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第2部 アリス・ボークラール
第19話
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そんなことがあった後、私は取りあえず、現在の侍女の職務に励むことにした。
暇ができたら、文芸や音楽等、少しでも自分を磨こうと努めた。
そうすることで、エドワード殿下の傍に寄り添うのに相応しい、と周囲にも認めてもらおう、と私は考えたのだ。
だが。
そうは言っても、原作と違って、現在の私には有力な身内はいないので、師匠に附いて教えを乞うことも、中々ままならないことになる。
そのために私は、隔靴掻痒の想いをしながら、数か月の間、自分を磨く羽目になった。
そして、私が気が付けば、7月初めの地方行政官の任命式が終わり、本格的な夏が来ていた。
夏が来ると、宮中女官や侍女といえど、帝都の暑さに負けて、交替で休暇を取るのが基本だ。
とは言え。
実家のある宮中女官や私的な侍女は、様々な口実を作ってでも、いわゆる夏の宿下がりを交替でする等、実家のコネまでも駆使して、避暑の休暇を取るのだが。
私にとって、実家は無きも同然の存在だ。
私の両親は亡くなっており、帝都には私の知己というか、頼れる伯父叔母のような濃い私の親戚もいない。
勿論、私の親戚が全く帝都にいないこともないのだが。
そういった帝都にいる私の親戚は、私の祖父母の兄弟姉妹の孫等、いわゆる又従兄弟等以上の遠縁ばかりだ。
だから、夏が来たからと言って、私は避暑の休暇を取るどころでは無かった。
そう、その筈だった。
しかし。
「アリス・ボークラール、貴方の兄から手紙が届いていますよ」
「ええっ」
私は、知人になっていたキャロライン皇貴妃付の宮中女官から、そう言葉を掛けられて、手紙を渡された際に心の底から驚く羽目になった。
何で、兄から手紙が、それが私の最初の想いだった。
何しろ、私の兄、ダグラスは、男爵の爵位を授かった後、東国のある州の介(州次官)としてその州に赴き、4年間の任期中に、東国に土着しているボークラール一族の一人から嫁を娶り、任期終了後は土着してしまったのだ。
その任期中から、私の下に入ってくる兄の噂は、必ずしも好ましい、とは言い難いものだった。
曰く、私達の父のモノだった牧場や鉱山の返還を、介という地位を嵩に着て、取り返しを図っている。
また、介である以上、中立を保ち、公正に裁くべきなのに、片一方に必要以上に肩入れして、不公正な裁きをしている等々。
そんな兄の噂が、教会附きの孤児院にいる私の耳にまで入る有様だったのだ。
その兄から、何で手紙がいきなり届くのだ?
手紙の内容に目を通した私は、更に驚いた。
現在、兄が帝都に滞在しているというのだ。
しかも、騎士20騎と共に。
単に騎士というが、要するに武装兵100名程を連れて帝都に来ているという事だ。
極めて不穏な感じがしてならない。
そして、私に宿下がりをしての面会を求めている。
ロクな予感、嫌な予感しか、私にはしないが、こんな状況で兄に会わない訳には行かない。
私は、キャロライン皇貴妃の許可を受けて、急きょ、宿下がりをすることになった。
「よく来たな」
兄、ダグラスは、私と顔を合わせるなり言った。
ちなみに、兄は私より6歳年上だ。
「いきなり、帝都に来て、何事なの」
私は不安に駆られていった。
私は、現在、兄のいるこの邸宅のことも気になってならなかった。
この邸宅は、原作でも私の父の邸宅だったが、あの「帝都大乱」の後、私達のモノでは無くなっていた筈だ。
「いや、色々と工作しようと思ってな」
兄は、不穏な笑みを浮かべながら言った。
「何をするつもり、場合によっては」
私は、そこで言葉を飲み込んで、兄を睨んだ。
私とて、本音ではやりたく無いが。
場合によっては、「ボークラールの共食い」を兄とやらざるを得ないかもしれない。
私は不吉な予感がした。
暇ができたら、文芸や音楽等、少しでも自分を磨こうと努めた。
そうすることで、エドワード殿下の傍に寄り添うのに相応しい、と周囲にも認めてもらおう、と私は考えたのだ。
だが。
そうは言っても、原作と違って、現在の私には有力な身内はいないので、師匠に附いて教えを乞うことも、中々ままならないことになる。
そのために私は、隔靴掻痒の想いをしながら、数か月の間、自分を磨く羽目になった。
そして、私が気が付けば、7月初めの地方行政官の任命式が終わり、本格的な夏が来ていた。
夏が来ると、宮中女官や侍女といえど、帝都の暑さに負けて、交替で休暇を取るのが基本だ。
とは言え。
実家のある宮中女官や私的な侍女は、様々な口実を作ってでも、いわゆる夏の宿下がりを交替でする等、実家のコネまでも駆使して、避暑の休暇を取るのだが。
私にとって、実家は無きも同然の存在だ。
私の両親は亡くなっており、帝都には私の知己というか、頼れる伯父叔母のような濃い私の親戚もいない。
勿論、私の親戚が全く帝都にいないこともないのだが。
そういった帝都にいる私の親戚は、私の祖父母の兄弟姉妹の孫等、いわゆる又従兄弟等以上の遠縁ばかりだ。
だから、夏が来たからと言って、私は避暑の休暇を取るどころでは無かった。
そう、その筈だった。
しかし。
「アリス・ボークラール、貴方の兄から手紙が届いていますよ」
「ええっ」
私は、知人になっていたキャロライン皇貴妃付の宮中女官から、そう言葉を掛けられて、手紙を渡された際に心の底から驚く羽目になった。
何で、兄から手紙が、それが私の最初の想いだった。
何しろ、私の兄、ダグラスは、男爵の爵位を授かった後、東国のある州の介(州次官)としてその州に赴き、4年間の任期中に、東国に土着しているボークラール一族の一人から嫁を娶り、任期終了後は土着してしまったのだ。
その任期中から、私の下に入ってくる兄の噂は、必ずしも好ましい、とは言い難いものだった。
曰く、私達の父のモノだった牧場や鉱山の返還を、介という地位を嵩に着て、取り返しを図っている。
また、介である以上、中立を保ち、公正に裁くべきなのに、片一方に必要以上に肩入れして、不公正な裁きをしている等々。
そんな兄の噂が、教会附きの孤児院にいる私の耳にまで入る有様だったのだ。
その兄から、何で手紙がいきなり届くのだ?
手紙の内容に目を通した私は、更に驚いた。
現在、兄が帝都に滞在しているというのだ。
しかも、騎士20騎と共に。
単に騎士というが、要するに武装兵100名程を連れて帝都に来ているという事だ。
極めて不穏な感じがしてならない。
そして、私に宿下がりをしての面会を求めている。
ロクな予感、嫌な予感しか、私にはしないが、こんな状況で兄に会わない訳には行かない。
私は、キャロライン皇貴妃の許可を受けて、急きょ、宿下がりをすることになった。
「よく来たな」
兄、ダグラスは、私と顔を合わせるなり言った。
ちなみに、兄は私より6歳年上だ。
「いきなり、帝都に来て、何事なの」
私は不安に駆られていった。
私は、現在、兄のいるこの邸宅のことも気になってならなかった。
この邸宅は、原作でも私の父の邸宅だったが、あの「帝都大乱」の後、私達のモノでは無くなっていた筈だ。
「いや、色々と工作しようと思ってな」
兄は、不穏な笑みを浮かべながら言った。
「何をするつもり、場合によっては」
私は、そこで言葉を飲み込んで、兄を睨んだ。
私とて、本音ではやりたく無いが。
場合によっては、「ボークラールの共食い」を兄とやらざるを得ないかもしれない。
私は不吉な予感がした。
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