土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家

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第6章 激闘、田原坂

第12話

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 陸軍の田原坂正面への総攻撃準備は、3月19日に整った。
 3月17日の山県参軍の命令を受け、18日は攻撃規模を縮小して、19日早朝からの田原坂突破の準備を整える準備に費やした結果だった。

「どんどん撃て」
 これまで溜めこんだ砲弾全てを射耗するかのような陸軍の猛砲撃が、総攻撃の皮切りだった。
 西郷軍にとって不運だったのは、精鋭の4番大隊が、横平山奪還作戦に投入された結果、戦にまだまだ不慣れな高鍋隊を田原坂正面に配置せざるを得ない有様だったことだった。
 高鍋隊は、陸軍の砲撃によってあっという間に壊乱状態に陥った。

「今こそ田原坂を突破する好機だ」
 この現状を見た野津鎮雄第1旅団長が叫び、陸軍の総力を挙げた田原坂突破作戦が始まった。
 壊乱状態に陥った高鍋隊には、それを阻止する力は無い。

「しまった」
 桐野利秋は、田原坂正面に配置した高鍋隊が壊乱し、田原坂正面の西郷軍の戦線が、全面的に崩壊しつつある、という伝令の報告を受けた瞬間に叫んだ。
 やはり、横平山奪還に力を注いだのは、結果論と言えば結果論だが、自分の誤りだったのだ。
 部下の反対を押し切って、4番大隊を田原坂正面に自分は戻すべきだった。

「横平山奪還作戦を即時中止する。
 4番大隊は今から田原坂正面の救援に向かう」
 桐野は、配下の4番大隊に、断腸の思いで命令を下すしかなかった。

 4番大隊の部下の多くも、横平山奪還作戦が今から成功しても、田原坂正面の西郷軍の戦線が完全に崩壊しては、無意味どころか、却って自分達が退却できなくなり、有害無益なことが分かっている。
 多くの者が無念の涙をこぼしたが、桐野の命令に従って、田原坂正面の救援に向かった。

「助かったな」
 4番大隊が撤退して行くのを見て、横平山を死守していた新選組、第3海兵大隊長の土方歳三少佐は、安堵の溜め息をこぼさざるを得なかった。
 土方が、横を見ると副大隊長の林忠崇大尉も同様の想いだったようで、一息ついていた。

「追撃しますか、と問うのも無意味な有様ですね」
 林大尉は、土方少佐に言った。
「全くだな。追撃はできない」
 土方少佐も、そう言わざるを得なかった。

 新選組、第3海兵大隊は、即時後方に撤退しての再編制が要求される状況だったのだ。
 何しろ、増援の砲兵中隊を含めても、4割近い兵員が死傷していたのだ。
 20名いるはずの小隊長は過半数近くが戦死し、中には小隊長代理までが戦死した結果、2番目の代理の小隊長がいる小隊が存在する状況だった。
 新選組、第3海兵大隊は全滅の危機を辛うじて乗り切った、といえる惨状だった。

 名のある兵の戦死も多い。
 佐川官兵衛が、相馬一計が、また、市村鉄之助が、と土方にしてみれば、旧知の面々がこの時に戦死した。
 特に市村は、戊辰戦争の降伏時、実家への最後の使いを土方が託した人物でもある。
 何で自分に先だった、と土方は内心で涙を零した。

 その一方で、土方は気を緩めることができてもいた。
「それにしても、林大尉は運がいいな。
 最前線への督励に何度も赴き、自ら白刃を振るいつつ、未だに無傷だ」
「土方少佐を最前線に行かせて、死なせるわけにはいきませんから」
「生涯無傷を豪語した本多忠勝の生まれ変わりのようだな」
「それは過分な褒め言葉です」
 土方の軽口を聞いた林大尉は、さすがに恥らった。

「本多忠勝と言えば、徳川四天王の一人ではないですか。
 今の私では、及びもつきません」
「4倍以上の敵兵と互角以上に、部下を戦わせてもいるし、最前線にも何度も赴きながら無傷なのだから、決して過言ではないと思うぞ。
 家柄も充分だ。
 林は、何しろ一文字大名だろう」
 緊張が緩んだのか、土方は更に軽口を叩いた。
 林は、ますます恥じらわざるを得なかった。
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