19 / 65
本編
19 彼を受け入れるということ
しおりを挟む
今朝は朝食が全く喉を通らない。この部屋に監禁されてから食欲は衰える一方だったけれど、今日は一段と酷い。
それもそのはずだ。昨日、あんなことがあったのだから。
リヒトはネイトに会いに行き、あの髪飾りのことを確認したと言っていた。道理で、下手な嘘をついてもばれるわけだ。
でも、不幸中の幸いかもしれない。結果的にリヒトは私からネイトを遠ざけただけで、彼に直接的な危害は加えていない。
……ネイトが無事でいてくれるだけでも、幸運だと思わなければ。
そんなことを考えていたら、ますます食欲がなくなってしまった。
仕方がないので、朝食に手を付けずそのままベッドに横になることにする。すると、アルメルが食器を片付けるために部屋に入ってきた。
「セレス様……今日の朝食はお口に合いませんでしたか?」
「あ、あの、違うんです。ごめんなさい。そういうわけではないんです」
「もしかして、お加減が悪いのですか……?」
「ああ、ええと……そうみたいです。折角用意して貰ったのに、食べられなくてごめんなさい。今日は特に食欲が湧かなくて……」
アルメルに尋ねられたので、私はベッドから上体を起こし、曖昧に返事をした。
食欲がないと言っても、普段は運んできてくれた彼女に申し訳ないので、少しくらいは食べるようにしている。
でも、今朝は運ばれてきた料理に一口も手を付けていない。流石にアルメルもおかしいと思ったのだろう。
「そうですか……。では、今日はゆっくりお休みになっていた方が良さそうですね」
「あの……アルメル」
アルメルは手早く皿を片付けて部屋を出ていこうとしたが、私は彼女を呼び止める。
「何でしょうか?」
「アルメルは、アドレーと喧嘩をすることってあるんですか? あ、その……大した用事じゃないのに呼び止めてごめんなさい。少し、気になって……」
「ええ、勿論ありますよ」
「そうなんですね。二人共、凄く仲が良さそうだから、喧嘩なんてしないと思っていました」
「私達だって、喧嘩くらいしますよ。仲がいいとはいえ、20年も兄妹として一緒に過ごしてきたわけですから。……寧ろ、そうやってたまに喧嘩をしてきたからこそ、絆が深まったのかもしれませんね」
アルメルはそう言うと、感慨深そうな様子で目を閉じた。昔のことを思い出しているのだろうか。
過去を振り返ってみると、私とリヒトは前世からずっと喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった気がする。
リヒトは昔から私を溺愛して甘やかしてくれたし、どんな我儘だって聞いてくれた。私に対して本気で怒ったことなんてなかったと思う。
友人から「兄弟と喧嘩した」なんて聞くと、「どうやったら喧嘩になるんだろう?」と不思議に思っていたくらいだ。
だから、豹変して本気で怒っているリヒトを見て余計に恐怖を感じたんだと思う。
事情が事情だけに、姉弟喧嘩と表現するのは少し違う気もする。でも、今の私達が険悪な状態にあることは確かだ。
皮肉だと思うけれど、こうなったことで初めてお互いに本気でぶつかり合ったのかもしない。
「でも……そういう時って、どうやって仲直りするんですか?」
「仲直りの仕方ですか? 今まで、あまり意識したことはなかったのですが……」
「何かきっかけが必要ですよね」
「そうですね。強いて言うなら……ほんの少しでもいいから、相手の言い分を受け入れることが必要なんだと思います」
「受け入れる……?」
「相手のことを理解出来ないからと言って、拒絶したままでは駄目なんです」
「拒絶したままでは駄目……ですか」
「ええ。こちらが拒絶すればする程、相手は逆上してしまいますからね。それは、きょうだい喧嘩に限ったことではありませんけども……」
アルメルの言うことも一理ある。実際、私は断固としてリヒトを拒絶している。
彼が自分の実弟である以上、絶対にその好意や考えを受け入れては駄目だという信念を貫いてきた。
けれども……そういう態度を取れば取る程、彼は私を自分だけのものにしようとした。
全部を受け入れることはできないけれど……少しでも理解を示したら、リヒトの心境は変化するのだろうか?
「ありがとう、アルメル。引き留めてしまってごめんなさい。参考になりました」
「参考……ですか?」
「あっ……ええと、その……」
誤魔化そうとして狼狽えていると、アルメルは怪訝な表情を浮かべ私の顔を覗き込んできた。
「もしかして、リヒト様と喧嘩を……?」
「……はい」
「そうだったんですね。でも、大丈夫ですよ。リヒト様は、本当にセレス様を愛していらっしゃいますから」
うーん……「その愛が重すぎるゆえにここまで大きな問題に発展してしまったんです」とは流石に言えないな。そう思いながら、自分を励ましてくれるアルメルににこっと微笑み返した。
会話が終わると、アルメルは一礼してドアのほうに歩いて行った。
私は彼女の後ろ姿を見送りながら、気分転換に窓を開けて部屋の空気を入れ替えようと思いベッドから降りた。だが、立ち上がって足を踏み出した途端、突然視界が真っ白になる。その直後に襲ってきた激しい眩暈に、私はいよいよ立っていることができなくなり、思わず床に倒れ込んだ。
──意識が遠のいていく中、アルメルが私の名前を呼びながら悲鳴を上げているのが聞こえた。
それもそのはずだ。昨日、あんなことがあったのだから。
リヒトはネイトに会いに行き、あの髪飾りのことを確認したと言っていた。道理で、下手な嘘をついてもばれるわけだ。
でも、不幸中の幸いかもしれない。結果的にリヒトは私からネイトを遠ざけただけで、彼に直接的な危害は加えていない。
……ネイトが無事でいてくれるだけでも、幸運だと思わなければ。
そんなことを考えていたら、ますます食欲がなくなってしまった。
仕方がないので、朝食に手を付けずそのままベッドに横になることにする。すると、アルメルが食器を片付けるために部屋に入ってきた。
「セレス様……今日の朝食はお口に合いませんでしたか?」
「あ、あの、違うんです。ごめんなさい。そういうわけではないんです」
「もしかして、お加減が悪いのですか……?」
「ああ、ええと……そうみたいです。折角用意して貰ったのに、食べられなくてごめんなさい。今日は特に食欲が湧かなくて……」
アルメルに尋ねられたので、私はベッドから上体を起こし、曖昧に返事をした。
食欲がないと言っても、普段は運んできてくれた彼女に申し訳ないので、少しくらいは食べるようにしている。
でも、今朝は運ばれてきた料理に一口も手を付けていない。流石にアルメルもおかしいと思ったのだろう。
「そうですか……。では、今日はゆっくりお休みになっていた方が良さそうですね」
「あの……アルメル」
アルメルは手早く皿を片付けて部屋を出ていこうとしたが、私は彼女を呼び止める。
「何でしょうか?」
「アルメルは、アドレーと喧嘩をすることってあるんですか? あ、その……大した用事じゃないのに呼び止めてごめんなさい。少し、気になって……」
「ええ、勿論ありますよ」
「そうなんですね。二人共、凄く仲が良さそうだから、喧嘩なんてしないと思っていました」
「私達だって、喧嘩くらいしますよ。仲がいいとはいえ、20年も兄妹として一緒に過ごしてきたわけですから。……寧ろ、そうやってたまに喧嘩をしてきたからこそ、絆が深まったのかもしれませんね」
アルメルはそう言うと、感慨深そうな様子で目を閉じた。昔のことを思い出しているのだろうか。
過去を振り返ってみると、私とリヒトは前世からずっと喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった気がする。
リヒトは昔から私を溺愛して甘やかしてくれたし、どんな我儘だって聞いてくれた。私に対して本気で怒ったことなんてなかったと思う。
友人から「兄弟と喧嘩した」なんて聞くと、「どうやったら喧嘩になるんだろう?」と不思議に思っていたくらいだ。
だから、豹変して本気で怒っているリヒトを見て余計に恐怖を感じたんだと思う。
事情が事情だけに、姉弟喧嘩と表現するのは少し違う気もする。でも、今の私達が険悪な状態にあることは確かだ。
皮肉だと思うけれど、こうなったことで初めてお互いに本気でぶつかり合ったのかもしない。
「でも……そういう時って、どうやって仲直りするんですか?」
「仲直りの仕方ですか? 今まで、あまり意識したことはなかったのですが……」
「何かきっかけが必要ですよね」
「そうですね。強いて言うなら……ほんの少しでもいいから、相手の言い分を受け入れることが必要なんだと思います」
「受け入れる……?」
「相手のことを理解出来ないからと言って、拒絶したままでは駄目なんです」
「拒絶したままでは駄目……ですか」
「ええ。こちらが拒絶すればする程、相手は逆上してしまいますからね。それは、きょうだい喧嘩に限ったことではありませんけども……」
アルメルの言うことも一理ある。実際、私は断固としてリヒトを拒絶している。
彼が自分の実弟である以上、絶対にその好意や考えを受け入れては駄目だという信念を貫いてきた。
けれども……そういう態度を取れば取る程、彼は私を自分だけのものにしようとした。
全部を受け入れることはできないけれど……少しでも理解を示したら、リヒトの心境は変化するのだろうか?
「ありがとう、アルメル。引き留めてしまってごめんなさい。参考になりました」
「参考……ですか?」
「あっ……ええと、その……」
誤魔化そうとして狼狽えていると、アルメルは怪訝な表情を浮かべ私の顔を覗き込んできた。
「もしかして、リヒト様と喧嘩を……?」
「……はい」
「そうだったんですね。でも、大丈夫ですよ。リヒト様は、本当にセレス様を愛していらっしゃいますから」
うーん……「その愛が重すぎるゆえにここまで大きな問題に発展してしまったんです」とは流石に言えないな。そう思いながら、自分を励ましてくれるアルメルににこっと微笑み返した。
会話が終わると、アルメルは一礼してドアのほうに歩いて行った。
私は彼女の後ろ姿を見送りながら、気分転換に窓を開けて部屋の空気を入れ替えようと思いベッドから降りた。だが、立ち上がって足を踏み出した途端、突然視界が真っ白になる。その直後に襲ってきた激しい眩暈に、私はいよいよ立っていることができなくなり、思わず床に倒れ込んだ。
──意識が遠のいていく中、アルメルが私の名前を呼びながら悲鳴を上げているのが聞こえた。
0
お気に入りに追加
684
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
クール令嬢、ヤンデレ弟に無理やり結婚させられる
ぺこ
恋愛
ヤンデレの弟に「大きくなったら結婚してくれる?」と言われ、冗談だと思ってたら本当に結婚させられて困ってる貴族令嬢ちゃんのお話です。優しく丁寧に甲斐甲斐しくレ…イプしてるのでご注意を。
原文(淫語、♡乱舞、直接的な性器の表現ありバージョン)はpixivに置いてます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる