美男伯様のお嫁取り

文字の大きさ
上 下
6 / 6
第2章・楡森屋敷の人々

楡森屋敷の上級使用人

しおりを挟む
 あたし達三人は、到着当日の夕食と翌日の朝食を、ドライバー夫人の居間でとることになった。同席したのは、ドライバー夫人の他に執事のベンソン氏と、従者ヴァレットのアンダーソン氏だけだ。
 当然ながら、旦那様が同席、なんてことはない。
 まあ、最初っから使用人以上の扱いを期待したわけじゃない。けど——旦那様と接触する機会が、ほとんど、ない。旦那様は食事もお茶の時も、アンダーソン氏だけに給仕をさせ、あたし達は同室を命じられなかった。
 焦らない、焦らない、初日はこんなもんだわ……とはいうものの、残念な気持ちは拭えない。なんとかしてちょっとでも、お近づきになりたいのに。
 どうやら旦那様の「隠遁生活」は随分徹底しているようだ。この屋敷には他にも、メイド・従僕だけで十数人は使用人がいるとのことだったが、旦那様の身の回りの用事を勤めるのは、ほぼ上級使用人のこの三人だけらしい。
 あたし達だけがその三人と食事、というのは、個室と同様、他の使用人との差別化を示したのだろう。または、屋敷への到着時にメイド長に釘を刺されたように、他の使用人達に「花嫁選抜」について漏らさないように、という「配慮」か。
 つまり、アンダーソン氏も含めた三人が「花嫁選抜」実行チームで、メイド長は事情を知っている補佐役か。しかし今のところ、実行メンバーは全員、あたし達には期待よりも、問題を起こさぬように、という心配の方が強い様子だった。
 食事の間あたしは、誰か一人でも味方につけられると良いんだけど、などと考えながら上役三人を見ていた。
 アンダーソン氏は、ややぽっちゃり体型のにこやかな人だった。他の二人より一回りは若く、厳しげなベンソン氏と並ぶと柔和さが際立つ。身なりは良いが、田舎の牧師さんでもやっていそうな、人の良さそうなおじさんだ。
 他の二人よりは、味方につけ易そう、と見た。
「そういえば、あなた達の身なりを整えねばなりませんね。」
 どんな流れからこんな話になったか。夕食の終わり頃、ドライバー夫人がこんなことを言い出した。
「こちらでは、制服の支給がありますの?」
 あんまり悪趣味なものを着せられたら嫌だなあ、と思いつつ訊いてみると、
「いえ、ドレスはね、今あなた達が着ている程度の物で問題ないのだけど——そうね、エプロンとキャップは余分に支給しますね。旦那様のお部屋に入る時は、毎日洗濯したてのものを着けてほしいから。
 あとは、手袋、かしら。」
「手袋ですね。綿と革のを、両方数組ずつ。」
 アンダーソン氏が頷きながら答えた。メイドの身なりのことに、旦那様の従者ヴァレットが口出しする、というのも妙な感じだ。旦那の部屋に入るものは、全てこの人のチェックを受けるのだろうか。
 それに、メイドに革手袋? めかし込んだパーラーメイドのお仕着せにしても、あんまり聞いたことがない。手元だけ貴婦人みたいじゃない?
 いや、もしかしてそういう「手袋」じゃないのか? 職人の作業用みたいなやつ?
「あのう、お仕事をする間も手袋を着けますの?」
「旦那様のお好み、ということですか?」
 他の二人もそれが引っかかったのだろう。フローがおずおずと訊ね、モードが続いた。
「ええ、そうね……まあ、好み、かしら……」
「清潔を保つためですよ。——ま、確かに旦那様は、いささか神経質かもしれませんが。」
 旦那様は潔癖症か。気さくそうな方に見えたけど、だとするとちょっと面倒臭い人かも。
「あの……では旦那様は、素手では、清潔でないとお考えなのでしょうか?」
 あたしの質問に、アンダーソン氏は困ったような顔をした。
「いや……旦那様のご心配は……」
「細かい話は後にしよう、アンダーソン。食事中だし。どのみち旦那様からも、直接指示されるだろう」
 ベンソン氏が割って入った。執事さんが介入すると、他の方は従わざるを得ない。
「身なりや日用品などは、追い追いメアリに相談するといい。ドライバー夫人もその辺りは任せているだろう。」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...