上 下
84 / 120
第2部 アリス・ボークラール

第19話

しおりを挟む
 そんなことがあった後、私は取りあえず、現在の侍女の職務に励むことにした。
 暇ができたら、文芸や音楽等、少しでも自分を磨こうと努めた。
 そうすることで、エドワード殿下の傍に寄り添うのに相応しい、と周囲にも認めてもらおう、と私は考えたのだ。
 だが。

 そうは言っても、原作と違って、現在の私には有力な身内はいないので、師匠に附いて教えを乞うことも、中々ままならないことになる。
 そのために私は、隔靴掻痒の想いをしながら、数か月の間、自分を磨く羽目になった。
 そして、私が気が付けば、7月初めの地方行政官の任命式が終わり、本格的な夏が来ていた。
 夏が来ると、宮中女官や侍女といえど、帝都の暑さに負けて、交替で休暇を取るのが基本だ。
 とは言え。

 実家のある宮中女官や私的な侍女は、様々な口実を作ってでも、いわゆる夏の宿下がりを交替でする等、実家のコネまでも駆使して、避暑の休暇を取るのだが。
 私にとって、実家は無きも同然の存在だ。

 私の両親は亡くなっており、帝都には私の知己というか、頼れる伯父叔母のような濃い私の親戚もいない。
 勿論、私の親戚が全く帝都にいないこともないのだが。
 そういった帝都にいる私の親戚は、私の祖父母の兄弟姉妹の孫等、いわゆる又従兄弟等以上の遠縁ばかりだ。
 だから、夏が来たからと言って、私は避暑の休暇を取るどころでは無かった。
 そう、その筈だった。
 しかし。

「アリス・ボークラール、貴方の兄から手紙が届いていますよ」
「ええっ」
 私は、知人になっていたキャロライン皇貴妃付の宮中女官から、そう言葉を掛けられて、手紙を渡された際に心の底から驚く羽目になった。
 何で、兄から手紙が、それが私の最初の想いだった。

 何しろ、私の兄、ダグラスは、男爵の爵位を授かった後、東国のある州の介(州次官)としてその州に赴き、4年間の任期中に、東国に土着しているボークラール一族の一人から嫁を娶り、任期終了後は土着してしまったのだ。
 その任期中から、私の下に入ってくる兄の噂は、必ずしも好ましい、とは言い難いものだった。
 曰く、私達の父のモノだった牧場や鉱山の返還を、介という地位を嵩に着て、取り返しを図っている。
 また、介である以上、中立を保ち、公正に裁くべきなのに、片一方に必要以上に肩入れして、不公正な裁きをしている等々。
 そんな兄の噂が、教会附きの孤児院にいる私の耳にまで入る有様だったのだ。
 その兄から、何で手紙がいきなり届くのだ?

 手紙の内容に目を通した私は、更に驚いた。
 現在、兄が帝都に滞在しているというのだ。
 しかも、騎士20騎と共に。
 単に騎士というが、要するに武装兵100名程を連れて帝都に来ているという事だ。
 極めて不穏な感じがしてならない。
 そして、私に宿下がりをしての面会を求めている。

 ロクな予感、嫌な予感しか、私にはしないが、こんな状況で兄に会わない訳には行かない。
 私は、キャロライン皇貴妃の許可を受けて、急きょ、宿下がりをすることになった。

「よく来たな」
 兄、ダグラスは、私と顔を合わせるなり言った。
 ちなみに、兄は私より6歳年上だ。
「いきなり、帝都に来て、何事なの」
 私は不安に駆られていった。

 私は、現在、兄のいるこの邸宅のことも気になってならなかった。
 この邸宅は、原作でも私の父の邸宅だったが、あの「帝都大乱」の後、私達のモノでは無くなっていた筈だ。
「いや、色々と工作しようと思ってな」
 兄は、不穏な笑みを浮かべながら言った。
「何をするつもり、場合によっては」
 私は、そこで言葉を飲み込んで、兄を睨んだ。

 私とて、本音ではやりたく無いが。
 場合によっては、「ボークラールの共食い」を兄とやらざるを得ないかもしれない。
 私は不吉な予感がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

処理中です...