!と上とは反対に下半身が求めるように激しく反応していた。

「ぁ……っ、…くぅ………」
「しょうがねぇ奴だ。これでもくわえて大人しく我慢してろ。」

美里は傍らにあったゴム製の揺れるしっぽの着いたアナルプラグを滾る肉襞の中に刺しこみ、抵抗もなくゆるゆるとそれは吸い込まれ貪るように強く締め付け始めた。
「ん……」
刺激が足りないのか臀が軽く揺れ、淫らにしっぽがフラフラと揺れていた。

「ふふ……ケツ穴突かれることしか頭に無いもんな、今のお前は。」

霧野の俯いた顔の下で熱い吐息と共に淫らな視線が揺れ、彼は徐々に思考力を手放しつつあった。

美里は濡れた指を霧野の尻に擦り付けるようにしてふき取り、短くしていたリードを緩めた。床ギリギリに伏せていた霧野の頭があがってくる。肩で息をして、顔は隠すようにうつむいたままである。

そうだ、今のお前の顔を見たい。

「顔と股間を見せてみろよ。ちんちんだよ、ちんちん。できるかな?」

しばらく這ってもぞもぞとしていた霧野だが、言われた通りに美里の方を向き脚を開いて、嬲られて隆起した立派な一物を見せた。しかし顔は上に向かず、視線が美里の足の辺りを彷徨ったままだ。

「顔はどうした!」

美里は霧野の顔を強く掴むと無理やり上に上げさせた。悔しそうにひそめられた眉の下で凛として吊り上がっていた瞳がやや曇りがかり、まつ毛の先が濡れていた。その下で皮膚が紅潮し、薄っすら開いた口から甘い呼吸が漏れ続ける。目を逸らしたい気持ちを抑えているせいで、普段はまっすぐ人を見下す瞳の奥が揺れていた。

今の瞳であれば永遠に見ていられた。美里の中に何かキメたようないい気分が湧き出てとまらなくなり、脈拍が上昇、下半身が大きく脈打ちどくんどくんと昂った。

この手の中にある、この首を持って帰りたい、離したくない。この首を抱いてベッドの中に横たわれば、さぞよく眠れるはずだ。顔を掴む手に力が入った。美里は霧野に額が触れるほど近く顔を近づけ、よくその瞳を覗き込んだ。霧野の瞳が軽く揺れているのに対して、美里の瞳は一切揺れず、まるで彼の頭を穿くように眼球を捕らえていた。

「素晴らしい……立派なマゾになったじゃないかよ……、随分だらしがない顔だ。お前は、本当に澤野だった奴か?誰だ?お前は。」
霧野の目の前で薄い唇が震えていた。
「……」
声の代わりに甘い呼吸が漏れ続けていた。美里の手は優しく撫でるように霧野の顔を離した。霧野の顔はそのまま上を向き、立ち上がった美里の方を眩しそうに見上げていた。

「……マゾ犬め、最底辺の変態マゾの分際でさっきまで俺に随分偉そうな口聞いてくれたな。」

美里が手の中の蝋燭を傾け、霧野の勃起した一物めがけて灼熱の液体が流し込まれた。霧野の身体に一瞬の間の後まるで身体の肉を素手でもぎ取られたかのような衝撃が起こった。

「!!!……あああ゛あっっ!!!、うあ゛ぅ!……」

「そうだ、吠えろ吠えろ!とても人間の口から出ていい声じゃねぇぞ。獣が!お前はそうやって一生俺の前に這い蹲るんだ!あははは!」

反射的に閉じそうになる足を美里の足が邪魔をして閉じさせない。霧野の身体は美里に強く歯向かうことなく、無理やり足を閉じようとはしなかった。

「何してる!!!俺がいいというまで姿勢を崩すなとしつこく言って躾けただろうが。何故できない……。……俺に従順になる?今でさえこんなにできていない駄犬というのに、何寝ぼけたことを言ってんだ?このまま、蝋燭一本使い切ってやる。従順になるっていうならこのくらい耐えられるな?……耐えて俺に証明してみせろ。」

足の間で勃起し続ける霧野の肉棒は赤色の蝋でまだら模様に彩られ、ぼたぼたいう音にあわせて身体が跳ね、しかし勃起が収まらず秘所は、蝋の熱く滾った液体を受け続けた。

陰部を直接甘やかな痛みと熱で刺激され、勃起するなと霧野が思うほどに勃起が止まらなくなり、視線の先で蝋燭はいつまでも太いまま、減っているように見えない。

熱が亀頭を貫かれた金属に伝わり、まるで肉棒の中を炎であぶられているような感覚に身体が耐え切れず、ひきつるように腹部と太ももの筋肉が蠢いた。身体が引き攣るせいで肉の穴が勢いよく締まり、異物を物凄い圧で締め付けて身体の中を滾らせた。

「…ぅぅう゛…っ」

しかし、従順になると己で言っておいて耐えられないなど、霧野にとっては絶対に許されないことであった。美里に対する証明であり、信用の証、ここでできなければ、意味がない。

「あ゛っ……うああ……」

喘いだ端から涎が垂れた。苦痛に眉尻が揺れる。身体を軽く跳ねさせながら、霧野は美里を見据えていた。涙の膜の向こう側で、美里の目の中で黒々とした瞳孔が大きく開いていた。中に怒りと殺意と嗜虐心と恍惚としたものが見て取れ、まるで日食の如く神々しく黒く輝いていた。その瞳は支配的でもあり、見ていると吸い込まれそうな感覚に陥り、離したいのに目が離せない。

二人の間で揺らめく蝋燭の炎が目に反射し、燃えていた。霧野は炎の向こう側で、暗く輝く瞳を見、美里もまたそうであった。広がった瞳孔の細かな拡張と収縮までもが互いに見えていた。

「いいぞ、もっと鳴けよ。」

蝋が首筋、胸元にも散り果て、再び股間を集中的に嬲られる。

霧野は痛みと痛みに付随する怪しい快楽を受けながら、自分が自分で無くなっていくような感覚に陥り、高鳴る鼓動と痛みに感覚全てが支配されて、何のために何故こんなことをしているのかさえ、わからなくなっていく。耐えろ耐えろと思っているほど、快楽が強く脳に響き、どこまでも精神的なエロスが高まって行った。

「あ゛……」

「蝋燭股間に垂らされて、どんな感じだ?お前は今、俺に股間を燃やされてるんだぞ?それなのに、一体いつまで勃起を続ける?こんなので勃起するのは相当の変態マゾだぜ霧野。まったく恥ずかしい野郎だ。それで今までよくも人様に偉そうにふるまえたもんだよ。」

霧野の身体が蝋燭とは別に羞恥で内側から発火して、目の際が悔しさに赤く染った。

「あともう少しだな。……そうだ、」
蝋燭の傾きがよわまり、再び顔が掴まれたかと思うと、口の中に指が入り、舌が引き出された。
「ピアス一個くらいじゃお前の減らず口は治らないようだから、ついでに躾けてやる。悦べよ駄目犬。」

霧野はこれからされることを予感したが、拒絶できずそのまま視線をゆっくり上に向け懇願するような目つきで美里を見上げた。美里は軽く口角を上げた。霧野の目に一瞬ほっとした光が走ったのを見て美里はいっそう微笑んだ。天使のような微笑みだった。疲弊しきった霧野の目にそれは一層神々しく写るのだった。

「やらねぇわけねぇだろ馬鹿。」

霧野の口の中に向かって蝋燭の溝に溜まりに溜まった熱い液体を一気に流し込んだ。

「あああ゛っ!、…、がっ、うぅ……」

舌の上を蝋が踊り、張り付いて舌から口内、喉の奥までもを熱く戒め、口内が蝋で染まっていく。蝋と唾液に溺れ、獣の様な声をあげながら、じわじわと嬲られるような弱い痛みが断続的に続き、第二の性器ともいえる口内をじわじわと責められたことが痛みに反して霧野を高め、垂らされる蝋と呼吸の隙間に切羽詰まった甘い呼吸が混ざり始めた。それに呼応するように美里の小さな笑い声が響いていた。

「あ゛…っ、ああ…………!」
「腐りきった魂まで焼かれろ!浄化してやる!」

ピアスまで熱せられ、まるで舌を切られ、引き抜かれる拷問を受けているようだった。霧野の目がとろんとし、たまに軽く上を向いて、宙を彷徨った。痛みに耐えるために、甘くなった目に対して、軽く顔が引きつって、端正な双眸と口元がいびつに歪んだ。歪んだ口元から蝋と唾液の混じった赤ピンク色の液体がだらだらと悲鳴と共に漏れ、身体が震えていた。

「ふーん、随分ヤバい顔してるがなかなか耐えるじゃねぇか。今のお前の顔ならいつまでも見ていたいぞ。」

そうして蝋燭を上から下から流し込まれた霧野だったが、使い切るまで弱音を吐かず耐えて見せたのだった。
「姿勢を崩していいぞ。」
霧野は身体中を血のように赤い蝋に塗れさせ、息も絶え絶えになって美里の足元を這っていた。美里の息も同じく上がり、首筋から腕、ほとんど無くなった蝋燭の断片を持つ手がすっかり熱で汗で濡れ、霧野を見降ろす際に顎をつたって落ちた汗が、霧野の顔を濡らした。

「はぁ……いつ見てもお前の忍耐力は素晴らしいな。感動するよ。」
そんなだからいつまで経ってもしごきの手が緩まないんだぜ、とは言わなかったし、言ったところで……。
「……た、」
「ん?なんだ。」

霧野は何か言おうとしたが、一度だまり、口内から唾液と蝋を床に吐き出して、指で中の物を掻きだしていた。まるで、猫が毛玉を吐くみたいだと美里は思った。彼は幾度か咳き込んでから、美里の方を疲労しきり、濡れた目で見上げた。

「ちゃんと、耐えてみせたんだぜ……無理にとは、言わないが、証明しただろ……。」
美里が黙って見降ろしていると、霧野は無理に微笑みを浮かべて続けた。
「しっかり、芸してやったんだ、…ご褒美くれないとな、ご主人様。」

はあはあと息を荒げ、汗ばみ、紅く濡れた傷だらけの身体で強い口ぶりのままでいる彼の様子を見ていると、以前のことが思い出され、嗜虐心と同等の庇護欲のような気持ちが再び美里の中に芽生え始めた。また、必死に耐えている時の彼の姿が頭の中に浮かび何か満たされたような気持ちになる。血の流れが穏やかなものに変わっていった。

「生意気な犬め。躾て頂いてありがとうございますくらい言えないのか……。」
美里はそれ以上何も言わずに霧野の傍らに屈みこみ、頬杖をついてじっと無遠慮に蝋で焼けた身体を見始めた。
「なんだよ……」
霧野の身体が居心地悪そうに動いた。ぱらぱらと蝋の一部が床に落ちた。
「お前の身体を見ているだけだ。……きれいにしてやる。」
美里の指先が霧野の熱い皮膚に触れたかと思うと、蝋の痕をカリカリと爪で掻き、落とし始めた。
「自分で……っ」
「動くな、俺がはがしてやる。一枚一枚丁寧にな。」

蝋の鱗を剥がすのを、霧野は不快とも快とも言えぬ表情で眺めていたが、傷口の付近や性感帯の付近を剥がされると、身体に鳥肌がたち、睨むようなしかし求めるような目で美里を見るのだった。

耐えたご褒美だと一発扱かせ、傍らにしゃがみ込んだまま、彼の一物をじっと見続けた。勢いよく射出された濃いスペルマが美里の手の甲、シャツに飛んだ。美里が穢れた手を霧野の顔の方に持っていく。一瞬の間があって霧野の舌が美里の手の甲に着いた。

……。
彼、神崎に会ってみたい。まず彼に会ってみて、どのような人物か見極めてみようという気になった。霧野の別の一面、限られた内の世界ではなく、外の世界での姿を知りたかった。話はそれからだ。

もし外の世界での彼が、今の彼とは全くの別人なのであれば、内の世界でのことは全て演技、自分たちのために作られた虚構の姿だったと割り切れるかもしれない。割り切ってしまえば楽だ。

美里は改めて目の前の霧野の信頼しているらしい男を見た。男は表面的な微笑み方をして美里を見ていた。

「話が早いな。そうだ、少し事情聴取をしたいんだが最近連絡も取れないしで困っているんだ。彼、忙しいのか?」
「……」
「あまり知らないようならいいんだが。」

”いいんだ”といいながらそこには独特の威圧感があった。美里は再び足を止めてじっと神崎を見据えた。神崎は「とっとと口を割れ」とでも言うように、微笑んだ口元とは対照的に自信ありげな鋭い視線を美里に晒した。美里はだるそうに頭を掻いて伸びをした。

「澤野なら死んだよ。」
美里は言いながら、ふと、実際澤野は死んだも同じだと思った。以前の彼はもう存在しないのだ、これから先も。
「なに……」
彼は動揺しまいとつくろったが、明らかに強い衝撃を受けたようだった。今度は逆に美里が口元をほころばせる番だった。なるほど、ただの捜査ではなく、随分と私情のこもった捜査のようだ。

「なぜ、」
「なぜ?俺がどうしてわざわざ教えてやらないといけない。アンタに関係ない話だろ。……奴とどういう関係なのかしっかりと教えてくれれば、教えてやらねぇこともないですけどね。任意事情聴取というならばもっと明確な理由を教えてもらわないと。それとも俺に拷問でもして聞き出すか?」

美里は挑戦的に神崎を見据えたが、彼に先ほどの動揺以上の動きはなく、最初より余程冷めた、まるでゴミを見るかのような目をしていた。それからふんと鼻で笑ったかと思うと、美里との距離を一歩詰めた。目を細め軽く微笑んでいるようである。しかし何か面白くて笑っているのではないようだ。

「なるほど。さっきから下手に出て聞いていれば、えらそうな口聞くガキだ。いいからさっさと知ってることを話せ三下が。話さないなら、適当な理由つけてぶちこんでやろうか。死んだ?本当か?だったらその証拠を出してみろ。死体の写真でも見せてくれれば納得してやる。」

三下という言葉が美里の気に障り、さらに、霧野が信用していると言った男に馬鹿にするような態度をとられたことで、美里の中に自らの使命と別の欲望が浮かんで止まらなくなった。

「わかった、いい物見せてやりますよ。」

携帯を取り出し、一つの動画ファイルを再生しながら神崎の方へ画面を向けた。
そこには、ピンクがかった照明の元、ベッドの上で甘えたような声を出して悶える男の姿が映し出されていた。霧野は喘ぎ、媚びるように美里を求め、腕を伸ばしていた。薬の作用でおかしくなった霧野をホテルで介抱し、抱いた時に残した動画の一つだった。美里はしばらく画面を見ながら思いにふけっていたが、神崎の方を横目で見た。彼は美里の視線に気が付かないほど食い入るように画面を見て、口元に手を当てていた。

「アンタの知ってる澤野とはコイツのことかな?」

美里の語尾が軽く跳ねるように笑っていた。神崎が一瞬美里を見、眉をしかめ、それからまた画面の方に目を向けた。その視線には驚きも興奮もなく、水の様な静かさがあった。何を考えているのかわからない。

「いいぜ、じっくり見て確認しな。」
「……。」
「これは和姦だからな、こいつからしたいと言ってきかないんだ。これで逮捕されたらたまったもんじゃねぇよなぁ。」

最も和姦に見え、傷跡がわかりづらく、薬のキマリ具合が不自然でない物を選んだ。悪くない時間であった。神崎は顔から手を離して視線をゆっくりとスマホから遠くの方へ移した。それから目を閉じ、まるで頭痛でもしているかのように眼頭に手を当てて俯いた。

「君は随分澤野と仲がいいらしいな。しかし、こういうものは人に見せるもんじゃないぞ。」

神崎の目が再び開いて、感の強そうな双眸が再びしっかりと美里を捕らえていた。対して、言葉は先ほどに比べて力が抜けていた。

「そうだよ。アイツは俺がいないと駄目だからな。アンタも奴のセフレか何かか?あ!パパ活かな?俺たちの様な『三下』はいつだって安定しないからな。別にアイツがアンタとヤってたって何の驚きもないね。」
「……。最近の奴はどうなんだ。君がこんなもの俺に自慢げに見せてくるということは、生きてるってことなんだろ。」

神崎が「奴」と霧野を親しげに呼んだことに、美里は馴れ馴れしさのようなものを感じ、せっかく愉悦に浸っていたというのに再び苛々した感覚が心を蝕み始めた。どうしてこうも動揺させられなければいけないのだ。相手を動揺させたいはずなのに。

「生きてはいるが、今は犬の散歩どころじゃないんだ。」
「それはなぜ。」
『自分が犬にさせられているから』とは言わず、美里は次のように答えた。
「別の仕事で忙しい。当分俺か、もう一人が散歩はやるだろ。少なくともここには来ないよ。」
これで、とりあえず生きていることは伝えはした。神崎がまだ何か話そうとするので歩き始める。
「別の仕事とは」

「自分ばっかり質問するなよ、おっさん、次は俺が聞く番だ。何故そんなに奴のことを聞きたがる。ちょっと不自然じゃねぇか。なんかアンタ必死そうだしさ。どういう関係なんだ?もしかしてあの野郎、アンタに内部情報を漏らして金を貰ってるわけじゃねぇだろうな。許されねぇぞそんなことは。」

美里は神崎の動揺を誘ったが、彼は全く動揺を見せずに淡々と口を開いた。

「実は、彼のことは君のところに勤める以前から知ってるんだ。ヤンチャな奴だったから警察の世話になることも多いんだ。俺は随分反対したんだが、君らのところに行くというから、たまに様子を見ていた。実は君のことも話には聞いているんだ、美里君だろう。」

美里は、なるほどうまいこと言うなこいつ、と思いながら「ヤンチャ?例えば?」と聞いた。

「そうだな……酔っぱらいの喧嘩を仲裁しただけと言っていた癖に、事実としては君たちのような人間一名と民間人3人を巻き込んだ喧嘩になり、重傷者を二人も出しやがった。俺が奴を匿い、言い訳づくりに奔走している間にも、奴は当時勤めていた会社の上司と問題を起こし、俺が仲裁をし、……そんなのばっかりだ。君もアイツと仲良くしているなら苦労するんじゃないかな。あはは、大変だろ。まあ、退屈になることは無いだろ、アイツが居ると。育ち良さそうな顔して反骨精神の塊だからな。」

神崎の口調が、顔つきが、心なしか優しくなったように見えた。木漏れ日が神崎の顔をまだらな光で照らしていた。太陽に眩しさを感じなくなっていた。

「……。」
「語弊はあるかもしれないが、そんなだから、ある意味君達のような人種とはウマがあうだろう。アレでいて頭も悪くないからな。澤野が忙しくても状況を把握しておきたいんだ。逮捕されて再会、死体になって再会なんて嫌だからな。どうであろうが、生きていればまだいい。」

『どうであろうが』、美里は頭の中で神崎の言葉をなぞった。

「……。心配しなくても…、忙しいだけっすよ。」
美里はさっきまでの揶揄う調子から一転して、極めて無機質にまるで他人のように神崎に対応し始めた。
「……知らなかったら答えなくてもいいが、澤野は君とだけ関係があるのかな?それとも他に」
「知りません。知るわけねぇでしょ。何を聞くんだ。」

何故だろう手が汗ばんでくる。神崎がどういう意図をもって問うのかわからなかった。何か知っていてそう言うのだろうか。これ以上話しているとボロを出しそうだ。そろそろ戻らなければ、と逃げるように退散しようとすると、神崎が連絡先を書いてよこす。

紙切れをポケットに突っ込み、ノアを引っ張って公園の外に出た。普段とは違うルートを延々と歩いた。何度か携帯が鳴った気がした。ノアは疲れることもなく、どこまでも寄り添って楽し気に歩みを合わせる。はあはあと息を吐いていた。

ポケットの中の紙切れを出して眺めた。霧野が自分のことをどのように話していたのか、もっと聞いてもよかった。
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