ネトゲの旦那は私のアバターにしか興味がない!

彼岸花

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47 きっと、これからも…(エピローグ)

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 あの出来事から、一ヶ月ほどが経過した。
 季節は春を迎え、新年度が始まり、桜も満開の時期になった。
 歩道に薄桃色の花びらが舞い散り、見慣れた街並みもいつもと違う風景に見えて心が弾む。

 私と遥斗は晴れて現実世界で恋人同士になり、今では順調に交際している。
 そして、今日は学校が始業式だけで終わったので、帰りに遥斗と楓馬の二人と落ち合うことになった。
 ファーストフード店で軽く雑談した後、三人で桜並木を歩いていると──

「あれから、もう一ヶ月経つのかぁ……。色々あったけど、お前たちが無事にくっついてくれて良かったよ。俺も、応援した甲斐があったな」

 楓馬がしみじみとした様子でそう言った。

「ええ。楓馬くんにも感謝しないといけませんね。なんというか……ここまで来るのに、色んな人に応援して貰ったり迷惑をかけてしまったりしたので、本当に申し訳ないと言うか……」
「いやいや……気にすることないって、夏陽ちゃん! 俺が勝手にやったことなんだからさ! 寧ろ、余計なお世話だったんじゃないかって思ったり……」
「いえいえ! そんなことはないですっ!」
「そうかなぁ? だってさ……遥斗は、知り合った当初から夏陽ちゃんのことが気になってたんだろ? 結局のところ、二次元コンプレックス歴が長すぎた所為で好意に気付けなかったってだけの話だしさ。俺が手伝わなくても、そのうちくっついていたんじゃないかなぁって思うんだよ。なぁ、そうだろ? 遥斗?」

 楓馬はそう言いながら遥斗の肩を軽く叩いた。

「ま、まあ……そうかも知れないが……」
「私は、そうは思いませんよ? 私たちの性格からして、すれ違ったままお別れすることになっていたかも知れませんし……。やっぱり、皆の応援があったからこその結果かなぁって……」

 実際、そう思う。私たちの不器用な恋愛は、これまで出会った色んな人たちのお陰でゴールに辿り着けたんだよね。
 ……ううん、漸く『スタートを切った』と言ったほうが正しいのかな。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。しかし、遥斗も大胆だよなぁ。あんなに大勢のプレイヤーがいる前で告白するなんて……。BROの専用スレでは、暫くその話題で持ち切りだったもんな」

 そう言って、楓馬がニヤニヤと遥斗の顔を覗き込む。すると、彼はバツが悪そうに目を逸らした。

「もう、そのことは思い出させないでくれ……」
「今でも、あの時のことを思い出すと顔から火が出そうになります……」

 恥ずかしさのあまり、私と遥斗は同時に俯いた。
 案の定、あの日の出来事は掲示板のBRO専用スレッドで話題に上がってしまったのだが……予想に反して、好意的なレスが多かったのが救いだった。
 寧ろ「よくやった!」とか「潔くて男らしい。あんな風に告白されたら惚れるよな」とか「俺、男だけどルディアスさんになら抱かれてもいいわ」(最後のは、オイちょっと待てと思ったけど)等々……遥斗を称賛するコメントで溢れ返っていたのが意外だ。
 アレクが『婚約者に逃げられた哀れな人』として見られてしまうのではないかと心配だったけど……裏で音田先輩と胡桃が色々動いてくれたらしく、彼に対する誤解も大体は解けたらしい。
 彼は「まあ、僕がルディアスに誤解を招く言動をしてしまったことがそもそもの原因だからな。これくらいの役は買って出ないと」なんて言ってたけれど。
 いくらあの場から逃してくれるためとは言え、あんな演技までしてくれなくても良かったのに……と未だに申し訳ない気持ちで一杯だ。
 でも……もしかして、半分本気だったとか……?
 いやいや、それはないよね。だって、彼にとって私は妹的なポジションのはずだし……。それに、彼は今あの人と──

「あれ? あの二人って……」

 楓馬が何かに気付いた様子でそう呟いた。私もそれにつられて顔を上げると、前方から透夜とリノ(の中の人)が一緒に歩いてくるのが見えた。
 ちょうど透夜のことを考えていたところだけど……まさか、本人と遭遇することになるとは……。

 何で二人がリアルで一緒に歩いているのかというと……まあ、あの後二人も色々あったらしい。
 そして、何だかんだで付き合うことになったのだとか。リノ曰く、付き合った理由は「何となく放っておけないから」らしい。
 でも、その気持ちはわかるかも……。何せ、彼はリアルラックが絶望的に低いからね。
 実は、私も以前からこの二人はお似合いだと思っていた。これで、ネカマに騙され続けていた透夜も、漸く収まるところに収まったのかな……?
 リノは彼の弟である歩との関係も良好みたいだし、このまま透夜と結婚したら良い奥さんになりそう。
 ちなみに、リアルの彼女も結構な美人で、ゲーム内のアバターに近い外見をしている。
 リアルの自分の容姿をそのままアバター化することも可能だから、そうしたのかも知れない。
 キャラ名は本名だったらしく、実際は『理乃』と書くらしい。「名前を考えるのが面倒だから、もう本名でいっちゃえ」という単純明快な理由でそうなったらしいけど……意外とそういう人っているんだな。

「透夜さんと理乃さんじゃないですか。もしかして、デートですか?」
「あら、夏陽さんたちじゃない! こんにちは! ええ。まあ、そんなところよ」

 理乃はそう言いながら、透夜の腕に抱きついた。
 何だか、彼女の方がベタ惚れに見えるな。今まで、ゲーム内で透夜のことは割とぞんざいな扱いだっただけに、そのギャップに驚いていたりする。

「それにしても……これだけの人数がリアルで一堂に会するなんて、すごい偶然ですね。オフ会でもないのに……」
「ええ、そうね。それに……私もまさか、リアルで貴方たちと繋がりが出来るなんて思ってなかったわ」
「そう考えると、不思議な縁ですね!」
「俺はいっその事、オフ会をやるのもいいと思うけどなぁ? どうだろ? 今度、うちのギルメンで来れそうな人を誘ってさ!」
「楓馬くん、いい案ね!」
「おい、勝手に話を進めてるが……誰が幹事をやるんだ? もしかして、俺に丸投げか?」

 遥斗、理乃、楓馬の三人が立ち話を始めたので、少し離れた所でその様子を眺めていると、横から透夜が肩を叩いて話し掛けてきた。

「やあ、夏陽。遥斗とは上手くいってるか?」
「ええ、お陰様で……。溺愛されすぎて困っているくらいです」
「あはは、彼らしいな。元々、二次元に対しても溺愛するタイプだったから、三次元の恋人が出来たらそうなるだろうなと思っていたけれど。まさか、そこまでとはね」
「ええ……それはもう……毎日、愛を囁きながらゲーム内でもリアルでも私にベッタリで……まあ、嬉しいからいいんですけどね」
「そうか。幸せそうで何よりだ」
「はい。最高に幸せです!」
「初恋の子が幸せになってくれることほど嬉しいことはないな。……っと。さて、そろそろ理乃を連れて行くことにするよ」
「はい……って、えぇっ!?」

 さらっとすごいことを言って退けた透夜は、私が驚きのあまり固まっているのも気に留めず理乃の元に歩いて行った。
 なんだろう……お互い、今の恋人を一番愛しているのは変わらないのだけれども。なんとも微妙な切なさが残るなぁ。
 でも……まあ、『初恋の相手』って大体そんなものだよね。

 透夜と理乃が手を振りながら去っていくのを見送った私たち三人は、再び並んで桜並木を歩く。

「──それじゃあ、俺はこの辺で帰るよ。二人の邪魔をしちゃ悪いしな!」

 楓馬は私たちに背を向けると、こちらを振り返りながらそう言った。

「帰るのか。わかった、また明日学校で……いや、ゲーム内で会うか」
「ああ。久々に、この三人で狩りにでも行くか? ……あ、デートはゆっくりしてきて構わないからな?」
「そうだな。そうさせてもらう」

 遥斗はそう言うと、私の手に指を絡めてきた。
 駅の方向に歩いていく楓馬を見送ると、私たちは手を繋ぎながら歩き出した。

「そう言えば……昨日、またギルドの子に告白されてましたよね? 私、偶然見ちゃったんですけど……」
「ちゃんと断ったに決まってるだろ……? 大体、もうロールプレイはやめたのに……何で未だに言い寄ってくるギルメンがいるんだろうな」

 私が少し拗ねてみせると、遥斗は焦った様子でそう言った。
 遥斗が私に告白した日──多くのギルメンに彼の本性がばれてしまったのだが、それを切っ掛けにロールプレイをするのはやめたらしい。

「それは……ロールプレイなんかしなくても、遥斗くんが十分魅力的だからだと思いますよ?」
「そう思うか?」
「はい。そうじゃなきゃ、私は貴方のことを好きになってませんよ!」

 隣を歩く彼の方を向いて、少し強めにそう言うと……彼は歩みを止め、俯いた。

「……あれ? どうしたんで──」

 不思議に思ってそう言いかけた瞬間、遥斗は正面に回り私の背中に腕を回した。そして、そのまま自分の胸に抱き寄せると、強引に唇を重ねる。

「ぷはっ……! いきなり、こんな場所でするなんて! もし、誰かに見られてたら恥ずかしいじゃないですか!」
「今、すごく可愛いと思って……愛おしくなったんだ。だから、したくなっても仕方ないだろ……?」
「うぅ……」

 告白された翌日に会った時は、キスをするのも躊躇っていて中々出来なかったくらいなのに。
 今では、すっかり主導権を握られている。一時期、せっかく立場が逆転していたのに、また出会った頃のように強気な彼に戻ってしまった。悔しい。

「昨夜は俺の耳元で、あんなに可愛く『遥斗くん、大好き』と何回も言ってくれたのにな。……ベッドの上で」
「ちょ……それ、ゲーム内の話でしょう!? リアルでは、まだ……!」

 あの日以来──仮想世界ではアバター同士、何度も体を重ねて彼と結ばれているのだが……現実世界ではまだなのである。
 彼は私のことを優先して考えてくれているので、いざとなると勇気が出ない私を待ってくれているのだけども。ヘタレなのは寧ろこっちだったな……。
 でも……自分を大事にしてくれている気持ちが伝わってくるから、やっぱり嬉しい。

「まあ、リアルではそのうち……な?」
「……もうっ!」

 恐らく耳まで真っ赤になって赤面しているであろう私に、彼は悪戯っぽい笑みを向ける。
 ……やっぱり、この人には敵わないな。
 ゲーム内でも、私はまだまだ彼に追いついていないけれど……初心者だった頃よりは、迷惑をかけずに済むようになった。
 いつか、もっと強くなった時……私はどんな『相方』になっているんだろう?
 その時が楽しみでもある。

「それで……今日は、これからどこに行きますか?」
「どこでもいいぞ。俺は、夏陽と一緒に居れたらそれで幸せだからな」
「ふふ、ありがとうございます!」
「あぁ、でも……今日は気になっていた新作アニメが始まる日だから、帰りが遅くならない場所で……」
「私というものがありながら、まだ二次元にうつつを抜かしているんですか!?」
「ヒロインが可愛かったんだ! 仕方ないだろ!? 今期アニメでお気に入りの嫁キャラになりそうなんだ!」
「ちょっと!? 一応、私の彼氏なんですよっ!? 少しは自覚してください!」

 うぅ……頭が痛い。私と恋人関係になったからと言って、彼の二次元趣味がなくなったわけでもなく……やっぱり、そういう部分は変わらないみたいだ。

「──心配しなくても、俺の一番の『嫁』は夏陽だからな?」

 少し不機嫌になった私に、遥斗は優しげな微笑みを向けながらそう言った。
 不意に、ふわりと柔らかい風が吹き、桜の花びらが私たちの周りに舞い散る。
 その薄桃色の花びらは、さらさらと揺れている遥斗の亜麻色の髪を掠め、彼の魅力を一層引き立てた。私は、思わずその光景に見惚れてしまう。
 そして、彼の言葉を聞いて胸が高鳴った所為もあり、ドキドキしながらその場に立ち止まった。

「なっ……」
「それに、三次元で愛してるのは夏陽だけだって何度も言っただろ?」
「そ、それはそうですけど……」

 なんか釈然としないけど……まあ、いいか。
 だって、彼から二次元趣味がなくなったら……彼じゃなくなっちゃうもんね。
 私は、彼のそういうところも含めて好きになったんだし。

 きっと、これからも……私たちは、こんな調子で日々を過ごしていくんだろうな。
 まあ、それが一番私たちらしいかな……なんて思うけれど。

「何してるんだ? ほら、行くぞ」

 先に歩き出していた遥斗はこちらを振り返ると、立ち止まっている私に手を差し伸べた。

「……はい!」

 私は遥斗に微笑みを返すと、彼の元に駆け寄り手を繋いだ。
 これから先、どんなことがあっても私はこの手を離さないだろう。
 それだけ『大切』だと思える人に出会えたことは奇跡だと思うし、本当に幸せなことだと思う。
 だから──

 ──私と彼を巡り会わせてくれた『VRMMO』の世界に感謝しないとね。
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