29 / 47
最後の日と、別れの日と、
別れの日の朝
しおりを挟む
近くて遠い夢を見た。
また、声が聞こえてきた。
母さんの声だった。
三年ほど前の、少し幼い私が、ベッドで母さんと会話していた。
それを今の私が、遠くから眺めていた。
※
ミリア。これから先、私が凄く悲しいことになっても。
ミリアの前からいなくなっても、どうか真っ直ぐと生き続けて。
これは母さんとの約束。この約束を守れる?
──ふふ。ミリアは偉い子ね。
あの人は嫌だ嫌だと泣き付いてきたわ。
もういい年だっていうのに、現実に向き合えないだなんて。
あの人のことは少し心配だけど、きっと大丈夫でしょう。
何せ私の夫ですものね。
──あ。この話つまらない?
あはは、というか凄く眠そう。
今日はもう寝ましょうか。
眠りの歌を、歌いましょう。ミリア。
おやすみ。おやすみ──。
※
見たその夢は、間違いなく私の過去の記憶のものだった。
ぼんやりと、当時のその状況が思い出せる。
母さんが病死したのは、この日から間もない頃だったかな。
病気だと言うことは、知らされていなかった。
当時は、咳が激しくなったから大丈夫かな? って、そう思ってたくらい。
病気を隠されていたのは、最初は驚き、そして酷く悲しんだ。
だけど。母さんの心配させたくないという気持ちも理解できた。
残り僅かな時間を、私たち家族で楽しく過ごしたかったんだなって。
だから私は、それ以上、病気を隠されていたことを責めたりしなかった。
私は母さんに言われた通り、真っ直ぐとここまで生きたつもりだ。
だけど。残念なことに、父さんは──。
──私の目の前が、ぼんやりと淡い光を帯びた。
その光を追いかけようと、私は目を開いた。
見えるのは部屋の天井。飛び込んでくる朝の日差し。
「…………はぁ」
こんな夢を見てしまったのは、今日が母さんの命日だからだろうか。
……いや、二日前も、森の中で母さんの声が聞こえた夢を見たっけ。
けど。その頃よりも、夢の内容と景色は鮮明だった。
ゆっくりと上半身を起こし目を擦ると、手の甲に涙が付着した。
そりゃ泣くよ。懐かしさと悲しさが混同して。
よりにもよって、今日だ。
母さんの命日と、リリィとの別れが重なっている。
だからより一層。母さんのことが悲しくなるし。
だけどそれ以上に、リリィとの別れが悲しい。
今日のお祭りを楽しめるのかが、少し不安だった。
もう一度ため息を吐きながら、隣で柔らかな寝息を立てているリリィを見る。
目元を少しだけ髪が覆っていたので除けてあげた。柔らかい質感の茶髪。
リリィの顔が綺麗すぎて見えていなかったけど、リリィって全部が綺麗。
全てが完璧に造形された神の子の様な……ってのはちょっと盛った表現だけど。
私から見たら、もう、本当に。そういう感じなんだ。
私のことを好きな、私が好きな人で。
そんなリリィと、お別れ……。それが今日だけど。
母さんと違って、この世からいなくなるわけじゃない。
だとしたら、以降も。何年後とかでもいい。
いつかまた会える日が来るんじゃないかな。
……とか、淡い希望を抱いてしまう。
実際どうなんだろう。
またいつか、会える日が来るのかな。
そしたら、リリィとお別れした後。私の心は、少しは和らいでくれるのかな。
思案しながらも、私はベッドから降りる。
時計を見やると、時針は十の数字を指していた。
昨日寝た時刻のことを考えると、かなり寝ていたことになる。
けど。墓参りの時間──十一時二十三分には間に合いそうだし大丈夫かな。
私はその時間にいつも、墓参りに行っている。
それは、母さんの意識が消えた時刻だから。
実を言えば夜の十一時二十三分なのだけど。
その時間帯はなんだか怖いから、午前中にしている。
私はパジャマからクローゼットから適当な服を取り出し、身に纏う。
部屋のドアノブに手をかけ、そこで動きを一旦止める。
なんと無しに、リリィの方を見た。
まだスヤスヤと、気持ちよさそうに眠っている。
しばらくは起きそうには無かった。
そんなリリィを見て、なぜだか頬が緩む。
ほぼ無意識に動いた私の足は、リリィの元まで私を運んでくれた。
起きなさそうであるのをいいことに、私はリリィの頬に口付けをした。
私からしたのに、なぜだか包み込まれるような暖かい気持ちになる。
さっきまでの悲しい気持ちが、少しだけ飛んでくれた。
また、声が聞こえてきた。
母さんの声だった。
三年ほど前の、少し幼い私が、ベッドで母さんと会話していた。
それを今の私が、遠くから眺めていた。
※
ミリア。これから先、私が凄く悲しいことになっても。
ミリアの前からいなくなっても、どうか真っ直ぐと生き続けて。
これは母さんとの約束。この約束を守れる?
──ふふ。ミリアは偉い子ね。
あの人は嫌だ嫌だと泣き付いてきたわ。
もういい年だっていうのに、現実に向き合えないだなんて。
あの人のことは少し心配だけど、きっと大丈夫でしょう。
何せ私の夫ですものね。
──あ。この話つまらない?
あはは、というか凄く眠そう。
今日はもう寝ましょうか。
眠りの歌を、歌いましょう。ミリア。
おやすみ。おやすみ──。
※
見たその夢は、間違いなく私の過去の記憶のものだった。
ぼんやりと、当時のその状況が思い出せる。
母さんが病死したのは、この日から間もない頃だったかな。
病気だと言うことは、知らされていなかった。
当時は、咳が激しくなったから大丈夫かな? って、そう思ってたくらい。
病気を隠されていたのは、最初は驚き、そして酷く悲しんだ。
だけど。母さんの心配させたくないという気持ちも理解できた。
残り僅かな時間を、私たち家族で楽しく過ごしたかったんだなって。
だから私は、それ以上、病気を隠されていたことを責めたりしなかった。
私は母さんに言われた通り、真っ直ぐとここまで生きたつもりだ。
だけど。残念なことに、父さんは──。
──私の目の前が、ぼんやりと淡い光を帯びた。
その光を追いかけようと、私は目を開いた。
見えるのは部屋の天井。飛び込んでくる朝の日差し。
「…………はぁ」
こんな夢を見てしまったのは、今日が母さんの命日だからだろうか。
……いや、二日前も、森の中で母さんの声が聞こえた夢を見たっけ。
けど。その頃よりも、夢の内容と景色は鮮明だった。
ゆっくりと上半身を起こし目を擦ると、手の甲に涙が付着した。
そりゃ泣くよ。懐かしさと悲しさが混同して。
よりにもよって、今日だ。
母さんの命日と、リリィとの別れが重なっている。
だからより一層。母さんのことが悲しくなるし。
だけどそれ以上に、リリィとの別れが悲しい。
今日のお祭りを楽しめるのかが、少し不安だった。
もう一度ため息を吐きながら、隣で柔らかな寝息を立てているリリィを見る。
目元を少しだけ髪が覆っていたので除けてあげた。柔らかい質感の茶髪。
リリィの顔が綺麗すぎて見えていなかったけど、リリィって全部が綺麗。
全てが完璧に造形された神の子の様な……ってのはちょっと盛った表現だけど。
私から見たら、もう、本当に。そういう感じなんだ。
私のことを好きな、私が好きな人で。
そんなリリィと、お別れ……。それが今日だけど。
母さんと違って、この世からいなくなるわけじゃない。
だとしたら、以降も。何年後とかでもいい。
いつかまた会える日が来るんじゃないかな。
……とか、淡い希望を抱いてしまう。
実際どうなんだろう。
またいつか、会える日が来るのかな。
そしたら、リリィとお別れした後。私の心は、少しは和らいでくれるのかな。
思案しながらも、私はベッドから降りる。
時計を見やると、時針は十の数字を指していた。
昨日寝た時刻のことを考えると、かなり寝ていたことになる。
けど。墓参りの時間──十一時二十三分には間に合いそうだし大丈夫かな。
私はその時間にいつも、墓参りに行っている。
それは、母さんの意識が消えた時刻だから。
実を言えば夜の十一時二十三分なのだけど。
その時間帯はなんだか怖いから、午前中にしている。
私はパジャマからクローゼットから適当な服を取り出し、身に纏う。
部屋のドアノブに手をかけ、そこで動きを一旦止める。
なんと無しに、リリィの方を見た。
まだスヤスヤと、気持ちよさそうに眠っている。
しばらくは起きそうには無かった。
そんなリリィを見て、なぜだか頬が緩む。
ほぼ無意識に動いた私の足は、リリィの元まで私を運んでくれた。
起きなさそうであるのをいいことに、私はリリィの頬に口付けをした。
私からしたのに、なぜだか包み込まれるような暖かい気持ちになる。
さっきまでの悲しい気持ちが、少しだけ飛んでくれた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる