ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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あと、二日

リリィは私を犯したい?

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 家に帰り着く頃には、太陽は暗い赤になっていた。
 時計を見れば、もう七時を回っていた。
 庭園にいたのが何時からかは分からないけど、二時間くらいはいたのだと思うと、かなりあそこで時間を使ってしまったらしい。
 それほど沢山の時間を、リリィとのキスに費やしてしまったのだと思うと、少しびっくりした。けど、本当に少しだけだった。

 晩御飯はと言うと、あまりお腹は空いていなかったので食べなかった。
 それもそのはず、お昼にリリィの作ってくれたご飯をたらふく食べたからね。
 未だ私は満たされたままだった。
 早いけど、今日はもう寝ることにした。
 明日は朝から墓参りに行かないといけないから。
 と言っても、行くのは朝の十一時頃。
 今日起きたのがすっごく遅かったので、保険的な感じで早く寝ることにした。
 明日のその時間はリリィと関われないけれど。母さんの事も大事だから。
 そういえば、父さんも多分行くんだよね? 昨日のあの感じからすると。
 あの感じで墓参り行きませんーとか言われたら、今以上に幻滅できる自信がある。

 そんなこんなで、私は風呂に入り、ベッドに潜った。
 リリィは隣にいない。お風呂の最中だ。
 そう。今日は私の方が先にお風呂を頂いた。

 天井を見上げながら、私は今日のことについて振り返る。

 今日は、あっという間な一日だった。
 だけど。沢山の思い出ができた。
 ネックレスも買ったし、いろんなところも回れたし。(たった三箇所)
 あ、ちなみにネックレスは箱の中に閉まって大切に保管している。
 楽しかった。すっごく、楽しかった。嬉しかった。
 だけど、そう思う度に。悲しい実感をしてしまう。
 今だけを見ようって決めたのに、それは最初から不可能だったのかもしれない。

 ──明日で、最後。

 どうしても、その思考が邪魔をする。
 最後だからこそ、今を大事にしようって決めたはずなのに。
 なんでだろう。やっぱり、別れは悲しいよ。
 さよならの理由を教えて欲しいのに、教えてくれないし。
 理由は『私の悲しむ顔を見たくないから』で。
 実際その通りだって昨日は納得もした。
 だから。それで良いのかな、とは思う。
 思うんだけど、やっぱり気になるじゃん。
 キスするくらいの好きな相手と、どうしても離れないといけないって。
 それほどまでに絶大な、抗えないほどの理由を。
 気になる。気になる……けど。
 教えて欲しいと懇願しても。リリィは教えてくれないのだろう。
 最終的には、やはり。この結論だった。

「……はぁ」

 色々な物が詰まってる様な、重たい溜息が吐き出る。

 やっぱり。悲しむなんて、ダメなのかな?
 だって、一瞬だ。
 何もかも一瞬だ。
 出会いも、楽しい日々も、別れも。
 だから悲しむのは、あまり良い時間の使い方とは言えない。
 未来はすぐにやってきて、いつの間にか過去になる。
 いや、やってくるのは、未来では無く現在なのかな。
 未来は不確実だから。確実なのは、過去と現在。それのみだから。
 私が未来にできることは、良い未来を願うことだけ。
 というか、帰り道でそんなことを考えてたっけ。
 未来が上手くいくようにって。

 閑話休題。
 少し哲学ぽくなって逸れたので話を本来の道に戻すと。
 一瞬に過ぎる時間は、取り返しが聞くものでもなんでもなくて。
 だからこそ、大切にしないといけない。心の奥底からそう思う。
 なのに。不確実な未来を考えちゃって、悲しんでいる。
 それっておかしいこと? 悲しむのはだめ?
 ──分からない。
 悲しむのが正解とも言えない。
 悲しまなくて、リリィとの時間に費やすのが正しいとも言い切れない。
 だって。どうしても、悲しいって思ってしまうから。

 ダメだな。私。
 一人でいるせいかも知れない。
 私の思考は、矛盾している気がする。
 悲しみたくない。でも、悲しんでしまう。
 リリィとの時間を大切にしたい。なのに悲しんでしまう。
 だけど、悲しむのが間違いではないと、私はそう思ってるんだ。
 ……って、めちゃくちゃに矛盾しているじゃん。

 ……考えるの、やめようか。
 明日の朝には、きっと頭もスッキリしているのだろう。
 そう信じて、私は毛布を深く被った。

 数分経過した。
 眠れそうにない。
 部屋の灯りが点いてるからだろう。
 リリィが部屋にきたら、消して貰おう。
 そう思考して、もう少しだけ後の事だった。

 ──ガチャ。

 ドアノブが回され、ドアが開く音。
 その音に引っ張られるように、私は毛布から少しだけ顔を出した。
 濡れネズミの様に、髪をぐしゃぐしゃにしたリリィがいて。
 でも、パジャマは普通に着ていて。
 髪からポタポタと、パジャマに水が滴っているのが分かる。
 なんだか、いつもと違った美しさがある。濡れた美人ってかっこ可愛い。
 そんなリリィは、こちらに歩みを寄せてきていた。

 リリィの顔を見ると、少しだけ心が安定した心地になる。
 やっぱり一人でいると、余計なことばっかり考えてしまう。
 リリィがいれば、リリィを見るだけ良いから。

「髪、もうちょっと拭いたら?」

 微笑みながら、リリィに投げる。
 だが、リリィは表情一つ変えない。

「……?」

 私の隣まできたかと思えば、

「わっ──!」

 私と重なるように、その身体を合わせてきた。
 顔までも重なりそうになっていたので、少しだけ避けた。
 毛布を緩衝材としなければ、完全に抱き合ってるって感じの構図だ。
 リリィの頭がちょうど真横で触れていて、冷めた湯の感触が肌にする。

「ど、どうしたの?」

 驚いた。
 けど、リリィの驚く行動なんていっぱい見てきたし、その驚きも一瞬で。
 少し動悸が落ち着いたところで、私は問うた。

「……私、湯船に揺られながら、いろいろ考えていて」

 布団に吸収されたリリィ声はかなり小さくなっていた。
 とても不安な何かが、その言葉の中には詰まっていて。
 続く言葉も同じように。

「……悲しいの。ミリアとの別れが。……昨日よりも、その想いが凄く強くなってる」
「……うん」

 リリィも、私と似たようなことを考えていたらしい。
 私と同じように一人になると、そういうこと考えちゃうのかな。

「だから、今日はずっとくっ付いて寝ようかな」
「昨日もだいぶくっ付いてましたけどね⁉︎」

 昨日みたいに悲しい話の流れに行くかと思ってたから、思わず大きな声で突っ込んでしまった。
 リリィはクスッと笑いながら、倒していた身体を起こした。

「大きな声出さないで」
「す。すみません」

 謝ると、リリィは一旦ベッドから降り、私の横に滑り込むように侵入してきた。
 ピトと、私の身体に密着してくる。
 今度はほっぺたに、濡れた髪の毛が触れる。

「ミリア、こっち向いて」

 なんだか、いつもそんなこと言われてる気がする。

「……りょーかい」

 言われた通り、身体を左に傾ける。
 リリィもまた、私の方に身体を向けてきていた。

「キスするの?」
「それは後で」

「いや、後でするんかい」
「うん。……えと、今はね」

 言うと、リリィは私をぎゅっと抱きしめてきた。
 密着していた身体が、さらに密着度を増す。

「こうさせて」

 私もなんとなしに抱き返しながら、同時に問いを返す。

「このまま寝る感じ?」
「うん」

「思った以上に、くっ付いて寝るんだ」
「その方がいいじゃん」

「……まぁね」
「うん」

 『まぁね』っていう、ちょっと恥ずかしい返しをしたけど、実際その通りだ。
 こうやってくっ付いていると、嫌なことも考えることができなくなる。
 明日の終わりまで、ずっとこうするのもアリだなって。
 もちろん墓参りには行くから、その後で。ずっと。
 ……まぁ。明日は祭りという楽しいことがあるから。
 それをリリィと楽しむ方が、いいのかな。
 なんて。考えていると、呼吸音が耳に届く。

「ミリアって、凄く優しい」

 耳に囁く、リリィの声だ。
 耳元が震えて、それが全身に伝わりちょっとビクってなる。
 にしてもその内容が内容で、顔が赤くなってしまった。
 いや、優しいってことは昨日に何回か言われたけどね。
 なんというか、とーっても気持ちの篭もった言い方だったから。

「私、優しい?」
「うん。とても。……その優しさに触れる度に、好きってなる」

「……ん」
「うん。……あ、耳赤くなってる」

 リリィは私の恥ずかしがってる様子を、クスクスと笑いながら指摘してくる。

「からかわないでよ! これは耳赤くなる!」
「ごめんね。……でも、本当に、優しいの」

「ありがとうありがとう! はい! 今日は寝よう!」
「……うん。分かった」

 あっさりと私の大声に頷いたリリィは、私から離れて、灯りを消しにいった。
 「あ、ありがとう」と声を飛ばしたら、リリィは「いいよ」と軽く手を振った。
 部屋が一瞬で暗くなり、前も見えなくなる。
 リリィは私の横に舞い戻って、同じような体勢でまた抱き着いてきた。

「今日はこれで寝る。いい?」
「いいよ」

 私もあっさりと頷く。

「あ。でも、寝る前に」

 そう言ってきて。
 再びリリィは距離を置くと。
 その直後に、キスをしてきた。
 ちゅって音が聞こえて、すぐに唇は離れる。離れて、すぐに私にくっ付く。
 今日いっぱいしたキスだけど、ベッドでするってだけで、色々と違う。
 違わないのは、慣れないという点だけ。ずっと、恥ずかしい。
 けれどリリィは至って冷静で、次にはぽそりとこう零した。

「このまま犯したい」

 ギリギリ耳に届いた声。
 その言葉は昨日も聞いた言葉だと理解し、聞き返す。

「あ、それ、朝言ってきたやつ」
「……聞こえた?」

 一拍置いて、少し魔の抜けたリリィの声がした。
 リリィ自身は私の耳に届ける気が無かったらしい。
 確かに、とても小さな声だったと思う。

「こんな近くだもん。うっすらだけど聞こえたよ」
「……あー。じゃあ、聞かなかったことにして」

「えー。なんでー? ……あ、そうだ。意味くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「引かれそうだから。やだ」

 んー。引かれそう……って。
 この流れで言った事だと考えると、ニュアンス的になんとなーく分かった気がする?
 いや、分かんない。分かんない。

「教えて! 引かないから!」
「んー」

 溜息一つ。
 「分かった」と一言。
 「引かないで」と加えてきた。

「……えっとね。……ミリアのことをめちゃくちゃにしたい。みたいな、そんな意味だよ。……はい引かれた」
「引いてないから!」

 どうして、こう。
 引かれると思い込んでいるのかな。
 ……私が、リリィのことを好きって伝えてないから。か。そりゃそうだ。
 犯すっていう言葉の意味的に、私に言いたくないのも分かる気がする。
 めちゃくちゃにって、まぁ、めちゃくちゃにしたいってことだろうけど。
 めちゃくちゃっていうのは、そう。めちゃくちゃっていうことで。
 ……うん。言葉が放つ雰囲気は理解できる。
 リリィの顔は見れないけれど、身体の熱が凄く伝わってきているから。

「じゃあどう思ったの? 今の聞いて」

 リリィは少しだけ嬉しそうに声を上擦らせながら、私に問うた。

「え、いやー。なんというか。引かないし、別にしてもいいし。それよりも、昨日の朝? いきなりそんなことを言ってきた事の方が──」
「え、していいの? 犯していいの?」

 私が言いかけていると、リリィは驚いたように挟まってきた。

「うん。いいよ? リリィだし」
「……そっか」

 されること言ったならなんだろう。
 めちゃくちゃにキスしてきたり──とか、そんなことなんだろうけど。
 リリィに対して抵抗をするのは、なんだか今更な感じがあるような気がして。

「どうぞ」

 言いながら、私はリリィを強く抱きしめてみた。

「……え。本当にいいの?」
「うん」

「……なんか、ミリア。やっぱり変わったよ」
「そりゃ。変わるでしょうよ」

「……そっか。じゃあ、失礼する」

 その言葉に、お互い身体の束縛を解く。
 密着部分に空気が触れ、少しだけそれがひんやりとした。
 何をされるのかよく分かっていなかったので、私は目を瞑る。
 私の唇にリリィの感触が触れて、離れる。
 そして──。

「…………」

 ──あれ? 続きが来ない。
 もっとキスしてくると思ったんだけど。

 目をうっすら開ける。
 リリィは目の前で、私に微笑んでいた。

「今日はこれで終わり」
「え、なんで?」

 一文字目に落胆の様子が篭っていたかなと思い、問いの言葉は少し明るくした。
 だけど、本当になんで?

「もっとしたかった?」
「なるほど、私に意地悪する作戦か! さぁ、今日は寝ましょう!」

「うん。続きは、明日の夜ね」
「……う、ん」

 明日の夜は別れがある。
 そんなことを言おうとしたけど、飲み込んだ。
 言ったら、お互いに嫌だよね。

「……」

 布団が動く音と共に、リリィは私を抱いてくる。
 朝には布団が汗まみれになってそう。
 なんて思いながら、いつものように私も腕を回す。

「おやすみ、ミリア」
「……リリィ、おやすみなさい」

 私は無意識に、その言葉に想いを込めた。
 これがきっと『おやすみ』を言う最後だから。

「リリィ、おやすみ」

 何だかその事実が惜しく思えて、私はもう一回おやすみを伝えた。

「おやすみ。ミリア、大好きだよ」
「……ありがと」

 私も『好き』って言えば良かったのかもしれない。
 それに気付いた時には、リリィは細い寝息を立てていた。
 リリィの乾いてきた髪になんと無しに手櫛を通してみる。
 起きないことを確認して、私は耳元で囁いた。

「……好き、だよ。私も」

 臆病なその声に、リリィの返事は無かった。
 明日は、真っ向に伝えられたらいいなって。そう思う。
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