堕ちる犬

四ノ瀬 了

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ここでお前が死んでも処理が楽だからだ。

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ポケットの奥で携帯が震えていた。
目の前で男が這いつくばり、身体を震わせながら惨めに逃げようとしている。
絢爛な広間の中で、この男一人が、汚物に塗れ、まるで紛争地帯で爆撃にあったかのように身を伏せている。
感慨深い光景だった。このままさらに絶望を与えてやるにはどうすればいいかと考えていた矢先だった。

携帯を取りだし、画面に映し出された名前に思わず舌打ちが出る。一瞬無視しようかと思ったが自分が振った仕事のことだ。急事であれば無視はできない。
「……どうした?完了報告か?」
電話の向こうで間宮が黙っていた。荒れた息遣いと雨が窓にぶつかる音が聞こえた。
こうやって何も言い出さない場合は、大体何かやらかした時だった。
「お前また何かやったな。」

二条は、霧野を横目で名残惜しそうに見ながら広間を後にした。
蹂躙の後、彼は時間をかけて回復していく。その様子が憎いと同時に愛おしくてたまらない。
植え付けてやった快楽と痛みの記憶は確実に彼の脳を壊す。
壊れたものは完ぺきには元には戻らない。無自覚に微かなひずみが出て確実に歪んでくる。
壊して回復させ、壊して回復させ、壊して回復させる。壊すのが自分の役目で回復させるのが彼の役目だ。

美里が一瞬だけこちらを見て若干気を緩めた顔をしていた。
彼は自分が如何に愚かな選択をしたのかわかっていない。しかし、それもまた愉快だ。

電話越しに間宮に声をかけた。
「黙ってちゃ分からないだろ。」
『仕事は終わって、今業者も呼んで片付けているんですが……その、』
「………。」
『ひとつ多くやってしまいました。』
「今回は1人だけだろ。」
『……霧野さんが、俺のせいじゃない……俺は悪くない……』
電話の向こうで独り言と言い訳が始まりかけていた。
「いい加減にしろよお前。」
『霧野さんに似ててテンションがあがり……』 
溜息をつきながら懐から一枚の紙を取り出した。そこには5人の人物の胸から上の写真がプリントされ、下にナンバーと名前が記載されていた。1番の女がターゲットで2番~5番の4人の男は彼女の関係者、もとい愛人達だった。
「……。一瞬だけそっちに顔を出すから待ってろ。」

電話を切り、新島に車を出すように指示した。酷い雨でフロントガラスにぶつかって弾けた雨が白い霧のようになって目の前を曇らせた。折り返しの電話をかけると半コールもしないで繋がる。
「5分もせず着く。」
さっきより明るい口調になった声がかえってくる。
『気をつけてね、雨酷いですから』
気持ちが悪いなと間宮の言葉を無視ししながら、再び写真のプリントされた紙を眺めた。
「何番のやつだ。」
『4番のやつです』
二条は4番にプリントされた男の写真を見据えた。確かに整った顔つきはしており、髪型や雰囲気は近いところもあった。しかし、幾分華奢すぎるし目つきも口許も女に媚びるように甘すぎて不快だ。

「なんだ?このブスは。こんなブスに遥が似てるわけねぇだろ。どういう趣味してんだよ?」

『……遠目に見たら似てるんすよ。やる前に話を聞いたらホストだって言ってました。』

マンションの中は、既に業者が片付けている途中で、3人の作業着を着た男が床や家具を拭いて周り、死体袋が2つ転がっていた。この後、家具のように梱包するかバラして小分けにするかは業者に任せている。

「わざわざ、来てくれたんすね。」
奥から姿を現した間宮は最初に電話口で話していた男とは思えないほどにこやかにこちらを見ていた。服も髪も一切乱れておらずこのマンションに初めから住んでいたような調子だ。
二条は間宮の横を横切って自分から見て右側の死体袋の脇に屈んだ。

「ん?霧野さんはそっちじゃないですよ?」

間宮の言葉を無視してチャックを下げると眠っているような、しかしそれにしては陶器のような色をした女の顔が現れた。そのままチャックを下げていくが服に血も着いていない。頭を軽く動かすと後頭部に直径5ミリ程度の穴が空いていた。 一撃で何も理解せずにイッたことがわかる。ゆっくりチャックをしめると背後で間宮が「慈悲の心ですよ。」と呟いた。

もう1つの袋を開いた瞬間から凄まじい血の臭いが鼻を突いた。チャックを下げるとやはり眠っているような男の半ば閉じられ光のない曇った目元が現れた。目の下に泣き黒子が二つならんでいると思ったが、片方は血痕であった。目元から下は血に赤く濡れ、右頬から口に向かってナイフを貫通させたような大きな穴が原因だった。もしくは口から右頬かもしれないが。首から下も悲惨であった。わざと急所を外している。

「どう?意外といいでしょう!顔はやめてなんて泣いたら顔から刺すに決まっているのにバカだよね?!やっぱホストなんてそんなもんなんすか?……そういうところは全然違って萎えたんですよね。死ねば同じなのでいいんですが。」 

華奢すぎ、夜の雰囲気を身に着けすぎているところを除けば、霧野に全く似ていなくもないが、所詮3流品と言ったところだ。
普段ならそそらなくもなかったが、本物と遊んできた後ではアメリカの本場のディズニーランドに行ってから日本のしょぼくれたゲームセンターに行く様なものである。無様に死んでいるという点で加点が出来なくもないので、1発遊んでいこうかとも考えたが、何よりも背後に立っている馬鹿が遊んだ後の物だと考えるとすぐに萎えた。

二条は袋を閉めて立ち上がるとようやく間宮をはっきりと見据えた。間宮はまるで褒めてくれてもいいよという憎たらしい顔をしてこちらを見ていた。

「風呂に湯は溜まっているか?」
「え?溜まっていますけど、2人で入っていたはずだから半分くらいしか溜まってないですし、もうぬるいですよ。」
「十分だな。」

二条が風呂の方に行くと無言で少し間を開けて間宮が追従した。
作業員たちは作業をしながら、彼らがどこかに触れていないか観察していた。

「服を全て脱いで中に入れ。」
「……」
間宮が二条から、見ている前で全て脱げと言われるなど4か月ぶりのことで、間宮は軽い高揚感と昂りを覚えた。誤って一人多く殺害したとはいえ、自分が霧野に似た男の死体を献上したことを褒めて一緒にお風呂にでも入ってくれるのだろうかと期待が高まっていた。腕をクロスさせてセーターを脱ぎ、パンツと下着を下ろしていく。
裸を晒し、背中に視線を感じるとゾクゾクと鳥肌が粟立つ。振り返ると、てっきり彼も脱いでいるかと思いきや、袖の丁寧にまくられたワイシャツに下着姿で立ち尽くしていた。

「早く入れよ。」
「……一緒に入ってくれるのでは」
言いかけたところで二条の腕が伸び、首を掴まれるようにしてそのまま湯船の方に引っ張られた。躓きそうになりながら、両足を湯船の中に入れると、水しぶきの凄まじい音と共に体がひっくりかえった。

半身を湯船に激突させられ激しく痛み、何が起きたかわからず湯船の底で足を滑らせる。上から身体、そして頭を押さえつけられ、顔面があげられない。

水底で呼吸がままならず、ゴボゴボと空気の泡を吐き出し尽くすと、大量のぬるま湯が体の中に張り付き始めた。いきなりの事に腕に力が入り、足をばたつかせていると臀にキツい蹴りが入る。ボコボコと音がして出ていた空気がなくなってきて、お湯がピッタリと顔面にはりつき、早まっていく心音が耳の奥でする。

水のしぶく音がして、頭をつかまれたまま顔をあげさせられたのを理解した。せき込むとお湯が出ては喉に入り、あまりの苦しさに呼吸の仕方を忘れる。

「アレ、一体増やすと、掃除代に130万円経費が嵩むんだと前にも言った気がするがどういうつもりだ?組長にそんなもの請求できないから、毎回俺が出している。この話は前にもしたな?」
「……、……、す、すみませ、次は」
「前にも全く同じ言葉を聞いた。嘘つきが。もう我慢できない。お前の今月の給料はマイナス130万円だ。しかしお前にそんな返済能力がないことはわかっている。可哀そうだから、今少し身体で返させてやるよ。」

二条は再び間宮の頭を湯の中に沈めると、湯の表面に上がってくる泡が無くなるまで彼の頭を静めることにした。そのまま石鹸に濡らした親指を間宮の肛門につっこんでやると、湯の表面に泡の上がってくる速度が上がり、軽く助けを求め、媚びるようにきゅうきゅうと締まったのがまた惨めであった。

間宮は、最初の方こそ二条の力に強く抵抗していたが、力が無くなり、徐々にビクビクと非人間的な幾何学模様の刺青が覆う背中、それから全身を痙攣させ始めた。二条が再び顔をあげさせると濡れ鼠になった間宮はフルフルと震えていた。顔をのぞき込むと、紅潮させ、大量の水を鼻から口から吐き出し目が虚ろになっていた。

「お前のケツは馬鹿なサイズのチンポに似てガバガバなんだよ。こうでもしないとマトモに使えん。」
「うぁ……いやだ‥‥‥‥ふつうに、したい」

間宮はむせ返りながら、懇願するように媚びた表情を二条に見せていたが、再び顔を水に沈められ、抵抗もむなしく、無理やり体内に彼の獣を迎え入れることになった。

口内器官をぴったり塞がれた状態で頭が回らずただ無様にされるがままになっていた。抵抗すればするほど酸素が無くなり、熱く痙攣し始め、一層激しく背後から貫かれ、身体がバラバラに壊されそうだ。
口から最早何も出なくなると、再び顔が引き出された。

後ろから穿たれたままの肉棒の動きは止まっていたが、荒く息を吸い込むたびにソレを感じてしまう。痰の絡んだ血の臭いのする苦しい呼吸と共に甘い呼吸が漏れ出、勃起してしまっていた。

「こんな風にされて、気持ちがいいのか?」
「…‥‥す、すこし」
「そうか。俺は全く気持ちがよくない。あまりにガバガバすぎてこのまま沈めて殺してしまいそうだ。」
「‥‥…」
「何故俺がわざわざここに来てやったかわかるか?」
「……霧野さんに似た死体が」
「そんなものはオマケだ。ここでお前が死んでも処理が楽だからだ。130万円でお前を即廃棄できるんだからな。」
「そんな」
「死にたくなかったらもっと頑張れ」

それから再び水責めが始まった。二条は後ろから間宮に一物を突き入れながら、必死になって肉穴を締めつけている惨めな物を見降ろしてた。呼吸困難による自動的な締まりと意志による微弱な締めが二条の一物に絡みついてた。

彼の背面の刺青の末端、尻のあたりには、かなり装飾された飾り文字で『R  E↓ E』と刺青を掘らせていた。貫くたびに文字の形が軽く引っ張られて歪み、震えていた。何か大きな失敗をする度に一文字ずつ増やしてやっていた。
あと『A』『P』『M』の三文字で『R A P E ↓ M E』と完成する恥辱の刺青である。矢印の先にあるのは肛門だ。

流石に高まってきて、何度か責めを繰り返してから顔をあげさせる。

「ぁ、許して……、ゆ」
「いいぞ、クイズに正解したらもう止めてやるよ。馬鹿なお前にでもわかる簡単ななぞなぞだ。」
「……くいず……?」
「下は洪水上は大火事なーんだ。」
「……」
間宮は焦点合わず、回らない頭で必死に考えてみるが、「風呂」以外何も浮かばない。
しかし、風呂は下が大火事上が洪水だ。あまりに興奮して間違えているのだろうか。
「……ふ、おふろ、……です、か?」
「なるほど、残念だったな。正解を教えてやるよ。」
再び頭が水の中に沈んだ。

二条はワイシャツのポケットからライターを取り出し、それで間宮の勃起した肉棒を炙り陰毛を焼き始めた。
一気に肉が信じられない動き方をする。霧野の引き締まった肉に比べれば劣るが面白い動きで、「壊れた玩具」にしては使えなくもない。
余りのことに驚いた間宮が顔を今まで以上に強くあげようとするので、手の力を抜き一度顔を上げさせた。真っ青になった顔の目は充血し、穴という穴から何かでて、泣いているのか何なのかよくわからない表情だ。

「正解はお前だ。あまり暴れるとこっちまで焼かれるじゃねぇかよ。使い物にならなくされたくなかったら、おとなしく水に顔を沈めそのガバガバなケツを締め、無様に俺に焼かれていろ。これでやっと使える具合になるんだ。」

間宮が目の前で二条の楽しそうな表情を見るのは久々のことだった。



「組長、アンタが脅すから萎えて勃ちもしねぇですよ」
似鳥は手の中でそれを軽く握って離した、霧野は声は上げずに不快そうな痛みに耐えるような顔をした。
「なんだ?お前はさっき自分で下の者にペニスを勃たせておけと言って自分はできないのか?」
川名が揶揄うと、霧野は冷めた目つきで彼を見上げ、それをしごき始めた。

「ほら、勃たせましたよ。これでいいんだろ。勝手に見るなりなんなりしなよ……。悪趣味なんだよ。」

川名の予想に反した強い語気が返され、彼は片眉を上げて愉快そうに彼を見降ろした。霧野は似鳥に股間をまさぐられている間、ぬるい不快感にだんだんと頭を冷めさせていた。
上から下から身体の中を凌辱、貫かれている期間が長すぎて、感覚が麻痺しきっていた。股間をまさぐられる程度の刺激は最早面白くもなんともなかった。

その事実は、彼自身の身体、性感帯、性癖自体が歪められつつある結果でもあったが、彼はそれついては無意識に押し込め、自分は未だ正気のつもりでいた。

女のことを考えようとしても無理、快楽に集中しようとしても下品な彼らの笑い声が耳について無理、頭の中にこびりついて離れないのリンチについて、考えるのをやめようとしても余計に考えてしまうから、あえてそれを考えることにした。自分がリンチ拷問される様を仔細に想像すればするほど、不思議なことに霧野は元気が出た。

何故ならそれは、上官の指示で組織に潜入が決まった日から今まで、ほぼ毎日のように見ていた悪夢と同じだからだ。夢は現実の予行練習と言われている。現実に同じことが起きた時に対処出来るようにする予防訓練だ。

まともに寝られなくなり、寝られない間に仕事をすることが増えた。
人相が悪くなり、より組織に溶け込めるようになった。

死体袋から出された瞬間からは拷問の覚悟はしていたのに、今のこれは何だ。
久瀬や竜胆、その他配下の人間たちが自分を辱めるために集まる程、自分が多くの組員達に性的に見られていたことが精神的にショックであった。ヤクザという生き物は陰湿だ。

似鳥は勃起した霧野の陰茎を触り子細に見始めた。
そうされていると流石に再び羞恥が湧き上がってきて、無理やり目を背けた。

川名の機嫌を著しく損ねれば、似鳥のところに売り飛ばされ沈められてもおかしくはなかった。彼らは癒着している。調べれば調べるほど証拠が上がった。自分に性的な商品としての価値などあるとは思えないが、彼の手がける領域は広い。霧野はその末端のいくつかを潰したくらいで、これから本格的にメスを入れていこうとしていた。
先ほどの彼の尋問は的確だった。しかし霧野は口を割らずに、屈辱的な痛みと快楽震えながらも、部屋に証拠を残していないか必死に考えていた。

似鳥の手が離れ衣服を直すように川名に言われる。

「すっかり脅しにビビっていたかと思ったが元気そうで安心したよ。」

「……リンチにでも何でもかけさせたければ、やらせろよ。爪でも指でも眼球でも持っていけばいいんだ。その方が余程」

「マシなんだろ?だから言ってるんだよお前にはこういった罰の方が効果的だと。お前は肉体的な暴力には屈しないから面白くもなんともないんだよ。今日はお前の様々な表情が見れただけでも愉快だ。3種類くらいしか表情がないと思っていたからな。」 

「……お前とはもう話したくないよ、変態が。」

「……お前のそういった態度を見れば見るほどますます俺の物にしたくなるよ。警官なんて上に従っているだけで面白くもなんともないだろ。お前の上司はお前のその態度を評価してくれたか?お前が一生懸命文字通り命を懸けて集めてきた情報を上手く使ってくれたか?誰か、お前を褒めてくれたか?」

霧野の頭の中に神山と山崎、木崎の顔、それから顔のない男達、つまり見たこともない、自分を評価してきた上層部の男達が一瞬浮かんでは消えていった。

「……。面白い面白くないの話じゃない。」

川名は霧野の微妙な表情の変化を見て、満足した。

「……。お前の気概に免じて、これからコイツらに命令し、お前をリンチ、集団暴行させてやるよ。どれだけお前を痛めつけたかで皆を評価してやるんだ。でも、その前に飯だな。俺はお前と違って嘘はつかない主義だからね。昔からサディストは正直でマゾヒストは嘘つきと相場が決まっている。嘘つきでマゾ犬のお前にはノアと並ばせて床で餌を食べさせてやろうと思っていたが、お前のメインディッシュがキツいリンチに決まった以上、その前に席でゆっくり飯を食わせてやるよ。最後の晩餐にならないよう、しっかり精力をつけておけ。」
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