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第8章 城東会戦と人吉攻防戦
第13話
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滝川充太郎少佐の死は、海兵隊に様々な波紋を巻き起こした。
ここに海兵隊は、戦時において編成された4個大隊の大隊長の半数を、終に失ったのである。
更に戊辰戦争以来の歴戦の軍人を、古屋佐久左衛門少佐に続いて、またも海兵隊は失ったことにもなる。
戊辰戦争で自らが戦ったことがある者、父や兄といった親族が戊辰戦争で戦った者、そういった者たちが、あらためて様々な感慨にふけった。
「林忠崇大尉は大丈夫だろうか」
「大丈夫さ、あの人はまだ無傷だ。きっと生きて帰られるさ」
「古屋少佐に滝川少佐、戊辰戦争で有名な人が亡くなられる、と林大尉も亡くなられるかと不安になるな」
兵士の会話が、風に乗って林大尉に聞こえてきた。
その兵士たちは物陰になっていて、自分には見えない。
きっと、すぐ傍に自分がいることを知らないのだろう。
そういえば、自分も戊辰戦争で戦った身だったな、とふと林大尉は考えた。
そういうことから考えると、自分も危ないが、土方歳三少佐の方が、ずっと危ない気がする、本当に彼岸へとこの戦争の渦中で、土方少佐は旅立たれてしまうのではないだろうか、と林大尉は物思いに耽ってしまった。
林大尉が、そんな物思いに耽っていると、山県有朋参軍から、土方少佐と林大尉に、至急、出頭するように、との伝令がいきなり来た。
林大尉は、土方少佐と共に、至急、山県参軍の下に赴いた。
「人吉にいる海兵隊は全兵力をもって、鹿児島へ転進せよ」
山県参軍は、出頭した土方少佐と林大尉に、命令を下した。
土方少佐と林大尉は、思いもよらぬ命令に目を見合わせた。
てっきり、人吉から宮崎方面へと退却している西郷軍の追撃任務に就くもの、と2人共考えていたのだ。
「理由は2つある。表向きと本音だ。聞きたいか」
傍には副官しかいないという気楽さがあるのだろう、山県参軍は笑みを浮かべた。
土方少佐と林大尉は思わず肯いてしまった。
「表向きは、鹿児島では西郷軍の逆襲の前に苦戦しているので、更なる増援が鹿児島には必要ということだ。
海上機動は海兵隊の十八番だろう。
それに、滝川少佐が戦死する等、損耗した海兵隊には補充も必要ということだ。
それで、人吉にいる海兵隊3個大隊は補充の上、鹿児島に向かってほしい」
確かに至極当然な理由で、土方少佐や林大尉にも納得のいくものだった。
「本音は、これ以上、海兵隊に功績を挙げられるのは困る、という陸軍内部の突き上げだ。
横平山、田原坂での奮戦、熊本城救援一番乗り、人吉城下への先陣を切っての突入、ここまでの功績を挙げた部隊は、陸軍には存在しない。
これで、更に西郷軍の追撃任務に就けたら、西郷軍の幹部の捕縛どころか、西郷隆盛まで海兵隊が捕虜にするのではないか、と陸軍の幹部の多くがが心配している」
山県参軍の言葉に、土方少佐と林大尉は、思わず首をすくめたくなった。
「本音は聞かなかったことにしろ。
わしは、本音では何も言ってないからな。
鹿児島に行って西郷軍の撃退に成功したら、そのまま、海兵隊には鹿児島警備任務を命じるつもりだ。
以上」
山県参軍の言葉は、最後は紋切り型といってもよかった。
だが、それだけに、山県参軍を始めとする陸軍の本音が、あからさまに土方少佐と林大尉には分かった。
山県参軍の言葉を聞き終えた土方少佐と林大尉は、海兵隊の駐屯地へと歩みながら戻っていた。
「どうやら、生きて帰ることになりそうだな」
沈黙に耐えかねたのか、土方少佐は、ぽつんと林大尉に言った。
「いいことではないですか」
林大尉は、自らの内心を押し隠し、朗らかに言った。
「そうだな、いいことだよな」
土方少佐の言葉は、自分に言い聞かせるようだった。
林大尉は、その言葉に何故か不安を覚えた。
ここに海兵隊は、戦時において編成された4個大隊の大隊長の半数を、終に失ったのである。
更に戊辰戦争以来の歴戦の軍人を、古屋佐久左衛門少佐に続いて、またも海兵隊は失ったことにもなる。
戊辰戦争で自らが戦ったことがある者、父や兄といった親族が戊辰戦争で戦った者、そういった者たちが、あらためて様々な感慨にふけった。
「林忠崇大尉は大丈夫だろうか」
「大丈夫さ、あの人はまだ無傷だ。きっと生きて帰られるさ」
「古屋少佐に滝川少佐、戊辰戦争で有名な人が亡くなられる、と林大尉も亡くなられるかと不安になるな」
兵士の会話が、風に乗って林大尉に聞こえてきた。
その兵士たちは物陰になっていて、自分には見えない。
きっと、すぐ傍に自分がいることを知らないのだろう。
そういえば、自分も戊辰戦争で戦った身だったな、とふと林大尉は考えた。
そういうことから考えると、自分も危ないが、土方歳三少佐の方が、ずっと危ない気がする、本当に彼岸へとこの戦争の渦中で、土方少佐は旅立たれてしまうのではないだろうか、と林大尉は物思いに耽ってしまった。
林大尉が、そんな物思いに耽っていると、山県有朋参軍から、土方少佐と林大尉に、至急、出頭するように、との伝令がいきなり来た。
林大尉は、土方少佐と共に、至急、山県参軍の下に赴いた。
「人吉にいる海兵隊は全兵力をもって、鹿児島へ転進せよ」
山県参軍は、出頭した土方少佐と林大尉に、命令を下した。
土方少佐と林大尉は、思いもよらぬ命令に目を見合わせた。
てっきり、人吉から宮崎方面へと退却している西郷軍の追撃任務に就くもの、と2人共考えていたのだ。
「理由は2つある。表向きと本音だ。聞きたいか」
傍には副官しかいないという気楽さがあるのだろう、山県参軍は笑みを浮かべた。
土方少佐と林大尉は思わず肯いてしまった。
「表向きは、鹿児島では西郷軍の逆襲の前に苦戦しているので、更なる増援が鹿児島には必要ということだ。
海上機動は海兵隊の十八番だろう。
それに、滝川少佐が戦死する等、損耗した海兵隊には補充も必要ということだ。
それで、人吉にいる海兵隊3個大隊は補充の上、鹿児島に向かってほしい」
確かに至極当然な理由で、土方少佐や林大尉にも納得のいくものだった。
「本音は、これ以上、海兵隊に功績を挙げられるのは困る、という陸軍内部の突き上げだ。
横平山、田原坂での奮戦、熊本城救援一番乗り、人吉城下への先陣を切っての突入、ここまでの功績を挙げた部隊は、陸軍には存在しない。
これで、更に西郷軍の追撃任務に就けたら、西郷軍の幹部の捕縛どころか、西郷隆盛まで海兵隊が捕虜にするのではないか、と陸軍の幹部の多くがが心配している」
山県参軍の言葉に、土方少佐と林大尉は、思わず首をすくめたくなった。
「本音は聞かなかったことにしろ。
わしは、本音では何も言ってないからな。
鹿児島に行って西郷軍の撃退に成功したら、そのまま、海兵隊には鹿児島警備任務を命じるつもりだ。
以上」
山県参軍の言葉は、最後は紋切り型といってもよかった。
だが、それだけに、山県参軍を始めとする陸軍の本音が、あからさまに土方少佐と林大尉には分かった。
山県参軍の言葉を聞き終えた土方少佐と林大尉は、海兵隊の駐屯地へと歩みながら戻っていた。
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沈黙に耐えかねたのか、土方少佐は、ぽつんと林大尉に言った。
「いいことではないですか」
林大尉は、自らの内心を押し隠し、朗らかに言った。
「そうだな、いいことだよな」
土方少佐の言葉は、自分に言い聞かせるようだった。
林大尉は、その言葉に何故か不安を覚えた。
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