堕ちる犬

四ノ瀬 了

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助かるよりまだプライドが大事か?

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太陽光の降り注ぐ窓際の棚の上白い花の鉢植えが置かれていた。霧野の身体に入った華の刺青の模様と同じ形の花の鉢植えだ。青々とした葉が水をやられたばかりなのかじっとりと濡れ、太陽光に照らされて瑞々しく光っていた。深く吸い込んだ空気の中に花の香りが混ざった。霧野はその花の名前を思い出そうとしたが、川名の言葉を思い出そうとすると、記憶に痛みが伴って思い出せない。

漠とした意識、水の中にいるように周囲の空気の流れが遅く感じられ、物音がくぐもって聴こえた。川名と美里が何か話しているが、理解できない音のように軽く反響して聞こえる。川名の部屋にいるというのに現実感が無い。

「あとはもういいから、外に出てろ」

回らない頭の感じ、発汗、不自然な息遣い、薬を打たれた時に少し似ている。食事になにか混ぜられているのだろうか、ただ疲れているのか。背後でドアが閉まる音、彼の香りがしなくなった。

沈黙が部屋の中に満たされた。川名の視線を感じて、何か思い出しそうになるが彼の目が見られない。
久々に袖を通した青のワイシャツとダークスーツが皮膚に、肉体にくすぐったく違和感さえあった。

「また人間の格好させてやるよ」と寝起き早々美里と二条に着替えさせられ、美里に川名の部屋まで連れてこられたのだった。前回着せられた服はもう駄目だろう。バックの中には別の霧野の私物のスーツ一式が入っていた。鞄の中から微かに自分の部屋の芳香剤の香りがし、妙な懐かしさを感じた。

この服もまたすぐ、使い物にならなくさせられるのだろうか、とジャケットの裾を弄っていたところで急に彼の命令を思い出した。「2人きりになったら衣服を取り払って床に這いつくばって頭を垂れろ」という命令だ。

緩慢とした仕草で衣服に手を這わせると「遅いんだよ。」と静かだが威圧的な叱責が飛んできた。

「どうした?そんなに自分で脱ぐのは嫌か。無理やり脱がされたいなら、次からお前をこの部屋に呼ぶ時はもっと人員を用意させてやるよ。」
「……すみません、やめてください」

服に手をかけながら自分に対して腹が立ってきていた「なにが、すみませんだ!」と。しかしその反発は以前より小さく、川名に対して表立って出していないのが良い証拠だった。川名に対してキレても良かったが、できなかった。身体が言うことを聞いてくれず代わりに上擦った呼吸ばかり出る。

靴を脱ぎ、ベルトに手をかけて軽く屈む時に体内から、胃、腸がきゅるきゅると扇動する音と共に、身体から聞こえてはいけない可憐な鈴の音が微かになった。体勢を崩す度歩く度その音は下半身の奥の方から微かに聞こえている。

川名の視線を感じながら服を脱いでいるうちに羞恥でさらにいたたまれない気持ちになってくる。
衣服を取り払って床に座り、たたんでいると彼が立ち上がった音が聞こえた。

「綺麗に飾り付けられてもらって良かったじゃないか。」
「……、」

霧野の身体、衣服をはだけた肉の上には赤色の縄が模様のように走り緊縛されていた。胸部、腰周り、股縄、鼠径部、性器の付け根にまでしっかり縄が食い込み、身体を強く抱きしめて離さない。いつどこにいようとそれは身体に密着して、霧野を戒めた。

「その戒めで、自分が誰の管理下にあるのか常に自覚してろよ。」

縄を通し終わった姿を霧野に鏡の前で見せながら、二条は楽し気にそう言った。昨日の度重なる打擲の名残から回復しておらず、何も言えずにそのザマを呆然と見ていた。しかし何故かムラムラとして、目を逸らした。それを二条が見逃すはずもなく、揶揄され、胸のピアスの間に橋を通すように細い、しかし重みのあるチェーンが通された。目を逸らすと無限に悪趣味な飾りつけを増やされる気配。良いと言われるまでじっと自身の変わり果てた姿を見据えていた。自分が誰で何か考えれば考えるほど、気が狂いそうになり、高まるため感情を殺し、物として自身を見ていた。

身体を軽く動かす度に何処かしらの縄が必ず身体を擦り上げ刺激する。しかし下半身の付け根も縄で括られているため、霧野の下腹部の奥の方で性欲の塊のようなものが獣が呻くようにぐるぐると熱く滾り、どこまでも溜まっていた。感じるほど羞恥と罪の意識が大きくなり、咎のような物が溜まっていった。

身体の疼きに気を取られていると、川名の気配がすぐそばにあった。

「手際が悪いな。お前はそんなに出来ない奴だったか?早く頭を下げろよ。」

彼の革靴が目の前から後ろに回っていく。手早く衣服を畳んで床に這い蹲るようにして頭を下げると必然的に下半身が後ろから丸見えの姿勢になる。また彼からの機械の様な冷たい視線を感じていると、息が上がってくる。目の前すぐが床であり、篭った熱い息が自分の顔にかかった。
  
「なんだ?この前のお前の落し物じゃないか。」
川名の革靴の底が下半身の上を軽く這っていたが、1点にとどまるとそこをグリグリと押し込んだ。
「う゛……っ」
「勝手に出して。今度は簡単に落とせないな。」
股縄を通される前に体内に異物を挿し込まれ、その上から特に縄をキツめに通されていた。
体内に埋め込まれた物は3つある。

1つは、以前川名から、川名のペニスの代替物だといって挿れられ、上から川名の女の下着を履かされた際の物だ。霧野が自ら抜き取って地下室の前で捨てた張形だった。張形の底に二本の縄が通って、身体が反射的に出そうとするそれを縄が自然に押し込み、戒めていた。

「これで感じるのか?」
川名の革靴の表面がディルドの底を軽く叩いた。
「……、……」
声は出ないが、代わりに身体が軽く跳ねていた。
「お前はいつからそんな淫乱になったんだよ。」

返事の代わりに息が漏れ、伸縮した体内からプラスチックのこすれるコツコツとした音と、凛とした鈴の音が漏れ出ていた。残りの2つの異物だった。

2つ目と3つ目は、張形を挿し込まれる前に挿れられた。美里から遠隔ローター、二条から鈴を、快楽の極地を刺激するように調整され肉壁張り付くように、挿れられていた。
ローターは動いていないが、今のように直接下半身を刺激されれば中で異物として擦れあって刺激した。美里は手の中でスイッチを弄びながら言った。

「これは俺が持っててやる。俺に楯突くような真似するなよ。お前がいつものように行儀の悪いことをしたら、身体をこずく代わりにこれを付けてやるからな。わかったか。」

二条に仕込まれた大ぶりの鈴は、鈴単体で透き通るような美しい音を響かせた。その音は体内に入ればくぐもるがそれでも音を出し続ける。身体を動かせば常に小さく体内の良い所から音を鳴らして周囲にその存在を知らしめ、羞恥を加速させるのだった。二条が軽く霧野の尻を叩くと良い音が鳴った。彼の手が尻の表面を優しく撫で、耳のすぐ後ろから低く落ち着いた声で二条が言った。

「お前の顔面はいつでも掘ってくださいという淫乱面だからな。もっと自分の熟れた身体を主張しておくがいい。」

身体を蝕むもののことを意識させられると、2人のことを思い出さずにはいられず、しかし思い出せば妙な気持ちになる。自分自身おかしくなりつつあるが、彼らはそれを良いことに、霧野を憎むどころかもっと求めるようになっているように思える。
何度か川名から後ろから恥部をなぶるように蹴られると、奥で鈴がコロコロと可愛げな音を立てて鳴った。

「おいおい、何をいれてるんだ?」
川名の半笑いの声が聞こえ、さらに強く蹴りあげれると鈴の音と一緒に高い声がでた。
「そんなデカい声で吠えたら外に聞こえるだろ。いや、聞かせてるのか?しばらくそうしてろ。」

川名の足がどき、靴音が遠ざかっていった。キーボードを打つ音、廊下の外を誰かが歩く音、風の音以外の何の音もせず、存在の無視が始まった。随分長い間そうしていた気がする。

「うるさいなぁ。」
「……」
「静かにしてろよ。はぁはぁして、なんだ、さっきから。」
「……、すみません……。」

「自分が淫乱なマゾだとまだ自覚できてないからそうなるんだよ。自覚できれば、抑えようとするだろう?犬だっておしっこや大便をしていい場所とそうでない場所の区別くらい付けれる。お前は場所もわきまえず我慢せず発情して、恥ずかしくないのか?人間以下は当然として、犬以下なのか?」

ねちねちとした罵倒が始まった。その時、背後でドアがノックされた。心臓がはね身体に力が入ると筋肉が収縮し、縄が身体を擦り、締まった中で、異物が刺激を与えた。

「サツの連中が来てますが。」
久瀬の声だった。

サツ?まさか今日が警察が来る日なのか?……そうだ、そうでなければ川名が自分を出すはずがなかった。次に外に出る時はそういう約束なのだった。

「開けていい。」

ドアが背後で開く音がして少しの間があった後に彼が入ってきて後ろでにドアを閉めたようだった。彼は霧野を無視して淡々と続けた。

「応接室に通して待たせときます?それとも、1度顔見られますか?」
「うん、1度顔を見たいから通していいよ。」
「わかりました。これは?」
これ、は明らかに霧野のことを指していた。
「そのままでいい。おい、霧野、顔を上げて助け求めたきゃ求めたっていいぞ。今のお前に、それができるならな。やってみろ。」
「………。」
何を言ってる?
身体の体温がみるみる上がり、心拍数があがっていった。とても冷静な思考ができる状態ではない。
「久瀬、その服を適当な場所に置いて奴らをここに連れてこい。」

久瀬が横に置かれた霧野の服をさっさと回収し、外に出ていってしまった。

「今回に限っては特別に俺の指示なく顔を上げても許してやる。好きにしろ。直ぐに罰したり、殺したりはしない。様子を見させてもらうから。だから、安心して喚いていいんだぞ。うまくすればおうちに帰れるな。」

再びドアがノックされ、複数の足音が部屋の中に入ってきた。背後で誰かが息を飲むような音を出した。川名が立ち上がってこちらに歩いてくる音がする。心拍数がさらに上がり複数の視線にさらされて身体が発火しそうだった。発火しそうな身体を縄が戒めるせいで、感度が上がり、うめき声をあげそうになるのを必死で耐えた。

川名が丁寧な口調で言った。
「すみませんね、うちの若い者が粗相をしでかして軽く謝罪させてるんですよ。本人の意思でしてる事だからね、別にいいんだ。驚かせてしまいました?」

「相変わらずあんたは気持ちが悪いことをしますな。自分の部下くらい可愛がってあげなさいよ。おい、八代、お前俺の部下で良かったな!お前のような無能、組長さんの下ついてたらこんなものじゃ済まなかっただろうな~!」

豪快な笑い声が続く。ヤクザと直接やり取りする警察官、ハクの北条と八代だった。北条が景気よく笑うその横で八代が黙って冷めた目をしている図が脳内に浮かんだ。壮絶な羞恥、同じ警察官が近くにいるというのに助けのタの字も発生しない絶望感に床に着いている手に力が入った。

時に霧野は事務所に来た彼らを壁際からじっと観察していた。北条は昔ながらの勢いのある、しかし少し崩れたところのあるじじい、よく黒のシャツに黒のスラックスを履いており、ぱっと見警察にも見えない怪しいおっさんである。北条は霧野が潜入に入る以前からハクとして彼らとの交流があったらしく、付き合いだけでいえば霧野よりもずっと彼らと交流があるようであった。
呑気に笑っている彼に異常に腹が立った。演技だとしても最悪、そうでないならもっと最悪だ。なぜこんなバカがこんな大事な仕事を任されて自分は……。

一方の八代は細身のスーツを着た真面目そうな青年で、ほとんど北条に付き従って何もしていないように見えた。それなりに鍛えてはいるようで動きに無駄はないが、それが生かされているようにも見えない。歳も霧野より幾分下に見え、迫力にかけるため、他の組員からもどこかなめられていたし、霧野自身も彼をなめていた。
息を飲んだのもどうせ彼だろう。何故彼がハクとして育成されているのか人員配置を考えた人間の頭が理解できなかった。そこに自分が立っていたかった。それならもっと上手くやれると思った。こんな年下に今の姿を見られていいのか?

2人とも霧野のことは知らされていないはずであったが、今回はこちらから電話で緊急事態を知らせているのだし、何か策があって来ていると思いたい。しかしどうも信用に足りないし、どう見ても何も気が付いていないように見える。気がついて欲しいという少しの希望、彼らの無能さに対する怒り、自分の境遇の理不尽さ、気がつかれたくないというプライドがせめぎ合って、発狂しそうであった。

「……。」
「こいつへの懲罰と弁解を聴くので30分ほど欲しいです。それから応接間に行きますが構いませんかね?」
「わかりました、待ちましょ。」

川名はそれから少しの間、わざとらしく沈黙していた。
霧野が顔を上げるタイミングを作っているとしか思えないような絶妙な時間だった。

ここで「自分は警察官なのだ、助けてくれ、連れ出してくれ」と喚いたところで、どうなる。そもそも今のこの身体で信用されるのか。痣だらけで刺青までいれられ、今は伏せているから傍から見てもわからないが、ピアスまで開けられて……。もし、信用されて連れて帰られたとしてどうなる、恥の上塗りじゃないか?こんな無様な姿を警察の者見られたら一生笑い草として語り継がれ、向こうでの居場所などなくなり、社会的に死ぬ。しかし、ここにいても死、殺される。回らない頭を精一杯働かせても、結論は出ない。

結局、霧野は頭をあげることが出来ず、むしろ必死に頭を下げて顔を、身体を隠し続けることしかできなかった。頭をあげようとしても、全身が強張って動かない。息が上がり羞恥に全身を湿らせて体液を漏らしてしまい、無理なのだった。もし誰かに頭を上げろだとか無理やり身体を起こされそうになっても、やはり、必死に抵抗して顔を隠すだろう。寧ろはやく、出て行って欲しい。
自分で自分が憎い。身体の奥底にたまった性欲が刺激されてしまうのが最も悪だった。溜まりに溜まった欲望がはちきれそうになり、縛られた陰茎の先端が湿り、汗とは別の体液を垂れ流していた。

川名の靴がこちらに近づいてきて、靴先が床についた顔の側面をすりすりと撫でまわし始めた。
「あなた方に見られまいと必死になって顔を隠してますね、まったく、馬鹿な奴だ。お客が来てるのに挨拶も無し。自己紹介でもしたらどうだ?」
「そりゃあ、仕方がないってもんですよ。あんたらもこちらも外面を気にする商売ですから。」
北条がまた笑って、八代がため息のようなものをついていた。

「……よし。久瀬、案内してお茶でも出しておいてやれよ。」
「はい。」
「じゃあ、少ししたら行きますから。くつろいでいてください。」

3人が部屋から出ていくと、自分の大きな息遣いが一層際立って聞こえ、他はしんとしていた。

「おいおい、助かるよりまだプライドが大事か?せっかく助けを求めていいと言ってやってるのに。こんな機会もう無いぞ。」と川名が煽るように言った。身体中じっとりと汗ばみ、これでよかったのだという気持ちと大きな後悔に苛まれていた。川名はできないことがわかっていて、そのようなことを言うのだ。

「そんなにここにいたいなら、いつまでもいればいい。顔を上げていいぞ。俺の方を見ろ。」

顔を上げると川名は腕を組み、こちらを見下ろしていた。吸い込まれるような大きな深い瞳が半月型の目の中でこちらをじっとこちらを見下ろしていた。

「なんだ?随分顔が赤いな。怒ってるのか?感じてるのか?両方かな?……それにしても、やはり警官という生き物は随分に無能で愚かだと思わんか?すぐ側でお前が辱められているというのに、気が付きもしないじゃないか。むしろ笑い腐って。最悪な奴らだな。ゴミだよ、ゴミ。」

「……、仕方がない。」

「仕方がない?本気でそう思ってるか?本当は奴らの無能さ、つまらなさに嫌気がさしてるんじゃないのか?……。まぁ、いい、立てよ。服を着て先に応接間に行き、いつもみたく黙って立ってろ、行儀よくな。それくらい、今の腑抜けたお前にでもできるな。今一緒に行ったらここに居たのがお前だと流石にあの無能じじい共でもわかるだろ。俺は後で行くから。」

彼はまた霧野にチャンスを与えようとしているようだった。そうして、それを見て愉しんでいる。
「……くそ」
立ち上がりながら呟くが川名はじっと見ているだけで何も言わず寧ろ微笑んでいるようにさえ見えた。
「最近のお前は元気が無かったからな。また、がんばりを見せる場を与えてやるよ。」
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