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3.魔女と事件

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 それから、八年の歳月が流れた。
 小柄な子供だったルークスは、いつの間にか私よりも身長が高くなり、眉目秀麗な好青年に成長した。さらに、魔法の腕も一流だ。
 魔力を持つ人間は、十代後半から二十代前半程度まで成長すると、大体その後は老化の速度が緩やかになる。
 きっと、ルークスも私と同じように若々しい姿を保ったまま年齢を重ねていくのだろう。
 そう考えると、「本当にこれで良かったのだろうか?」と罪悪感にも似た感情が湧いてくる。

 ルークスは魔法使いの特徴である赤い髪や緑の瞳を持っていないし、今のところ、人前で魔法を使ったこともない。
 だから、精々『魔女と同棲する物好きな男』くらいの扱いしか受けていない。
 村人たちは、何年経っても変わらず少女の姿をしている私のことを人外呼ばわりし、酷く罵った。今度はその矛先がルークスに向かないことをただ祈るばかりだ。

「お主、随分と背が伸びたのう……。出会った頃はあんなに小さかったのに、月日が経つのは早いものじゃ」

 そう言いながら、私はルークスの頭に手を伸ばし、髪をくしゃっと撫でる。

「お師匠様、僕はもう十八歳ですよ? そうやって、いつまでも子供扱いしないで下さい」
「そう言われても……妾にとって、お主は息子みたいなものじゃからのう」
「息子……ですか。やっと、大人になって貴女に追いついたのに。それでも、貴女は僕を息子としか思ってくれないんですね……。そりゃあ、確かに年の差はあるけれど……見た目はどう見ても同年代のカップルだし、村人たちからも恋人同士だと思われているのに……」

 私は、何やら俯き加減にぶつぶつ独り言を呟いているルークスの顔を覗き込む。
 あまりにも小さい声だったため、よく聞き取れなかったが、どうやら彼は『息子みたいなものだ』と言われたことが不満だったらしい。
 ルークスは私の愛弟子だけれど、同時に我が子のような存在でもある。それが不満だと言われても……それ以外に、彼をどんな風に思えばいいのか。
 出来たら、早く私の元から巣立って欲しいと願っているのだが、ルークスは「まだまだ、ここでお師匠様のお世話をしたいんです。育てて貰った恩を返させて下さい」と言って譲らない。
 正直、早く嫁を貰って、生まれた子供の顔を見せてくれたほうが余程親孝行になると思っているのだが……どうも彼にその気はないらしく、あわよくば一生ここにいるつもりのようだ。
 自分を慕ってくれるのは嬉しいが、「一生ここにいる」と宣言されるのは困り物だ。
 そんなことを考えていると、彼は突然顔を上げ、真剣な面持ちで私を見据えた。

「ルークス……?」
「お師匠様。疲れていませんか?」
「え……いや、大丈夫じゃぞ……って!?」

 そう返すと、ルークスは驚いて声を上げる私を横抱きし、そのまま歩き始めた。

「せめて、村に着くまでこうさせて下さい」
「全く、お主という奴は……。大丈夫だと言っておるのに……」

 今日は朝から二人で近くの森に兎狩りに出掛けていて、確かに少し疲れているのだが……実年齢が三十路過ぎの女を、こんな風に若い男がお姫様のように抱えるのは如何なものか。

「おい、聞いたか? 例の魔女の話……」
「ああ、隣町の魔女が起こした事件だろ?」

 村に着き、畦道あぜみちを歩いていると、不意に道端で話している二人の男たちの会話が聞こえてきた。

「なんでも、突然魔法が暴発したらしく、多くの死傷者が出たんだとさ。その魔女は拘束されて、今牢屋に入っているみたいだが……」
「魔法が暴発……? 何だそりゃ。その魔女がわざと事件を起こしたんじゃないのか?」
「俺もそれを疑ったんだが、当人は『自分の意思でやったわけではない。勝手に魔法が発動してしまった』と供述しているそうだ」

 どうやら、隣町で大変な事件が起こったようだ。
 自分と同じ魔女が起こした事件だけに、他人事ではない。

「こりゃあ、各地で『魔女狩り』が始まるかも知れないな」
「魔女狩り?」
「ああ。今朝、祖父さんが言っていたんだけどさ……祖父さんが若い頃にも、同じような事件があったらしいんだ。その時、魔女の暴走を恐れた人たちが一致団結して、各地の魔女を手当たり次第に密告したんだとさ。まあ……一応裁判を行うとは言え、密告された魔女はほぼ処刑を免れなかったそうだが」
「へえ……知らなかったよ。そんな事件があったんだな」
「きっと、その所為で余計に女の魔法使いへの風当たりが厳しくなったんだろうな……おっと」

 私たちがその男たちのそばを横切ると、彼らは会話を中断してそそくさとその場から去っていった。
 魔女狩りか……。私も子供の頃、その事件のことを母から聞いたことがある。原因は未だ不明だが、ごく稀に、自分の意思とは関係なく魔法を暴発させてしまう魔女がいるらしい。
 当時の魔女は、運悪く異端審問官に捕まったが最後。有無を言わさず、魔女裁判にかけられた。
 その場合、ほとんどが有罪となり、残虐な方法で処刑されてしまったらしい。
 そんな悲しい出来事が、今から六十年ほど前に実際にあったのだ。

「…………」
「──お師匠様」
「……何じゃ?」
「大丈夫です。お師匠様のことは、僕が必ずお守りしますから……。だから、安心して下さい」
「ルークス……」
「絶対に、お師匠様を魔女狩りの犠牲者なんかにさせません。この命に代えても……」

 ルークスはそう言ってキッと眉を吊り上げると、何かを決心した様子で遠くを見つめた。
 私は、自分を守ると言ってくれた愛弟子に頼もしさを感じる反面、自身の先行きに不安を感じずにはいられなかった。
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