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第10章 城山における最後の戦い
第6話
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辺見十郎太の初太刀を、斎藤一は無心で迎え撃った。
斎藤は、新選組きっての剣士、沖田総司をしのぐかもしれぬと謳われた剣の天才である。
20代にして無外流の奥義を究め、剣術の師匠から出藍の誉れというのはこういうことか、と慨嘆させ、剣禅一如の境地に達したとして、免許皆伝を許されていた。
一方の薬丸自顕流は、その祖に当たる示現流同様、初太刀に全てを賭ける剣術である。
辺見の初太刀は、神速といってよかったが、戦いを前に無心の境地に達していた斎藤の目には、その初太刀は遅く思えた。
斎藤は流麗に辺見の初太刀をかわし、中段に構えた刀を辺見の小手を狙って振るった。
「ぐわっ」
辺見は呻いた。
斎藤の刀は、存分に辺見の小手をえぐっていた。
薬丸自顕流にも、二の太刀はある。
だが、小手をえぐられては、さすがに二の太刀は振るえない。
「お見事、新選組の剣士の腕の冴えが、未だに残っていたか。
最期に良き敵に巡り合えた。
自分に心残りは無いが。
一つ挙げるなら、西郷さが鹿児島の街にたどり着くのを見届けられなかったが心残りか」
辺見は走馬灯のような思いを巡らせた。
斎藤は辺見の心を察し、無言のままで、太刀を再度構えて、辺見に突き技を振るった。
それを見た辺見は、心底からの笑みを浮かべて、それを受けて、絶命した。
だが、それにもかかわらず西郷軍の兵は、怯まずに続々と新選組を、海兵隊を突破しようと更に進んで来た。
その頃、林忠崇大尉は、西郷軍が第3海兵大隊を攻撃することで、海兵隊の中央突破を図ろうとしているのに気づき、顔色を変えて呟いた。
「中央突破を図るとは、関ヶ原ではないのだぞ」
それを聞いた梶原雄之助大尉は、意味が分からなかったので、林大尉に尋ねた。
「関ヶ原とはどういうことです」
「ああ、すまん。
徳川家にとって、大事な関ヶ原の戦いというのがあるのだ。
その戦いに島津家の軍勢も敵として参加していたのだが、その際に島津家の軍勢は、数倍以上いた敵の徳川家の軍勢の中央を突破して退却していったのだ」
林大尉は元徳川譜代の大名家の当主として知っていたことを、簡潔に梶原大尉に話した。
「数倍の敵軍の中央を突破しての退却ですか」
梶原大尉はすぐにはその意味を理解できなかったが、理解が及ぶにつれて顔色を変えていった。
「そんなことを島津家の軍勢はやったのですか」
「やったのさ。
そして、その時に井伊直政らも、結果的に島津家の攻撃の前に死んでいる」
「それは」
林大尉の言葉に、梶原大尉はそれ以上、言えずに絶句してしまった。
「だが、2度は許さん。
一文字大名の誇りにかけて、また、徳川家の軍勢の末裔ともいえる海兵隊の誇りにかけ、西郷軍に突破はさせん」
林大尉は独り言を言うと、第1海兵大隊に向かって吠えた。
「これより第3海兵大隊の救援に向かうぞ。
第1海兵大隊は全力を尽くせ」
「応」
梶原大尉も含め、第1海兵大隊の面々は林大尉の檄に応えて、第3海兵大隊の救援に向かった。
だが、その前に西郷軍の兵の一部が立ち塞がった。
第1海兵大隊の猛攻を何としても阻止し、西郷隆盛を鹿児島の街へ送り届けようと奮戦する。
やがて、林大尉の前に1人の20歳前後と見える若い男が立ち塞がって吠えた。
「今忠勝と令名の高い林忠崇殿とお見受けする」
「今忠勝とは面映いがいかにも」
林大尉が返答した。
「我が名は、島津啓次郎。
今生の思い出に今忠勝とお手合わせを願いたい」
林大尉は思いを巡らせた。
島津を名乗るということは、島津の一族か。
これも因縁と思うべきだろう。
林大尉は無言のまま、刀を構えた。
島津啓次郎は刀を中段に構えて、林大尉の隙を窺った。
これは、示現流ではない、だが、覚えがある剣術、と思いを林大尉が巡らせていると、島津啓次郎が突進してきて、刀を振るった。
だが、半ば無意識裡に、林大尉の体が先に動いていた。
島津啓次郎の剣の腕は悪くはなかったが、戊辰戦争以来の経験を積み、新選組きっての剣の遣い手である斎藤一や永倉新八でさえ一目置く林大尉の剣の腕には到底及ばなかった。
島津啓次郎の刀は、林大尉の服にさえかすりもしなかったが、逆に林大尉の刀は島津啓次郎の体を袈裟懸けに存分に斬った。
島津啓次郎は、地面に倒れ、
「勝海舟先生」
と呟いて絶息した。
「関ヶ原の因縁を断たせてもらった。
それにしても、勝海舟殿の弟子だったか、ということは直進影流の使い手か」
林大尉は、内心で言い、前を向いた。
林大尉の眼前では、西郷軍と海兵隊の死闘がまだ続いている。
なお、西南戦争が終わった後、この話を取材に来た犬養毅に聞かされた勝海舟は、
「何で、俺の優秀な弟子は、(坂本)竜馬といい、啓次郎といい、幕府の人間に殺されるのかな。
そして、何で師匠の俺に、先だって逝っちまうのかな。
日本の将来に本当に必要な人材だ、と俺は想っていたんだがな。
本当に何でなんだろうな」
と半ば独り言を呟き、自分の眼前で大粒の涙を零し続けた、
と犬養毅は記事で伝えている。
斎藤は、新選組きっての剣士、沖田総司をしのぐかもしれぬと謳われた剣の天才である。
20代にして無外流の奥義を究め、剣術の師匠から出藍の誉れというのはこういうことか、と慨嘆させ、剣禅一如の境地に達したとして、免許皆伝を許されていた。
一方の薬丸自顕流は、その祖に当たる示現流同様、初太刀に全てを賭ける剣術である。
辺見の初太刀は、神速といってよかったが、戦いを前に無心の境地に達していた斎藤の目には、その初太刀は遅く思えた。
斎藤は流麗に辺見の初太刀をかわし、中段に構えた刀を辺見の小手を狙って振るった。
「ぐわっ」
辺見は呻いた。
斎藤の刀は、存分に辺見の小手をえぐっていた。
薬丸自顕流にも、二の太刀はある。
だが、小手をえぐられては、さすがに二の太刀は振るえない。
「お見事、新選組の剣士の腕の冴えが、未だに残っていたか。
最期に良き敵に巡り合えた。
自分に心残りは無いが。
一つ挙げるなら、西郷さが鹿児島の街にたどり着くのを見届けられなかったが心残りか」
辺見は走馬灯のような思いを巡らせた。
斎藤は辺見の心を察し、無言のままで、太刀を再度構えて、辺見に突き技を振るった。
それを見た辺見は、心底からの笑みを浮かべて、それを受けて、絶命した。
だが、それにもかかわらず西郷軍の兵は、怯まずに続々と新選組を、海兵隊を突破しようと更に進んで来た。
その頃、林忠崇大尉は、西郷軍が第3海兵大隊を攻撃することで、海兵隊の中央突破を図ろうとしているのに気づき、顔色を変えて呟いた。
「中央突破を図るとは、関ヶ原ではないのだぞ」
それを聞いた梶原雄之助大尉は、意味が分からなかったので、林大尉に尋ねた。
「関ヶ原とはどういうことです」
「ああ、すまん。
徳川家にとって、大事な関ヶ原の戦いというのがあるのだ。
その戦いに島津家の軍勢も敵として参加していたのだが、その際に島津家の軍勢は、数倍以上いた敵の徳川家の軍勢の中央を突破して退却していったのだ」
林大尉は元徳川譜代の大名家の当主として知っていたことを、簡潔に梶原大尉に話した。
「数倍の敵軍の中央を突破しての退却ですか」
梶原大尉はすぐにはその意味を理解できなかったが、理解が及ぶにつれて顔色を変えていった。
「そんなことを島津家の軍勢はやったのですか」
「やったのさ。
そして、その時に井伊直政らも、結果的に島津家の攻撃の前に死んでいる」
「それは」
林大尉の言葉に、梶原大尉はそれ以上、言えずに絶句してしまった。
「だが、2度は許さん。
一文字大名の誇りにかけて、また、徳川家の軍勢の末裔ともいえる海兵隊の誇りにかけ、西郷軍に突破はさせん」
林大尉は独り言を言うと、第1海兵大隊に向かって吠えた。
「これより第3海兵大隊の救援に向かうぞ。
第1海兵大隊は全力を尽くせ」
「応」
梶原大尉も含め、第1海兵大隊の面々は林大尉の檄に応えて、第3海兵大隊の救援に向かった。
だが、その前に西郷軍の兵の一部が立ち塞がった。
第1海兵大隊の猛攻を何としても阻止し、西郷隆盛を鹿児島の街へ送り届けようと奮戦する。
やがて、林大尉の前に1人の20歳前後と見える若い男が立ち塞がって吠えた。
「今忠勝と令名の高い林忠崇殿とお見受けする」
「今忠勝とは面映いがいかにも」
林大尉が返答した。
「我が名は、島津啓次郎。
今生の思い出に今忠勝とお手合わせを願いたい」
林大尉は思いを巡らせた。
島津を名乗るということは、島津の一族か。
これも因縁と思うべきだろう。
林大尉は無言のまま、刀を構えた。
島津啓次郎は刀を中段に構えて、林大尉の隙を窺った。
これは、示現流ではない、だが、覚えがある剣術、と思いを林大尉が巡らせていると、島津啓次郎が突進してきて、刀を振るった。
だが、半ば無意識裡に、林大尉の体が先に動いていた。
島津啓次郎の剣の腕は悪くはなかったが、戊辰戦争以来の経験を積み、新選組きっての剣の遣い手である斎藤一や永倉新八でさえ一目置く林大尉の剣の腕には到底及ばなかった。
島津啓次郎の刀は、林大尉の服にさえかすりもしなかったが、逆に林大尉の刀は島津啓次郎の体を袈裟懸けに存分に斬った。
島津啓次郎は、地面に倒れ、
「勝海舟先生」
と呟いて絶息した。
「関ヶ原の因縁を断たせてもらった。
それにしても、勝海舟殿の弟子だったか、ということは直進影流の使い手か」
林大尉は、内心で言い、前を向いた。
林大尉の眼前では、西郷軍と海兵隊の死闘がまだ続いている。
なお、西南戦争が終わった後、この話を取材に来た犬養毅に聞かされた勝海舟は、
「何で、俺の優秀な弟子は、(坂本)竜馬といい、啓次郎といい、幕府の人間に殺されるのかな。
そして、何で師匠の俺に、先だって逝っちまうのかな。
日本の将来に本当に必要な人材だ、と俺は想っていたんだがな。
本当に何でなんだろうな」
と半ば独り言を呟き、自分の眼前で大粒の涙を零し続けた、
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