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第3章 新選組の旗の再生と台湾出兵
第10話
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土方歳三の長男、土方勇志が、大人になって、一番幼い頃の記憶として覚えているのは、父が台湾に出征したときの記憶だった。
本当は、それより幼い頃かもしれない記憶もある。
だが、自分の一番幼い頃の記憶として、最初に出てくるのは、父が台湾に出征したときの記憶だった。
父は、それこそ札幌の役所に出かけるだけのような気楽な声で、出征の際に母に声をかけていた。
「それでは行ってくる」
母の返答は、自分には、今一つ正確に思い出せない。
確か父に心配を掛けまいと気丈な返答をしたはずだ。
台湾への出征が決まったとの連絡を受けて、自分の父母は、夜に子どもの自分達に気取られぬように、と声を潜めて会話をしていた。
却って、それが気になって、自分は耳をそばだてて父母の会話を聞き、更に周りの大人たちの会話を聞いて、父が台湾に、他の大人と共に出征することを知ったのだった。
父が出かけた後、母に自分は声をかけた。
「お父ちゃんは、いつ帰ってくるの」
「すぐに帰ってくるわ」
母は答えた。
でも、父は中々帰ってこなかった。
暖かくなり、田畑が耕せるようになり、屯田兵村での農作業が本格的に行われるようになった。
台湾に出征したために、村の男手の多くがいなくなっていたので、農作業は本当に大変だった。
母は出征している父の代わりに事実上、村長の仕事も引き受けていて、本当に多忙だった。
父や他の大人が早く帰ってくればいいのに、と自分はいつも思った。
妹の喜多は、まだ2つだったので、何もわかっておらず、自分の話し相手にもならなかった。
自分は寂しくて仕方なかったので、夜になると、母によく尋ねた。
「お父ちゃんは、いつ帰ってくるの」
「すぐに帰ってくるわ」
母の返答はいつも同じだった。
時が流れて、いよいよ夏になった。
屯田兵村の農作業は、人手不足で相変わらず大変だった。
その頃から、村の誰それが台湾で戦病死した、という連絡が入るようになった。
母は、事実上の村長代理として、亡くなった人の家に赴き、葬式に参列するようになった。
父が帰るまでに出征した人のお葬式は8回か、9回あったと思う。
皆、戦病死だった。
その際は自分も妹と一緒に参列した。
亡くなった人の家では、自分たちがいる間、泣き声が絶えなかった。
その頃になると、母は夜になると一心不乱に何かを拝んでいることがあった。
その後だったと思う。
父がマラリアで倒れたが何とか回復した、という連絡があったのは。
母は、その連絡を受けると気を失いかけた。
そして、自分と妹を抱きしめて、母が泣いたのを、自分は思い出す。
自分はすぐには訳が分からずに、母に尋ねたのだった。
「お父ちゃんに何かあったの。帰ってくるの」
「帰ってくる。きっと無事に帰ってくる」
母の返答が、その時から変わった。
秋になり、早い冬の訪れに備える準備が始まった。
屯田兵村では、相変わらず人手不足に苦しんでいた。
自分がしっかりしないと、と子ども心にもそう思ったが、4歳の自分にできることなど。たかが知れていた。
でも、あの母が泣いたのを思い出すと、頑張らないといけない、と自分は思った。
その頃になると母のお腹も大きくなってきていた。
自分にまた妹か弟ができることが分かった。
そして、父達が台湾から帰ってくることが決まった、との連絡も、母の下にはあった。
その連絡を聞いた自分は、とても嬉しかったし、母も泣いて喜んだ。
そして、帰宅した父は、母が妊娠していることに、さぞ驚くだろうと自分は思った。
また、その時に、自分は子ども心に思った。
戦争に行くと、病気で死ぬことがあるんだと。
そして、勇志は成長し、日清戦争後、自らも台湾で戦うことになるが。
それは、ここでは語られない話になる。
本当は、それより幼い頃かもしれない記憶もある。
だが、自分の一番幼い頃の記憶として、最初に出てくるのは、父が台湾に出征したときの記憶だった。
父は、それこそ札幌の役所に出かけるだけのような気楽な声で、出征の際に母に声をかけていた。
「それでは行ってくる」
母の返答は、自分には、今一つ正確に思い出せない。
確か父に心配を掛けまいと気丈な返答をしたはずだ。
台湾への出征が決まったとの連絡を受けて、自分の父母は、夜に子どもの自分達に気取られぬように、と声を潜めて会話をしていた。
却って、それが気になって、自分は耳をそばだてて父母の会話を聞き、更に周りの大人たちの会話を聞いて、父が台湾に、他の大人と共に出征することを知ったのだった。
父が出かけた後、母に自分は声をかけた。
「お父ちゃんは、いつ帰ってくるの」
「すぐに帰ってくるわ」
母は答えた。
でも、父は中々帰ってこなかった。
暖かくなり、田畑が耕せるようになり、屯田兵村での農作業が本格的に行われるようになった。
台湾に出征したために、村の男手の多くがいなくなっていたので、農作業は本当に大変だった。
母は出征している父の代わりに事実上、村長の仕事も引き受けていて、本当に多忙だった。
父や他の大人が早く帰ってくればいいのに、と自分はいつも思った。
妹の喜多は、まだ2つだったので、何もわかっておらず、自分の話し相手にもならなかった。
自分は寂しくて仕方なかったので、夜になると、母によく尋ねた。
「お父ちゃんは、いつ帰ってくるの」
「すぐに帰ってくるわ」
母の返答はいつも同じだった。
時が流れて、いよいよ夏になった。
屯田兵村の農作業は、人手不足で相変わらず大変だった。
その頃から、村の誰それが台湾で戦病死した、という連絡が入るようになった。
母は、事実上の村長代理として、亡くなった人の家に赴き、葬式に参列するようになった。
父が帰るまでに出征した人のお葬式は8回か、9回あったと思う。
皆、戦病死だった。
その際は自分も妹と一緒に参列した。
亡くなった人の家では、自分たちがいる間、泣き声が絶えなかった。
その頃になると、母は夜になると一心不乱に何かを拝んでいることがあった。
その後だったと思う。
父がマラリアで倒れたが何とか回復した、という連絡があったのは。
母は、その連絡を受けると気を失いかけた。
そして、自分と妹を抱きしめて、母が泣いたのを、自分は思い出す。
自分はすぐには訳が分からずに、母に尋ねたのだった。
「お父ちゃんに何かあったの。帰ってくるの」
「帰ってくる。きっと無事に帰ってくる」
母の返答が、その時から変わった。
秋になり、早い冬の訪れに備える準備が始まった。
屯田兵村では、相変わらず人手不足に苦しんでいた。
自分がしっかりしないと、と子ども心にもそう思ったが、4歳の自分にできることなど。たかが知れていた。
でも、あの母が泣いたのを思い出すと、頑張らないといけない、と自分は思った。
その頃になると母のお腹も大きくなってきていた。
自分にまた妹か弟ができることが分かった。
そして、父達が台湾から帰ってくることが決まった、との連絡も、母の下にはあった。
その連絡を聞いた自分は、とても嬉しかったし、母も泣いて喜んだ。
そして、帰宅した父は、母が妊娠していることに、さぞ驚くだろうと自分は思った。
また、その時に、自分は子ども心に思った。
戦争に行くと、病気で死ぬことがあるんだと。
そして、勇志は成長し、日清戦争後、自らも台湾で戦うことになるが。
それは、ここでは語られない話になる。
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