疎まれ魔女は愛弟子に偏愛される

彼岸花

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1.道化の魔女と家出少年

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「さあ! 用が済んだら、早くこの店から出ていってくれ!」
「ああもう、わかった! わかったから、そうやって強く背中を押すな! 自分で歩けると言っておるじゃろ!」

 大柄な店主の男に背中を押され、無理やり店外に押し出された私は声高にそう訴えた。

「ま、悪く思わないでくれ。俺も、あんたに直接恨みがあるわけじゃないんだが……あんたと少しでも仲良くすると、村八分に遭っちまうからさ」

 店主の男は私にそう耳打ちすると、くるりと背中を向けて自分の店に戻っていった。
 本当は、買い忘れたものがあるのだが……あの様子だと、再度店を訪れても迷惑がられるだけだろう。

「はぁ……相変わらず、この村は魔女に冷たい人間ばかりじゃのう」

 とぼとぼと路地裏まで歩いてきた私は、壁に背を預け、空を仰ぎながらぽつりとそう呟く。
 あの男が言った通り、私──スカーレット・クラウンは、れっきとした『魔女』だ。
 この世界には、魔法を使える人間がごく僅かしかいない。
 五百年ほど前までは、魔法を使う事が当たり前の世の中だったそうだ。けれど、年々魔法使いの数は減っていき、今ではほんの一握りしか残っていないのだ。
 そして──特に女性の魔法使いである『魔女』は、人々から邪悪な存在として認識されており、忌み嫌われている。
 その為、私は日頃から先程のような邪険な扱いを受けているのだ。

 うちの家系は、何故か先祖代々魔力が衰えることなく、私にもその魔力が受け継がれている。
 唯一の家族である母は、私が十五歳の時に病気で死んでしまった。それ以来、私はこのアルヴィスという小さな村で、迫害されつつも何とか生きてきた。
 村で暮らし始めた当時の私は、兎に角『魔女』の悪いイメージを払拭しようと必死だった。そして、私はいつの頃からか、人前で道化師のように戯けた振る舞いをしたり、変わった喋り方をして『明るい魔女』を演じるようになった。
 だが、結果は惨敗。普段からそんな風に村人と接していた所為か、逆に『村外れに頭のおかしい魔女が住んでいる』と噂になり、余計に事態が悪化してしまったのだから、皮肉なものだ。

 ちなみに、私が気味悪がられている原因はこの外見にもあるようだ。
 魔法が使える人間は、赤い髪や緑の瞳を持って生まれてくることが多いのだが(例外もあるが)、村人曰く、それがまた気味の悪さに拍車をかけているのだそうだ。
 見事に両方の条件を満たしている私は、人々に恐怖心を抱かせるのに十分な容姿をしていた。

「何か面白いことでも起こらないかのう」

 ひたすら人生に悲観していても仕方がないので、私は普段からこうやって『面白いこと』を探している。
 ただ……今のところ、そんな出来事に遭遇したことはない。自分の人生は、何の楽しみもなく、ただ迫害されるだけで終わってしまうのだろうか?
 仕方がないことだと受け入れつつも、そう考えると何だか悲しい気分になってくる。

「おい、待て! このガキ!」

 突然、怒号が聞こえ「一体何事だ」と思っていると、小柄な銀髪の少年が全速力で路地裏に入ってきた。
 呆気にとられていると、少年は路地裏に置いてあった木箱の裏でしゃがみ込み、そのまま身を隠した。

「おい、あんた! ……って、なんだ。道化の魔女のスカーレットじゃねぇか」

 目の前で軽く舌打ちをしながら私を睨んできた男は、青果店の店主。
 彼の言う『道化の魔女』とは、私の通り名だ。疎まれるだけに留まらず、いつの間にか村人の間で変なあだ名までつけられていた。

「なんだ、とはあんまりな言い方じゃのう。わらわがここにいたら、いかんかの?」
「ちっ……まあ、この際お前でもいい。ここにガキが一人来なかったか?」

 そう尋ねられ、何となくあの少年の事情を察した。
 ああ、そう言えば両手で何かを抱えていたな。恐らく、あの少年は青果店で盗みを働いたのだろう。
 ここで正直に答えて、少年を店主の前に突き出すこともできるが……さて、どうしようか。

「はて? 妾はずっとここにおったが、子供など通らなかったぞ?」
「本当か? 怪しいな。……嘘じゃないだろうな?」
「はぁ……全く、疑り深い奴じゃのう。妾ほどの正直者も、そうおらんじゃろうて。ところで、お主。妾と話していていいのか? 村八分にされるぞ。『青果店の店主が道化の魔女と仲良く話していた』なんて噂が広まったら、お主とて困るじゃろ?」
「くっ……それはそうだが……」

 青果店の店主は私の忠告を聞くと、歯切れの悪い返事をしつつも、路地裏を出ていった。

「……もう大丈夫じゃぞ」

 そう声を掛けると、木箱の裏に隠れていた少年が怖ず怖ずとした様子で顔を出し、私の目の前まで歩いてきた。
 その小さな手で、大きな林檎を大事そうに抱えている。

「あの……ありがとうございます。お姉さん」
「いやいや、礼には及ばぬ。妾とて、気まぐれで助けただけじゃからのう」
「気まぐれ……ですか……」

 少年は少ししょんぼりした表情でそう返した。
 ほんの冗談のつもりだったのだが、この少年は本気にしてしまったようだ。

「冗談じゃ。そんな顔をするな。それと、お主。この辺じゃ見かけない顔じゃが……何か事情があって盗みを働いたんじゃろ?」
「……はい」

 少年はこくりと頷くと、こうなった経緯を話し始めた。
 この訳あり少年は、ルークスという名前らしい。先日、十歳になったばかりなのだそうだ。
 元々は隣町に住む中流家庭の子供だったらしく、父親とその後妻である継母と三人で暮らしていたそうだ。
 けれど、その継母がとんでもない女で、ルークスを毎日のように扱き下ろし、虐待を繰り返していたらしい。
 それに耐えられなくなったルークスは、このアルヴィス村に命からがら逃げてきたのだと語った。
 よく見ると、体のあちこちに痣がある。どうやら、彼が言っていることは嘘ではないようだ。

「ふむ、なるほど。それで、空腹に耐え兼ねて盗みを働いたというわけじゃな」
「はい……ごめんなさい」
「謝る相手は妾じゃなくて、あの店主じゃ。じゃけども……あの店主は気性が荒いからのう。素直に謝りにいけば、何をされるかわかったものではない」
「…………」
「じゃから……その林檎は、後で妾がこっそり返しておく。それでいいな?」
「……! はい、ありがとうございます!」

 ルークスは申し訳無さそうな顔をしてお辞儀をすると、盗んだ林檎を手渡してきた。

「よし、いい子じゃ」

 私がルークスの頭を撫でると、彼は恥ずかしそうに頬を薄紅色に染めた。

「ところで、ルークス。お主、これからどうするつもりなんじゃ?」
「それは……」

 そう尋ねると、ルークスは顔を曇らせてしまった。
 案の定、行く宛がないらしい。「意地悪な継母の元に帰るくらいなら、死んだほうがましだ」とでも言いたげな表情をしている。

「そうじゃな……行く宛がないなら、妾のところに来るか?」
「えっ……いいんですか?」
「勿論じゃ。その代わり、たくさん働いて貰うことになるがのう?」
「はい! 任せて下さい! 僕、家事でも力仕事でも、何でもやります!」

 私は目を輝かせながらそう叫ぶルークスに、にっこりと微笑んでみせた。

「よし、いい心意気じゃ! 覚悟せい!」

 世間から見れば、これは立派な『誘拐』になるのだと思う。けれど、私はどうしてもルークスを放っておくことができなかった。
 きっと、彼の境遇を自分の境遇と重ね合わせている所為だろう。

「あの……お姉さんの名前、教えて貰ってもいいですか?」
「ん? 妾か? 妾は──」

 ルークスは先程から、私を『お姉さん』と呼んでいるのだが、そう呼ばれるのはどうも気恥ずかしい。
 と言うのも、私は実年齢がもう二十七歳だというのに、外見は十七歳頃から全く変わっていないからだ。
 ただ、これは別に私に限ったことではなく、魔力を持つ人間全員に言えることだ。
 昔、その理由を母に聞いたことがあるのだが……どうやら、魔力を持つ人間は、自身が持つ魔力の影響で老化が遅い傾向があるらしい。
 きっと、ルークスは私のことを少し年上のお姉さん程度に思っているのだろう。

「妾の名は、スカーレット・クラウン! 世界に名を轟かせる大魔女じゃ!」
「魔女……!? スカーレット様は、魔女なんですか!?」
「いかにもっ! ……って、ルークス。お主、妾が怖くないのか? 人々が恐れ、疎んでいるあの魔女なんじゃぞ……!?」
「全然、怖くないです! 魔法が使えるなんて、格好いいです!」
「……魔女が怖くないなんて、お主も相当変わり者じゃのう」
「えへへ!」

 ルークスは、魔女である私のことを「格好いい」と言い、羨望の眼差しを向けてきた。
 全く、変わり者にも程がある。でも、悪い気はしない。
 誰かに褒められたのなんて、随分久しぶりだったから……。

 ──こうして、私とルークスの奇妙な共同生活が始まった。
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