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第4章 西南戦争の勃発

第5話

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 荒井郁之助が、本多幸七郎に告げた。
「まだ知らなかったのか。
 川路利良大警視が鹿児島に送っていた密偵が、西郷隆盛を暗殺するために派遣されたことを自供している、と鹿児島県庁から連絡があったらしい。
 それで、政府内でも大騒動が起きている」
「川路大警視は私も大嫌いですが、そんなことをするとは思えませんが。
 何と言っても同じ薩摩出身ですよ」

 本多は反射的に反論したが、荒井は暗い口調で言った。
「私も同じ考えだ。
 だが、少しでも正当性のある口実の欲しい私学校党にとってはどうかな」
「まさか」

「大方、川路大警視としては鹿児島の状況視察のために密偵を送った。
 ついでに私学校党と周囲との分断も図ろうと欲をかいた。
 それで、密偵だと発覚してしまったのではないか。
 密偵を捕まえてしまえば私学校党のことだ、
 拷問でも何でもして嘘の自供をさせてしまうだろう。
 そして、川路大警視がこれまでにしたきたことを考えてみろ。
 萩の乱の際に、前原一誠に挙兵の決断をさせたのは、川路大警視の密偵だという噂があるのは有名な話だし、他の不平士族にも密偵を放っているのは公然の秘密だ。
 更に川路大警視は大久保利通の腹心中の腹心だ。
 ここまで話せば、どういう話になるか、分からないか」

 荒井の長広舌を聞いた本多は、半ば呟いた。
「大久保が禍根を断とう、と元親友の西郷さんの刺殺指令を川路大警視に出した」
「そういうことだ。
 私学校党としては、事の理非を糺すために挙兵するという名分が立つということにならないか」
 大鳥圭介が補足した。

「そんな幾らなんでも弱すぎませんか。
 そんなことで挙兵しても他の不平士族が追従して挙兵するとは思えませんが」
 本多は反論したが。

「だが、少なくとも火器硝薬製造工場や火薬庫を襲撃した理由よりも、他の不平士族が共感してくれる理由という見方も成り立たないか?」
 滝川充太郎が発言した。

「更にいうと海兵隊員は幸いにも私学校党の手には1人も入っていない。
 だから、捕まえて拷問を加えて実は真相は云々の話をさせることはできない。
 しかし、川路大警視の派遣した密偵は私学校党の手にあるわけだ。
 だから、川路大警視が西郷刺殺計画を幾ら打ち消そうとしても、密偵は川路大警視の指示を受けたと言っていると私学校党がいえば、所詮は水掛け論になる」
 荒井が発言した。

「西郷さんが、そんな理由で私学校党に味方して挙兵に賛同するとは思えませんが」
「西郷さんは最後は情で動く人間だ。
 そこが大きな魅力でもあるのだが。
 私学校党は西郷さんに私淑して集まった人材が結集している。
 その私学校党が西郷さんの刺殺計画が許せません、西郷さんの身を護るために挙兵します、と西郷さんに言ったら、西郷さんが味方しない可能性は低いと思う」
 本多は懸命に反論したが、大鳥が追い打ちを掛けた。

 とうとう、本多は半ば観念して呟く羽目になった。
「もし、西郷さんが私学校党に味方して挙兵勢力の頭領になったら」
「そうだ。天下の大乱になる。
 我が海兵隊は総力を挙げてその鎮圧にあたることになる」
 本多の言葉を承けて、荒井が言った。

「全く天下の大乱ですか。
 そんなことは、少なくとも私の生きている間はありえないと思っていましたのに」
 ずっと沈黙を守っていた北白川宮殿下が、ぽつんと言った。
 だが、その言葉に深い哀しみが秘められているのを、皆が感じた。

「そのとおりです。
 小規模な武装挙兵騒動はあっても天下の大乱はないと思っていました。
 ですが、まだ回避の可能性はあります。
 川村純義海軍大輔が今日あたりには、西郷さんに面会するために神戸から鹿児島に出発しているはずです。
 川村海軍大輔の説得に、一縷の望みを託しましょう」
 荒井は発言を締めくくった。
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