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第16話
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──マルクト王国には、古くから伝わる昔話がある。
むかしむかし、あるところにクラウディアという心の優しい魔女がいました。
クラウディアには家族がいません。でも、人語を話す狼の相棒シリルと一緒に森の中で楽しく暮らしていたので、寂しくありませんでした。
ある日、クラウディアは怪我をして倒れている青年を見つけます。
崖で足を滑らせて落ちてしまったのでしょうか。クラウディアは青年を自分の家まで運ぶと、一生懸命看病しました。
数日後。目を覚ました青年はクラウディアにお礼を言い、自分はこの国の王子だと名乗りました。
王子様はクラウディアの優しさに惹かれました。クラウディアも王子様に恋をしました。
そうして、二人は一緒に暮らすうちに愛を育んでいきました。
そんな幸せな日々が続いたある日のこと。王子様はクラウディアに「怪我が治ったら、城に君を連れて帰って妃として迎え入れるよ」と約束します。
クラウディアは喜びました。王子様からプロポーズされたことをシリルに報告すると、シリルも喜んでくれました。
シリルはクラウディアが孤独ではなくなったことに安堵しました。同時に、少しだけ寂しくもありました。
もう自分がいなくても平気だと悟ったシリルは、クラウディアの元から去ろうとします。
けれども、クラウディアは「あなたは私の相棒であり親友でもあるのよ」と言ってシリルを引き止めました。
シリルはとても賢い狼です。きっと、城の人たちもシリルのことを認めてくれるでしょう。
そして、いよいよ王子様の怪我が治り、城に帰る日がやって来ました。王子様を森の出口まで案内したクラウディアは、魔法を使って二匹のリスを馬へと変えました。
歩いて城へ向かうよりも、馬に乗っていったほうが早いと思ったからです。
けれど、王子様はクラウディアの魔法を見た途端、顔が真っ青になりました。そして、クラウディアを「近寄るな、この魔女め」と罵りました。
その時、ちょうど王子様を探しに来た家来たちがやってきます。
クラウディアとシリルは慌てて森に引き返し、家に逃げ帰ります。しかし、あとを追いかけてきた王子様と家来たちに見つかってしまいました。
家来の一人がクラウディアを銃で撃ちますが、その弾はクラウディアを庇ったシリルに当たりました。
銃で撃たれたシリルは死んでしまいます。怒ったクラウディアは魔法を使って風を起こし、王子様と家来たちを追い払いました。
月日は流れて、一年後。
クラウディアは、城で王子様と隣国の王女様の結婚式が開かれることを知ってしまいます。
クラウディアは魔女というだけで自分を裏切り、大切な相棒だったシリルまで殺した王子様のことが許せませんでした。
だから、城に出向いて王子様が眠っている間にこっそり『呪い』をかけました。
それからというものの、王子様は夜空に浮かぶ月を見ると半狼半人の怪物に変身してしまうようになりました。
クラウディアがかけた呪いは王子様の子孫たちにも引き継がれ、決して解かれることはなかったそうです。
以上が、物語の筋書きだ。この物語に出てくる王子にかけられた呪いは、現在人々を脅かしている人狼に似ている。
とはいえ、もちろん因果関係はない。所詮はおとぎ話だ。
誰もがそう思っているけれど、メイジーはこのおとぎ話が『人狼の起源』について何か鍵を握っているような気がして仕方がなかった。
人狼の起源は未だに解き明かされていない。だから、創作意欲を刺激された作家がこんな作り話を書いたとしても何もおかしくはないのだが、どうも気になってしまう。
そんなことを考えながら、メイジーはベッドの上でブランケットに包まってホットミルクを啜った。
喉を伝う甘いミルクの温かさが、一日の疲れと緊張感を癒やしてくれる。
(本当に、今日は散々な目に遭ったわ……まだ、体が震えてる)
森で自分を襲った銀狼のことを思い出しながら、メイジーはぶるりと全身を戦慄かせる。
何とか貞操を守りきって生還したものの、メイジーはあの出来事を誰にも話していない。
こんな田舎の小娘が「まだ日が昇っているうちに人狼に遭遇して陵辱されそうになった」と言ったところで、ハンター協会の人間はまず信じないだろうと思ったからだ。
それこそ、「不安を煽った」と言われ混乱を招いてしまうだけだろう。
いくら考えても堂々巡りになるだけなので、メイジーはとりあえずベッドに横になることにした。
その途端、ドアをノックする音が聞こえてくる。こんな時間に誰だろうと思いつつも、メイジーはベッドから起き上がり、少しだけドアを開ける。
隙間から顔を覗かせたのはカイルだった。
酔っ払っているわけでいるわけでもないだろうに、どういうわけか目をとろんとさせ、まるで酩酊したような表情になっている。
湯浴みを済ませた直後だからなのか、上気させた顔とほのかに漂う石鹸の香りも相まって妙に艶めかしい。
「カイル……? こんな時間にどうしたの? いつもなら、この時間は部屋に籠もっているのに……」
「うん、ちょっとね」
「……何か用?」
メイジーが怪訝に思って聞き返すと、カイルはニコッと口角を上げて言った。
「俺と閨のレッスンをしようよ、姉さん」
むかしむかし、あるところにクラウディアという心の優しい魔女がいました。
クラウディアには家族がいません。でも、人語を話す狼の相棒シリルと一緒に森の中で楽しく暮らしていたので、寂しくありませんでした。
ある日、クラウディアは怪我をして倒れている青年を見つけます。
崖で足を滑らせて落ちてしまったのでしょうか。クラウディアは青年を自分の家まで運ぶと、一生懸命看病しました。
数日後。目を覚ました青年はクラウディアにお礼を言い、自分はこの国の王子だと名乗りました。
王子様はクラウディアの優しさに惹かれました。クラウディアも王子様に恋をしました。
そうして、二人は一緒に暮らすうちに愛を育んでいきました。
そんな幸せな日々が続いたある日のこと。王子様はクラウディアに「怪我が治ったら、城に君を連れて帰って妃として迎え入れるよ」と約束します。
クラウディアは喜びました。王子様からプロポーズされたことをシリルに報告すると、シリルも喜んでくれました。
シリルはクラウディアが孤独ではなくなったことに安堵しました。同時に、少しだけ寂しくもありました。
もう自分がいなくても平気だと悟ったシリルは、クラウディアの元から去ろうとします。
けれども、クラウディアは「あなたは私の相棒であり親友でもあるのよ」と言ってシリルを引き止めました。
シリルはとても賢い狼です。きっと、城の人たちもシリルのことを認めてくれるでしょう。
そして、いよいよ王子様の怪我が治り、城に帰る日がやって来ました。王子様を森の出口まで案内したクラウディアは、魔法を使って二匹のリスを馬へと変えました。
歩いて城へ向かうよりも、馬に乗っていったほうが早いと思ったからです。
けれど、王子様はクラウディアの魔法を見た途端、顔が真っ青になりました。そして、クラウディアを「近寄るな、この魔女め」と罵りました。
その時、ちょうど王子様を探しに来た家来たちがやってきます。
クラウディアとシリルは慌てて森に引き返し、家に逃げ帰ります。しかし、あとを追いかけてきた王子様と家来たちに見つかってしまいました。
家来の一人がクラウディアを銃で撃ちますが、その弾はクラウディアを庇ったシリルに当たりました。
銃で撃たれたシリルは死んでしまいます。怒ったクラウディアは魔法を使って風を起こし、王子様と家来たちを追い払いました。
月日は流れて、一年後。
クラウディアは、城で王子様と隣国の王女様の結婚式が開かれることを知ってしまいます。
クラウディアは魔女というだけで自分を裏切り、大切な相棒だったシリルまで殺した王子様のことが許せませんでした。
だから、城に出向いて王子様が眠っている間にこっそり『呪い』をかけました。
それからというものの、王子様は夜空に浮かぶ月を見ると半狼半人の怪物に変身してしまうようになりました。
クラウディアがかけた呪いは王子様の子孫たちにも引き継がれ、決して解かれることはなかったそうです。
以上が、物語の筋書きだ。この物語に出てくる王子にかけられた呪いは、現在人々を脅かしている人狼に似ている。
とはいえ、もちろん因果関係はない。所詮はおとぎ話だ。
誰もがそう思っているけれど、メイジーはこのおとぎ話が『人狼の起源』について何か鍵を握っているような気がして仕方がなかった。
人狼の起源は未だに解き明かされていない。だから、創作意欲を刺激された作家がこんな作り話を書いたとしても何もおかしくはないのだが、どうも気になってしまう。
そんなことを考えながら、メイジーはベッドの上でブランケットに包まってホットミルクを啜った。
喉を伝う甘いミルクの温かさが、一日の疲れと緊張感を癒やしてくれる。
(本当に、今日は散々な目に遭ったわ……まだ、体が震えてる)
森で自分を襲った銀狼のことを思い出しながら、メイジーはぶるりと全身を戦慄かせる。
何とか貞操を守りきって生還したものの、メイジーはあの出来事を誰にも話していない。
こんな田舎の小娘が「まだ日が昇っているうちに人狼に遭遇して陵辱されそうになった」と言ったところで、ハンター協会の人間はまず信じないだろうと思ったからだ。
それこそ、「不安を煽った」と言われ混乱を招いてしまうだけだろう。
いくら考えても堂々巡りになるだけなので、メイジーはとりあえずベッドに横になることにした。
その途端、ドアをノックする音が聞こえてくる。こんな時間に誰だろうと思いつつも、メイジーはベッドから起き上がり、少しだけドアを開ける。
隙間から顔を覗かせたのはカイルだった。
酔っ払っているわけでいるわけでもないだろうに、どういうわけか目をとろんとさせ、まるで酩酊したような表情になっている。
湯浴みを済ませた直後だからなのか、上気させた顔とほのかに漂う石鹸の香りも相まって妙に艶めかしい。
「カイル……? こんな時間にどうしたの? いつもなら、この時間は部屋に籠もっているのに……」
「うん、ちょっとね」
「……何か用?」
メイジーが怪訝に思って聞き返すと、カイルはニコッと口角を上げて言った。
「俺と閨のレッスンをしようよ、姉さん」
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