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第6章 激闘、田原坂
第4話
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大鳥圭介や古屋佐久左衛門の願いは、残念ながら裏切られた。
3月4日から。田原坂では無情にも雨が降り出したのだ。
古屋は周囲に与える影響を考えて、相手もそう銃を撃てん、全く互角ではないか、と豪語して平然としたふうを、装いはしたが。
こっそり野津鎮雄第1旅団長に、自分の意見を具申して、伝習隊こと第1海兵大隊を昼間の前線からは後退させ、夜間警備を主な任務にすることにした。
野津にしても、雨で銃が撃てない部隊を前線に配置する余裕はないし、それなら伝習隊にスナイドル銃をくれ、と言われたら、陸軍にも余分の銃などないし(スナイドル銃が、陸軍内において、どうにも足りないという事情から、徴収した予備役兵が主力の部隊には、ドライゼ銃を配備する有様だったのだ)、更に、実は銃弾不足に苦しむのは、陸軍も同様である以上は、下手に海兵隊、古屋の意見具申を拒絶することは、藪蛇になりかねない。
伝習隊が夜間警備を主にしてくれるのなら、その間に多少なりとも陸軍は寝られる、という理由もあって、野津に古屋の意見具申は許容された。
「チェストー」
「きぇー」
西郷軍の叫び声が、夜になったことから、政府軍の陣地の至近において上がった。
「ふん、芸のない夜襲だ」
それを聞いた古屋は鼻を鳴らして、指揮下にある伝習隊に、西郷軍の夜襲を迎え撃たせた。
田原坂の激戦が始まってから3日目の3月6日の夜だった。
昼間は政府軍が火力で圧倒して前進するが、西郷軍は堅陣を活用して中々進ませない。
そして、夜になると闇を活用しての抜刀突撃により、昼間奪われた陣地の奪還を西郷軍は図ってくる。
昼間は寝て休息している伝習隊は、夜になると生き生きとしてくる。
それに伝習隊の指揮下にある第1海兵中隊は、精鋭の誇りを胸にずっと猛訓練に励んできたし、それ以外の屯田兵中隊も元士族ばかりである。
西郷軍の抜刀突撃を恐れる伝習隊、海兵隊はほとんどいない。
「不発が怖いからな。少々離れていてもどんどん撃て。撃てなくなったら、排莢して白兵戦に備えろ」
古屋は事前に部下に命じていたので、伝習隊からは離れているにも関わらず、西郷軍の接近を察知した部隊から盛んに銃撃が行われる。
しかし、やはり雨天のために薬莢が湿気てしまっているのか、すぐに銃撃音が下火になる。
それを好機と見たのか、西郷軍は、伝習隊に大挙して接近してきた。
「ひるむな。相手は寝ていないんだ」
古屋は、督戦の為もあって叫んだ。
伝習隊は白兵戦に備えて、銃剣を揃えて西郷軍を迎撃した。
伝習隊の銃剣と、西郷軍の日本刀が打ち合う音が、暫くの間は響き渡った。
伝習隊自身は善戦した。
いや、逆に西郷軍を伝習隊は押し返していたのだが、白兵戦が苦手な周囲の陸軍が先に崩れだしてしまった。
西郷軍は全部で1万人近いが、伝習隊単独では、所詮1000名に満たない寡兵である。
周囲の陸軍が崩れだしては、伝習隊単独では、西郷軍相手には、どうにもならない数の差がある。
「ここまでか、後退しろ」
このような戦況を見て、遂に古屋は撤退を決断した。
伝令を出して、声を限りに、古屋は後退を命じる。
練度の高さを示して、古屋の指示の下、伝習隊は秩序だって後退し、殿の役目を見事に果たした。
だが、この戦闘による伝習隊の損害は大きい。
今日一日の戦闘だけで、伝習隊は50名余りの死傷者を出すという大損害を被った。
「伝習隊が散るのが先か、田原坂が抜けるのが先か。冗談では済まなくなってきたな」
古屋は、戦闘を終えた後で、独白せざるを得なかった。
「衝鋒隊や新選組が、田原坂に早く来てくれないとどうにもならんぞ」
さしもの古屋と言えど、これ程の苦戦を強いられては、打つ手が無くなりつつあった。
3月4日から。田原坂では無情にも雨が降り出したのだ。
古屋は周囲に与える影響を考えて、相手もそう銃を撃てん、全く互角ではないか、と豪語して平然としたふうを、装いはしたが。
こっそり野津鎮雄第1旅団長に、自分の意見を具申して、伝習隊こと第1海兵大隊を昼間の前線からは後退させ、夜間警備を主な任務にすることにした。
野津にしても、雨で銃が撃てない部隊を前線に配置する余裕はないし、それなら伝習隊にスナイドル銃をくれ、と言われたら、陸軍にも余分の銃などないし(スナイドル銃が、陸軍内において、どうにも足りないという事情から、徴収した予備役兵が主力の部隊には、ドライゼ銃を配備する有様だったのだ)、更に、実は銃弾不足に苦しむのは、陸軍も同様である以上は、下手に海兵隊、古屋の意見具申を拒絶することは、藪蛇になりかねない。
伝習隊が夜間警備を主にしてくれるのなら、その間に多少なりとも陸軍は寝られる、という理由もあって、野津に古屋の意見具申は許容された。
「チェストー」
「きぇー」
西郷軍の叫び声が、夜になったことから、政府軍の陣地の至近において上がった。
「ふん、芸のない夜襲だ」
それを聞いた古屋は鼻を鳴らして、指揮下にある伝習隊に、西郷軍の夜襲を迎え撃たせた。
田原坂の激戦が始まってから3日目の3月6日の夜だった。
昼間は政府軍が火力で圧倒して前進するが、西郷軍は堅陣を活用して中々進ませない。
そして、夜になると闇を活用しての抜刀突撃により、昼間奪われた陣地の奪還を西郷軍は図ってくる。
昼間は寝て休息している伝習隊は、夜になると生き生きとしてくる。
それに伝習隊の指揮下にある第1海兵中隊は、精鋭の誇りを胸にずっと猛訓練に励んできたし、それ以外の屯田兵中隊も元士族ばかりである。
西郷軍の抜刀突撃を恐れる伝習隊、海兵隊はほとんどいない。
「不発が怖いからな。少々離れていてもどんどん撃て。撃てなくなったら、排莢して白兵戦に備えろ」
古屋は事前に部下に命じていたので、伝習隊からは離れているにも関わらず、西郷軍の接近を察知した部隊から盛んに銃撃が行われる。
しかし、やはり雨天のために薬莢が湿気てしまっているのか、すぐに銃撃音が下火になる。
それを好機と見たのか、西郷軍は、伝習隊に大挙して接近してきた。
「ひるむな。相手は寝ていないんだ」
古屋は、督戦の為もあって叫んだ。
伝習隊は白兵戦に備えて、銃剣を揃えて西郷軍を迎撃した。
伝習隊の銃剣と、西郷軍の日本刀が打ち合う音が、暫くの間は響き渡った。
伝習隊自身は善戦した。
いや、逆に西郷軍を伝習隊は押し返していたのだが、白兵戦が苦手な周囲の陸軍が先に崩れだしてしまった。
西郷軍は全部で1万人近いが、伝習隊単独では、所詮1000名に満たない寡兵である。
周囲の陸軍が崩れだしては、伝習隊単独では、西郷軍相手には、どうにもならない数の差がある。
「ここまでか、後退しろ」
このような戦況を見て、遂に古屋は撤退を決断した。
伝令を出して、声を限りに、古屋は後退を命じる。
練度の高さを示して、古屋の指示の下、伝習隊は秩序だって後退し、殿の役目を見事に果たした。
だが、この戦闘による伝習隊の損害は大きい。
今日一日の戦闘だけで、伝習隊は50名余りの死傷者を出すという大損害を被った。
「伝習隊が散るのが先か、田原坂が抜けるのが先か。冗談では済まなくなってきたな」
古屋は、戦闘を終えた後で、独白せざるを得なかった。
「衝鋒隊や新選組が、田原坂に早く来てくれないとどうにもならんぞ」
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