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第1部 メアリー・グレヴィル

幕間(チャールズー1)

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 本当にごめんなさい。
 先日、僕は、アンに別れの手紙をしたためた。
 そして、謝罪の言葉を書こう、としたのだが、それ以上の謝罪の言葉が出てこず、涙をこぼすしかなかった。

 本当は謝罪の言葉を連ねるべきだった。
 でも、あれだけ、貴族の教養の一環として、詩歌の勉強に努め、帝国上級貴族の一員として恥ずかしくない文学教養を持っている筈なのに、それ以上の言葉が僕に出てこない。
 下手に謝罪の言葉を連ねると、言い訳になり、彼女を更に傷つけることになる気がするのだ。

 そもそも、僕という言葉を使うのは、自分にとって、何年振りだろう。
 それだけ大公世子という自分の立場にあぐらをかいていたのだろうか。

 大公世子という立場は特別だ。
 将来の帝国大宰相として、英才教育を受ける。
 父、大公アーサーの唯一の男児として出生した僕は、すぐに大公世子になった。
 本来からすれば、父アーサーが死んだ後、僕が大公になるのが当然だったが、父の遺言で、父の弟ヘンリーが大公を継いだ。
 僕は、まだ15歳にもなっていなかったからだ。
 そして、徐々に僕にも分かってきたが、帝室(というか、元皇帝ジェームズ)は、大公家に敵意を向けつつある。
 だから、老練で有能な手腕を持つ叔父が、いわば中継ぎの大公に、帝国大宰相になった。

 15歳になった僕は、すぐに伯爵、参議に、16歳で侯爵、民部卿(帝国内の民政を司る民部省の長官)に、18歳で公爵、宰相に叙せられ、と昇進階段を駆け上がった。
 大公世子として、祖父も父もほぼ同様にたどった昇進階段で、当然の処遇だった。

 当然のことのように、周囲も忖度した対応を執る。
 僕から声をかけてなびかなかった女性はいなかったし、逆に女性の父兄から、様々な伝手をたどり、うちの娘を、妹をお傍に、という有様だった。
 僕は、叔父ヘンリーに内々に相談して、それなりの対応をした。

 叔父は僕に何度か忠告した。
 きちんと裏とまではいわないが、相手のことを知ってから、関係を持て。
 思わぬ失敗になっては取り返しがつかない。
 そして、関係を持ったら、それなりのことを相手に、その父兄にしろ、と。
 それで、これまで僕はやってきたが、いつか慢心していた。
 そう、アンとの関係は、それでやってしまったのだ。

 今の妻メアリとの婚約、結婚は、亡くなった父アーサーが進めたもので、自分から望んだものではなかった。
 そして、婚約してからの彼女との手紙のやり取り、僕が3歳年下ということもあり、彼女は上から目線の手紙を、いつも送ってきた。
 冷静に考えれば、彼女が3歳年上なのだから、当然のことなのだが、忖度されることに徐々に慣れていった自分にしてみれば、何だか徐々に嫌になった。
 とは言え、そんな理由で婚約破棄等、出来る筈がない。
 
 メアリと婚約破棄をするなら、彼女が別の男性と関係をもつ等、それなりの理由が必要になる。
 何だか性格が合わない気がするので位の理由で婚約破棄しては、幾ら大公世子とはいえ、貴族社会で非難の嵐を浴びることを覚悟せねばならない。
 だから、僕は18歳まで、メアリから逃げ回った。
 僕にしてみれば、18歳が人生の墓場入りの時だった。

 年頃の男性として、何人かの女性と召人、通いの愛人関係を自分は持ちもしたが、お互いに割り切った関係以上には進まなかった。
 相手の女性の裏の顔に、どうしても打算を感じてしまい、それなりのことをすればよい、と自分も冷めてしまうことを繰り返していた。
(もっとも、召人、通いの愛人というのは、そういう打算で関係を持つのが、普通なのだが)

 そうした時に、アンと北山で会ったのだ。
 人生で初の一目ぼれ、恋に落ちた瞬間だった。
 だから、裏を調べなかった。
 そして、取り返しがつかなかった。 
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