堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前のその絶望的な顔が見れるなら何度だって殴られてやってもいい。

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美里が先導し、扉の鍵を閉めた川名が後ろから上がってくる。霧野は二人に挟まれるようにして階段を上っていた。

ショルダーバックの中には霧野の家にあるはずのダークグレーのスーツ一式と黒いシャツがはいっており、手に取ってすぐ自分自身の物だとわかった。死体袋に詰められる前に脱がされた革靴が綺麗に磨かれた状態で入っていた。
間宮の件も思い出されるが、家の中はもはや徹底的に調べられていると考えたほうが良い。

身体の中から気持ちの悪い物を出し、下着を探したが下着は入っていなかった。
黙ってパンツを履こうと広げると、後ろに縦にナイフで切ったような大きな切込みがいれられていた。

高かったのにな、とワザと日常的なことを考えてみる。本当はなんでこんなところを切られているんだ?と思うべきだが、そこから想定されるこれから起きるであろうことを考え始めると、心が厳しくなる。

履いてみると意外と立っている分には分らないが、屈んだりすればわかる。一言美里か川名に何か言おうかと思ったが、いうべき言葉が何も見つからない。

普段であればシャツのボタンをいくらか開けるのだが、首元の痣が酷く、上までボタンを閉めて多少誤魔化すことにした。触ってみるとまだ痛みがある。シャツが身体にこすれると、背中につけられたナイフの痕、鞭の痕が身体にくすぐるような痛みを与えた。

扉を出てから外に出るまでの階段の数を数えた。少しでも気分を紛らわすためであった。
13段、死刑台に上る階段と同じ数だ。せっかく紛らわそうと思った気分が余計に陰鬱なものになった。
地下に降りて、そのまま二度と外の空気を吸えなかった人間のことを考えるとなかなか笑えない数字だ。

外は赤く日に染まっていて、照らされた美里の顔半分が血のように真っ赤に染まっていた。
あそこに入ってから最早時間の感覚がなかった。
遠くの方から分厚い雨雲が近づいてきていた。夜には豪雨になりそうだ。

外の空気は気持ちが良かったが、それだけであった。
もっと開放感があるかと思っていたが、それ以上に身体が泥のように重い。そして、何を考えているのかわからない川名がすぐ横に何食わぬ顔をして立っている恐怖で、気持ちの重さが勝った。
この男が人に意味もなく優しくするなどありえないことだからだ。
この男が最も他人に対して優しくなるのは、その人物を消すと決めた時だ。

美里が車を取りに行く間、川名と並んで事務所の前に立っていた。
その間に、別の構成員が何人か目の前を通りかかりこちらに頭を下げ、挨拶をして中に消えていく。
川名が始終面倒くさそうな表情をしているので、ほとんどの組員が怖がって霧野の方を見ながら挨拶していった。
霧野は、自分の目が泳ぎかけているのに気が付き、深呼吸をして何度か顔をこすった。

「澤野さん、顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
霧野がよく使っていた構成員の一人の綾瀬だった。ラフなピンク色の柄シャツにダボッとしたサイズのパンツを履いており、開かれたシャツの奥の方に虎の刺青の端の方がチラチラと見えた。
「ああ、大丈夫だ。」
霧野は口元を軽く抑えながら目でごまかすように軽く笑って返した。

死体を洗った水を流し込む排水溝の側で歯を磨くことを許され、何度もゆすいだのだがどうしても身体の中に染み付いた臭いが取れた気がしないのだ。歯を磨いている最中に軽く戻してしまい、その嘔吐物の白さに愕然とした。

もっといえば、口内だけではない、身体全部がそうだった。食欲などあるわけがなかった。

ずっと手を顔に当てているのも不自然なので顔を無表情に戻してからゆっくりと手を放し、自分を心配そうな顔で軽く見上げて立っている綾瀬を見降ろした。

「どうした。何か俺に言いたいことでもあるのか。」
「あんまり一人で無理して仕事せんでくださいね。身体壊したらしゃあないですから。できることあったら何でも俺に任せてくださいよ。俺なんかでよければ、の話ですが。」
綾瀬は犬のような丸い目を霧野に向けている。
「お前はそんなに出世がしたいのか?がめつい奴だな。仕事なんて適当に言われたことやっていればいいんだよ。」
「なぜそんなふうにとるんですか?まあ、それもそうですが……。」
「気持ちは理解した。何かあればお前に任せるから、期待せずに待ってろ。」
綾瀬は期待しておきます!と霧野に無邪気に笑いかけてその場を去っていく。

「今のお前が綾瀬に何を任せられるんだよ。綾瀬なんかじゃお前の変わりなんか務まらんぞ。」
川名がこちらを見もせずにぼやく。
「それ、どっちの意味で言ってます?」
「どっちもだ。」
黙っていると美里の車が目の前に止まった。

運転席に美里、助手席に似鳥が乗っていた。車に乗る気が急速に萎えてくる。
後部のドアが自動的に開き、奥に二条が座って携帯を眺めていた。
川名と二条に挟まれるようにして後部座席に乗りこむと、滑るように車が走り出した。
以前なら自分から挨拶していたが、口が開かない。

誰も話そうとしない。
視線を窓の外になげかける。何も変わらない世界がそこにあったが、霧野の中では何もかもが大きく変わってしまっていた。
そのギャップに耐え切れず、外を見るのをやめて目を閉じていたかった。しかし、それは脱出する機会を自ら逃すのと変わらない。背もたれに寄りかかりながら、まだ死ぬわけではないのだから大丈夫だ逃げ道を探すんだと自分に言い聞かせて外の景色を無理やり眺めていた。

車の側面と後ろの窓にはサンシェードが貼られており、外からこちらを見ることが出来ない。車は市街地の方へ向かっていく。有料道路や街をはずれる道へ車が向かわないことに少しほっとしている自分がいた。
三車線の太めの道に差し掛かって少しすると、二条が口を開いた。

「美里、そこらへんに車寄せて止めろ。」

車はゆっくりと減速し、歩道に寄せるようにして止まった。
美里は車を止めるとハンドルの上で指を組み、だるそうな顔をして額をハンドルに着けて俯いた。

「遥、お前そこのコンビニで煙草買ってこいよ。俺の銘柄わかるだろ。」

歩道側に座っている二条が口を開き、ポケットから黒い革財布を出して霧野の前に突き出した。
財布を受け取る時指の腹が軽く二条の指の先に触れた。
車をおりるには川名か二条に身を引くか降りてもらうのが早いがどちらも動く気配がなく、川名に至ってはこちらと目も合わせようもせず、何を考えているのかわからない瞳で迫りくる雨雲を眺めていた。

「俺の上を通って出な。」
仕方が無いので歩道側にいる二条の前を跨ぐようにしてドアに手を伸ばした。

腰元を強い力で捕まれ、二条の上に跨るようにして座ってしまいバランスを崩して彼に抱きつくような形になった。

二条の身体の形、匂い、身体の熱さを感じると全身に鳥肌がたち、急いでドアノブにかけようとした手は空をつかみ、さ迷った。指の先が一瞬だけドアにかかるが手首を捕まれ、直ぐに離れてしまう。

パンツの裂け目から何も身につけていない自分の下半身に熱い肉の塊が押し当てられていた。

視線を一瞬だけ窓の外に向けるとランドセルを背負った男の子二人がふざけ合いながら通り過ぎていく。何故こんなことになったのかと、また頭の中の自分が自分の無能さを責めた。

「そんなに抱きつくほど俺が好きなのか?」

掴まれていない方の手で掴まれた手首を剥がそうとするが、握力で勝てず、剥がすことが出来ない。
車内という狭い空間では密着した身体から再び脱出することが難しい。
苦し紛れに顔面に平手打ちをすると、わかっていたかのようにその手も簡単に取られてしまう。

「痛いじゃねぇか。お前は俺に手を挙げていい立場じゃないだろ。でも、お前のその絶望的な顔が見れるなら何度だって殴られてやってもいい。」

二条は霧野の手を片手でまとめて掴んでしまうと、チャックを下ろしてイキり勃った雄の塊を取り出した。

「お前も準備満タンだろ。さっきまで散々準備してたもんな。自分でいれてみろよ。」
「……」
「ここじゃなくて、外でする方が好みか?お前の好みに合わせてやるよ。今ならすぐに外に出れるしな。1分以内にいれなかったら、お前は外でヤルのが好みだとみなして今後俺とのセックスは全部野外だ。事務所の庭に毎日裸で連れ出して皆の前で掘ってやるよ。」
「そんな脅し、」
「脅しなんかじゃないなぁ、ねぇ組長別にいいでしょう。」
川名はゆっくりと二条を見て、それから霧野を見て軽く眉をひそめた。

「いいけど、そいつのことを支持してる奴の士気が下がると困るんだよなぁ。内部分裂とか面倒だからさせたくないんだよ。だからもしやるならそいつのことを慕っている馬鹿どもに一通りさせてからお前がやれ、それならまあ、いいよ。」

「遥、好きな方を選んでいいぞ。あと30秒だ。」
「……。選択肢なんかないじゃないか。……。自分でやるから、手を放せよ。」
「今すぐいれたくてたまらないから手を放してください、だろ。」

手を力強く自分の方に引いてみるがビクともせず、二条は腕の向こう側でにやにやと笑っていた。
あからさまに舌打ちしてから、俯いた。
視線の先に勃起した二条の物があり、上を見ても下を見ても地獄だと思った。

「……いますぐいれたくてたまらないから、てをはなしてください。」
二条の手が離され、解放された手で自分のすぐ下にある肉棒を掴んだ。あまり見ないようにしてそれを自分の尻の方に持っていき、体重をかけて中に押し込んでいく。
「いっ……」
先端を押し入れて、さらにゆっくりと身体を落としていく。入ってくる感覚が気持ちが悪い。
「なんだ、まだ痛むのか。もっと拡張しないとだめだな。」
体内にパンパンに張っている二条の物を感じながら彼の上にのって彼の体温や発達した筋肉のやわらかさ感じていると本当に最悪な気分になった。

「最悪な気分だ……思った以上に」
「それはよかったな。これから最高の気分にさせてやる、こういうのはスタートがマイナスであればあるほどいいんだよ。」
身体の中のものが勢いよく体の中を抉り、思わず二条の腕を強く掴んでしまい、すぐに離す。
連続して力強く体の中で獣のような一物が跳ね回り、息が上がった。
腰が浮きそうになると、腰と腕を強く掴まれ奥まで勢いよく押し込まれる。
その瞬間、その瞬間に、はじけるような快楽が腰下にたまることがあり、情けなさに顔を覆った。
覆った顔の熱さに絶望する。震える身体に絶望する。
「どうだ……、最高の気分になってきただろう。」



「二条さん、あんまり車揺らさないでくれません?気持ち悪くなってくる。」

美里は自分の足元を見ながら二条に話しかけた。朝に飲んだ缶コーヒーの空き缶が転がっており、さっきから行き場所を失って跳ね転がり続けている。

「お前が下りればいいだろ」
「は?俺の車なんすけど……」

後ろから座席をまた強く蹴飛ばされる。それが二条の脚なのか霧野の脚なのか考えるのも馬鹿らしい。
ため息をつきながら顔を上げる。
背後から隠す気もなく漏れ聞こえる声を聴きながら、当てつけに運転席と助手席の窓を開けた。
霧野の声が少しだけ押し殺したようなものに変わったが、余計に微かな淫靡さが漂う声になった。
彼のような人間は制約があればあるほど、自分を抑えようと必死になり余計に感じてしまう。
その声以上に肉が肉を打つ音と粘着質な音が車内に響き渡っている。

「若いもんはすごいねぇ。体力がある。」

似鳥があからさまにバックミラーを凝視しながら話しかけてくる。
なにが体力があるだ、お前は何時間未経験だった霧野を犯したと思っているんだという言葉が口先から出かかったが、無視して煙草に火をつけ、開いた窓から腕を出した。

こちらに向かって歩いてきていたサラリーマン風の男が、車が跳ねるのように上下に音を立てて動いている異常さと美里のいかにもな容姿を見て、歩道を引き返そうとする。

「おい!!!おっさん、どこ行くんだよ。通りゃあいいじゃねぇかよ。」
美里は男にあてつけるように怒鳴りつけた。男は足を止め頭を掻きながら再び車の方に身体を向けた。

「そうだよ、あんただよ!はやく通れよ。それとも自分もまざりたくてウロウロしてるんか?あ?一発五万円出せるなら混ぜてやってもいいぞ。乗るか?」
美里は後部座席を開くボタンに手をかけたが、男はさも嫌そうな顔をしながら首を横に振り目を伏せ、足早に車の横を横切っていった。
「つまんねぇおやじだ。」

「あたしもあと10年若かかったらねぇ」
似鳥の声が真正面からこちらに向いていたので睨みつけた。
睨みつけると似鳥は余計に表情を崩して笑うので、怒る気力が失せてくる。
「……うるせえな。あと10年若かったら俺もまだ10代っすよ、霧野巡査に現行犯逮捕されて終わりです。ねぇ。」
答えが返ってくることはなく、一段と強く車が縦に揺れ、獣が絶息するような唸り声が聞こえてきた。

バックミラーで川名の方を見ると、隣で何も起きていないかのように表情を一切崩さず、いつものように脚を組んで外を見ていた。美里の視線に気が付いたのか、川名は鏡越しに美里と目をあわせ窓の外を軽く指さした。

「道の反対側を見てみろ。交番がある。」

車を止めているのと反対側の歩道に目をやると、道のちょうど反対側から20メートルあたり先に交番があり、前に白いパトロール用の自転車が止まっていた。霧野の息遣いがより切羽詰まるようなものにかわってくる。さっきから攻撃的で獣臭い息遣いが車内を満たしていた。

「もっと大きな声を出してお仲間を呼んだらどうだ?発情期の犬みたいな声出してないで遠吠えあげてみろよ。」

川名が自席の、車道に面した自席の窓を降ろした。
閉まっている窓は歩道に面した二条の席の窓だけになる。すぐ横の車線を車が通るたびに車内に風が吹き抜け、こもったにおいが一掃された。

美里が交番の方を見ていると、デスクに1人警官が座り、暢気にお茶を飲みながらバインダーを開いているのが見えた。
「警察も無能だな、こんなあからさまに公道でパこってんのに何で誰も来ねぇんだよ、なぁ、霧野巡査。それとも警官はパトロール中に堂々とヤるのがデフォなんか?」

霧野が答えずに息荒らげていると二条が口を開いた。

「そうだよ遥、お前何刑事のくせに、公道で堂々と喘いでんだ?公序良俗に反する行為だな。下手すれば条例違反で捕まるんじゃないのか。ん……。お前はさっきから人に煽られ、窓が空く度に、感度を上げ中を締め上げてくるな。変態警官め。お前のような変態は最初からこういうこと期待して潜入捜査を自分から志願したんじゃないのか?」

「そんなわけねぇだろ、……しね、変態は、お前らじゃないか……仕方がないだろ、身体が、緊張して、このまま続けてやるから、せめて窓を閉めさせてくれ、」

「続けてやるだ?さっきから裏切り者が随分偉そうな口叩くじゃねぇかよ。さっきまで裸で土下座させられてたくせに。犬の分際で服着せられたら急に態度変えやがるのな。もっと犬のように喘えがせて本当の自分を思い出させてやるよ。」

車の上下運動がさらに暴力的なものになり、ギシギシと音を立て始めた。霧野の声が断続的なものになり、苦しさに喘いでいた。
美里は頭の奥がゆらされ天井を見上げて目を閉じ、気持ち悪さに耐えていた。

「大体てめぇの言葉は半分以上嘘じゃねぇか。お前の言葉の何を今更信用しろっていうんだよ?本当は開けておいて欲しいんだろ。窓が開いてようが閉まっていようが、中に出すまでやめないからな、早く終わりたかったら黙ってもっと腰を使えよ。」

少しすると、乱雑であった粘着質な音が一定のリズムで車内に溢れはじめた。一定の速さの息遣いが響き、車の揺れが多少丁寧なものに変わってくる。

「そうだ……、なかなかうまいじゃないか。お前は物覚えが早いから使えていい。」

美里は沈んでいく夕日を見ながら、自分の車はまるでテーマパークのアトラクションだなと思った。
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