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第3章 新選組の旗の再生と台湾出兵
第7話
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土方歳三の高熱がようやく収まり、現実に対する見当識が完全に戻るのには、倒れてから10日ほどが掛かった。
その間、土方は半分幻想の中にいたと言ってもよかった。
衛生兵等に、苦いキニーネを半強制的に飲まされて、それによる頭痛や吐き気、発疹等の副作用にも苦しめられ、いっそ、生きるよりも死んだ方が楽ではないか、近藤さんの遺言通りだ、とまで土方自身、思いつめるほどだった。
高熱がようやく収まった今朝、土方の問診に来たのは、本来の軍医ではなく、古屋佐久左衛門だった。
「どうして、古屋さんが?」
「俺に医術の心得がないと思ったのか?
俺は元々は医師だ。
それに、あのヘボン医師にも直接指導を受けている。
俺ほどの医術の心得がある医師は、日本国内でも数少ないレベルだ」
そう胸を張りながら、土方に言う古屋の声を聞きつけた高松凌雲が言った。
「本当は頼みたくなかったのだがな。
医師も今は5名が病臥中だ。
残っている医師では、とても患者の面倒を見きれんのだ。
だから、泣く泣くな」
「こういうときは、弟として兄を頼るべきだろう」
「俺が心配しているのは、患者の方だ。
10年以上、実地に患者を診ていない医師を、こんな地獄のような現場に送り込んで役に立つものか」
「兄を侮辱するのか」
「大体、ヘボン医師に学んだのは、英語だけではなかったか?」
「ちゃんと医術も学んだぞ。
何だ、その兄を疑うような眼は」
「そういうことにしとくよ。
余り患者を不安にさせる訳にはいかんしな。
大勢の患者が待っているんだ。
お互いに全力を尽くさないとな」
その兄弟間の半ば口喧嘩を聞いた土方は、苦笑いをせざるを得なかった。
古屋は、土方に尋ねた。
「今、どこにいるか、明確に答えられるか」
「台湾に決まっているだろう」
「よかった。
昨日は、半ば意味不明の応答をする有様だったからな。
見当識は、かなり回復している。
かなりよくなっているとみてよさそうだ」
土方は、昨日も古屋が診察に来たのか。
それが、自分は分からなかったのか。
そんなに酷い病状だったのか、と背筋が冷たくなった。
「今の海兵隊の現状を教えてもらえますか」
「海兵隊全体の3割いや4割近くがマラリアにやられている。
延べ人数にすると全体の6割といったところか。
治った筈なのに、また、発症する者まで出だした。
ここのマラリアは、我々が知っている三日熱マラリア等ではなく、熱帯熱マラリアという悪性のものだ。
だから、発症した場合、死亡率も極めて高い。
我々が持参していた特効薬のキニーネの残量も、気になるレベルまで減少したので、補給を至急要請している。
マラリアにり患した者の熱を下げるために、製氷機5台を全力で稼働させているが、とても追いつかず、意識不明の重症患者に優先配布している有様だ。
このままいくと、海兵隊はマラリアのために台湾で全滅しかねん」
土方の問いかけに、古屋は、そう首をすくめながら言い、土方の背筋は、もっと冷たくなった。
「それほど酷い状況なのですか、冗談だと言ってください、本当に冗談でしょう」
「こんな冗談が言えるものか、現実に決まっているだろうが。
だがな、陸軍の方が、もっと我々よりも酷いらしい。
陸軍が情報を隠そうとしがちなので、正確なところは分からないが、西郷従道中将までマラリアで倒れたという噂まで流れている惨状だ。
実際、滝川充太郎大尉を西郷中将と相談させるために昨日、陸軍の駐屯所に一度行かせたが、理由も言われずに、西郷中将への面会を拒否されてしまった」
古屋は、思案投げ首といった有様で、土方に言った。
「一刻も早く、ここ台湾から帰国しないと、かなりまずいのでは」
「全くだ、東京は何をしている」
古屋は土方とやり取りをした。
その間、土方は半分幻想の中にいたと言ってもよかった。
衛生兵等に、苦いキニーネを半強制的に飲まされて、それによる頭痛や吐き気、発疹等の副作用にも苦しめられ、いっそ、生きるよりも死んだ方が楽ではないか、近藤さんの遺言通りだ、とまで土方自身、思いつめるほどだった。
高熱がようやく収まった今朝、土方の問診に来たのは、本来の軍医ではなく、古屋佐久左衛門だった。
「どうして、古屋さんが?」
「俺に医術の心得がないと思ったのか?
俺は元々は医師だ。
それに、あのヘボン医師にも直接指導を受けている。
俺ほどの医術の心得がある医師は、日本国内でも数少ないレベルだ」
そう胸を張りながら、土方に言う古屋の声を聞きつけた高松凌雲が言った。
「本当は頼みたくなかったのだがな。
医師も今は5名が病臥中だ。
残っている医師では、とても患者の面倒を見きれんのだ。
だから、泣く泣くな」
「こういうときは、弟として兄を頼るべきだろう」
「俺が心配しているのは、患者の方だ。
10年以上、実地に患者を診ていない医師を、こんな地獄のような現場に送り込んで役に立つものか」
「兄を侮辱するのか」
「大体、ヘボン医師に学んだのは、英語だけではなかったか?」
「ちゃんと医術も学んだぞ。
何だ、その兄を疑うような眼は」
「そういうことにしとくよ。
余り患者を不安にさせる訳にはいかんしな。
大勢の患者が待っているんだ。
お互いに全力を尽くさないとな」
その兄弟間の半ば口喧嘩を聞いた土方は、苦笑いをせざるを得なかった。
古屋は、土方に尋ねた。
「今、どこにいるか、明確に答えられるか」
「台湾に決まっているだろう」
「よかった。
昨日は、半ば意味不明の応答をする有様だったからな。
見当識は、かなり回復している。
かなりよくなっているとみてよさそうだ」
土方は、昨日も古屋が診察に来たのか。
それが、自分は分からなかったのか。
そんなに酷い病状だったのか、と背筋が冷たくなった。
「今の海兵隊の現状を教えてもらえますか」
「海兵隊全体の3割いや4割近くがマラリアにやられている。
延べ人数にすると全体の6割といったところか。
治った筈なのに、また、発症する者まで出だした。
ここのマラリアは、我々が知っている三日熱マラリア等ではなく、熱帯熱マラリアという悪性のものだ。
だから、発症した場合、死亡率も極めて高い。
我々が持参していた特効薬のキニーネの残量も、気になるレベルまで減少したので、補給を至急要請している。
マラリアにり患した者の熱を下げるために、製氷機5台を全力で稼働させているが、とても追いつかず、意識不明の重症患者に優先配布している有様だ。
このままいくと、海兵隊はマラリアのために台湾で全滅しかねん」
土方の問いかけに、古屋は、そう首をすくめながら言い、土方の背筋は、もっと冷たくなった。
「それほど酷い状況なのですか、冗談だと言ってください、本当に冗談でしょう」
「こんな冗談が言えるものか、現実に決まっているだろうが。
だがな、陸軍の方が、もっと我々よりも酷いらしい。
陸軍が情報を隠そうとしがちなので、正確なところは分からないが、西郷従道中将までマラリアで倒れたという噂まで流れている惨状だ。
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「一刻も早く、ここ台湾から帰国しないと、かなりまずいのでは」
「全くだ、東京は何をしている」
古屋は土方とやり取りをした。
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