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第10章 城山における最後の戦い

第4話

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 だが。
 もし、その時の西郷軍の幹部や兵の声が、新選組、いや海兵隊の幹部の面々にまで聞こえていたら、酷い誤解にも程がある、と海兵隊の幹部は思ったろう。
 なぜなら、この時に海兵隊が鹿児島に駐屯していたのは、陸軍の面々に嫉視されたあげくに、西郷軍との前線から追いやられ、後方警備任務に就かされていたからなのだから。
 ともかく、何故にそのような状況になっていたのか、というと。

 大鳥圭介海兵旅団長の下に、西郷軍が可愛岳の険を強行突破して脱出に成功した、という第1報が入ったのは、8月19日のことだった。
 その時点では、西郷軍の行方が全く不明だったこともあり、大鳥旅団長は、副大隊長以上の海兵隊の幹部を招集して、西郷軍への対策を協議することにした。

 海兵隊の幹部は急きょ、大鳥旅団長の下に、その日のうちに馳せ参じた。
 会議の冒頭で、大鳥旅団長が西郷軍が政府軍の包囲網を脱し、行方をくらましたことを告げた。
 それを聞いた土方歳三少佐が、いきなり発言した。
「彼らはここ鹿児島に帰って来る。必ず。」

 林忠崇大尉が疑問を呈した。
「なぜ、そこまで言えるのです」

「俺の勘だ。だが、間違いないと断言できる」
「勘を間違いないと言われても」
 土方少佐の主張に、林大尉はおそるおそる言った。

「考えてみろ。わざわざ脱出したということは、どこかに行きたいからだ。
 では、どこに行く?
 今更、熊本や大分に行ってどうする?
 普通に考えたら、故郷、つまり鹿児島に帰りたいからではないか」
 土方少佐は、自信満々に言った。

「うむ、言われてみれば筋が通っている」
 大鳥旅団長が言った。

「それに本当に西郷軍に帰ってこられて、鹿児島に入られては海兵隊にとって恥辱ですな。
 何としても阻止しましょう。」
 本多幸七郎少佐が言った。

「では、全力で西郷軍阻止の準備をしますか。
 私としては無駄に終わってほしいですが。
 これ以上、功績をあげることはしたくないので」
 北白川宮少佐が言った。

「宮様は謙虚ですな。
 確かに西郷軍を阻止したら、功績をまた挙げることになります。
 しかし、きちんと西郷軍阻止の準備は整えないといけません。
 稲荷川を基本に防衛線を構築しましょう。
 しばらくすれば、陸軍が駆け付けて、西郷軍を挟み撃ちにできます」
 大鳥旅団長が発言し、会議を締めくくった。

 その会議の結論を受けて、海兵隊は、稲荷川を基本とする防衛陣地の建設に勤しんでいたのだ。
 幸か不幸か、西郷軍襲来までに10日程の時間があった。
 そのために海兵隊の陣地は充分に築けていた。
 そして。

 9月1日早朝、日の出が近づき、明るくなりつつあった。
 海兵隊の西郷軍を迎え撃つ準備は整っているといえた。
 更に土方少佐の傍には、新選組の象徴ともいえる誠の旗が高々と翻っていた。

「何も西郷軍を挑発するようなことをしなくとも」
 土方少佐の傍にいた島田魁は、思わず言っていた。

「この旗が戦いの際に翻るのは、今日で最後になるだろう。
 この旗に今日の戦いを最後まできちんと見届けさせたい」
「そうかもしれませんが」
 土方少佐の言葉に、島田は言葉を思わず濁した。
 土方少佐の最後という言葉が、最期に聞こえてしまったのだ。

「お願いします。
 今日まで生きてこられたのです。
 今日の戦いを生き延びて、皆、家族らの下に還ろうではありませんか」
「分かっている。琴の元に帰るつもりだ」
 島田の言葉に、土方少佐は笑って言った。
 だが、島田は嫌な感じが拭いきれず、天を思わず仰いだが。

「まさか」
 島田は明け行く雲の流れに気付いた瞬間、絶句せざるを得なかった。
「どうかしたのか」
 その時、土方はまだ気づいていなかった。

「雲行きが怪しいです。
 一雨来るのかも、それもかなり激しい雨が」
 島田は思わず叫んだ。
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