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第1部 メアリー・グレヴィル

第1話

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「メアリー、今日は婚約が調った証として、婚約者に逢いに行くよ」
「はい」
 父の言葉に、私は表面上は、素直に返事をしたが。
 その時の内心では、どうにも気が進まなかった。
 何しろ、私はどうせ表面上の妻にしかなれない気がしてならないのだ。

 チャールズか、彼女の画のとおりなら、文句なしの美少年の筈。
 だから、その姿を見て、妻として寄り添って、と考えれば、心が浮き立つはずなのだが。
 原作通りなら、チャールズの心は私を向いてくれない。
 私ではなく、妹のアンに惚れ込んでしまうのだ。
 それが、分かっている私は、(内心に留めたが)溜息しか出なかった。

 だが。

 馬車に乗り、大公家の大邸宅の一つに私達が到着して。
 更に、大公家の次期当主であるチャールズの姿を私が見た瞬間、私の想いは吹き飛んだ。
 
 無理なのは分かっている、でも。
 彼が、私を女、彼女として見てくれなくてもいい。
 名目上の妻としてでも、私を彼が重んじてくれるならば、と夢見てしまったのだ。

 彼が私の婚約者である、ということが嬉しくてならなかった。
 断じて、妹のアンに譲ってなるものか。
 と、心の想いが暴走を始めた瞬間、私は我に返った。
 私のバカ、大バカ。

 私は、子どもが産めない身ではないか。
 後悔、先に立たずとはいえ、何と自らに酷い設定を、かつての私はしてしまったのだ。

 この世界の人間の誰一人、私がそんな身とは思わないだろう。
 実際、普通に生理は来るし、かつての前世、21世紀の日本であれば、将来、私は水着モデルが務まる程の抜群のスタイルと、更に美人コンテストに出場できるくらいの美貌を、15歳ながらも持っている。
(もっとも、将来、妹のアンには見劣りしてしまうだろう。
 原作通り、妹のアンは、まだ9歳だが、私自身が自認する程、将来、有望な美貌を持っている)
 しかし。
 
 私は、前世の記憶が蘇った瞬間。
 更に、自分の願いが叶ったとはいえ、それが自業自得とは言え、それが自分が地獄に飛び込んだことに気付いた瞬間だったのを、あらためて想い起こした。

「メアリー。グレヴィル公爵家の長女として、将来は、幸せを掴むのだ」
「もう、3歳の誕生日を迎えたばかりの女の子にそんなことを言って、理解できるものですか」
「全くだが。皇帝の孫娘として、皇族公爵であるグレヴィル家の長女として、自覚を持ってもらわねばな」
「確かにその通りですけどね」
 私の誕生日を、私の両親とその召使いたちが祝ってくれる楽しいパーティーの最中だった。
 そう、私の3歳の誕生日は、私にとって、とても楽しい日だった筈なのに。
 この私の目の前での両親の会話が、私の前世の記憶と、この世界の知識を取り戻させるキーワードになった。

「私の名前、メアリー・グレヴィル」
「そうだよ」
 父の答えに、私は真っ青になった。

 皇帝の孫娘、皇族公爵家の長女、どう考えても、私が原作者だった「暁星に願いを」の世界のメアリー・グレヴィルに、私は転生している。
 このまま原作通りの人生を、私がたどるなら、私の目の前に待っているのは、狂い死にするという、ある意味、最悪の運命だ。
 何としても、運命を変えないといけない。
 でも、どうやって。

「メアリー、どうしたの。顔色が急に悪くなったわ。気分が悪いの」
「ごめんなさい。折角の私の誕生日パーティーの最中なのに。何だか急に気分が悪くなって。ベッドで寝ていい?」
「そうなのか。それなら、パーティーは、ここまでにしよう。メアリー、乳母に付き添ってもらって、ベッドでゆっくり寝なさい。早く気分が良くなるといいね」
「はい」
 母と父の言葉を聞き、私は。両親や周囲を誤魔化しつつ、ベッドに潜り込んで、自分が原作を描いた漫画「暁星に願いを」のことを思い起こしていった。
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