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第2章・楡森屋敷の人々
楡森屋敷の上級使用人
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あたし達三人は、到着当日の夕食と翌日の朝食を、ドライバー夫人の居間でとることになった。同席したのは、ドライバー夫人の他に執事のベンソン氏と、従者のアンダーソン氏だけだ。
当然ながら、旦那様が同席、なんてことはない。
まあ、最初っから使用人以上の扱いを期待したわけじゃない。けど——旦那様と接触する機会が、ほとんど、ない。旦那様は食事もお茶の時も、アンダーソン氏だけに給仕をさせ、あたし達は同室を命じられなかった。
焦らない、焦らない、初日はこんなもんだわ……とはいうものの、残念な気持ちは拭えない。なんとかしてちょっとでも、お近づきになりたいのに。
どうやら旦那様の「隠遁生活」は随分徹底しているようだ。この屋敷には他にも、メイド・従僕だけで十数人は使用人がいるとのことだったが、旦那様の身の回りの用事を勤めるのは、ほぼ上級使用人のこの三人だけらしい。
あたし達だけがその三人と食事、というのは、個室と同様、他の使用人との差別化を示したのだろう。または、屋敷への到着時にメイド長に釘を刺されたように、他の使用人達に「花嫁選抜」について漏らさないように、という「配慮」か。
つまり、アンダーソン氏も含めた三人が「花嫁選抜」実行チームで、メイド長は事情を知っている補佐役か。しかし今のところ、実行メンバーは全員、あたし達には期待よりも、問題を起こさぬように、という心配の方が強い様子だった。
食事の間あたしは、誰か一人でも味方につけられると良いんだけど、などと考えながら上役三人を見ていた。
アンダーソン氏は、ややぽっちゃり体型のにこやかな人だった。他の二人より一回りは若く、厳しげなベンソン氏と並ぶと柔和さが際立つ。身なりは良いが、田舎の牧師さんでもやっていそうな、人の良さそうなおじさんだ。
他の二人よりは、味方につけ易そう、と見た。
「そういえば、あなた達の身なりを整えねばなりませんね。」
どんな流れからこんな話になったか。夕食の終わり頃、ドライバー夫人がこんなことを言い出した。
「こちらでは、制服の支給がありますの?」
あんまり悪趣味なものを着せられたら嫌だなあ、と思いつつ訊いてみると、
「いえ、ドレスはね、今あなた達が着ている程度の物で問題ないのだけど——そうね、エプロンとキャップは余分に支給しますね。旦那様のお部屋に入る時は、毎日洗濯したてのものを着けてほしいから。
あとは、手袋、かしら。」
「手袋ですね。綿と革のを、両方数組ずつ。」
アンダーソン氏が頷きながら答えた。メイドの身なりのことに、旦那様の従者が口出しする、というのも妙な感じだ。旦那の部屋に入るものは、全てこの人のチェックを受けるのだろうか。
それに、メイドに革手袋? めかし込んだパーラーメイドのお仕着せにしても、あんまり聞いたことがない。手元だけ貴婦人みたいじゃない?
いや、もしかしてそういう「手袋」じゃないのか? 職人の作業用みたいなやつ?
「あのう、お仕事をする間も手袋を着けますの?」
「旦那様のお好み、ということですか?」
他の二人もそれが引っかかったのだろう。フローがおずおずと訊ね、モードが続いた。
「ええ、そうね……まあ、好み、かしら……」
「清潔を保つためですよ。——ま、確かに旦那様は、いささか神経質かもしれませんが。」
旦那様は潔癖症か。気さくそうな方に見えたけど、だとするとちょっと面倒臭い人かも。
「あの……では旦那様は、素手では、清潔でないとお考えなのでしょうか?」
あたしの質問に、アンダーソン氏は困ったような顔をした。
「いや……旦那様のご心配は……」
「細かい話は後にしよう、アンダーソン。食事中だし。どのみち旦那様からも、直接指示されるだろう」
ベンソン氏が割って入った。執事さんが介入すると、他の方は従わざるを得ない。
「身なりや日用品などは、追い追いメアリに相談するといい。ドライバー夫人もその辺りは任せているだろう。」
当然ながら、旦那様が同席、なんてことはない。
まあ、最初っから使用人以上の扱いを期待したわけじゃない。けど——旦那様と接触する機会が、ほとんど、ない。旦那様は食事もお茶の時も、アンダーソン氏だけに給仕をさせ、あたし達は同室を命じられなかった。
焦らない、焦らない、初日はこんなもんだわ……とはいうものの、残念な気持ちは拭えない。なんとかしてちょっとでも、お近づきになりたいのに。
どうやら旦那様の「隠遁生活」は随分徹底しているようだ。この屋敷には他にも、メイド・従僕だけで十数人は使用人がいるとのことだったが、旦那様の身の回りの用事を勤めるのは、ほぼ上級使用人のこの三人だけらしい。
あたし達だけがその三人と食事、というのは、個室と同様、他の使用人との差別化を示したのだろう。または、屋敷への到着時にメイド長に釘を刺されたように、他の使用人達に「花嫁選抜」について漏らさないように、という「配慮」か。
つまり、アンダーソン氏も含めた三人が「花嫁選抜」実行チームで、メイド長は事情を知っている補佐役か。しかし今のところ、実行メンバーは全員、あたし達には期待よりも、問題を起こさぬように、という心配の方が強い様子だった。
食事の間あたしは、誰か一人でも味方につけられると良いんだけど、などと考えながら上役三人を見ていた。
アンダーソン氏は、ややぽっちゃり体型のにこやかな人だった。他の二人より一回りは若く、厳しげなベンソン氏と並ぶと柔和さが際立つ。身なりは良いが、田舎の牧師さんでもやっていそうな、人の良さそうなおじさんだ。
他の二人よりは、味方につけ易そう、と見た。
「そういえば、あなた達の身なりを整えねばなりませんね。」
どんな流れからこんな話になったか。夕食の終わり頃、ドライバー夫人がこんなことを言い出した。
「こちらでは、制服の支給がありますの?」
あんまり悪趣味なものを着せられたら嫌だなあ、と思いつつ訊いてみると、
「いえ、ドレスはね、今あなた達が着ている程度の物で問題ないのだけど——そうね、エプロンとキャップは余分に支給しますね。旦那様のお部屋に入る時は、毎日洗濯したてのものを着けてほしいから。
あとは、手袋、かしら。」
「手袋ですね。綿と革のを、両方数組ずつ。」
アンダーソン氏が頷きながら答えた。メイドの身なりのことに、旦那様の従者が口出しする、というのも妙な感じだ。旦那の部屋に入るものは、全てこの人のチェックを受けるのだろうか。
それに、メイドに革手袋? めかし込んだパーラーメイドのお仕着せにしても、あんまり聞いたことがない。手元だけ貴婦人みたいじゃない?
いや、もしかしてそういう「手袋」じゃないのか? 職人の作業用みたいなやつ?
「あのう、お仕事をする間も手袋を着けますの?」
「旦那様のお好み、ということですか?」
他の二人もそれが引っかかったのだろう。フローがおずおずと訊ね、モードが続いた。
「ええ、そうね……まあ、好み、かしら……」
「清潔を保つためですよ。——ま、確かに旦那様は、いささか神経質かもしれませんが。」
旦那様は潔癖症か。気さくそうな方に見えたけど、だとするとちょっと面倒臭い人かも。
「あの……では旦那様は、素手では、清潔でないとお考えなのでしょうか?」
あたしの質問に、アンダーソン氏は困ったような顔をした。
「いや……旦那様のご心配は……」
「細かい話は後にしよう、アンダーソン。食事中だし。どのみち旦那様からも、直接指示されるだろう」
ベンソン氏が割って入った。執事さんが介入すると、他の方は従わざるを得ない。
「身なりや日用品などは、追い追いメアリに相談するといい。ドライバー夫人もその辺りは任せているだろう。」
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