土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家

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第8章 城東会戦と人吉攻防戦

第11話

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 6月が近づくにつれ、人吉攻防戦は末期に差し掛かりつつあった。
 球磨川沿いの正面からは、政府軍は、海兵隊を先鋒にして攻め込みつつあった。
 その一方、人吉の北方の山道からは、政府軍は5つに分かれて進撃を行っていた。
 かつてなら、兵力を山間部に分散させての進撃は、迎撃側の各個撃破の好餌となったが、今や有線通信のある政府軍は、その進撃を統制して行うことが出来るのに対し、有線通信のない西郷軍は、伝令頼みで対処せざるを得ない。

 個々の戦闘では、西郷軍も勇戦してはいた。
 例えば、戦闘の際の流れ弾から、海兵隊の現場総指揮官と言える滝川充太郎少佐は、右大腿部を負傷した。
 そのために、滝川少佐は、兵にもっこで担がれて運ばれながら、指揮を執る羽目になった程だった。
 だが、全般的な戦況は西郷軍が不利であり、じりじりと政府軍に押される一方だった。

 人吉にたどり着いた際に、桐野利秋を始めとする西郷軍の幹部は、
「人吉で、我々は2年は持ちこたえてみせる」
 と豪語していたが、政府軍の進撃の前に、その目論見は1月も経たないうちに潰えつつあった。
 更に政府軍の進撃と共に、西郷軍を悩ませていたことが2つあった。

 まず、西郷軍の補給の不足である。
 西郷軍の本来の根拠地となるべき鹿児島は、4月末の政府軍の鹿児島上陸作戦によって、根拠地の機能をそれ以降は失い、今や政府軍と西郷軍の戦闘の最前線となっていた。
 宮崎方面は西郷軍の勢力が、まだまだ及んでいたので、そこから糧食等については、西郷軍にある程度の補給があったが、鹿児島で製造されていた弾薬については、どうにもならなかったのだ。

 更に、人吉の住民と西郷軍の軋轢は、いわゆる危険水域に完全に達していた。
 人吉で臨時の弾薬製造所を設ける等、自給自足の抗戦体制を、西郷軍は整えようとしたのだが。
 人吉の一部の住民は、西郷軍にまだ協力してくれたが、政府軍からの後難を怖れたり、西郷軍の態度に反発したりした多くの人吉の住民が、西郷軍に非協力的な態度を執るようになった。
 それがますます西郷軍の怒りを招き、非協力的な住民の扇動者と目された者を、その疑惑があるだけで、西郷軍の一部は利敵罪だとして死刑にしようとし、人吉出身者で編制された人吉隊の面々が、それを体を張って止める事態が起きるまでに至っていた。

「西郷軍への協力も最早これまでだな」
 5月下旬、人吉隊の丸目徹らは語り合っていた。
「これ以上、西郷軍の郷里の住民に対する態度を、我々は黙認するわけにはいかん」
「政府軍に降伏するか。誰に降伏すべきかな」
「海兵隊にしよう。永山弥一郎殿の最期に対する海兵隊の振る舞いを噂で聞いたが、敵への敬意溢れるものだ」
「旧幕府諸隊出身も多いだけに、我々の苦悩も分かってくれると思う。俺も賛成だ」
 とうとう、人吉隊は、西郷軍を裏切って、独断で海兵隊を介して、政府軍に降伏することを決断した。

 5月29日、人吉での最終防衛戦を展開していた西郷軍に、驚天動地の出来事が起こった。
 人吉隊が、独断で前面で対峙していた海兵隊に降伏、更に海兵隊を積極的に人吉の街へと手引きしたのだ。
 海兵隊は、土方歳三少佐率いる第3海兵大隊を先頭に突進、人吉の住民の多くも人吉隊と進む海兵隊を歓迎した。
 ここに、土方少佐率いる第3海兵大隊は、人吉一番乗りの栄誉を勝ち得た。

「人吉隊の裏切り者は許せん」
 この情報を得た桐野以下の西郷軍の幹部は激怒したが、最早、いかんともし難い。
 防衛線の完全崩壊により、動揺する西郷軍の兵を、何とか少しでもかき集めつつ、翌日、30日に政府軍の進撃を僅かでも食い止めよう、と人吉の街に西郷軍は放火して、人吉を後に宮崎方面へと向かうことになった。
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