堕ちる犬

四ノ瀬 了

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たくさん遊んでやると良い。孕ませてやれるくらい遊んでやれよ。

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「しばらく見ていない気もしますけど。珍しいことでもない。女の家にでも入り浸ってるのでは?」

サラリーマン風の男は欠伸混じり頭をかき、面倒くさそうな顔で神崎を見ていた。神崎は霧野の不在について住んでいたマンションで聞き込みを行っていた。霧野の隣の部屋の住人はつづけた。
「彼、何やらかしたの?恐いんだよなぁ……。」
「恐い?」
「いや、隠さなくてもわかってますよ、あの人普通の仕事の人じゃないでしょ。見た目もでかくて怖いし、帰ってくる時間も不規則、それでいて金持ってそうなんですもん、関わりたくないですね。わかってれば引っ越してこなかったんだけど。」
男は面倒くさげにため息をついた。霧野の捜索は正式な捜査ではないが、住民にとっては正式かそうでなはないかなどの区別はないし、疑われ警察に通報されるようなことも無いだろう。神崎の雰囲気に何の疑いを持つこともなく、情報を提供してくれた。しかし、あまり良い収穫はなさそうだ。

大家はつかまらず、仕方なくマンションを出て、霧野が登録しているスポーツジムにまで足を延ばした。事件に巻き込まれた可能性があるという理由で、彼の会員履歴を見せてもらう。なるほど、15日前から記録が無い。過去の履歴を見ると平均して週に二回の出入りの記録がある。しかし、仕事が多忙であったのか体調が悪かったのか過去には一か月程度空きがあることもあった。これでは証拠にならない。

礼を言ってジムから出、伸びをしながら歩道を歩いた。煙草を吸いたいと思ったが、代わりに深呼吸をする。

「仕事立て込んでてタバコ吸ってる時の神崎さんって悪人面でとても警官に見えないっすよ。よくて貧乏探偵って感じだ。」

酔った霧野が軽薄な笑みを浮かべならそう言ったことを思い出した。酒を飲ませると普段より口が軽くなり、笑うようになるので可愛げが増した。本人にも酔うことで柔くなってしまう自覚があるようで、それを恥じ飲みに誘うと大方断られるのであった。

最後に飲んだ時、彼は相当に酔い「神崎さんも俺のこと嫌いなんですか?」と言って酒臭い息で喚いていた。

「なんだ?気持ちが悪い。」

神崎は横目で霧野を見た。酔って普段より表情が柔らかくなった彼は、眉を下げ媚びるように神崎を見ていた。普段からそうだったら楽なのだけどと思って煙草の煙を吹きかけた。彼の髪が揺れて、髪の向こう側に、紅潮した頬と反対に暗い切れ長な瞳が見えた。普段なら怒るところを怒りもしないで、しおらしい顔をしていた。

「じゃあなんで、俺を他のところにやるんです、なんで」

「甘ったれた声を出すな。そういうのは惚れられた女の前だけでやれ。まるで去勢された犬だ、だらしがない。それは散々説明したし、お前も納得しただろ。好き嫌いの話じゃない。」

「じゃあ今だけは神崎さんが俺の女になってよ。いいでしょ。」

呆れた。普段ならひっぱたいてやるところだが、曖昧にほほ笑んだ。バーカウンターの向こう側でバーテンが愉快そうにこちらを見ていた。

「本当に今日はよく喋るな。とにかく好き嫌いでお前を何処かにやったわけじゃない。」

霧野が彼女と別れて傷心していることがわかっているから、神崎は何も言えなかった。何を言っても彼を傷つけそうだ。まとわりついてくる彼を適当にあしらっていた。
静かになったので霧野の方を見ると眠くなったのか軽く頭を伏せていた。ようやく黙ったと新しい煙草に火をつける。同時に、彼が勢いよく頭を上げてこちらを見て微笑んで顔をよせてきた。

「じゃあ、好きってことですかァ?俺のことが。」
甘ったるい酒ばかり飲んだいたせいか息まで甘い。普段から見た目に似合わない謎に甘ったるい匂いをさせてうざったいのに身体の中までそうなったかのようだ。霧野は言ってから面白くなったのかにたにたと嫌な笑い方をした。面倒なので眉をひそめて黙っていた。今度は「気もち悪いのはどっちだよ。」と続けて声を上げて笑い始めた。

「お前もう飲むのはやめないか。」
「なんで?神崎さんから誘ったのに?」
「お前が柄でもなく落ち込んでるからじゃないか。」

酔った自分を制御できなくなった人間の世話は面倒だ。彼は眠いのか瞳を擦っていた。目の下に放射線状の影が差している。暗めの照明が彼の男にしては繊細で長いまつ毛を照らして影を作っていたのだ。髪が邪魔なのか指で軽く髪を指にかけるような仕草をし、普段はない不思議な色気のようなものが漂って、神崎は霧野から目を逸らした。酔っているのは霧野だけではないな、と目頭を押さえる。

紫煙が二人の間をゆるゆると漂って煙の橋がかかっているようだった。
霧野は虚ろな目で漂う煙に目をやっていたが、右手で断ち切るようにして軽く払った。しかし払ったそばから神崎が煙を吐いたので直ぐに靄がかかる。霧野はそれを払うことはせず煙から怠そうに目を背けた。

「ふん、チェーンスモーカーめ、迷惑なんだよ、離れられてせいせいする。」
彼は吐き捨てるように言って顔を離すと、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。

木漏れ日が、歩道をきらきらと彩っていた。晴れた平日、午後の昼間の町と言うこともあり、さわやかな雰囲気で散歩日和である。とても事件などなさそう、霧野のことも杞憂に思えてくるような暢気な気候だ。

穏やかな雰囲気に似つかわしくない黒塗りの車が、ゆっくりと近づいてきて神崎の少し先で止まった。
見覚えのある外車であった。神崎は一つ大きく息をついてから、歩を進めた。近づくと窓が音を立てて下がった。車の中から、熟れた花のような香りと獣臭い香りが混ざった独特の匂いが溢れ出て、神崎の鼻をくすぐった。

「神崎さーん」

開け放たれた運転席の窓から、車に似つかわしくないような明るい声がする。わざと出したような嫌な声色だった。
神崎は黙ってその人物を見降ろした。今一番会いたくて、同時に常に会いたくない人物であった。彼は言った。

「お久しぶりです、何してるんです?こんなところで。管轄外でしょ?」

神崎の視線の先には川名の姿があった。彼は神崎を上目遣いで興味深げに見上げるようにして、窓から身を乗り出した。助手席に大きな犬が座っている。ノアだった。獣臭さの正体は彼だろうか。これだけ太陽が射しているにもかかわらず、川名の瞳には光というものが無く深く暗い深海の様な藍色をしていた。

「そちらこそ、護衛も無しで何してるんですか?」
「私が一人でいちゃいけない理由なんて無いでしょう。もっと上部組織の親なら別ですけど私なんて。万に一つ命を狙うとしても、こんな見晴らしの良い場所でやる馬鹿はいませんよ。で、何してたんです?」
「散歩ですね、閑職で暇なんですよ。」
「神崎さんともあろうものが閑職?何故?イカレてるな。相変わらずアンタらは人員配置がめちゃくちゃだよ。また神崎さんが担当になってほしいと散々お偉い連中に言ってるのに、聞き入れてくれないんだからね。」
「……。」
お前がそういうことをするから、こっちは……という言葉を神崎は飲み込んだ。
川名は嬉しそうに、神崎の表情をじっとりとした目で見据えていた。

「ところで、ジムの会員履歴なんか手に入れて、何の捜査ですか?一体『何』を探し回ってるんです?」
「つけてたのか?言えるわけないでしょう。」

川名の神崎に対する愉快犯的な行動、無邪気で迷惑な勧誘は以前からであったが、普段以上に嬉々とした表情のように見えた。

「神崎さん?私に聞きたいことあるんじゃないですか?とはいえ、アンタが俺の質問に答えないんだから、俺も答えてあげませんけど。」

川名のすぐ脇から彼の身体に自身の身体をこすりつけるようにしてノアが頭を出した。ノアは神崎と目が合うと、大きく舌を出してはあはあと息を吐いた。にこにこと笑っているように見えた。よく見れば犬は発情期を迎えているのか、勃起しているように見えた。

「おや?、珍しい。ノアがよく知らぬ相手に対してこんなに落ち着いているとは。」
「……。犬には好かれるタイプなんでね。」

「私もです、可愛いですよね犬は。少し上下関係を教えこんでやれば、何をやらせても言うことを聞いて対処する。それでいて普通の人間よりずっと持久力があって、強くて、人も平気で殺せる暴力性がある。」

「暴力性?番犬として犬を飼うなんて時代錯誤です。今では、人間を愉しませるための、愛情をふりまく生玩具だ。去勢して適当な遊びで解消させて可愛がってやればいいんですよ。本気にさせる必要はない。」

川名は苦々しげに笑って「生玩具ねぇ、アンタも随分歪んだ考え方してるんだ。」と言って続けた。

「そう、犬は無邪気で好奇心旺盛で遊びも好きだ。いっぱい遊んでやらないとな。ぬるい遊びばっかりさせてると可哀そうだ。去勢?そんなの自然の摂理に反する。動物らしく交尾させ、孕ませてやるべきだ。アンタが飼い犬に対してそんなことしてるから、飽きられ、危険を顧みずに勝手に遊びまわり、歯止めがきかなくなるんだよ。ね、神崎さん。」
「……。ちょっと待て。」

川名は窓に手を掛けようする神崎を振り払うように、車の窓を閉め始めた。閉まりゆく窓の向こう側の神崎の顔色が変わっていくのは、窓ガラスの色のせいだけではないだろう。
「何を焦ってるんですか?そうやって奥さんにも逃げられたんですよね?離婚したアンタの奇麗な雌犬のことを言ってるんだ、それ以外の意味はない。勘ぐるなよ。」
「お前、」

窓を完全に閉めた向こう側で、憎々しげな、しかしどこか顔を青くした神崎が何か言っているのを、川名は清々しい気分でしばらく眺めていた。神崎の手入れの行き届いていない髪といい髭といい、初めてあったころに比べると随分くたびれたものだが、それでも鋭く知的な眼光は変わらず魅力的だと思った。

警察の99%はどうしようもないゴミだが時折彼らのように光る人材がいる。前職が警官であるという同業者も何人か知っている。彼らが後ろめたそうに、まるで罪を告白するかのように過去の話をする時の表情が好きだ。

神崎が車のドアにまで手を伸ばしかけたので、車を発進させた。バックミラーに写った神崎が見えなくなるまでこちらをじっと見ていた。愉快な気分になって事務所への道を急いだ。川名は応接間に霧野を一人、配下の男達の下に残したまま、月に一度の会合のため親組織の連中に会っており、その帰りに神崎を見つけ、しばらくつけていたのだった。

事務所を出る前に、霧野の件を知っている組員全員に応接室の写真を送付し、参加したい者はご自由にとメッセージをつけた。手の空いていて興味のある者は勝手に来て勝手に犯して勝手に帰るだろう。

会合の後、気晴らし憂さ晴らしにノアをドッグランで走らせた。素晴らしく俊敏な動きで、他の犬が怠惰で愚鈍な別種の生き物のように見えた。躍動する筋肉の動きをいつまでも見ていられた。

幹部連中がここにいたら、犬などと遊んでいる川名を子どもだと言って笑うだろう。
会合ではよく話しかけられた。なぜなら稼いでいるからだ。最初は邪険にしてきた連中も。単純すぎてつまらない。

「お前のとこ随分稼いでるみたいだな。」
脂ぎった顔の男が無遠慮にパーソナルスペースを侵害して話しかけてくる。
「ええ、まぁ、お陰様で。」
川名は作り笑いで男を見た、その横にまた別の強面の男。
「ヤバいもん流してるんだろ?ちょっとウチにも回せよ。」
「なんですそれ?」
聞き流し、笑い、適当に流した。お前らがうだつが上がらないのはお前とお前の組織の人間が使えないからだろ、無能共。こっちの組員1人でお前らのところの家畜3頭分の働きはする。そういう人間を集めた。

会合中暇なので、頭の中でその場にいた気に喰わない連中一人一人の顔を思い浮かべて、ノアに首を噛ませた。一人3秒だ。1人3秒だから1分もあれば無能全部が死ぬ。

ノアがはしゃいでフリスビーを銜えて戻ってきたところを撫でてやる。裂けてしまうのではないかという程口を大きく開いた。奇麗な鋭い犬歯が並んでいる。美しい。

はあはあと涎を垂らしながら強い息遣いをしながら川名の手に褒めて欲しいと頭をこすりつけた。手にべったりと濃い涎がついたが、不快な気分にはならない。やはり、犬は美しくて強くなくてはいけない。時に噛み付くくらいの元気はあってもいい。

血の気の多い組員を愛していた。ほかの社会で活かせぬ才能を活かしてやれるし、それゆえ不安定な精神の制御もしてやれる。川名はノアを撫でながら、何人かの顔を思いうかべ、立ちあがり再びフリスビーを思い切り遠くに投げた。できるだけ遠く。

そうして会合とドッグラン、神崎とのお遊びで半日程度事務所を留守にしていた。既に日が暮れ始めていた。
事務所に着くと、応接間の前に美里がひとりで立っていた。ダルそうに携帯を見ていたが、川名が来たのに気が付いて顔を上げ、それをポケットに滑り込ませる。

「なんだ、まだやってるのか。お前らも物好きだな。」
川名は美里の表情が一瞬だけ曇ったのを見逃さなかった。
「はい。やめさせますか?」
「様子を見よう。」

美里は普段通りの感情の無い顔に戻っていた。霧野がこうなってからという物、時々美里の顔に動揺の様な物が走るのが川名には面白くて仕方がなかった。

元々感情が希薄、いや希薄にさせられた人間不信のこの男が、珍しく澤野にはよくなついた。川名以外に見せなかった感情を見せていたのだった。それが、こんな形で終わりをつげ、どういう気持ちなのか。興味がある。

もちろん彼も、組織の一員であり、嗜虐性にあふれた人間だから、純粋に裏切り者である霧野を貶めるのは楽しく感じるはずだ。嗜虐性が増せば、仕事への活力にもなる。また、行き過ぎた嗜虐性を発散させて落ち着かせてやることもできる。そういった意味で今現在の霧野は贄として組織にしっかり貢献しているとも言えた。

実際、報告を聞く限り、美里個人では随分愉しんでいるようだ。もちろんずっと嘘をつかれていたこと対する怒り、憎しみもあるだろう、ぶつけようのない怒りを昇華しているのだ。しかし、報告よりも、何かの拍子に傷ついた顔をしている美里を見ていると心が満たされた。もっと美里の前で霧野をいたぶってやろうという気分になる。

輪姦、中出しの数を競わせるゲームをさせた時など、最高だった。アレは霧野のために用意したゲームだが、美里のための物でもあった。彼一人だけ霧野に対して労わる様な優しい手淫、口淫をさせて、明らかに浮いていたのだから。いや、それでも口調を乱暴にし、わざとらしく動きも大きくしていたから、他人から見たらわからないだろう。

美里が先に中に入った。こもった空気に気分が悪くなったが後ろ手でドアを閉め、部屋の惨状は無視して窓際の方へ行った。空いた窓からは風が吹き込んでまだマシな空気だ。窓から顔を出して澄んだ空気に当たると気持ちが良かった。

窓から軽く身を乗り出してみる。庭から駐車場まで霧野が見た景色を再現した。低すぎず高すぎず、下から見上げる者があれば、はっきりとその表情までよく見えるだろう。

「うーん、良い眺めだなー。」

静まり返った部屋の中に向き直った。組員達が手を止めてじっとこちらを見ていた。霧野とだけは目が合わなかった。男達の影に隠れていはいたが、死んでもおらず意識もハッキリしているようで、一人唸って悶えていた。

「なんだよ、俺のことは気にしなくていいから、飽きるまでいつまでもやってろ。たくさん遊んでやると良い。孕ませてやれるくらい遊んでやれよ。お前達に逆らうとどうなるか身体の底までわからせてやったらいい。」

再び男達が霧野を囲んでいた。出ていった時に比べてほとんど人が入れ替わっているようだ。何回出されたかは後で霧野の口から聞いてやるとして、多少は反省しただろうか、自分のこれから進む道への覚悟はできただろうか。煙草を咥えると横から美里が火を差し出した。

「進捗は?」

美里はスマホの画面を操作して、川名の方に画面を見せた。メールの下書き画面に組員の名前が並んでいた。

二条
久瀬
宮下
東郷
保坂
間宮
竜胆
新島
犬童
林山
三島
広瀬
夏目

「と、俺と川名さん。竜胆は一回来てからもう一回来ました。また来るかもしれません。」
「記録更新じゃないか。まぁ、俺は見てただけだけど。」
「そうっすね。」
「二条と間宮は?」
「仕事で出てます。呼び戻しますか。」

「は?何を言ってる。別に、こんな馬鹿げたくだらんお遊びのためにわざわざ呼ばなくていい。ところでお前、最近また業績が落ちていないか?澤野がいないと無理なのか?お前もいつまでもこんなところで遊んでいないで、見張りは下の奴にでも任せて、外回りの資金回収でもいったらどうだ。」

「そんなことは、ちゃんとやれてます。」
彼がムキになりそうな子供じみた素振りを見せ、面白くなった。ハッパをかけてやろう。
「平凡には興味ないんだよ。成果がぐずぐずに落ちてくれた方がまだ面白い。お前の精神の動揺を見て愉しむことができるからな。」

美里が気まずそうに黙っているのを横目に、しばらくの間部屋の惨状を眺めていた。
「よくもってるみたいだな。」
「もともと無駄に体力がありますからね。」
「まだ薬の在庫も山ほどあるからな、奴が全く動かなくなるようなら使ってやれ。」
一本吸い終わり、立ち上がる。

「まだやることがあるから部屋に戻るよ。このままここにいるならば、終わったら部屋を奇麗に戻しておけよ。こんな獣臭い部屋に客人なんか呼べたもんじゃない。」
「……はい。」
やる気のない返事が返ってきた。はいと言いながらもあからさまに嫌そうな顔をしてこちらと目も合わせない。黙って見ていると、流石に目を合わせて、そのままの表情で「わかりましたよ!」と続けた。そのまま「うるせぇな。」とでも続けそうな表情だ。美里と霧野だけが同じ表情で川名を見るのだった。



「なんだ……まだやってたのか。」
二条が呆れたように、廊下に立った美里を見降ろした。すっかり夜になり、窓の外は真っ暗だった。
「やめさせますか。」
「ああ、やめてもらう。」

「えっ」と美里が言い返す前に、二条が美里を押しのけて中に入っていった。美里も続けて中に入った。
部屋の真ん中の机は雑に押しのけられて、位置のずれたソファに座った組員の股に顔を押し付けている霧野が目に入った。その周りを3人の別の男が囲んでみていたが、二条が入ってきたと同時に姿勢を改めた。

「お楽しみのところを邪魔して悪いが、来客がある。これからこの応接室を使うんだ。細かい掃除は美里がやるから、簡単に家具と備品戻してとっとと出ろ。服の乱れをしっかり直してから出て行けよ。こんなところに娼婦がいると噂になると残って仕事してる連中がのこのこ集まってきちまうからな。」

組員達は素直に二条に従い、乱れた家具を元に戻した。床や家具は汚れ、半日前の部屋と同じ部屋とは思えない。霧野は床にへたりこむように座ったまま肩で息をして、ソファに顔を伏せていた。

「それでは失礼いたします。」

男達がそう言って出ていこうとするのを二条が体で遮った。組員が怯えた調子で二条を見上げているのを、美里は冷めた目で見ていた。

「まだ備品が残ってるだろ、そこに。」
二条が横目で霧野を見おろしていた。
「縛り上げて、そこのロッカーにでもしまっておけよ。後で俺が使うからな。」

すっかり気力も体力も使いつくしていた霧野は容易に手足を結束バンドで束ねられ、口に布を噛まされて、そのまままるで荷物が引きずられるようにして、組員達に応接間の奥のロッカーの中に押し込まれた。手を後ろにまわされた体育座りのような縮こまった姿勢で、俯いている。

「なんだ?元気がないなァ。」
二条と美里がロッカーの前に立って、霧野を見降ろしていた。顔を伏せ何も言わず、死んだようにぐったりしている。しかし、一物だけは元気に反り返ったまま、脈打っていた。

「そりゃあそうですよ、あれだけして元気があったほうが怖い。竜胆が面白半分に強壮剤なんか飲ませるから、惨めにいつまでもチンポだけはデカくしておっ勃てて馬鹿みたいだ。笑えますね。」

「ふーん、チンポを勃たせたままのくせして、今にも寝そうじゃねぇか。何を勝手に休んでいるんだか。」

二条がそう言って奥の部屋に消えたかと思うと、バイブを一本手に持って戻ってきた。手の中でスイッチを入れると、モーターが勢いよく回る音がして、俯いていた霧野が頭を上げた。美里はすぐ隣で蠢くバイブのあまりのうるささに、片手で右の耳を塞いだ。

「なんです、このクソうるせぇバイブは。」
「改造させたから、勢いがいいんだよ。一時間半も稼働させ続けるとモーターが焼き切れる、使い捨て仕様だ。」

顔を上げた瞬間泣き出しそうな表情をしていた霧野だったが、二条と目が合うと、疲れ果て目に光が無いがしかし、徐々に険のある表情になっていった。同時に息が荒くなり、ペニスがぴくぴくと反応していた。

「なんだ?音だけで身体が感じたか?心配せずともすぐにぶち込んでやる。」

二条がロッカーのすぐわきに屈みこんで、霧野の脚の間に腕を押し入れるようにして動いたままのバイブを入れていった。

それは簡単に中に入っていき、中に入っていくとモーターの音が霧野の肉の壁に吸収されて小さくなっていった。霧野の身体ががくがくと震え、ロッカーの壁に当たって大きな音を立てた。

二条がバイブから手を離すと、少しずつバイブが外に出て、また音が大きくなる。二条は、立ち上がると今度は足をロッカーの中に差し込んでバイブの底を押し上げた。

「ん゛ん゛んっ!!!!」
中に収まったバイブの音が再びくぐもった小さなものになる。

「おい、ガタガタと騒がしいぞ。ちゃんと中にしまっておかなきゃダメだろ、客人が、気になって、ここを開けちまうかもしれないじゃないか~。いいのか~?お前がそれでもいいなら勝手にしな。客人交えて延長戦が始まるだけだ。今度は朝まで続くかもな。」
「ぐ…うう…っ、うう……」

今度はすぐさま出てこずに、バイブは奥に収まったまま小さな音を立てていた。霧野の身体の震えも小さくなり、顔を伏せ、手は握りこまれ、脚の指が折り曲げられ震えていた。

「そうだ、やりゃあできるじゃねぇか。眠気覚ましにちょうどいいだろ?」
少しして、出そうになったのか、霧野はバイブの底を押し上げるように踵をこすり付けていた。
「へぇ~、器用なことをする。勝手に電源を落としてもわかるからな、モーターが焼き切れるまでそうしてろよ。」

二条はロッカーの扉に手をかけて、ゆっくりと閉じ始めた。
「じゃあな。」
再び霧野の頭が上がり、扉と扉の間から一瞬だけ切なげな顔が見えた。

「何か言いたそうだな。」
二条がにやついた瞳を美里に向けていた。

「掃除が面倒なんですよ、霧野にも少しは自分でやらせようと思ったのに。そこの壁とか舐めさせてさ。」

「掃除?はははは、無理だろ、通った端から体液まき散らすナメクジみたいな状態で、永遠に掃除が終わらねぇ。別にこの後何もないなら、そうやって遊ばせてやってもいいが、人が来るからな。」

何が面白いのか二条は一人でひとしきり笑っていた。
美里は普段するように濡らしたタオルで床や壁を拭きとって奇麗にしていった。窓とドアを全開にして換気する。夜の涼し気な空気が部屋を通り抜け、腐った臭いを一掃していく。ロッカーは物音一つ立てないが、近づいて見下ろし、よくよく耳を済ませれば微かなモーター音と上ずった息遣いが聞こえてきた。

二条が奇麗になったソファの上で脚を組みラップトップPCを開いて眺めていた。ほとんど掃除は終え、最後に彼の足元の床に飛び散った霧野か誰かの精液を拭きとりたいのだが、彼の前に這いつくばるのは癪だ。

「おい、遅いな?もうすぐ人が来るぞ。早く掃除を終えろよ。」
二条はこちらの気持ちを見透かしたように、PCから目を上げてこちらを見上げていた。
「どうした?『ここ』が汚れてるだろ?」

「ここ」と言いながら二条は組んだ足を戻し、汚れた床を革靴の底でこすった。黄色く変色したゲロの様な液体が床の表面にのびた。

「……。じゃあ、そこをどいてれませんか。」
「何故?このままで十分できるだろ。」
「……。」

何を言っても無駄だとすぐに諦めた。反抗のつもりであからさまに舌打ちをしてから、彼の足元に跪いて床を拭き始めた。ぬるぬるしたものはまだすぐタオルに染みるが、時間が経ってこびりついた汚れがなかなかとれない。

「おい、美里。お前、霧野に変なこと吹き込まれてねぇだろうな。」

一瞬だけ手が止まってしまい、紛らわすようにタオルから手を離し、固く床にこびりついた精液を爪で親指の引っ掻いていると、背中に重い物が乗った。すぐに二条の脚だ乗ったとわかった。

「質問に答えろよ。」
「何の話をしてるんです、足をどけてくれませんか、掃除できない、」

後頭部に足が乗って、そのまま力をこめられた。土下座してたまるかと頭を上げようとすると、ギリギリと体重をかけられ、耐えられない。頭が下がって、顔のすぐ先の床に何者かの精液がへばりついているのが見えた。

「本当か?嘘だったらタダじゃ済まねぇからな、お前も、霧野も。何かあるなら今、正直に言ってみろ。些細なことでもいいぞ。」

頭をごりごりと踏みしだかれた。湿った感じがした。二条が床の液体を踏みしだいた方の靴底を擦りつけるようにしていることを悟った。

「なにもありません。」
しばらくの間部屋に沈黙が降りた。背中に汗が伝った。
「ああ、そうかよ、そんなに言いたくないか。組長はお前にはまるで甘いからな、大変面倒くさいが、代わりに俺が尋問してやらないといけない。お前がいる時は霧野の調教に忙しく、お前みたいな学も無いつまらん屑など相手にしてる暇が無かったが、今だったら大丈夫だな。」

「尋問される言われなどありません。」

「とぼけるなよ?何故地下に降りる時霧野に背後を取られるような愚かな真似をした。お前が。ありえねぇだろ。何か言われたんじゃないのか?お前が動揺するようなことでも。アイツは口がうまいからな。平気で嘘を本当といい、本当を嘘と言って信用させる。人を懐柔させるのもうまい。そこがまた良かったんだが。俺はお前を心配してやってんだぜ?後からバレて痛い目見るより、先に自分から言った方が良いぞ。そこに良いお手本があるだろ。」

「だから、何も無いです。たまたま俺が油断して奴に背を向けた、それだけですよ。もうしません。すみませんでした。」

また沈黙がおり、乗せられていた足がどかされ、黙って床を拭くのを再開させた。ひとしきり拭き終わり頭を上げると目の前に二条の靴があり、ゆらゆらと目と鼻の先で揺れていた。

靴底から側面にかけてベッタリと霧野の吐瀉物のようなものがつき、先程踏みしだかれたせいであろう、美里の猫っ毛の茶髪がゲロにグロテスクに絡みついていた。

「………。」
「お前の男の手にまみれた薄汚い身体に触っちまったから余計に汚れたな。」
ゆっくり息を吸って、二条の視線を感じながら立ち上がった。 
「替えのタオルを持ってきます。」

息を吐きながら奥の部屋に移動し、タオルを取りに行く。心拍数がどんどんあがってくる。壁に向かって拳をたたきつけた。
キレても良かったが、ここには川名も澤野もおらず、タイミングも相手も何もかも悪すぎる。普段ならまだしも、今は下手をすると霧野がなにかされている時に難癖つけられお前も混ざって奉仕しろと巫山戯半分に言われかねない。

膝まづいて、柔らかいタオルで二条の靴を綺麗に磨き上げた。磨いている途中で客人が入ってきたが、機械のように無心で続けた。ロッカーが微かに物音を立てた。
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