ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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ハッピーエンドにするために

全ての始まり。或いは、全ての元凶。

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       ※



 この世は人が先か、あるいは神か。
 その問いの答えは『神』である。
 この世は神から生まれ、その神はまた、様々な神を作った。
 太陽が生まれ、地面が生まれ、空気が生まれ、水が生まれ。
 そして人が生まれた。

 そして神──この場合は女神だ。
 それが一人増えた時、地上に生成される物。それが女神像である。
 女神像は人工物では無い。超自然的な物である。
 ある日、気付けばそこに存在してあった物。それが女神像。
 街に一つ女神像が存在するのは、その周りを囲うようにして集落が造られたからである。
 この世に女神像は五万と存在している。
 今も見えないところで、突然それが湧き出ているのかもしれない。

 そしてある日、一人の少女が女神となった。
 これは、少しだけ前のお話。
 それでいてかなり前とも言えるお話。


     ※


 あるところにリリィ・ロジャーズという、それはそれは美しい女の子がいました。
 彼女は貧しい村の貧しい家で生まれ、貧しく育っていきました。
 ですが、彼女はその見た目の美しさから周りから妬み僻みの視線を向けられており、また、彼女の親からは虐待を受けていた、とても哀れな女の子でもありました。
 そして、十四歳のある頃。
 彼女は、身体も成長し顔も大人らしさを帯びてきていました。
 それを両親に利用された彼女は、王都へ高値で売られてしまいました。
 彼女を買ったその家はかなり裕福でしたが、しかし良い家庭とはとても言い難いものでした。
 十五歳の誕生日を迎える一日前に、首を括ってこの世を去ってしまいました。

 彼女の人生は、ずっと過酷なものでした。
 ずっと、ずっと。見ていて心が痛むくらいには。
 ですが。彼女を見かねた人物──否、神がいました。
 神は彼女の事を、決して見捨てたりはしませんでした。
 その神はエルシー・ベイリー。時の女神。
 彼女の生まれた村。その場所を守る女神として崇められてきた存在。
 エルシーはずっと、彼女のことを神世界より見ていたのです。
 エルシーは、彼女の魂にこう語りかけました。
「リリィ・ロジャーズ。哀れなあなたに選択肢を授けましょう」と。
 そこで提示してきた選択肢は。
 『時を戻し、記憶を持った状態で、またこの人生をやり直す』。
 『私らと共に、人間界を支える存在として神世界で生き続ける』。
 これら、二つの選択肢でした。
 エルシーは言いました。

「私は普通、人間の魂にこの様な問いはしません。普通の人間の魂なら、きっとただ生まれ変われる事を願って、それで終わりでした。こうしたのは、あなたが笑えないまま。悲しい気持ちのままで。この世を去って欲しくないからです。あなたに希望を与えているのです、もちろん『普通に生まれ変わる』でもいいですよ」

 エルシーは貧しい村を守る女神でありながらも、同時に時の女神を統括する存在でもありました。
 実を言うと、エルシーは後者を選ばせたかったがための、この二択でした。
 エルシーは、リリィの中に流れる魔力の才能、人としての優しさ。それらを見出し、活かしてやりたいと考えていたのです。
 無論、そちらの方がリリィが幸せになれると考えた結果でもあります。
 エルシーの思惑通りに、リリィは悩む事なく後者を選びました。
 彼女にとって言えば、あの生活は記憶を持ったままだろうと二度と繰り返したくはなかったからです。
 それに。自分の見たことのない世界を、リリィは見たかったのです。

 それからリリィは神世界で、女神を目指し学び始めました。
 女神の仕事、すべきこと、してはならないこと。
 様々な事を教えられ、徐々に力を付けていきました。
 魔法も身に付け、初級の物ならどうやら扱いは完璧になりました。
 そして遂に。リリィ・ベイリー。彼女は女神を名乗ることが出来たのです。
 その頃のリリィは、かつて地上にいた時に比べてすっかり明るくなり、エルシーも自分の選択が正しかったのだとホッとし、心から嬉しく思っていました。

 リリィが女神となる。
 それはつまり、ベイリーと名の彫られた女神像が世に生成されるという事です。
 そこに祈りに来た人に祝福を与えるもよし、見守るもよし。
 人の助けになれるということで、リリィは内心はしゃいでいました。
 ですが、一向に人はやってきませんでした。
 それもそのはずです。その女神像は森の中。
 人の目が付きにくい場所にあったのですから。
 女神像は超自然的なもの。その生成場所は、女神にすら分からない。
 考えてみれば、少しおかしな話でした。
 ──女神像の生成場所くらい、自分で決められたらいいのに。
 心の中で愚痴を零しましたが、それに関しては本当にどうしようもありませんでした。

 今日も誰も来ないのだろう。そう思っていた一日の始まりの時。
 カゴをぶら下げた可愛らしい少女が、女神像の元へとふらっと立ち寄りました。
 その少女は、リリィの女神像の汚れを綺麗にしてあげて、林檎を添えてくれたのです。
 後に『私たち家族が幸せになれますように』と少女は女神像にこいねがいました。
 リリィのその少女の様子を眺めて、とても心を打たれました。
 その優しさ、謙虚さ。全てがリリィにはきらきらと眩いものに映りました。
 願った内容もまた『家族』の内容であり、自分と似たものを感じたリリィは、エルシーに尋ねました。

「私の手で、あの子を幸せにしてあげたい。家族を幸せにしてあげたい。私が幸せになれなかった分、あの子を」

 リリィは無意識に、祈った彼女に自己投影をしたのです。
 エルシーは悩みました。
 何せリリィは女神としてはまだ未熟も未熟。
 時の女神にはなれましたが、時の魔法を学ぶのはまだこれからという段階でした。
 そもそも女神という存在は、地上に降りることは滅多にしない。
 遠くから見守ることがほとんど。一々助けに行っていたらキリがないのです。
 ですからエルシーは、リリィが魂になった時にあの様な問いをしたのです。
 だけど今回は、女神像すらも目に付かない場所にあるリリィ。その女神像の本人が席を空けていても、あの場所に立ち寄る人は滅多にいないでしょう。
 いたとしても、そこにある身元すらも分からない女神像に祈る人なぞ到底──。
 だからと言って、送り出してもし失敗でもしたら、それは祈った子供にも悪い。
 しかし、やる気のあるリリィの想いを無下にするのも良くない。
 ただ。統括であるエルシーには。神世界でリリィの面倒を見るならまだしも、地上に降りたリリィの面倒を見る暇など、これっぽちもなかったのです。
 つまりそれは、リリィを見ることのできる者は『ベイリー』の中には誰もいないということでもありました。
 エルシーは悩みました。悩んだ挙句、この様に決めました。

「いいでしょう。その代わりに、あなたが地上に降りている時に限り、一つ魔法を宿しましょう。それは『息絶えた瞬間、地上に降り立った頃に時が戻る』。時を操る条件発動の魔法です。その様な事態になることは無いでしょうが、念の為です。少なくとも、そうすれば祈った子供の願いを叶えることはできるはずです」

 エルシーはこれが最良だと考え、何も疑いはしませんでした。
 最良とはかけ離れた、最悪だと知る由もなく。
 リリィは元気に「はい!」と頷きました。

 地上のお金等の準備を整え、いざ地上に行こうという時。リリィは思い立ちました。
 リリィは魔法には、分かりやすい様に名前を付けていました。
 火なら『ファイヤ』。水なら『ウォーター』。
 少し考えた後に、リリィはその秘密の魔法に名前を付けました。
 秘密である理由は、女神の原則によるものです。
 地上に降り立った女神は、自分を女神だと、神のものだと。
 また、その様な事を匂わせる発言をしてはいけない決まりがあります。
 もしその決まりを破った暁には、神世界に戻った際に神罰が与えられてしまうのです。女神の悪行は、きっと全知全能の神が見ているのだろう。
 だから。この魔法は、秘密の魔法。自分だけが知っている、秘密の。

 リリィは神世界から地上に送り出され、祈った少女の家の前に生まれました。
 暫く玄関の前でウロウロと歩き回っていると、やがて先の少女が家にやってきました。
 ベリーの詰まったカゴを片手に、少し困惑した様子でリリィを見ています。
 リリィは若干緊張しながらも、少女に向けて快活に言い放ちました。

「私はリリィ! ……あ、あなたの願いを叶えるためにやってきました!」

(危ない危ない。危うく、自分が女神だと言い出すところだった)

「え。……いや。……あなた、誰ですか?」

 返ってくるのは、疑いを表に出したそんな回答。
 リリィはめげず、警戒心を持たれないよう少女と会話をし続けました。
 一日目、二日目と、日は過ぎて行き。
 リリィと少女は、少しずつ距離を近付けていきました。
 三日目には、少女の警戒心はかなり薄れていました。
 そしてその日の夜。
 外泊続きだったリリィは、仕方無いと少女の家に泊めてもらうことになりました。
 明日はもっと仲良くなりたいと、リリィは考えていました。
 そしたら、少女の事をもっと良く知れる。
 少女の家族を、もっと幸せにすることができる。
 リリィは思っていました。

 だから。一緒に話していた少女が。目の前にいた、その少女が。
 突拍子も無く、この世を去ってしまった時。
 リリィは心底悲しみ、そして困惑しました。
 これは何かの間違いだと。そう思う他ありませんでした。
 何か、変な物を食べたとか、その様な事だと。
 自分が壊れそうになり、叫びながら必死に抑えました。

 リリィはどうすればいいのか、何も考えられなくなりました。
 その十数分後。リリィの背後に、誰かが詰め寄りました。
 リリィはその人物すらも分からず、心臓部分を的確に刺されてしまいました。
 暫くもがき苦しんだリリィは間も無く息絶えて──。

 ──リインカーネーション。

 魔法を発動したリリィは、少女の家の前に立ち尽くしていました。
 恐ろしく早い心臓の動悸が、自分は一度死んだのだと。それを嫌というほどに、分からせてきたのでした。


     ※


 これが、リリィの一周目。
 少しだけ前のお話。
 それでいてかなり前とも言えるお話。

 二周目。三周目。四周目。
 リリィは、既に限界であった。
 いつも三日目に突拍子も無く、少女──ミリアが苦しみ出し、この世を去る。
 それは決まって夜の十一時二十三分。
 リリィは、その理由を探り出した。
 だが、そうしている内に、ミリアを大切な存在として意識し始めた。
 その時にふと、リリィはミリアの事が好きなのだと理解した。
 何週目かも分からない時、リリィは自分の気持ちを出会ったと同時に伝えた。
 特に何も期待していなかったリリィは、自分のその言葉にミリアがとても恥ずかしそうに、満更でもなさそうな顔で慌てたのを見て、なるほどと思った。
 この三日間の秘密を探るためには、ミリアの好感度が高くないと不都合が生じる。
 だが『好き』と一言。そうすれば、可笑しい程に距離が縮まり、好感度が高まる。
 それに気付いたリリィは、それ以降、出会い頭に『好き』と伝えた。
 向こうから『好き』と返ってくることは、百回続けてもまず無かった。

 これはミリアの心を弄んでいると捉えられるかもしれない。
 だけどリリィがそうしていたのは、何よりも、ミリアのことを愛していたから。
 例え好意的な返事が返ってこなくとも、そのミリアの可愛く変化する表情を見れば、リリィはこれから先も頑張ろうと、心に小さな炎が灯るのを感じていた。

 リリィは時を巻き戻し、それからの流れの独自の最適解を見つけた。
 最初に少女に好きと伝え。次に、自分がここに来た経緯を説明する。
 という至極単純なものである。
 その説明内容は『幼少時代にリリィはこの街に住んでおり、ある日引っ越してしまった。だが、その時から好きだったミリアを忘れられずに、今となって会いにきた』というもの。
 それを最初に伝えると、ミリアはリリィへの警戒心を少なからずとも外す。
 これで場が整う。この三日間に隠された秘密を、リリィは探し出す。
 夜の十一時二十三分が近付く頃。リリィは家の裏の庭で首を括る。
 それを繰り返す。

 ──もっと自分が、女神としての力をつけていれば良かったのに。

 そう思うが、もう遅い。
 時の女神なのに時間の事で困ってしまうなんて、少し不思議なことだ。
 リリィは帰ろうと思えば、神世界に帰れたのかもしれない。
 だが、リリィには、そもそもその発想自体が欠如していた。
 その理由は、愛する人がいたからで──。

 本来の目的は二の次に。本来の目的は建前の様なものになり。
 リリィは世界を繰り返すようになっていた。

 だからリリィは、今回も繰り返す。

 ──リインカーネーション。

 ミリアのために。いつまでも。
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