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第10章 城山における最後の戦い

第7話

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 西郷軍との激突の当初、永倉新八と島田魁は部下と共に、土方歳三少佐の傍で護衛をしていたのだが。
 西郷軍の強襲に対して、二人が部下と共に応戦するうちに、いつの間にか、徐々に土方少佐から離れていた。
 西郷軍の強襲は、徐々に錐のように鋭く細くなっていて、その先端は第3海兵大隊を突破し、第4海兵大隊が応戦せざるを得ない状況になりつつあった。

 永倉の耳には、第4海兵大隊の最前線で指揮を執る北白川宮大尉の声さえ、かすかに聞こえている。
「さすがは、西郷軍の最後の精鋭、ここは湊川か」
 それが聞こえた永倉は、講談で聴いた太平記を想い起こし、そう呻かざるを得なかった。
「だが、湊川で勝ったのは足利軍だ。
 同様の運命を、西郷軍にはたどってもらう」
 そう内心で呟いた永倉の目に、数人の男が護衛した西郷軍の巨漢が通ろうとしているのが映った。

 それを見た瞬間、永倉の歴戦の勘が働いた。
「西郷隆盛か」
 永倉は 大声で一喝して、部下と共に向かった。
 その声が聞こえた島田も、思わず部下と共に向かった。

 別府晋介らと共に、小倉処平は西郷隆盛を護衛しつつ、稲荷川を渡河して前へ前へと進んでいた。
 当初、10人ほどいた西郷の護衛は、櫛の歯が欠けるように、海兵隊の兵士の前に徐々に倒れていく。
 本来、西郷の護衛は、薩摩出身者、それもいわゆる城下士で固められていたのだが、小倉が懇願した結果、西郷隆盛の言葉があり、小倉は護衛としての同行が許されたのだった。
 小倉が、周囲から襲い掛かる海兵隊の兵士に懸命に応戦していると、大声が聞こえ、更に数十人の兵士が西郷隆盛に向かってくるのが目に入った。
 その時。

「晋どん、晋どん、もうここらでよかろう」
 西郷隆盛が別府に言った。
 小倉が見るところ、確かに護衛は最早、数えるほどしか自分も含めて残っていない。
 新手に対処するとなると、一人十殺したとしても無理だった。

「ごめんなったもし」
 西郷隆盛を、海兵隊の、新選組の手にかけるわけにはいかない。
 そう考えた別府は、溢れる涙をこらえながら、東を向いて膝を折り、手を合わせて祈っている西郷の首を斬った。

 永倉が部下と共に駆け付けたのは、その直後だった。
 永倉が、自分の眼前で起こったことに思わず動揺していると、別府は最期の良き敵と思ったのか、永倉に白刃を煌めかせて突撃してきた。
 その刃を見て、永倉は逆に落ち着き、刀を構えた。

 別府の初太刀を、かつて、近藤勇が教えた通りに永倉はかわした。
 だが、別府は二の太刀、三の太刀と追撃をかけてきた。
「さすが、本場の示現流、二の太刀、三の太刀と追撃をかけてくる。だが」
 別府の太刀筋を、永倉は内心で憐れんだ。
「二の太刀、三の太刀と速度が落ちている」

 永倉は、別府との間合いを測り、得意の龍飛剣を振るった。
 せめて、自分の得意技で葬ってやろう。
 それが、永倉なりの別府に対する敬意の払い方だった。
 下から上へ、永倉の刀は奔った。
 別府は永倉の刀を避けきれず、腹から胸へと斬られた。

 永倉の内心が、剣客として分かったのか。
「お見事」
 そう呟いた後、微笑みを浮かべながら、別府は事切れた。

 その頃、小倉は海兵隊の兵士に取り囲まれていた。
 小倉は懸命に応戦するが、多勢に無勢である。
 小倉の右ふくらはぎに銃剣が刺さり、倒れたところに頭を打って小倉は昏倒した。
 ほぼ同じ頃、西郷の護衛は全員が死ぬか、意識を失っていた。

 島田が部下と共に駆け付けてきたのは、その時だった。
 永倉は、島田の顔を見て我に返り、島田に尋ねた。
「そういえば、土方さんの護衛はどうした」
「しまった」
 永倉の言葉に、島田は顔色を変えた。
 西郷隆盛という声に、自分は思わず引き付けられてしまったのだ。
 永倉も、顔色を変えた。

「わしが土方さんのもとに駆け付ける。
 島田は西郷さん達の遺体を護ってくれ。
 辱めを受けないように。
 こんな乱戦だと何があるかわからん」
 永倉は島田に指図した後、土方少佐の下に、部下と共に走って向かった。

「分かった」
 島田は肯いて、部下と共に西郷とその護衛の遺体を護ることにした。
 まだ息のある西郷の護衛もいた。
 島田とその部下は、その護衛の武装を解除し、一部の者を割き、けがをした護衛を海兵隊の野戦病院へと運んだ。

 島田は西郷や別府らの遺体を守りつつ、思わず何度も呟いていた。
「南無阿弥陀仏」
 その声が聞こえた部下も、思わず念仏を唱え、徐々にその声は大きくなった。

 島田らは、西郷隆盛らの菩提を弔おうと、全く知らずに念仏を唱えていたのだが。
 その念仏が聞こえた鹿児島の民衆は、思わず涙を零さざるを得なかった。
 鹿児島では薩摩藩により、長年にわたって、真宗は禁教とされており、明治維新後も、念仏を公然と唱えることは、しばらくの間は許されていなかったのだ。
 その鹿児島の地で、西郷隆盛の菩提を弔おうとして、念仏を唱える声が響き渡っている。
 
 この時、鹿児島の民衆に、一つの時代が完全に終わったことを、島田らは自覚無しに、結果として伝えていた。
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