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第10章 城山における最後の戦い
第5話
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空が明け行く中、雲行きが怪しいのは、西郷軍の幹部にも分かった。
「我々にとっての天佑神助か」
桐野利秋は、天を仰いで言った。
他の幹部も、口々に同様のことを言った。
一方の海兵隊の幹部の多くは、この雲行きに顔色を急変させざるを得なかった。
「まずい。大雨になったら」
大鳥圭介に至っては、顔面を蒼白にしていた。
それ以上の言葉を飲み込んだのは、部下を動揺させるわけにはいかない、という自制心を働かせたからだったが、ほとんど無駄だった。
部下たちも大雨が降ったらどうなるかを察して、動揺した。
大雨が降ったら、海兵隊のシャスポー銃はほぼ射撃不能になる、
つまり雨の中で、白兵戦を挑むしかなくなるのだ。
白兵戦に新選組以下、海兵隊は自信を持っているとはいえ、相手が相手である。
少しでも自分にとって有利な場で戦いたいのは、当然の心理だった。
「頼む、どうか雨が降らないでくれ」
海兵隊の幹部の多くが願った。
だが、海兵隊の幹部でも泰然自若としている者もいる。
林忠崇大尉は、その1人だった。
「天も泣きたいのだろうな」
林はひとり言を呟いていた。
「戦の後には、よく大雨が降るという。
戦死者を悼んで、天が泣くからだと。
この戦争もほぼ終わりが近い。
少し気が早い天だな」
林大尉の言葉を聞いた梶原雄之助大尉は、思わずたしなめた。
「しかし、雨が降るのはまずいです。どうしますか」
林大尉は笑って言った。
「刀を振るえる者は刀で、振るえない者は銃剣で戦うまでだ。
何か問題があるのか」
梶原大尉も戊辰戦争以来の歴戦の兵である。
その言葉を聞いて、自らも笑って言った。
「そのとおりでした。確かに全く問題はありませんな」
土方歳三少佐も泰然自若としている者の1人だった。
「これはよい雨が降りそうだ。
思う存分、悔いの残らない刀の戦いができる」
土方少佐は呟いた。
だが、島田魁や永倉新八、斎藤一といった面々は、顔色を変えた。
「これはまずい、乱戦になる」
永倉が呟いた。
「とりあえず、私が先陣を務めます。
永倉さんや島田さんは、土方さんに注意を払って下さい」
斎藤が提案した。
「分かった。土方さんを死なせるわけにはいかん」
島田が言い、永倉も肯いた。
なお、この時の海兵隊の配置だが、稲荷川の河口から川上に向かい、大雑把にいって、第1海兵大隊、第3海兵大隊、第2海兵大隊の順に並んで配置され、第4海兵大隊は予備として第3海兵大隊の後方にいた。
これは、海兵隊の両翼である第1海兵大隊か、第2海兵大隊を、西郷軍は攻撃してくると思われていたからで、歴戦の土方少佐率いる第3海兵大隊を中央に置いていたのだ。
だが、西郷軍は違う考えをしていた。
「いよいよ雨が降り出したな」
桐野は呟いた。
雨は次第に激しさを増してきた。
「では、先陣を切らせてもらいます。
目標は、あの誠の旗でよいですな」
辺見十郎太が確認した。
「それでいい。
まさか中央突破はするまい、と海兵隊は考えているだろう。
相手の虚を突くのは兵法の基本だ。それに」
桐野は言葉を一時、切った後で笑いながら言った。
「最期に相応しい良き敵ではないかな。新選組は」
「同感です」
辺見も心からの笑みを浮かべつつ、桐野に返答した。
「行くぞ、西郷どんを鹿児島へ送り届ける」
辺見は絶叫して、大雨の中、突撃を開始した。
その後を今や400人程まで数を減らした西郷軍が続く。
「来たな」
斎藤は呟いた。
「辺見はわしが引き受ける。
他の者は全力で西郷軍を阻止しろ」
「応」
斎藤の部下は、口々に返答した。
「キェーイ」
海兵隊の陣地に駆けてくる辺見の口から、薬丸自顕流独特の猿叫が響き渡った。
「いい声だ」
斎藤は内心で呟きながら、辺見を迎え撃った。
最後の戦いの激突が始まった瞬間だった。
「我々にとっての天佑神助か」
桐野利秋は、天を仰いで言った。
他の幹部も、口々に同様のことを言った。
一方の海兵隊の幹部の多くは、この雲行きに顔色を急変させざるを得なかった。
「まずい。大雨になったら」
大鳥圭介に至っては、顔面を蒼白にしていた。
それ以上の言葉を飲み込んだのは、部下を動揺させるわけにはいかない、という自制心を働かせたからだったが、ほとんど無駄だった。
部下たちも大雨が降ったらどうなるかを察して、動揺した。
大雨が降ったら、海兵隊のシャスポー銃はほぼ射撃不能になる、
つまり雨の中で、白兵戦を挑むしかなくなるのだ。
白兵戦に新選組以下、海兵隊は自信を持っているとはいえ、相手が相手である。
少しでも自分にとって有利な場で戦いたいのは、当然の心理だった。
「頼む、どうか雨が降らないでくれ」
海兵隊の幹部の多くが願った。
だが、海兵隊の幹部でも泰然自若としている者もいる。
林忠崇大尉は、その1人だった。
「天も泣きたいのだろうな」
林はひとり言を呟いていた。
「戦の後には、よく大雨が降るという。
戦死者を悼んで、天が泣くからだと。
この戦争もほぼ終わりが近い。
少し気が早い天だな」
林大尉の言葉を聞いた梶原雄之助大尉は、思わずたしなめた。
「しかし、雨が降るのはまずいです。どうしますか」
林大尉は笑って言った。
「刀を振るえる者は刀で、振るえない者は銃剣で戦うまでだ。
何か問題があるのか」
梶原大尉も戊辰戦争以来の歴戦の兵である。
その言葉を聞いて、自らも笑って言った。
「そのとおりでした。確かに全く問題はありませんな」
土方歳三少佐も泰然自若としている者の1人だった。
「これはよい雨が降りそうだ。
思う存分、悔いの残らない刀の戦いができる」
土方少佐は呟いた。
だが、島田魁や永倉新八、斎藤一といった面々は、顔色を変えた。
「これはまずい、乱戦になる」
永倉が呟いた。
「とりあえず、私が先陣を務めます。
永倉さんや島田さんは、土方さんに注意を払って下さい」
斎藤が提案した。
「分かった。土方さんを死なせるわけにはいかん」
島田が言い、永倉も肯いた。
なお、この時の海兵隊の配置だが、稲荷川の河口から川上に向かい、大雑把にいって、第1海兵大隊、第3海兵大隊、第2海兵大隊の順に並んで配置され、第4海兵大隊は予備として第3海兵大隊の後方にいた。
これは、海兵隊の両翼である第1海兵大隊か、第2海兵大隊を、西郷軍は攻撃してくると思われていたからで、歴戦の土方少佐率いる第3海兵大隊を中央に置いていたのだ。
だが、西郷軍は違う考えをしていた。
「いよいよ雨が降り出したな」
桐野は呟いた。
雨は次第に激しさを増してきた。
「では、先陣を切らせてもらいます。
目標は、あの誠の旗でよいですな」
辺見十郎太が確認した。
「それでいい。
まさか中央突破はするまい、と海兵隊は考えているだろう。
相手の虚を突くのは兵法の基本だ。それに」
桐野は言葉を一時、切った後で笑いながら言った。
「最期に相応しい良き敵ではないかな。新選組は」
「同感です」
辺見も心からの笑みを浮かべつつ、桐野に返答した。
「行くぞ、西郷どんを鹿児島へ送り届ける」
辺見は絶叫して、大雨の中、突撃を開始した。
その後を今や400人程まで数を減らした西郷軍が続く。
「来たな」
斎藤は呟いた。
「辺見はわしが引き受ける。
他の者は全力で西郷軍を阻止しろ」
「応」
斎藤の部下は、口々に返答した。
「キェーイ」
海兵隊の陣地に駆けてくる辺見の口から、薬丸自顕流独特の猿叫が響き渡った。
「いい声だ」
斎藤は内心で呟きながら、辺見を迎え撃った。
最後の戦いの激突が始まった瞬間だった。
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