ニート 終末 人間兵器

沢谷 暖日

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終章 それはきっと最善の未来

005

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 私に意識が戻った時、最初に感じたのは身体が重い、ということだった。
「…………?」
 私は、今、なにをしているのだろう。
 記憶の断片を探ると、私には今の状況に困惑を覚えてしまう。
 私は体を完全に『会者定離システム』に乗っ取られたはずだった。
 今頃私は、敵国の戦闘機と戦っていなければおかしい。なのに……どうして?
 それよりも、ここは一体どこなのだろう。
 辺りには争いの跡が多く残っている。恐らくここは普通の住宅街だったのだろう。今はもう見るも無惨な瓦礫地帯と化している。
 私はきっとこの場所で今まで戦っていたのだと、それを思わせる傷が私の体にはたくさん刻まれていた。抉れた肌からは、私の中身が見えていて、私の体があと何日も持ちそうにないのは明確に理解することができた。栄養が足りていないのか、呼吸もまともに循環してないければ、手足が思うように動かない。そもそも機械が埋め込まれた私の体は重すぎた。
 だが、何もしない訳にもいかない。とりあえず動こう。どこかへ向かおう。
「成瀬、くん……」
 私の口が、つい彼の名前を衝く。
 私は確か、また会いにいくと、彼に書き置きをしたはずだった。
 今となっては遅いかもしれない。だけど、今は彼の家に向かおうと思う。
 しばらくして理解したのがここが宮崎市の中心地であるということ。ただでさえ宮崎は田舎なのに、見るも無惨な景色なっていることに私は驚きを隠せなかった。
 だが宮崎にいる、ということならこちらとしても都合がよかった。時間をかければ成瀬くんの家に到達できる可能性があったからだ。私は一時間に2キロほどペースで歩き続けると日が沈む頃に成瀬くんの住む住宅街へと辿り着いた。この辺りはまだ被害を受けていないらしく、平和な空気が流れている。
 チャイムを鳴らしてみたが、誰も応答しなかった。玄関に鍵がかかっていなかったので私は恐る恐ると中に忍び込んで「だれかいませんか?」と声を飛ばす。だが返事はない。
 靴がほとんど無いのを見るに、恐らく避難をしているのだろう。
「……おじゃまします」
 と。私はすぐに成瀬くんの部屋へ向かった。
 階段を一つ一つ上るだけでも、えらい体力が消費される。
 数十分ほどで彼の部屋には辿り着いたが、中には当然のように誰もいなかった。
 だが、机上に書き置きのようなものがある。それは私宛への手紙だった。
『これを読んでくれている人が、桜庭霧子さんであることを前提に僕は話を進める。
 今の霧子さんは人間としての機能を取り戻していると思う。もしそうだとすれば、霧子さんに働く会者定離システムが解除されている。そして今は多分、僕が霧子さんの代わりに兵器として日本のどこかで暴れ回っている。
 だけど霧子さんは、僕たちが二人で笑い合っている未来を見たんだよね。
 それならきっと大丈夫。僕たちはまたきっと会える。
 また会おう。近いうちに、また。
 その時、今度こそちゃんと伝えたいことがあるんだ。
 最後に、ありがとう。僕の家まで来てくれて。
 書き置きの約束を守ってくれて、ありがとう』
          ※
 僕に意識が戻った時、最初に感じたのは霧子さんに会いたい、ということだった。
 僕が目覚めたのは風景こそは変わってしまったが僕の家の近くであった。つい先まで戦闘があったのか、奥の家はパチパチと炎を上げて燃えていた。僕は重い体を起こして我が家へと向かう。
 目的地には数時間で辿り着き、玄関を抜けると、リビングから人の気配を感じた。
 僕は駆け足気味にリビングに向かい、そこにいた一人の人物。
 霧子さんに、ずっと伝えたかった思いを投げつけた。
「霧子さん! 僕は君が好きだ!」
 やっと言えた。やっと伝えられた。
 霧子さんは照れ笑いをして、僕は今更ながらにして抱いた疑問を彼女に問うた。
「ねぇどうして、僕たちは今、普通に会話できてるの?」
「私もよくは分からないけど、空襲が施設を巻き込んだ。だからシステムごと壊されてしまったんだ。私にはそれ以外考えられないかな。まぁ詳しく調べるようなことはしないよ。事実を見てしまったら、過去の自分がこの未来を予知してしまうからね」
「そっか。霧子さんが予知できるのは、目で見たことだけ、だったもんね」
「そう。そこでさ、良いことを思いついた」
「良いこと?」
「うん。一矢報いたいなって。私の両親にさ」
 霧子さんは悪戯っぽい笑みを浮かべると、僕の体を抱きしめた。
 冷たいはずの兵器の体からは、確かに彼女の温かみを感じる。
「もう、私たちの命は長くない。だからもう、ずっと楽しい話をしよう」
「たとえば?」
「私も成瀬くんが大好き、とか」
「……確かにそれは、すっごく楽しいね」
 空は青く、太陽は燦々と照り付けている。
 小鳥のさえずり、セミの合唱、戦闘機の爆発音。
 それを聞きながら、僕らは決して見ようとはしなかった。
 ただお互いに、お互いの顔を見て、笑い合う。そして他愛もない話を始めた。
 その身が朽ち果てるまで。いつまでも。いつまでも。
 いつまでも──。
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