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第9章 鹿児島上陸作戦と鹿児島占領
第4話
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5月5日朝、西郷軍の鹿児島への接近を知った川村純義参軍は、非情の決断を下さざるを得なかった。
「この命令書を持って、警視隊に赴け」
川村純義参軍は、険しい顔色を副官に示して言った。
その命令書の内容を、ざっと一読した副官の顔色は、一瞬の内に強張り、副官の体は動こうとしなかった。
「2回も言わせるな。さっさと赴かんか」
川村参軍は、副官に対して怒鳴り声を挙げた。
副官が、あらためて川村参軍の顔を見ると、川村参軍は目元に涙を浮かべていた。
副官は、川村参軍の心の奥底に気づき、慌てて敬礼して退室した。
扉を閉めた副官の耳に、川村参軍がすすり泣きながら、独り話す声が扉越しにかすかに聞こえてきた。
「許してくれ。
決して許されるものではないのは、自分でも分かっている。
それでも、許してくれ」
副官は、無言のまま、警視隊の指揮所に赴いた。
鹿児島に派遣された警視隊2個大隊は、鹿児島県庁に臨時の指揮所を置いている。
「川村参軍からの命令書を持参しました」
副官は、やっとの思いでそう言って、警視隊の指揮所で命令書を示した。
それを示された警視隊の幹部の面々も、それに目を通した瞬間に、顔色を一瞬のうちに変え、沈黙してしまった。
その中の幹部の1人が、何とか声を絞り出した。
「これは本当に川村参軍からの命令なのか。間違いないのか」
「川村参軍の署名押印のある命令書を、貴官は疑うのですか」
副官は、怒りを奥底に秘めた低い声を上げた。
「いや、そうではない」
質問した幹部は、慌てて取り繕った。
「だが、余りにも信じられない命令だったもので」
「川村参軍は、私の目の前で、この命令書に署名押印されました。
それから敢えて言わせてもらいます。
川村参軍も、苦悩の末に発せられた命令だと思います。
私が退室した後、川村参軍が、許してくれ、と呟かれるのが、扉越しに私に聞こえましたから」
副官は、敢えて感情を殺して言った。
「そうか」
別の幹部が言った。
この場にいる幹部の多くが、また副官が、実は薩摩藩の出身だったのだ。
「それなら止むを得ない。その命令書に従おう」
そう言った幹部は、涙を浮かべた。
他の幹部の多くも、また、副官も涙を浮かべた。
「速やかにここから退去せよ。
西郷軍の攻撃に対処するため、間もなく火を放つ」
警視隊の面々が、西郷軍の攻撃を眼前に控えた鹿児島の街を駆け巡りながら、大声を上げた。
その声を聴いた鹿児島の住民は、取るものも取りあえず、担げる限りの物を持って、慌てて鹿児島の街から逃げ出し出した。
西郷軍の攻撃は主に東北から行われるとみられていた。
そのために西へ南へと逃げる者もいる。
また、港から大隅方面へと逃げられないか、と一縷の望みを託して鹿児島港へと向かう者もいる。
鹿児島港には、政府軍の船舶が待っていて、大隅半島へ渡る者の手助けをしようとしていた。
警視隊は、幹部から下の者に至るまで、実は薩摩藩出身者が多数を占めている。
彼らはこの作業に従事しながら、涙を浮かべていた。
「ほぼ住民の退去が完了しました」
住民の避難が始まってから暫く経った後、副官が川村参軍に報告した。
川村参軍は能面のような表情で言った。
「では、始めろ」
「はっ」
副官は返答し、警視隊に指示を下した。
「見ろ」
別府晋介が、桂久武が、鹿児島奪還作戦を行おうとする多くの西郷軍の面々が呆然としてしまった。
彼らの目の前に広がっている鹿児島の街並みから、次々と火の手が上がり出したのだ。
「こんなことがあっていいのか」
「鹿児島が、故郷が燃えている」
西郷軍の誰かが言い、他の者も、似たようなことを、相次いで口走った。
西郷軍の面々が見つめる中、鹿児島の街の大部分は、警視隊によって焦土と化していった。
「この命令書を持って、警視隊に赴け」
川村純義参軍は、険しい顔色を副官に示して言った。
その命令書の内容を、ざっと一読した副官の顔色は、一瞬の内に強張り、副官の体は動こうとしなかった。
「2回も言わせるな。さっさと赴かんか」
川村参軍は、副官に対して怒鳴り声を挙げた。
副官が、あらためて川村参軍の顔を見ると、川村参軍は目元に涙を浮かべていた。
副官は、川村参軍の心の奥底に気づき、慌てて敬礼して退室した。
扉を閉めた副官の耳に、川村参軍がすすり泣きながら、独り話す声が扉越しにかすかに聞こえてきた。
「許してくれ。
決して許されるものではないのは、自分でも分かっている。
それでも、許してくれ」
副官は、無言のまま、警視隊の指揮所に赴いた。
鹿児島に派遣された警視隊2個大隊は、鹿児島県庁に臨時の指揮所を置いている。
「川村参軍からの命令書を持参しました」
副官は、やっとの思いでそう言って、警視隊の指揮所で命令書を示した。
それを示された警視隊の幹部の面々も、それに目を通した瞬間に、顔色を一瞬のうちに変え、沈黙してしまった。
その中の幹部の1人が、何とか声を絞り出した。
「これは本当に川村参軍からの命令なのか。間違いないのか」
「川村参軍の署名押印のある命令書を、貴官は疑うのですか」
副官は、怒りを奥底に秘めた低い声を上げた。
「いや、そうではない」
質問した幹部は、慌てて取り繕った。
「だが、余りにも信じられない命令だったもので」
「川村参軍は、私の目の前で、この命令書に署名押印されました。
それから敢えて言わせてもらいます。
川村参軍も、苦悩の末に発せられた命令だと思います。
私が退室した後、川村参軍が、許してくれ、と呟かれるのが、扉越しに私に聞こえましたから」
副官は、敢えて感情を殺して言った。
「そうか」
別の幹部が言った。
この場にいる幹部の多くが、また副官が、実は薩摩藩の出身だったのだ。
「それなら止むを得ない。その命令書に従おう」
そう言った幹部は、涙を浮かべた。
他の幹部の多くも、また、副官も涙を浮かべた。
「速やかにここから退去せよ。
西郷軍の攻撃に対処するため、間もなく火を放つ」
警視隊の面々が、西郷軍の攻撃を眼前に控えた鹿児島の街を駆け巡りながら、大声を上げた。
その声を聴いた鹿児島の住民は、取るものも取りあえず、担げる限りの物を持って、慌てて鹿児島の街から逃げ出し出した。
西郷軍の攻撃は主に東北から行われるとみられていた。
そのために西へ南へと逃げる者もいる。
また、港から大隅方面へと逃げられないか、と一縷の望みを託して鹿児島港へと向かう者もいる。
鹿児島港には、政府軍の船舶が待っていて、大隅半島へ渡る者の手助けをしようとしていた。
警視隊は、幹部から下の者に至るまで、実は薩摩藩出身者が多数を占めている。
彼らはこの作業に従事しながら、涙を浮かべていた。
「ほぼ住民の退去が完了しました」
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川村参軍は能面のような表情で言った。
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「こんなことがあっていいのか」
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西郷軍の面々が見つめる中、鹿児島の街の大部分は、警視隊によって焦土と化していった。
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