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本編
18 悋気の炎(リヒトside)
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今日は、ネイトと話をするために彼が働いている食材店に出向いた。
ネイトの仕事が終わりそうな時間帯を見計らって店を訪れると、彼は屈託のない笑顔で俺を出迎えた。
この時間ならあまり客も来ないだろうし、ゆっくり話が出来るだろう。そう思った俺は、店内で商品を選ぶふりをしてネイトの顔を瞥見した。
──久しぶりだな。
かつての親友で、恋敵でもある彼の顔を横目で見ながら、心の中でそう呟いた。出来ることなら、こんな形で再会したくなかった。
彼が同じ世界に転生しなければ……せめてセレスと巡り会わなければ、俺は今頃こうなっていなかったかもしれない。
けれども、そんな風に憎らしいと思うと同時に『懐かしい』という感情が頭を擡げる。
そう思うのは、まだ心の片隅に彼のことを友人だと思う気持ちが残っているからなのだろうか。
……いや、久しぶりに会ったからそう錯覚しているだけだろう。今、彼に抱いているのは憎悪だけだ。
前世で彼と最後に会ったのは、俺達姉弟が事故に遭う前日だった。こうして顔を合わせるのは、16年ぶりになるだろうか。お互いに名前や姿が変わってしまったから、恐らく何も知らない頃に街ですれ違ったとしても気付かなかっただろう。
不自然に思われないように適当な商品を選びレジカウンターまで持っていくと、ネイトは微笑みながらそれを受け取った。
会計を済ませ、ネイトが袋に商品を詰めている間に俺は何気なく彼に話しかけた。
「こんなに夜遅くまで大変ですね。お疲れ様です」
俺はふつふつと湧き起こる憎しみを抑えながら、にこやかに話題を振った。
「ありがとうございます。でも、仕事ですから。それに、今のマスターにはお世話になっているので……」
ネイトは遠慮がちにそう言うと、俺の正体に気付く様子もなくにっこりと微笑み返してきた。
相変わらず人当たりが良く、優しそうな雰囲気を醸し出している。この調子で周りの人間に笑顔を振り撒いて、上手く世渡りしてきたのだろう。
そういう面では前世からずっと優等生として振る舞ってきた自分と似ているが、俺と彼には決定的に違う部分があった。
それは、俺は愛する人のためなら、いつでも優等生の仮面を外す覚悟があるということだ。
実際、前世で千鶴がいじめを受けているとわかった時も、俺は形振り構わず主犯格の女に制裁を加えてやった。
要はいじめの現場に遭遇してその事実を知っていたらしいが、「後で先生や望に伝えるつもりだった」と言われても俺には言い訳にしか聞こえなかった。
千鶴の様子がおかしいことに気付いて、彼女と同じクラスの生徒に聞いたらあっさりと原因が判明した。あの時、俺が行動を起こさなければその後も彼女へのいじめが続いていたかもしれない。
彼は、いじめを止めることよりも「トラブルを起こしたくない」という気持ちの方が勝っていたのだろう。だから、あんな中途半端な助け方しか出来なかったのだ。
もし俺が現場に居合わせていたら、二度といじめる気が起こらないように、その場で殴って女子生徒達を再起不能にしていたと思う。たとえ相手が女だろうと関係ない。千鶴に危害を加えようとする人間は皆敵だから、排除しなければならない。千鶴が好きなら、それくらい出来て当然だ。
要曰く、「下手に騒ぎを起こさず水面下で解決した方がいい」のだそうだ。
一見理知的だが、俺は当時からその考えに賛同出来なかった。すぐに潰しておかなければ、奴らはまた千鶴に危害を加えようとするに違いないからだ。
あの時だけじゃなく、要はいつもそうだった。いつだって周りにいい顔をして、悪目立ちしないように問題を解決しようとしていた。俺は昔から要のそういうところが大嫌いだった。
それなのに……千鶴は彼のそういう部分に惹かれたのだと。穏やかで優しいところが好きなのだと言っていた。
その言葉を聞いた瞬間、まるで自分を否定されているような気分になった。「これまで全力で彼女を守ってきた俺の立場は一体どうなるんだろう」と。そう強く感じたのを今でも覚えている。
「そうなんですか。……ところで。以前から、うちの使用人がお世話になっていたみたいですね。この間、あなたが屋敷に訪ねてきたと聞いたので、今日はお礼も兼ねて伺ったんですよ」
「はい……?」
「うちの使用人のロゼッタですよ。あなたとは仲が良いと聞いていたので」
「ああ! ということは……あなたは、あのお屋敷のご主人だったんですね!」
「ええ、そうです。それで、本題なんですが……残念ながら、彼女は当分の間、外出することができなくなってしまったんです。だから、僕が代わりにそれを伝えようと思いまして」
俺がそう言うと、ネイトは眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべた。
「外出できないって……彼女、どこか具合が悪いんですか?」
「ええ。実は、ロゼッタは元々持病を患っていたんです。でも、一月ほど前に突然それが悪化してしまいまして……今は病床に伏せっているんですよ」
「そうだったんですか……。そんな持病があったなんて、知りませんでした」
「きっと、心配をかけたくなかったのでしょう。本来なら、病気になったリアンは隔離施設に行った方が十分な治療を受けられるんでしょうけれど……。ロゼッタは今までよく働いて尽くしてくれましたし、施設に行くのを嫌がっていたので、うちで面倒を見ることにしたんです。なので、とても人に会えるような状態ではなくて……」
「……わかりました。わざわざ教えて下さってありがとうございます。長い間、店に来なかったから心配していたんです。ロゼッタの体調が良くなるよう、僕も祈っています」
「はい。ロゼッタに伝えておきますね」
俺はネイトを気遣うふりをして、「きっと、すぐに良くなりますから。元気を出して下さい」と付け加えた。ネイトは酷く落胆した様子で肩を落としている。
これで、漸くセレスから彼を遠ざけることが出来た。相手が病人だとわかれば、そうそう会いに行く気は起こらないだろう。
だが、用事はまだ終わっていない。彼には他にも聞きたいことがある。
「そう言えば──ロゼッタは白い花の髪飾りをいつも手元に置いて、大事そうにしているんです。もしかして、あの髪飾りはネイトさんが……?」
「その髪飾りなら、以前僕がロゼッタにあげた物ですよ。……そんなに大事にしてくれているんですね」
「ああ、やはりそうでしたか。……はい、それはもう大事にしていますよ。僕にもプレゼントを貰ったことを隠していたくらいですから」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、お礼を言うのが遅くなってしまいました。本当に、何から何までありがとうございます」
「いえ、お礼を言われる程のことはしていませんよ! いつも店に来てくれることへの感謝の気持ちですし、大事にしてくれているだけで十分です!」
ネイトは首を横に振り、焦った様子でそう返した。一見謙遜しているようだが、その表情からは隠しきれない喜びが滲み出ていた。
それを見た俺は、嫉妬心で震える拳を強く握りしめる。
「でも、ロゼッタのマスターが優しい方で本当に良かったです」
「優しいだなんて。当たり前のことをしているだけですよ。──ああ、もうこんな時間だ。それでは、僕はこの辺でお暇しますね。お仕事の邪魔をしてしまい、すみませんでした」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました」
俺は軽く会釈をすると、そのままネイトに背中を向けて店を出ようとした。だが、その途端、彼は「あの……」と言って俺を呼び止めた。
「何でしょう?」
「あ、いえ。その……以前、どこかでお会いしたことがあるような気がして……」
ネイトは困惑した表情で俺を見据えていた。
「初対面だと思いますよ?」
「そ、そうですよね……。変なことを聞いてしまって、すみません。昔の友達に似ている気がしたもので、つい……」
それを否定すると、ネイトは納得できない様子ながらも「機会があったらまた来て下さいね」と言い、俺を店外に送り出した。
少し話をしただけなのに鋭いな。この短時間で、前世の俺の面影を感じたとでも言うのだろうか。
とりあえず、これで証拠は揃った。後はセレスを問い詰めるだけだ。
◆
その翌日。
セレスの部屋を訪れた俺は、あの髪飾りについて聞き出すことにした。
「セレス。聞きたいことがあるんだ」
「え……?」
「これは何だ?」
「……!?」
セレスは、俺が手に持っている髪飾りを見て顔を凍りつかせていた。
彼女はきっと、上手く隠したつもりだったのだろう。だが……あの日、俺は見た。目を真っ赤に腫らしたセレスが、慌てて何かを鏡台の引き出しにしまっているところを。それで、後で確認したら見覚えのない髪飾りを見つけたのだ。
大方、「ネイトに会いたい」と思って涙していた──といったところだろうか。
「どうして、それを……」
「さっき、お前がよそ見をしている間に引き出しから取り出しておいたんだ。……お前の驚く顔が見たくてな」
「……!」
「これは、俺が買ってあげた物じゃないよな?」
「あの、それは……自分で……」
「本当に自分で買った物なら、隠す必要はないだろ。先日、俺が部屋に入った時、慌ててこれを引き出しにしまっていたよな。俺に見られたくない物だからこそ隠した……違うか?」
「……」
セレスに詰め寄ると、彼女は観念したように瞼を閉じた。
「ネイトから貰った物なんだろう?」
「……そうだよ。でも、お願い。それだけは取り上げないで。もう会わないんだし、思い出として取っておくくらいはいいでしょう?」
セレスは俺の腕に縋り付き、消え入りそうな声で懇願した。
「駄目だ」
「……っ」
考える間もなく即答すると、セレスは絶望した様子でその愛らしい美貌を歪ませた。
「そうか……こんな物があるから、あいつのことが忘れられないんだな」
俺はそう呟くと、祖父がこの部屋で愛用していたと思しき灰皿を手に取り鏡台の上に置いた。そして、灰皿に髪飾りを載せると、狙いをつけて火属性魔法【フラグラード】を放った。威力を最小限に抑えたため、赤い小さな炎が灰皿の上でゆらゆらと揺らめいている。
「何てことをするのっ!?」
セレスは顔面蒼白でそう叫ぶと、燃えている灰皿に近寄ろうとした。俺はセレスの腕を掴んで動きを封じると、睨むように彼女の目を見据えた。
「ああ、燃えてる……せっかく、彼に貰ったのに……ずっと大切にしていたのに……心の支えだったのに……」
セレスは絶望したように膝を折って、床に崩れ落ちた。
威力を抑えたとはいえ、火力は十分だった。純白の花があしらわれた髪飾りは勢いよく燃え、見る見るうちに灰になった。
「酷いよ! どうしてこんな残酷な仕打ちが出来るの!?」
「酷いのはどっちだ? 俺との約束を破ってネイトと会った挙句、あいつとの思い出の品まで隠し持っていたなんて。お前は、一体どれだけ俺を裏切れば気が済むんだ?」
そう尋ねると、セレスは一瞬恨めしそうな表情をして俺の方を見たが、すぐに顔を背けた。
俺はその場に片膝をついてセレスと目線の高さを合わせると、彼女の顎を手で持ち、強引に自分のほうに向かせた。
「そんなに俺が憎いか?」
「……」
再び問いかけると、セレスはせめてもの反抗だと言わんばかりに、憎悪のこもった目で俺を睨んだ。
「俺もお前が憎い。俺の想いを受け入れてくれないお前が憎くてたまらない。……でも、俺はそれ以上にお前を愛しているんだ。たとえどんなに嫌われようと、恨まれようと、この気持ちは永遠に変わらない。そして──俺はお前のことを絶対に諦めない」
俺はセレスの耳元でそう囁くと、尚も沈黙を守り続けている彼女を自分の胸に抱き寄せた。
その日、悋気の炎がセレスとネイトの最後の繋がりを焼き尽くした。
残った灰を見て、セレスは泣き崩れていた。そんな彼女を見て俺は言いようのない達成感に浸った。
そうだ、それでいい。もっと悲しんで、足掻いて、耐えて、俺と同じ苦しみを味わうんだ。
そして、最後は壊れてしまえばいい。
──そうすれば、お前は俺だけのものになるのだから。
ネイトの仕事が終わりそうな時間帯を見計らって店を訪れると、彼は屈託のない笑顔で俺を出迎えた。
この時間ならあまり客も来ないだろうし、ゆっくり話が出来るだろう。そう思った俺は、店内で商品を選ぶふりをしてネイトの顔を瞥見した。
──久しぶりだな。
かつての親友で、恋敵でもある彼の顔を横目で見ながら、心の中でそう呟いた。出来ることなら、こんな形で再会したくなかった。
彼が同じ世界に転生しなければ……せめてセレスと巡り会わなければ、俺は今頃こうなっていなかったかもしれない。
けれども、そんな風に憎らしいと思うと同時に『懐かしい』という感情が頭を擡げる。
そう思うのは、まだ心の片隅に彼のことを友人だと思う気持ちが残っているからなのだろうか。
……いや、久しぶりに会ったからそう錯覚しているだけだろう。今、彼に抱いているのは憎悪だけだ。
前世で彼と最後に会ったのは、俺達姉弟が事故に遭う前日だった。こうして顔を合わせるのは、16年ぶりになるだろうか。お互いに名前や姿が変わってしまったから、恐らく何も知らない頃に街ですれ違ったとしても気付かなかっただろう。
不自然に思われないように適当な商品を選びレジカウンターまで持っていくと、ネイトは微笑みながらそれを受け取った。
会計を済ませ、ネイトが袋に商品を詰めている間に俺は何気なく彼に話しかけた。
「こんなに夜遅くまで大変ですね。お疲れ様です」
俺はふつふつと湧き起こる憎しみを抑えながら、にこやかに話題を振った。
「ありがとうございます。でも、仕事ですから。それに、今のマスターにはお世話になっているので……」
ネイトは遠慮がちにそう言うと、俺の正体に気付く様子もなくにっこりと微笑み返してきた。
相変わらず人当たりが良く、優しそうな雰囲気を醸し出している。この調子で周りの人間に笑顔を振り撒いて、上手く世渡りしてきたのだろう。
そういう面では前世からずっと優等生として振る舞ってきた自分と似ているが、俺と彼には決定的に違う部分があった。
それは、俺は愛する人のためなら、いつでも優等生の仮面を外す覚悟があるということだ。
実際、前世で千鶴がいじめを受けているとわかった時も、俺は形振り構わず主犯格の女に制裁を加えてやった。
要はいじめの現場に遭遇してその事実を知っていたらしいが、「後で先生や望に伝えるつもりだった」と言われても俺には言い訳にしか聞こえなかった。
千鶴の様子がおかしいことに気付いて、彼女と同じクラスの生徒に聞いたらあっさりと原因が判明した。あの時、俺が行動を起こさなければその後も彼女へのいじめが続いていたかもしれない。
彼は、いじめを止めることよりも「トラブルを起こしたくない」という気持ちの方が勝っていたのだろう。だから、あんな中途半端な助け方しか出来なかったのだ。
もし俺が現場に居合わせていたら、二度といじめる気が起こらないように、その場で殴って女子生徒達を再起不能にしていたと思う。たとえ相手が女だろうと関係ない。千鶴に危害を加えようとする人間は皆敵だから、排除しなければならない。千鶴が好きなら、それくらい出来て当然だ。
要曰く、「下手に騒ぎを起こさず水面下で解決した方がいい」のだそうだ。
一見理知的だが、俺は当時からその考えに賛同出来なかった。すぐに潰しておかなければ、奴らはまた千鶴に危害を加えようとするに違いないからだ。
あの時だけじゃなく、要はいつもそうだった。いつだって周りにいい顔をして、悪目立ちしないように問題を解決しようとしていた。俺は昔から要のそういうところが大嫌いだった。
それなのに……千鶴は彼のそういう部分に惹かれたのだと。穏やかで優しいところが好きなのだと言っていた。
その言葉を聞いた瞬間、まるで自分を否定されているような気分になった。「これまで全力で彼女を守ってきた俺の立場は一体どうなるんだろう」と。そう強く感じたのを今でも覚えている。
「そうなんですか。……ところで。以前から、うちの使用人がお世話になっていたみたいですね。この間、あなたが屋敷に訪ねてきたと聞いたので、今日はお礼も兼ねて伺ったんですよ」
「はい……?」
「うちの使用人のロゼッタですよ。あなたとは仲が良いと聞いていたので」
「ああ! ということは……あなたは、あのお屋敷のご主人だったんですね!」
「ええ、そうです。それで、本題なんですが……残念ながら、彼女は当分の間、外出することができなくなってしまったんです。だから、僕が代わりにそれを伝えようと思いまして」
俺がそう言うと、ネイトは眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべた。
「外出できないって……彼女、どこか具合が悪いんですか?」
「ええ。実は、ロゼッタは元々持病を患っていたんです。でも、一月ほど前に突然それが悪化してしまいまして……今は病床に伏せっているんですよ」
「そうだったんですか……。そんな持病があったなんて、知りませんでした」
「きっと、心配をかけたくなかったのでしょう。本来なら、病気になったリアンは隔離施設に行った方が十分な治療を受けられるんでしょうけれど……。ロゼッタは今までよく働いて尽くしてくれましたし、施設に行くのを嫌がっていたので、うちで面倒を見ることにしたんです。なので、とても人に会えるような状態ではなくて……」
「……わかりました。わざわざ教えて下さってありがとうございます。長い間、店に来なかったから心配していたんです。ロゼッタの体調が良くなるよう、僕も祈っています」
「はい。ロゼッタに伝えておきますね」
俺はネイトを気遣うふりをして、「きっと、すぐに良くなりますから。元気を出して下さい」と付け加えた。ネイトは酷く落胆した様子で肩を落としている。
これで、漸くセレスから彼を遠ざけることが出来た。相手が病人だとわかれば、そうそう会いに行く気は起こらないだろう。
だが、用事はまだ終わっていない。彼には他にも聞きたいことがある。
「そう言えば──ロゼッタは白い花の髪飾りをいつも手元に置いて、大事そうにしているんです。もしかして、あの髪飾りはネイトさんが……?」
「その髪飾りなら、以前僕がロゼッタにあげた物ですよ。……そんなに大事にしてくれているんですね」
「ああ、やはりそうでしたか。……はい、それはもう大事にしていますよ。僕にもプレゼントを貰ったことを隠していたくらいですから」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、お礼を言うのが遅くなってしまいました。本当に、何から何までありがとうございます」
「いえ、お礼を言われる程のことはしていませんよ! いつも店に来てくれることへの感謝の気持ちですし、大事にしてくれているだけで十分です!」
ネイトは首を横に振り、焦った様子でそう返した。一見謙遜しているようだが、その表情からは隠しきれない喜びが滲み出ていた。
それを見た俺は、嫉妬心で震える拳を強く握りしめる。
「でも、ロゼッタのマスターが優しい方で本当に良かったです」
「優しいだなんて。当たり前のことをしているだけですよ。──ああ、もうこんな時間だ。それでは、僕はこの辺でお暇しますね。お仕事の邪魔をしてしまい、すみませんでした」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました」
俺は軽く会釈をすると、そのままネイトに背中を向けて店を出ようとした。だが、その途端、彼は「あの……」と言って俺を呼び止めた。
「何でしょう?」
「あ、いえ。その……以前、どこかでお会いしたことがあるような気がして……」
ネイトは困惑した表情で俺を見据えていた。
「初対面だと思いますよ?」
「そ、そうですよね……。変なことを聞いてしまって、すみません。昔の友達に似ている気がしたもので、つい……」
それを否定すると、ネイトは納得できない様子ながらも「機会があったらまた来て下さいね」と言い、俺を店外に送り出した。
少し話をしただけなのに鋭いな。この短時間で、前世の俺の面影を感じたとでも言うのだろうか。
とりあえず、これで証拠は揃った。後はセレスを問い詰めるだけだ。
◆
その翌日。
セレスの部屋を訪れた俺は、あの髪飾りについて聞き出すことにした。
「セレス。聞きたいことがあるんだ」
「え……?」
「これは何だ?」
「……!?」
セレスは、俺が手に持っている髪飾りを見て顔を凍りつかせていた。
彼女はきっと、上手く隠したつもりだったのだろう。だが……あの日、俺は見た。目を真っ赤に腫らしたセレスが、慌てて何かを鏡台の引き出しにしまっているところを。それで、後で確認したら見覚えのない髪飾りを見つけたのだ。
大方、「ネイトに会いたい」と思って涙していた──といったところだろうか。
「どうして、それを……」
「さっき、お前がよそ見をしている間に引き出しから取り出しておいたんだ。……お前の驚く顔が見たくてな」
「……!」
「これは、俺が買ってあげた物じゃないよな?」
「あの、それは……自分で……」
「本当に自分で買った物なら、隠す必要はないだろ。先日、俺が部屋に入った時、慌ててこれを引き出しにしまっていたよな。俺に見られたくない物だからこそ隠した……違うか?」
「……」
セレスに詰め寄ると、彼女は観念したように瞼を閉じた。
「ネイトから貰った物なんだろう?」
「……そうだよ。でも、お願い。それだけは取り上げないで。もう会わないんだし、思い出として取っておくくらいはいいでしょう?」
セレスは俺の腕に縋り付き、消え入りそうな声で懇願した。
「駄目だ」
「……っ」
考える間もなく即答すると、セレスは絶望した様子でその愛らしい美貌を歪ませた。
「そうか……こんな物があるから、あいつのことが忘れられないんだな」
俺はそう呟くと、祖父がこの部屋で愛用していたと思しき灰皿を手に取り鏡台の上に置いた。そして、灰皿に髪飾りを載せると、狙いをつけて火属性魔法【フラグラード】を放った。威力を最小限に抑えたため、赤い小さな炎が灰皿の上でゆらゆらと揺らめいている。
「何てことをするのっ!?」
セレスは顔面蒼白でそう叫ぶと、燃えている灰皿に近寄ろうとした。俺はセレスの腕を掴んで動きを封じると、睨むように彼女の目を見据えた。
「ああ、燃えてる……せっかく、彼に貰ったのに……ずっと大切にしていたのに……心の支えだったのに……」
セレスは絶望したように膝を折って、床に崩れ落ちた。
威力を抑えたとはいえ、火力は十分だった。純白の花があしらわれた髪飾りは勢いよく燃え、見る見るうちに灰になった。
「酷いよ! どうしてこんな残酷な仕打ちが出来るの!?」
「酷いのはどっちだ? 俺との約束を破ってネイトと会った挙句、あいつとの思い出の品まで隠し持っていたなんて。お前は、一体どれだけ俺を裏切れば気が済むんだ?」
そう尋ねると、セレスは一瞬恨めしそうな表情をして俺の方を見たが、すぐに顔を背けた。
俺はその場に片膝をついてセレスと目線の高さを合わせると、彼女の顎を手で持ち、強引に自分のほうに向かせた。
「そんなに俺が憎いか?」
「……」
再び問いかけると、セレスはせめてもの反抗だと言わんばかりに、憎悪のこもった目で俺を睨んだ。
「俺もお前が憎い。俺の想いを受け入れてくれないお前が憎くてたまらない。……でも、俺はそれ以上にお前を愛しているんだ。たとえどんなに嫌われようと、恨まれようと、この気持ちは永遠に変わらない。そして──俺はお前のことを絶対に諦めない」
俺はセレスの耳元でそう囁くと、尚も沈黙を守り続けている彼女を自分の胸に抱き寄せた。
その日、悋気の炎がセレスとネイトの最後の繋がりを焼き尽くした。
残った灰を見て、セレスは泣き崩れていた。そんな彼女を見て俺は言いようのない達成感に浸った。
そうだ、それでいい。もっと悲しんで、足掻いて、耐えて、俺と同じ苦しみを味わうんだ。
そして、最後は壊れてしまえばいい。
──そうすれば、お前は俺だけのものになるのだから。
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