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第1章 強くてカワイイ魔法使い
第7話 母親
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ドロシーさん宅へと舞い戻ると──。
「忘れ物でしょうか?」
真っ先に、ちょうど近くを通ったメイドさんが声をかけてきた。
私は「いや」と首を横に振りながら、少しの思案ののち問いを投げる。
「あの。……ドロシーさんの母親とお話って、出来ますか?」
今、私はドロシーさんに会うべきではない。
彼女に干渉せずに何かしてあげられることは、母親の説得だ。
ドロシーさんは森の件で、母親に怒られたと、そんな様子だった。
けれど少なくとも今回は私が悪いわけで、ドロシーさんは怒られる立場に無い。
その誤解を解き、ドロシーさんが悪くないということを、私は伝えたかった。
「分かりました」
メイドさんは訝しみつつも「少しお待ちください」と、私の前を立ち去る。
「…………」
私がドロシーさんに出来そうなことと言えば、これくらいしか無かった。
もしかしたらこれが、余計なお節介になるかもしれない。
それでも、何もしないよりかはマシだと自分に言い聞かせる。
それに、明日から私は、彼女と王都に行くのだ。
彼女には、後腐れなく王都へ旅立って欲しい。
「お客さま」
……と、考えてるうちに、メイドさんが戻ってきたようだ。
「こちらへ」
そのまま私は、メイドさんに一階の奥へと案内される。
その部屋は、どうやら客間のようだ。
部屋の中はやはり、煌びやかな装飾が並んでいる。
肝心のドロシーさんの母親は、部屋の中央にあるソファーから鋭い眼光で私に睨みを与えていた。彼女はドロシーさんの風貌を思わせる美麗な容姿をしていたけれど、その冷ややかな表情からは、恐ろしいほどに何も感じられなかった。
私は少し尻込みしながらも、震える声を飛ばす。
「は、初めまして。クロエ・サマラスと、いいます」
「あなたがドロシーの級友ですね? とりあえず掛けてください」
彼女は、自身と対面になったソファーを指し、座ることを促した。
一礼と共に腰を下ろした私は、ローテーブルを挟み対面となる。
そして彼女は溜息を一つ吐き「それで」と二の句を継いだ。
「どのような用ですか?」
問われ、今更ながら何を言えばいいのか考える。
『怒らないでください』は直接的だし。
『ドロシーさんのこと誤解しないでください』も伝わりにくい。
私は少し時間を要したのち、ゆっくりと口を開いた。
「さっき。ドロシーさんとは、どんな話をされてたんですか?」
「あぁ、それですか。先ほど学園の教師から、ドロシーとその級友がドラゴスネークを討伐したと、そう通達を頂いたので、それについて話をしただけです」
「え? ……それだけ、ですか?」
私は虚をつかれたような声を出してしまう。
だって、むしろそれじゃあ、褒められそうなものじゃないか。
「えぇ、それだけですよ。……ほんとに何をしているんでしょうね、ドロシーは。そんな魔物討伐なんてはしたない真似を……」
「え、でも、ドラゴスネークですよ? それは、凄いことじゃないんですか?」
「いえ、ドロシーは一般人とは違います。貴族とも関わりがあるアミア家の者がそんな真似をすれば、アミア家の心象というものは大幅に変わってくるのです。ドロシーは自らの行動に責任を持たなければないのです」
彼女は淡々と告げた。
金持ちの考えはよく分からない。
一見、ドロシーさんに怪我を負って欲しくない、そんな母親にも見える。
だけど私は、喉に引っかかりを覚えていた。
そしてその引っかかりは、耐えきれなかったかのように吐き出される。
「ドロシーさんの頬、赤かったんですけど。何か、したんじゃないですか?」
私は問うてから後悔した。
これは流石に、攻めすぎた問いだったかもしれない。
何か、逆鱗に触れなければ良いけど。
と、思っていたが──。
「えぇ、しましたよ。アミア家の名を汚すことは恥ですからね。二度とこのようなことが起こらないようにするためのしつけですよ」
返ってきた言葉は、やけにあっさりとしていた。
その悪びれない様子に、私の頭に血が昇るのを感じる。
「叩いたんですか? 赤かったといっても、異常な赤さでしたよ?」
「いいえ? 火で炙ったんですよ」
────え?
「いえ、魔物討伐をしたからってそこまでしませんよ。普段だったら叩いて終わりです。……ですが、王都にはもう行かせないと言ったのに、聞かなかったものですから。王都では学業を更に学びに行くというから、許可をしていたのに。そんなことをされたら──」
「え、いや。待って……。いま、火で炙ったって……?」
「あぁ、大丈夫ですよ。あの程度の火傷ならドロシーは簡単に癒せますから」
言葉が出なかった。出せなかった
こんなのが、ドロシーさんの母親?
「明日の学園の卒業式以降は、家から出させないつもりです。これ以上、家の名を汚されてはたまったものではありませんからね」
そう言うと、彼女は初めて笑った。
「今日は私の子を心配してくださり、ありがとうございます。それでは」
立ち上がると、彼女は平然と部屋を後にした。
私は結局何も言えずに、現実逃避のように、ただその場で固まっていた。
でも、どんなに現実から目を背けても、逃避しきれない部分が一つあって。
それは明日、ドロシーさんは王都へ行くことができないということだ。
ほんとに。私が今日、森にさえ行かなければ、こんなことにはならなかったのに。
「……お客様、外へとご案内いたします」
暗い表情のメイドさんはバツが悪そうに、私を外へ案内した。
何も言えずに、何も出来ずに、何も変えられずに。
私にはこれ以上に、何があるのだろう。
もう夜だった。
「忘れ物でしょうか?」
真っ先に、ちょうど近くを通ったメイドさんが声をかけてきた。
私は「いや」と首を横に振りながら、少しの思案ののち問いを投げる。
「あの。……ドロシーさんの母親とお話って、出来ますか?」
今、私はドロシーさんに会うべきではない。
彼女に干渉せずに何かしてあげられることは、母親の説得だ。
ドロシーさんは森の件で、母親に怒られたと、そんな様子だった。
けれど少なくとも今回は私が悪いわけで、ドロシーさんは怒られる立場に無い。
その誤解を解き、ドロシーさんが悪くないということを、私は伝えたかった。
「分かりました」
メイドさんは訝しみつつも「少しお待ちください」と、私の前を立ち去る。
「…………」
私がドロシーさんに出来そうなことと言えば、これくらいしか無かった。
もしかしたらこれが、余計なお節介になるかもしれない。
それでも、何もしないよりかはマシだと自分に言い聞かせる。
それに、明日から私は、彼女と王都に行くのだ。
彼女には、後腐れなく王都へ旅立って欲しい。
「お客さま」
……と、考えてるうちに、メイドさんが戻ってきたようだ。
「こちらへ」
そのまま私は、メイドさんに一階の奥へと案内される。
その部屋は、どうやら客間のようだ。
部屋の中はやはり、煌びやかな装飾が並んでいる。
肝心のドロシーさんの母親は、部屋の中央にあるソファーから鋭い眼光で私に睨みを与えていた。彼女はドロシーさんの風貌を思わせる美麗な容姿をしていたけれど、その冷ややかな表情からは、恐ろしいほどに何も感じられなかった。
私は少し尻込みしながらも、震える声を飛ばす。
「は、初めまして。クロエ・サマラスと、いいます」
「あなたがドロシーの級友ですね? とりあえず掛けてください」
彼女は、自身と対面になったソファーを指し、座ることを促した。
一礼と共に腰を下ろした私は、ローテーブルを挟み対面となる。
そして彼女は溜息を一つ吐き「それで」と二の句を継いだ。
「どのような用ですか?」
問われ、今更ながら何を言えばいいのか考える。
『怒らないでください』は直接的だし。
『ドロシーさんのこと誤解しないでください』も伝わりにくい。
私は少し時間を要したのち、ゆっくりと口を開いた。
「さっき。ドロシーさんとは、どんな話をされてたんですか?」
「あぁ、それですか。先ほど学園の教師から、ドロシーとその級友がドラゴスネークを討伐したと、そう通達を頂いたので、それについて話をしただけです」
「え? ……それだけ、ですか?」
私は虚をつかれたような声を出してしまう。
だって、むしろそれじゃあ、褒められそうなものじゃないか。
「えぇ、それだけですよ。……ほんとに何をしているんでしょうね、ドロシーは。そんな魔物討伐なんてはしたない真似を……」
「え、でも、ドラゴスネークですよ? それは、凄いことじゃないんですか?」
「いえ、ドロシーは一般人とは違います。貴族とも関わりがあるアミア家の者がそんな真似をすれば、アミア家の心象というものは大幅に変わってくるのです。ドロシーは自らの行動に責任を持たなければないのです」
彼女は淡々と告げた。
金持ちの考えはよく分からない。
一見、ドロシーさんに怪我を負って欲しくない、そんな母親にも見える。
だけど私は、喉に引っかかりを覚えていた。
そしてその引っかかりは、耐えきれなかったかのように吐き出される。
「ドロシーさんの頬、赤かったんですけど。何か、したんじゃないですか?」
私は問うてから後悔した。
これは流石に、攻めすぎた問いだったかもしれない。
何か、逆鱗に触れなければ良いけど。
と、思っていたが──。
「えぇ、しましたよ。アミア家の名を汚すことは恥ですからね。二度とこのようなことが起こらないようにするためのしつけですよ」
返ってきた言葉は、やけにあっさりとしていた。
その悪びれない様子に、私の頭に血が昇るのを感じる。
「叩いたんですか? 赤かったといっても、異常な赤さでしたよ?」
「いいえ? 火で炙ったんですよ」
────え?
「いえ、魔物討伐をしたからってそこまでしませんよ。普段だったら叩いて終わりです。……ですが、王都にはもう行かせないと言ったのに、聞かなかったものですから。王都では学業を更に学びに行くというから、許可をしていたのに。そんなことをされたら──」
「え、いや。待って……。いま、火で炙ったって……?」
「あぁ、大丈夫ですよ。あの程度の火傷ならドロシーは簡単に癒せますから」
言葉が出なかった。出せなかった
こんなのが、ドロシーさんの母親?
「明日の学園の卒業式以降は、家から出させないつもりです。これ以上、家の名を汚されてはたまったものではありませんからね」
そう言うと、彼女は初めて笑った。
「今日は私の子を心配してくださり、ありがとうございます。それでは」
立ち上がると、彼女は平然と部屋を後にした。
私は結局何も言えずに、現実逃避のように、ただその場で固まっていた。
でも、どんなに現実から目を背けても、逃避しきれない部分が一つあって。
それは明日、ドロシーさんは王都へ行くことができないということだ。
ほんとに。私が今日、森にさえ行かなければ、こんなことにはならなかったのに。
「……お客様、外へとご案内いたします」
暗い表情のメイドさんはバツが悪そうに、私を外へ案内した。
何も言えずに、何も出来ずに、何も変えられずに。
私にはこれ以上に、何があるのだろう。
もう夜だった。
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