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第2部 アリス・ボークラール

第36話

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 そんな動きが、私やエドワード大公世子殿下の周りであったことを、当時の私は知らなかった。
 私は、エドワード大公世子殿下と同棲し、事実上の養女となったアイラの面倒を見られるだけで、手一杯で、更に幸せを覚えたまま、秋を迎えることになったのだ。
 そして。

 秋の園遊会が終わり、エドワード大公世子殿下発案の巻狩りが行われる時期が来た。
 相次いで、地方から多くの騎士が帝都に駆けつけていることから、何となく帝都全体が騒然とした雰囲気に包まれることになった。
 また、私は上京してきた兄ダグラスから、久々に逢おう、という連絡を受け、エドワード大公世子殿下の許可を受けて、例の帝都内の邸に赴くことにもなった。

「よく来たな」
「何か物騒なことを企んでいるのではないでしょうね」
 邸内で兄妹で顔を合わせて早々に、兄の歓迎の言葉に対して、私は開口一番、釘を刺さざるを得なかった。
 何故かというと。

「エドワード大公世子殿下の邸内にいる私の耳にまで届いているわよ。ダグラス・ボークラールが、200もの騎士を完全武装させて、上京させてきた、また、帝都が焼け野原になるのではないか、という噂が帝都内部で流れているとのことよ」
 私の半ば嫌味を、兄は笑い飛ばして言った。
「本当にやってもいいかもな。実際に、それだけの騎士を集めてきたからな」

「本当にやるつもりなの」
 兄の言葉を、流石に冗談として、私は聞き逃す訳には行かない。
 私は、思わず兄の胸ぐらをつかみそうな勢いで、問い質すことになった。

「冗談に決まっているだろう。だが、お前が不幸になりそうなら、兄としてやるつもりではあるが。ボークラールの共食い。その真の意味を分からせるためにもな」
 兄の言葉は、私を一時的にだが沈黙させた。

 ボークラールの共食い、これは肉親間といえど、容赦なくボークラール一族が、弓矢を向けあって来た、という事実から産まれたものだが、ボークラール一族が単に私利私欲に塗れていたから、という訳では必ずしも無いのだ。

 ボークラール一族が盤踞する東国において、普通の農耕以外の主な産業となると、牛馬等を産する牧畜業と、金銀銅等の鉱山業になるが、これらは他者と争いになった際に、そう気軽に利益を分け合える産業ではない。
 お互いに中々譲り合えない産業なので、どうしても事業を行おうとする者は、有力者の庇護下に入り、更なる利益獲得を望むことになる。
 そして、庇護を求められた有力者は、彼らに対して、きちんと庇護する姿勢を積極的に示さないと、逆に庇護を求める者を失うのだ。

 ボークラール一族は、そう言った点で、徹底した姿勢を伝統的に示してきた。
 庇護を求められたら、親兄弟が敵に回ろうとも、国府が敵であろうとも、庇護してやる、という姿勢を長年、一族で示し続けたので、庇護を求める者が後を絶たず、東国にボークラール一族が盤踞するということになったのだ。

 兄の言葉は、それを暗に言うと共に、私に完全に味方する、つまり、帝室を見限り、エドワード大公世子殿下の側に立つ、ということも言っているのだ。
 私は、兄がそこまでのことを言ってくれたことに、内心で頭を下げざるを得なかった。
 そして。

「難しい話は後にしよう。お前を、東国のボークラール一族の有力者に紹介せねばな」
 兄は、自分が連れてきたボークラール一族の有力者、ラウル等に私を紹介してくれた。
 彼らは、私の姿、言葉を見聞きして、感涙に多くがむせんだ。

「何としても巻狩りを成功させるぞ」
「応」
 彼らは、兄の呼びかけに呼応し。
 私は、彼らの様子を見て、色々と安心感を覚えた。
 これなら、彼らをバックにして、私はエドワード殿下と、無事に結婚にまでこぎ着けられるのではないだろうか。
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