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7.とある昔話

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 異端審問官の質問は、「最近隣町で起こった連続誘拐殺人事件について何か知らないか」というものだった。「何故、私が疑われているんですか?」と尋ねたところ、「事件が起こった日、貴女が現場付近をうろうろしているところを見た目撃者がいるからです」と返答された。
 なんでも、被害者は子供ばかりだそうで、フードを被ったローブ姿の女が子供を連れ去るところを見たという目撃情報もあるらしい。そして、誘拐された数人の子供は、全員死体となって発見されたそうだ。……実に悲惨な事件だ。

 私はこの二ヶ月間、ルークスに外出を禁止されていたため、隣町に出掛けるどころか外にすら出ていない。
 正直に答えたものの、結局彼らに『怪しい』と見做され、私は否応なしに王都に強制連行されることになった。

 異端審問官に連れられて移動していると、村人たちが私をちらちら見ながら小声で話をしていた。

「やっぱりな。前から怪しいと思っていたんだよ」
「もしかしたら、青果店の主人を殺した犯人もスカーレットだったのかしら」
「やれやれ、これでやっとこの村から魔女がいなくなるのか」

 案の定、あらぬ疑いをかけられている私を心配する者などおらず、寧ろ「いなくなって清々する」という声が多かった。
 そんな風に、好奇の目に晒されながら異端審問官に連行されていると、何やら気になる話が聞こえてきた。
 皆が『王都に連行される魔女』の話題で持ち切りの中、彼らだけは他の話をしているようだった。

「俺、今日初めて知ったんだけどさ。宿屋の女将っていつの間にか亡くなっていたんだな」
「なんだ、お前知らなかったのか?」
「ああ。俺、暫く王都に出稼ぎに出ていたからさ」
「そういや、そうだったな」
「それで、どれくらい前に亡くなったんだ?」
「確か、二ヶ月前くらいか? 急に持病が悪化して亡くなったらしい」

 宿屋の女将が死んだ……? そう言えば、彼女は青果店の店主と仲が良かったな。
 もしかすると、彼が計画を話していた相手って……宿屋の女将のことだったんだろうか? 彼女も共犯だったんだろうか?
 ふと、嫌な予感が脳裏をかすめる。話を聞く限り、彼女の死因は持病のようだ。
 けれど、偶然にしては出来過ぎだ。私には何も言わなかったけれど、ひょっとしたら、ルークスはあの計画を知っている女将も何か工作をして殺したんだろうか。その可能性は十分有り得る……。
 でも……ルークスが計画を知っている人間を全員殺したのなら、一体誰が私を密告したのだろうか?





 王都に連れてこられた私は、詳しい事情聴取もされず、いきなり城の地下牢に放り込まれた。

「ルークス……ごめんなさい……」

 思わず、謝罪の言葉が漏れる。ルークスは殺人や悪魔契約をしてまで自分のことを守ろうとしてくれたのに、当の私は安々と異端審問官に捕まり、城の地下牢へ入れられてしまった……。

「あんた、魔女なんだってな」

 突然、隣の牢屋から声が聞こえてきた。
 ここに放り込まれる直前に、隣の牢屋にいる囚人の姿が視界に入ったが……そう言えば、三十代半ばくらいの黒髪の男が気だるげに寝転がっていたな。

「……?」
「以前、魔法を暴発させて事件を起こした魔女がいただろ? 彼女は、明日広場で公開処刑されるらしいぞ」
「……!」

 驚きのあまり声も出ない。意図的ではないとは言え、あれだけの人数を殺したのだから、彼女は死刑を免れないだろうとは思っていたが……やはり衝撃は大きかった。

「……次はあんたの番かもな」

 無言のままでいる私に向かって、彼はそう言い放った。

「ああ、勘違いしないでくれ。俺は魔力を持たない人間だが、どちらかと言えば──いや、完全にあんたの味方だ」
「……どういうことですか?」
「少し、昔話をしようか。あるところに、両親に捨てられた哀れな少年がいました」

 問いかけに答えず、一人で語り始めた男に私は「え……?」と戸惑いの声を上げた。
 私の反応に気付いたのか、男は一旦話を止め、「まあ、聞いてくれ」と返してきた。

「少年は宛もなく彷徨い続け、帰り方もわからず、途方に暮れていました。そんな時、一人の少女が少年に話しかけました。『あなた、迷子なの?』と。少年は答えました。『お父さんとお母さんに捨てられてしまった』と。すると、少女は手を差し伸べてこう言いました。『良かったら、うちに来ない?』と……」
「…………」
「少女とその両親はとても優しく穏やかで、幸せそうな家族でした。ところが、その家族には少しだけ周りと違う部分がありました。なんと、彼らは皆が恐れる魔法使いの一家だったのです」
「……!」
「少年は、その日から家族の一員になりました。本当の家族のように接してくれる彼らのお陰で、少年はとても幸せな日々を送ることができました。少年と少女は姉弟のように仲良く育ち、どんな時も一緒でした。そんな少年と少女も、年頃になるとお互いに惹かれ合うようになり、いつしか恋人同士になりました。彼らは深い愛を育み、毎日がとても幸せでした。けれど──ある日、少年は少女が近所の男から『邪悪な魔女は早くこの街から出て行け』と罵られ、暴行を受けているところを見てしまいます。怒った少年は、その男に殴りかかりました」
「……その後、どうなったんですか?」

 小気味よく語っていた彼の話が急に止まったので、不思議に思った私はそう尋ねた。

「……少年とその男は揉み合いになりました。そして──少年は、勢い余ってその男を殺してしまったのです」
「なっ……」
「少年はその場で捕らえられました。その日から、少年と少女は離れ離れになり、会うことが出来なくなってしまいました。少年は絶望しました。……そして、少年は今でも罪を償うために、お城の地下牢で無気力な毎日を送っているのです」
「そ、それって……」
「……まあ、俺のことなんだがな」

 話を終えた男は寂しそうに溜め息をつき、自分の名を名乗った。どうやら、彼はグレンという名前らしい。
 グレンは諦めたような様子で「生きている間にここを出られたとしても、彼女と会うことはできないだろうな」と言った。
 彼は『魔女を庇った罪』で、通常よりもずっと長い刑期を言い渡されたそうだ。
 グレンの話は、私とルークスの出会いを彷彿とさせる。その所為か、彼とは初めて会ったのに、何故か親近感が湧いた。

「あんたに一ついい事を教えてやるよ」
「……?」
「この間、看守たちの会話を盗み聞きしたんだがな。どうやら、魔女が魔法を暴発させてしまう原因は、極度の精神的ストレスにあるらしいんだ。要するに、周囲の人間があまりにも魔女だ魔女だと罵り責め立てるから、その所為で精神が不安定になり、魔力が制御できなくなってしまうんだと。それで、この状態に陥るのは特に女性の魔法使いに多いのだとか。……兎に角、そういう研究結果が出たらしい」
「え……? それなら……」
「ああ。全くもって、あんたたち魔女に非はないということになる。寧ろ被害者だ」
「そんな……」
「けどな……それが公になれば、当然自分たちの立場が悪くなるわけだ。だから、奴らはその研究結果を発表せず、このまま闇に葬るつもりなんだろうな」

 冗談じゃない、と思った。グレンの話が本当なら、そもそも、魔力を持たない人間が魔法使いを迫害したことが原因なのに……彼らはその罪を認めないどころか、隠蔽するつもりなのか。

「あんた、名は?」
「スカーレットです」
「そうか。……スカーレット。もし、あんたが死刑になるのだとしたら……出来ることなら、助けてやりたい。だけど、見ての通り、俺は何の力も持たない囚人だ」
「グレンさん……」
「でも、励ましてやることはできる。『魔女』であることを恥じるな。負い目を感じるな。胸を張れ。そして……最後まで希望を捨てるな」

 グレンはそう言い終えると、「諦めて無気力な生活を送っていた俺が言えた義理じゃないけどな」と付け加えた。

「……不思議なことに、あんたと話してたら、『いつかここを出て、また彼女に会いにいくぞ』っていう気力が湧いてきたんだ。何でだろうな」

 グレンは私が眠りに落ちるまでの間、ずっと話し相手になってくれた。
 恐らく、彼と私は同年代だろうし、向こうも年齢が近いと話しやすかったのだろう。
 ルークス以外の人間とこんなに喋ったのは、随分久しぶりだ。





 二日後。
 けたたましい看守の呼び声に気付き、私は目を覚ました。

「お早うございます、スカーレット・クラウン。本日、貴女の処刑が執行されることになりました。今回は昨日行われた処刑と同様、広場での公開処刑となります。時間がきたら、私が処刑執行場まで案内致しますので、それまでに諸々の準備をしておいて下さい」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 疑惑がかかっているとは言え、裁判もやらずに突然処刑なんですか!?」
「申し訳ありませんが、ご質問にお答えすることは出来ません」

 取り乱す私に向かって、看守は冷たくそう言い放った。
 魔法暴発事件を起こした魔女は、結局処刑されてしまったようだが、大量に人を殺してしまった彼女ですら、きちんと裁判を行ったと聞いた。
 それなのに、一体どうして……?

「そ、そんな……」

 私はそう呟くと、力なく膝を折りその場に座り込んだ。

「ルークス……」

 無意識に、今は隣にいない愛しい人の名前を呼んでいた。
 きっと、ルークスは今頃、血眼になって私を探しているだろう。
 彼は、私が異端審問官に連れ去られたことに気付いただろうか……。





 日が暮れた頃、朝方私のところにやって来た看守が迎えにきた。
 まず、看守は私の手を拘束した。私たち魔法使いは、基本的に手を使わないと魔法が使えない。
 きっと、看守も細心の注意を払っているのだろう。それが済むと、案内役の看守は私の背中を強く押し、強引に牢屋の外に出した。
 看守に背中を押されながら、グレンがいる牢屋を通り過ぎた瞬間──突然、名前を呼ばれた。
 思わず振り返ると、グレンが悲痛な表情で鉄格子を握りしめ、私を見つめていた。そして、彼はもう一度私の名前を叫んだ。

「スカーレットッ!」
「グレンさん!」
「くそっ……! 結局、俺は見ていることしか出来ないのか……!」
「グレンさん! 私、ずっと自分が魔女であることに負い目を感じていたんです! でも、あなたが励ましてくれたお陰で、最後に自信が持てました! 本当に……本当にありがとう!」

 私は後ろを振り返りながら、グレンに精一杯感謝の気持ちを伝えた。

「スカーレット……!」

 その言葉を聞いたグレンの顔がくしゃりと歪んだ。
 そして、彼は涙を流しながら頷き、微笑んでくれた。

 グレンさん。短い間だったけれど、話し相手になってくれてありがとう。
 もっと違った出会い方が出来ていたら、あなたとはいい友人になれたかも知れない。
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