上 下
16 / 19

第16話

しおりを挟む
 ──マルクト王国には、古くから伝わる昔話がある。


 むかしむかし、あるところにクラウディアという心の優しい魔女がいました。
 クラウディアには家族がいません。でも、人語を話す狼の相棒シリルと一緒に森の中で楽しく暮らしていたので、寂しくありませんでした。
 ある日、クラウディアは怪我をして倒れている青年を見つけます。
 崖で足を滑らせて落ちてしまったのでしょうか。クラウディアは青年を自分の家まで運ぶと、一生懸命看病しました。
 数日後。目を覚ました青年はクラウディアにお礼を言い、自分はこの国の王子だと名乗りました。
 王子様はクラウディアの優しさに惹かれました。クラウディアも王子様に恋をしました。
 そうして、二人は一緒に暮らすうちに愛を育んでいきました。

 そんな幸せな日々が続いたある日のこと。王子様はクラウディアに「怪我が治ったら、城に君を連れて帰って妃として迎え入れるよ」と約束します。
 クラウディアは喜びました。王子様からプロポーズされたことをシリルに報告すると、シリルも喜んでくれました。
 シリルはクラウディアが孤独ではなくなったことに安堵しました。同時に、少しだけ寂しくもありました。
 もう自分がいなくても平気だと悟ったシリルは、クラウディアの元から去ろうとします。
 けれども、クラウディアは「あなたは私の相棒であり親友でもあるのよ」と言ってシリルを引き止めました。
 シリルはとても賢い狼です。きっと、城の人たちもシリルのことを認めてくれるでしょう。
 そして、いよいよ王子様の怪我が治り、城に帰る日がやって来ました。王子様を森の出口まで案内したクラウディアは、魔法を使って二匹のリスを馬へと変えました。
 歩いて城へ向かうよりも、馬に乗っていったほうが早いと思ったからです。
 けれど、王子様はクラウディアの魔法を見た途端、顔が真っ青になりました。そして、クラウディアを「近寄るな、この魔女め」と罵りました。
 その時、ちょうど王子様を探しに来た家来たちがやってきます。
 クラウディアとシリルは慌てて森に引き返し、家に逃げ帰ります。しかし、あとを追いかけてきた王子様と家来たちに見つかってしまいました。
 家来の一人がクラウディアを銃で撃ちますが、その弾はクラウディアを庇ったシリルに当たりました。
 銃で撃たれたシリルは死んでしまいます。怒ったクラウディアは魔法を使って風を起こし、王子様と家来たちを追い払いました。

 月日は流れて、一年後。
 クラウディアは、城で王子様と隣国の王女様の結婚式が開かれることを知ってしまいます。
 クラウディアは魔女というだけで自分を裏切り、大切な相棒だったシリルまで殺した王子様のことが許せませんでした。
 だから、城に出向いて王子様が眠っている間にこっそり『呪い』をかけました。
 それからというものの、王子様は夜空に浮かぶ月を見ると半狼半人の怪物に変身してしまうようになりました。
 クラウディアがかけた呪いは王子様の子孫たちにも引き継がれ、決して解かれることはなかったそうです。


 以上が、物語の筋書きだ。この物語に出てくる王子にかけられた呪いは、現在人々を脅かしている人狼に似ている。
 とはいえ、もちろん因果関係はない。所詮はおとぎ話だ。
 誰もがそう思っているけれど、メイジーはこのおとぎ話が『人狼の起源』について何か鍵を握っているような気がして仕方がなかった。
 人狼の起源は未だに解き明かされていない。だから、創作意欲を刺激された作家がこんな作り話を書いたとしても何もおかしくはないのだが、どうも気になってしまう。

 そんなことを考えながら、メイジーはベッドの上でブランケットに包まってホットミルクを啜った。
 喉を伝う甘いミルクの温かさが、一日の疲れと緊張感を癒やしてくれる。

(本当に、今日は散々な目に遭ったわ……まだ、体が震えてる)

 森で自分を襲った銀狼のことを思い出しながら、メイジーはぶるりと全身を戦慄かせる。
 何とか貞操を守りきって生還したものの、メイジーはあの出来事を誰にも話していない。
 こんな田舎の小娘が「まだ日が昇っているうちに人狼に遭遇して陵辱されそうになった」と言ったところで、ハンター協会の人間はまず信じないだろうと思ったからだ。
 それこそ、「不安を煽った」と言われ混乱を招いてしまうだけだろう。

 いくら考えても堂々巡りになるだけなので、メイジーはとりあえずベッドに横になることにした。
 その途端、ドアをノックする音が聞こえてくる。こんな時間に誰だろうと思いつつも、メイジーはベッドから起き上がり、少しだけドアを開ける。
 隙間から顔を覗かせたのはカイルだった。
 酔っ払っているわけでいるわけでもないだろうに、どういうわけか目をとろんとさせ、まるで酩酊したような表情になっている。
 湯浴みを済ませた直後だからなのか、上気させた顔とほのかに漂う石鹸の香りも相まって妙に艶めかしい。

「カイル……? こんな時間にどうしたの? いつもなら、この時間は部屋に籠もっているのに……」
「うん、ちょっとね」
「……何か用?」

 メイジーが怪訝に思って聞き返すと、カイルはニコッと口角を上げて言った。

「俺とねやのレッスンをしようよ、姉さん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

【完結】【求む】武人な義弟が爽やかに笑いながら斬りかかってきた時の対処法

雪野原よる
恋愛
悪に堕ちた私、義弟に成敗され監禁されてしまいました……!(コメディです)  ※義弟が一瞬で爽やかでは無くなります  ※微エロ風味/適当すぎる世界設定/監禁なのにコメディ 

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。 彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。 けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。 やっと見つかった番。 ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。 彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。 番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。 情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。 これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。 「せいでぃ、ぷりんたべる」 「せいでぃ、たのちっ」 「せいでぃ、るどといっしょです」 次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。 なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。 ※R15は念のためです。 ※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。 シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。 ★★★★★ お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。 お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。

処理中です...