ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

文字の大きさ
上 下
42 / 47
ハッピーエンドにするために

黒幕

しおりを挟む
 ミリアが死ぬ理由。
 それは、とても残酷なもので。
 同時に、抗う事が到底できそうにない。そういうものだった。
 どうしようもない。本当にどうしようもない。
 日記の最後のページを開け放しにしたリリィは、何も分からない状態のままだ。

 ──蘇生術……か。

 逆五芒星の上の、鉄の箱。
 それをリリィは、刺すように見る。
 中にあるのは、冷凍にされたミリアの母──サリーの死体。
 デーヴィドは蘇生術と呼んでいたが違う。これは人体錬成だ。
 悪魔の力を借り、降霊術を駆使し、死者の魂を呼び寄せるその行為。
 けれど。そんなこと、人を生き返らせる事など。やってはならない。
 第一、その魂が生まれ変わっていたら、どうしようもないのだ。

 しかし、デーヴィドは確信していたのだろう。
 病気で死んだサリーの魂は、未だ現世を彷徨い続けている、と。
 実際その通りではあったのだ。

 ──だから、どうしてもミリアは死ぬ。

 リリィは、箱の前に歩み寄る。
 それを開く事は、可能であろう。
 しかし、開く気など無かった。
 箱の中に広がる光景が、とても残酷な物だと分かっているからだ。
 わざわざそれを見て、不快な想いになる必要も無い。

 ──これから。どうすればいいのだろうか。

 今回はもう、特に進展も無く終わるだろう。
 だが、次から。何を、どうすれば。

 ──とりあえず、ここを出よう。

 今、考えることではないか、と。
 外へ出ようと踵を返したその瞬間。

「え……?」

 リリィの身体が麻痺した様に動きを止めた。

「あれ?」

 一切も。
 動かしたくても、動いてくれない。
 すぐに察した。これは魔法で縛られている、と。

 ──部屋に仕掛けられた罠?

 こんなことをしている部屋だ。そんなものがあってもおかしくはない。
 そう考えたが。その考えはすぐに否定された。
 目の先にある、梯子。
 その先にある扉が、ゆっくりと開かれたのだ。
 次いで、

「あぁ。私の魔力に何かが触れていると思ったが」

 野太い男声──デーヴィドの声。
 それが、扉の先から飛んできた。飛んできてしまったのだ。
 姿を現した彼は、梯子を力ない様子で降りてくる。

 ──早い。どうして。

 まだ一時間も経ってはいなかった。
 帰ってくるには、早すぎる。
 部屋に漂うデーヴィドの魔力に、リリィが触れすぎた。
 それにデーヴィドは気付いてしまったのだ。

「まさか。不法侵入者がいたとは、迂闊だった」

 身体は未だに動かない。
 しかし顔は動く。だが、震えた口からは何の言葉も出やしない。
 身体も震えそうなくらいに怖いのに、全く震えないことに違和感すら覚えていた。
 けれど、同時に。リリィはデーヴィドに怒りを抱いた。
 なぜなら。こいつがミリアが死んでしまう原因だからだ。

「残念だ。ミリアだったら、殺しはしなかったのに」

 デーヴィドは冷酷に告げる。
 言った意味をそのまま取ると、リリィは今から殺されるということだ。
 もちろん恐怖は覚えたが。しかしそれ以上に、怒りが勝った。
 震えていた口元は、落ち着きを取り戻す。

「誰かは存じ上げんが、君の綺麗な髪と爪を頂こうか」

 ──あぁ。私は今から、こんな奴に殺されるのか。

「だからここは、ありがとう、とでも言うべきかな?」

 ──くそ。くそ。こんな奴に。

 乾いて引っ付いた唇を離す。
 憎しみのこもった声を、デーヴィドにつ。

「許さない。お前を」

 それを聞いたデーヴィドは驚いたように目を丸くし、苦笑した。

「何の事かは知らんが、勝手にしてくれ」
「とぼけるな。ミリアの魂を奪って、別の命を作り出そうとしているでしょ」

「私の選んだ道だ。誰に許されなかろうが、響かんよ」
「お前のせいで。ミリアは……」

 リリィは唇を噛み、絞るような声を出しながらデーヴィドを睨む。
 デーヴィドは納得したように一つ頷いた。

「あぁ、なるほど。君はあの子の友達なのか」

 その言葉にリリィは、首を横に振りながらこう答えた。

「違う。ミリアは……私の、恋人」

 その声は、少し自慢げで、嬉しそうだった。
 ミリアに好きになって貰ったことなんて無いのに。
 自分の想いの大きさをデーヴィドに伝えたかったのかもしれない。

 けれど別にいいと、リリィは思う。
 どうせ、もう死んでしまうのだから。
 みんな忘れる。リリィだけしか覚えられないことなのだから。

 ──こんな見栄くらい、張ってもいいでしょ。

 咄嗟の発言に、デーヴィドは特に驚きもしなかった。

「そうか。君は愛するあの子のために。……だが、私には、愛するサリーがいる。私はサリーのために、あの子の魂を奪う」

 デーヴィドは妻であるサリーのことしか眼中に無い。
 それはつまり。ミリアのことなんて、少しも大切になど思っていないということで。
 リリィは苛立たしさに、目の前のデーヴィドに悪感情を剥き出しに、唾を飛ばす。

「くそ野郎。お前がミリアを大事に思わないなら。どうでもいいって言うんなら。……私が。ミリアを……大事に……」

 リリィは言いながら己の無力さを覚え、ボロボロと涙がこぼれ出した。
 強気だった声の力は、次第に弱まって、最後に跡形もなく消えて。
 残ったのは、リリィの苦しい泣き声だけだった。

「心外だな。蘇生術に必要なあの子を、私が大事にしていないわけないだろう」

 溜息混じりに残酷な言葉を残したデーヴィドは、どこからか鋭利に尖ったナイフを取り出し。
 リリィの胸元に近づけ、的確に心臓部分を刺した。
 その間、彼は躊躇う様子一つも見せなかった。

「がっ──」

 心臓部分を侵食するように、何か毒の様な何かが広がり始める。
 全身にじわじわと染み込み、リリィはもがく事すら出来ずに、ただ苦しむ。
 リリィが一周目の死に際に感じた物と、全くと言っていいほど同じ感覚だった。

 ──意識が、遠い。

 リリィは仮にも女神。
 そんな彼女の心臓が刺されても、死ぬまでには時間を要する。
 だが。こんなにもすぐに意識が飛ぶのは。魔法の力が込められた刃物だからだ。
 呪いの魔法。相手を苦しめるためだけに存在している、呪いの魔法。
 魔法は人を傷つけるためにあるものではない。そういう認識が世間にはある。
 だがデーヴィドは平然と何でもない事のように、リリィに使用してみせた。
 そして──ミリアにも。
 最低で最悪で下劣で卑劣な人間。
 それが、ミリアの父。デーヴィド・フローレス。
 リリィは漸く、それを認識して。理解して。飲み込んだ。

 ──絶対に。絶対に、ミリアを救う。こんな奴から。

 リリィは間も無く絶命という時に、強く、深く。そう想った。

 やはりリリィはどうしようもないくらいに、ミリアのことが大好きらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...