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第1章 土方歳三、北の大地へ

第8話

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 伝習隊が、薩長への降伏を決断した影響は、速やかに周囲に広まった。 

 その影響を受けて、遊撃隊の隊長、人見勝太郎は、自分の目の前にいる若い男、請西藩の元藩主で脱藩大名の林忠崇の熱弁に耳を傾けていた。
「伝習隊が昨日、降伏を決断したという噂を聞きました。
 徳川家の存続が保障され、徳川家の家臣の生活のすべもある程度は確保されたとのことです。
 私はもう降伏して、内戦を終える時が来たと思います。
 人見さん、我々も降伏しましょう」

 この言葉、本当に若い、といえるが、いい男の言葉ではないか。
 そう言えば、この男は譜代大名家の出身だ。
 将来を嘱望され、何れは若年寄どころか、老中さえも務まるとまで、ある幕府の首脳に評価されたという。
 脱藩した際には、家臣の多くが共に従い、領民は皆、涙を流して送り出していた。
 これほどの男を、日本の将来のためにも、死なせるわけにはいかんな、と人見は思った。

 目の前の男が、一息入れたのを機にして、人見は言った。
「明日、伝習隊から人が来ることになっている。そのうえで判断を下そう」
「分かりました。よろしくお願いします」
 目の前の男、林忠崇は一礼して人見のもとを去った。

 翌日、伝習隊から来た男達を見て、人見は目を疑った。
 フランス人数名と土方歳三が、その男達の中にいたのだ。
「土方さん、なぜ、ここに来られた」
「フランス人、ブリュネ大尉の護衛のためですよ。
 降伏を勧める使者を斬れ、と叫ぶ人が出るかもしれませんから。
 でも、この雰囲気では遊撃隊にその心配はなさそうですね」

 土方は迷いが晴れた明朗な顔をしていた。
 その顔を見て、人見は、あらためて伝習隊が降伏したのは事実なのだと痛感した。
 実際問題として、遊撃隊の多くの隊員は、林忠崇の主張を受け入れて降伏することをほぼ決断している。
 人見が今日まで決断を延ばしたのは、伝習隊から人が来るという連絡を受けたことから、伝習隊からの連絡を待ったうえで、最終決断を下そうとしたからにすぎない。

 ブリュネ大尉は、懐から書簡を取り出した。
 通訳によると、知人である榎本から人見への個人的書簡らしい。
 人見は封を切って、ざっと目を通した。
 それは、榎本から人見に対して、降伏を勧める真情を込めた手紙だった。
 それに目を通すにつれ、既に決断していたはずなのに、人見の目頭は熱くなり、涙が溢れた。

 人見は林たち遊撃隊の幹部を集めた。
 伝習隊から来た使者が、ブリュネ大尉と土方歳三らであることに、多くの遊撃隊の幹部が驚いていた。

 まず、ブリュネ大尉が、徳川家の現状と徳川家の家臣の処遇、更に(交渉中なので絶対とは言えないが)降伏後の幕府諸隊に所属した者への処分について、現状での見通しを語れる限り語った。
 更に、その上で、これを聞いた伝習隊は、薩長への降伏を決断したこと、それを踏まえて、どうか皆にも降伏してほしいことを、ブリュネ大尉は、とつとつと語った。
 土方も、伝習隊が降伏したことを認め、皆に対して薩長に対する降伏を勧めた。
 ブリュネ大尉や土方に同行していた伝習隊の者も、ブリュネ大尉や土方の言葉を認め、遊撃隊の幹部に対して、薩長への降伏を勧めた。
 それらの言葉を聞いた遊撃隊の抗戦派の幹部の一部からは、すすり泣きの声が上がった。

 徳川家の存続が決まり、幕府艦隊が、伝習隊が投降したのだ。
 抗戦の名分もその力も、我々は失ったのだ。

 ブリュネ大尉や土方の話が、一段落したのを機に、人見は口を開いた。
「皆、いろいろ思うところはあるだろう。
 だが、ここに遊撃隊は薩長に対する降伏を決断したい、と私は考える。
 皆、私の意向に従ってほしい」

 遊撃隊の幹部から、異論の声は全く挙がらなかった。
 この瞬間、遊撃隊の降伏が決まった。
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