ネトゲの旦那は私のアバターにしか興味がない!

彼岸花

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31 いくらなんでもデレすぎでしょう

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 翌日の放課後。
 日直の仕事を終えた私は、一人で教室に残り、学級日誌を書いていた。
 そんな時、ふと昨日のことを思い出し、思わず顔が綻ぶ。
 今、教室にいるのが自分だけで良かった。絶対、にへらーっとだらしない顔になっているに違いないから。

 日誌を書く手が完全に止まってしまった私は、そのまま机の上で頬杖をつきながら窓の外を眺めた。
 昨日は──私が抱きついている間、ルディアスは耳まで赤く染めて、ずっと恥ずかしそうに目を逸らしていた。
 その反応が可愛かったので、暫く彼を見上げていたら「も、もういいだろ……」と焦ったように両肩を抱かれ引き離されてしまったけど。
 以前は、私の都合も考えず自分から抱きついてきた癖に、随分な変わりようだ。
 やっぱり……私を意識し始めてくれた証拠なのかな? 嬉しいな。
 そんな風に幸せな気分に浸っていると、突然、携帯が鳴った。

「あれ……誰からだろう? ……って、遥斗くん!?」

 いつもはほとんど自分からかけてこないのに、どうしたんだろう?
 私は胸に手を当てて、心臓の高鳴りを押さえつつ、電話に応答する。

「どうしたんですか?」
「あー……その……今日は、部活がない日だろ?」
「ええ。そうですけど……」
「まだ、学校か?」
「はい。今日は日直だったので、日誌を書いてるところです」
「そうか。実は今日、たまたまそっちに行く用事があってな……今、お前の学校の近くまで来てるんだが。この後、会えるか?」
「え!?」
「……あ、いや……忙しいなら、無理にとは言わないが……」

 そう言いながら、電話の向こうで口籠る遥斗。
 たまたま……? 確かに、私と彼の学校は、距離的にはそんなに離れていないけど……一体、何の用事でこっちまで来たんだろう?
 ……もしかして、私に会いに来るために?
 もし、そうだったらどうしよう。いや、すごく嬉しいんだけど……だけど……とりあえず、昨日からデレすぎて怖いです。

「いえ、全然忙しくないです! 大丈夫です!」
「そうか……わかった。もう、すぐ側まで来てるから、校門の前で待ってる」
「はい! 速攻で日誌書いて行きますね!」

 私は、そう言って電話を切った。
 ……まさか、彼の方から私に会いに来てくれる日が来るなんて思わなかったよ。


◇ ◇ ◇


 学級日誌を書き終わり、帰り支度をした私は急いで教室を出た。
 そして、職員室に学級日誌を届けると、早足で校内を歩く。

「あ、咲本さん」

 校門まであと数メートルというところで、不意に背後から声をかけられた。
 誰だろう? 今、急いでるのになぁ……。
 そう思いながらも、私は声の主の方に振り返る。

「成神くん……?」

 そこに立っていたのは歩だった。どうやら、彼もこの時間まで残っていたらしい。

「今、帰りなんだ?」
「あ、うん。今日は日直だったから、日誌を書いたりしてて……」
「そうなのか。僕も、先生から雑用を頼まれてね。まだ終わってないから、こうやって残ってるんだ」

 歩はそう言いながら苦笑した。
 あの日、彼に頭を下げられて「友達としてやり直させてほしい」と言われた時は、かなり戸惑ったけど……今はこうやって、時々、他愛もない会話をする関係に落ち着いている。
 たぶん、彼なりの誠意というか、反省の態度なんだと思う。

「昨日は、遅くまでゲームをやっていて寝不足だから、早く帰りたいんだけどね」
「あれ? 成神くんもゲームやるんだ?」
「ああ、まだ言ってなかったかな? RPGとかアクションとか、好きでね。よくプレイするよ」
「へえ、そうなんだ! 実は、私も結構そういうのが好きで……」

 少しだけ雑談をして、彼に別れの挨拶をした私は、再び早足で歩き始めた。
 ──なんか、意外な共通点を見つけたかも。今まで、彼はアニメや漫画にしか興味がないと思ってたから。
 でも、オフラインのゲームだけなのかな? オンラインのゲームはやらないのかな? 今度、聞いてみよう。


 校門を通って学校の外に出ると、すぐ横で遥斗が腕を組みながら退屈そうに待っていた。
 風に揺れるさらさらとした亜麻色の髪と、空の向こうを見つめるヘーゼル色の瞳──その絵画的な美しさを持つ横顔に、私は思わず目を奪われる。
 やっぱり、美しい。この人なら、二次元の住人になれると本気で思う……。
 私が彼に見惚れていると、同じ学校の女子生徒二人組が私の側を通り過ぎた。彼女たちは遥斗を見て頬を染め、何やらひそひそと話している。
 ……まあ、見知らぬ他校生のクォーター美少年が何故か学校の前にいたら、そういう反応をしてしまうよね。気持ちはよくわかる。

 遥斗はこちらに気付くと、ぱあっと嬉しそうな表情を浮かべて私の名前を呼び、駆け寄ってきた。
 って……顔を合わせただけなのに、何でこんなに嬉しそうなの!?
 ……やっぱり、それ程「会いたい」と思ってくれてたってことなのかな。

 いやいやいや! いくらなんでも、急にデレすぎでしょう!
 うんざりするくらいに、毎日、二次元二次元騒いでいた彼は一体どこへやら。
 でも、そっか……デレるとこうなる人なんだ。何というか、色々と極端な人だなぁ……。

「遅くなって、ごめんなさい。……待たせちゃいました?」
「いや、いいんだ。俺が勝手に来ただけだからな。それより──さっき、お前が話していた奴は確か……」
「ああ、成神くんですか?」

 私がそう答えると、遥斗は少しむっとした表情に変わった。
 どうやら、私と彼が話しているところを見ていたらしい。

「……あの時、お前に絡んでいた奴だろ? 何で、そんな男と仲良くしているんだ?」
「ああ、えーと……説明すると長くなるので省きますけど、あの後、土下座する勢いで謝られてしまいまして……。それ以来、さっきみたいに、時々話す仲になったんです。だからといって、別に、すごく仲がいいってわけでもないんですけど……」
「そうか……」

 そう言って、面白くなさそうに目を伏せる遥斗。……うん。ものすごくわかりやすい態度で嫉妬してる。

「俺も謝らないとな……」
「え……?」
「ああ、その……昨日のことを、きちんとリアルで謝ろうと思ってな。……本当にすまなかった」
「……もしかして、そのために出向いてくれたんですか? もしそうだったら、手間を取らせてしまったみたいで、逆に申し訳ないというか……」
「いや、さっきも言ったが、たまたまこっちに来る用事があったんだ。だから、夏陽が気にする必要はない」

 遥斗はそう言うと、首を横に振って否定してみせた。
 たまたまって言ってるけど……たぶん、私にリアルで謝るためにわざわざ来てくれたんだろうなぁ。

「それと──」

 彼はまだ何かありそうな様子で、私の目を真っ向から見据える。

「な、なんですか……?」

 まさか、告白? でも……こんなに早く? しかも、こんな場所で?
 こんなに早く自覚するとは思わなかったけど……。
 私は、はやる気持ちを抑えて遥斗の言葉を待った。

「その……」
「もう、早く言って下さい! 気になるじゃないですか!」

 痺れを切らした私が詰め寄ると、彼はすごく言い難そうに口を開いた。
 ついに来た。私の努力が報われる時が、ついに来たんだ──。

「──俺を殴ってくれ! 夏陽!」
「……は?」

 私は、彼の口から予想外の言葉が出たことに脱力し、思わず口をぽかんと開ける。

「ああ、遠慮はいらないぞ……謝ることも重要だったが、今日のメインはこれだからな」

 遥斗はそう言いながら私の手首を掴んだ。

「さあ、早く……この手で俺を……!」

 先程とは立場が逆転して、遥斗は私の手首を掴んだまま詰め寄ってくる。
 困惑するあまり、彼から視線を逸らすと、先程の女子生徒二人組と目が合った。
 彼のことが気になったらしく、私たちの様子を観察していたようだ。
 うわぁ……ということは、ずっとこのやり取りを見られてたってこと?

「だから、そこまでは要求しないって言ったじゃないですか!」
「いや、それだと俺の気が収まらないんだ!」

 どうしよう……『イケメンに手首を掴まれながら迫られる』という女子なら誰もが憧れるようなシチュエーションなのに、全く嬉しくない。
 それよりも、こんなところを、あの女子生徒たちに見られていることのほうが気がかりだよ!

「何なら、足を使っても構わないぞ! 蹴るなり、踏むなり、好きなように──」
「ちょっと!? その誤解を招く言い方、やめてくれませんか!?」

 彼は、なんかもう、まるで私たちが普段からそういう特殊なプレイをしているみたいな言い方で迫ってきた。
 女子生徒たちの方に視線を移すと、案の定、かなり引いている。それと同時に、彼に幻滅しているようにも見えた。
 そりゃ、そうだよね。この見た目で、まさか中身がこんな変人だなんて想像できるはずがないよね。
 ……幸い、あの二人は知り合いではないから良かったけど、(いや、本当は良くないけど)同じ学校の生徒に目撃されたんだって思うと結構辛いなぁ。

 昨日のことが切っ掛けで、彼との距離はかなり縮まったような気がするけど……相変わらず空気を読まないし、強引だし、やっぱりこの人は平常運転だ。
 この調子だと、ちゃんと好意を自覚してくれるまでは、まだ時間がかかりそう……。

「ちょ……近いですってば! あと、その手、離して下さい!」

 お互いの顔がかなり接近したところで、私は思わずそう叫んだ。

「…………あ」

 遥斗は、はっと我に返ると、掴んでいた手首を解放して私から離れた。
 そして、動揺した様子で「わ、悪かった……」と言うと、気まずそうに視線を逸らして俯く。

「珍しく、すぐにやめてくれましたね?」

 そう言って、私が顔を覗き込むと、彼は恥ずかしそうに顔を赤くした。
 今までの彼なら、考えられない反応だ。……人って、こんなに変わるもんなんだね。
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