上 下
87 / 120
第2部 アリス・ボークラール

第22話

しおりを挟む
 そんなことを私が考えていると、兄ダグラスは青眼になって言った。
「ところで、キャロライン皇貴妃殿下の私的な侍女にお前はなっているが。エドワード大公世子殿下の通いの愛人にもお前がなった、という噂が、東国にまで流れているぞ。本当なのか」
「何で、そんな噂が流れているのよ。大嘘よ」
「ほう。流石、ボークラール宗家の娘、親の仇であっても、自分の利益のためなら、身体までも差し出すとは、とまで東国では言われているが」
「すぐに打ち消すように指示を出して。冗談じゃない」
 私は怒りながら言ったが。

 内心で想わず、私は考えた。
 本当に、そんな関係に、私とエドワード殿下がなれたらいいのに。

 兄は、私の内心を読んだのだろう。
「ブラッディ・マリー」で口を湿らせた後で、兄は言葉を継いだ。
「お前が、そうなりたいのなら、俺は止めないぞ。むしろ、俺としては大歓迎だ。何だったら、自分としては、お前がエドワード大公世子殿下の第二夫人になって欲しいくらいだからな」

 妹の私としては、兄のこの言葉を素直に喜ぶべきだろう。
 だが、何となく引っかかるものを、私は感じる。
 兄の本音の半分しか明かされていない気がする。
 兄は、私とエドワード殿下が結ばれることで、利益を得るつもりなのではないか。
 私は、斜めにかわした会話を敢えてすることにした。

「妹の私の幸せを願ってくれるとは、本当にありがとう。でも、裏を感じるのだけど」
 私は、口元に薄笑いを敢えて浮かべながら言った。
「流石だな。それでこそ、ボークラール宗家の娘よ」
 兄は、苦笑いの表情を浮かべながら、言葉を継いだ。
「本音を言おう。エドワード大公世子の義兄に、自分が成れば、東国でボークラール宗家の財産を横領して、私腹を肥やしていたボークラール一族等が、自分の威令に服するようになると思わないか」

「確かにその通りね」
 私は、兄に与するような表情を浮かべながら、兄に同意する言葉を発したが。
 内心は微妙に異なっていた。
 何だか、兄が素直過ぎる気がしてならないのだ。
 教会の孤児院に私がいた際に、私が聞かされていた兄の悪評とは違い過ぎる気がする。

 勿論、噂、悪評と、実際が違うというのは、よくある話ではある。
 だが、ここは用心して対応した方が良い気がする。

 現在の私にとって、最も大事なのは、エドワード大公世子殿下だ。
 それと比較すれば、兄、ダグラスが大事なのか、と言われると、私としては重要性が極めて低い。
 とは言え、そうそう、私は兄を斬り捨てる訳には行かない。
 何しろ、ボークラール一族の中で、私が濃い血縁として唯一、頼れるのが、兄、ダグラスだからだ。

 それに、兄から私を斬り捨てるのならともかく、私から兄を斬り捨てては、
「流石にボークラール宗家の娘、兄といえど容赦なく斬り捨てるとは」
 と私に対する悪評が、下手をすると立ちかねない。
 そんなことになったら、エドワード大公世子殿下は、私との関係を見直され、私を棄てるだろう。

「分かったわ。でも、期待しないで。何しろ、エドワード大公世子殿下のご両親を、事実上殺したのは、私達の父親なのよ。東国のボークラール一族を始めとする軍事貴族同士なら、そこまで根に持たない話かもしれないけど、帝都の上級貴族間では違うわ」
「だろうな」
 私は、兄に半ば媚びるように薄笑いを浮かべながら答え、兄も薄笑いを浮かべながら言った。

「ともかく、この邸宅は、今は俺のモノだ。横領していたボークラールの分家から買い叩いて、全面補修した。お前も時々、宿下がりで使うといい。管理人に話は通しておく」
「ありがとう」
 そこは、兄の好意を私は素直に受けることにする。
 やはり、宮中にずっと住み込み、というのは私も神経を使うからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで

紅月
恋愛
長い銀髪にブルーの瞳。 見事に乙女ゲーム『キラキラ・プリンセス〜学園は花盛り〜』の悪役令嬢に転生してしまった。でも、もやしっ子(個人談)に一目惚れなんてしません。 私はガチの自衛隊好き。 たった一つある断罪エンド目指して頑張りたいけど、どうすれば良いの?

甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜

泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ × 島内亮介28歳 営業部のエース ******************  繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。  亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。  会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。  彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。  ずっと眠れないと打ち明けた奈月に  「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。  「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」  そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後…… ******************  クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^) 他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

【完結】全てを滅するのは、どうかしら

楽歩
恋愛
「どんなものでも消せるとしたら、…私は、この世から何を消したいのだろう」エミリア・ヴァルデン侯爵令嬢の魔法は、強く願ったものを消し去る闇魔法。 幼い頃、両親が亡くなったエミリアは、婚約者であるクロード・コルホネン伯爵令息の家で暮らしていた。いずれ家族になるのだからと。大好きな義兄と離れるのは嫌だったが、優しい婚約者とその父親に囲まれ、幸せに過ごしていた…しかし… クロードの継母とその連れ子であるフルールが来てから、そして、クロードには見えない、あの黒い靄が濃くなってきた頃、何もかもが悪い方向へと変わっていった。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o)) 55話+番外編で、完結しました。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

第二夫人に価値はないと言われました

hana
恋愛
男爵令嬢シーラに舞い込んだ公爵家からの縁談。 しかしそれは第二夫人になれというものだった。 シーラは縁談を受け入れるが、縁談相手のアイクは第二夫人に価値はないと言い放ち……

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

処理中です...