ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

文字の大きさ
上 下
20 / 47
あと、三日

問いの答え

しおりを挟む
 頭が回らない。
 あの時、私が逃げ出した時も、こんな心情だったのかもしれない。
 こんな心持ちなら、逃げ出した方がマシなんじゃないか。
 と、なんか訳わかんない答えに行き着いちゃう。
 だけど、今回は逃げることはできない。第一、捕まえられてるし。
 だからって。ここでなんて答えればいいのかも分からない。

 黙りこくる。
 リリィは、じーっと私のことを見つめてきている。
 待っていても、向こうから話しかけてくる雰囲気では無かった。
 どういう答えが、今の正解なのか。考える。
 回らない頭を、無理やりにでも動かし出す。
 リリィは私に『キスしたかったの?』って聞いてきた。
 その言葉を思い出すだけで、その時の声まではっきり再生される。
 リリィの声は、少し驚いたような声だった。
 ならここで私が『キスをしたかった』って答えれば、更に驚かれるのだろう。
 逆に『別にしたくなかった』って言ったとしたならば──。
 リリィのことだ。
 『じゃあ、なんで口を開いてたの?』とか。
 『あんなに熱い息を漏らしてたよね?』とか。
 『普通だったらあそこで無理にでも抵抗するよね?』とかって。
 そういう感じでいじめてくるに違いない。
 なんかリリィってそういう人だし!
 ……え、まって。じゃあ、もう手詰まりじゃん。

 いや。まぁ、正直に自分の心を話せばいいとは思う。
 ……だけど。その自分の心が、全く私には理解できていない。
 もう少し。私には考える時間が必要なのかもしれない。

 私は一つの考えに辿り着き。
 声を張り上げた。

「あ、あのっ!」
「うん」

 声が裏返る。
 リリィは特に気にした様子も無く頷いた。
 若干の震え声で、私は、

「ちょ、っと! この話の続きは、お家でしませんか⁉︎」

 恥ずかしさを勢いで誤魔化しながら私は告げる。
 うん。家だったら、多少は冷静になれそうだし。
 こんな場所じゃ、人の目を気にしてしまう。
 別に返事を保留する訳じゃないから、リリィも許諾してくれるはずだ。

 ……しかし。
 リリィは「んーん」と、首を左右に振った。
 あれ……? 手応えが……皆無。

「だめ」
「なぜ⁉︎ お家に戻ったらまたこの話を再開するよ⁉︎」

 こうちゃんと説明したのに、リリィはまた首を振る。

「今さっきの質問に答えるだけでいいから。『はい』か『いいえ』で答えられる簡単な質問だよね?」
「うぅ……」

 そう言われると確かにその通りだった。。
 二文字か三文字。たったのそれだけ。
 言えば、きっと解放してくれるのだろうし。
 ……けど、どちらも今の私にとったら正解ではない。
 明日から気まずい残り二日を過ごさねばならぬかもなのだ!
 向こうは、多分そういうの気にしなさそうだけど、私は気にする。超する。
 そのリスクを考えると、どちらか一方を選ぶのは今の私にはできかねなくて。
 だけど答えられなければリリィは解放してくれない。
 もういっそ、このまま明後日まで過ごすか。
 ……いや、無理だけどね。お腹空くし。

「ミリア。答えられない?」

 リリィは優しい口調で問うてきた。
 答えられない、って。うん。
 そう言ってくれるのはありがたい。
 飴と鞭の飴を与えられた心地である。
 ここは普通に、リリィが聞いてくれた通りに。

「……えっと。…………。今は、分からない、といいますか」

 私の心の内を、曖昧にそう伝える。
 リリィは「ん……」と。続けた。

「じゃあ。質問変える。……私がキスをしたら、ミリアはそれを拒む?」

 飴と鞭の鞭を再び与えられた心地である。
 だが、先の『キスしたかったの?』よりかは、何倍も答えやすい質問だった。
 口をモニョらせながらも、私はゆっくりと口を開く。

「……それは。もう、ハグとかされちゃってる訳だから? ……今更、それで拒むとかは、ない…………と、思われます、けど?」

 そうは答えたけど、実際は分からなかった。
 何がって、そう答えている自分が、だ。
 私にとったらリリィは。今日初めて出会った人な訳なので。
 普通、そんな人にキスをされたら嫌だろう。
 だけど嫌じゃない、とは思う。されたいのかと聞かれたら違うのだろうけど。
 ……そう考えると、私の思考は少し変な気がしてしまう。
 私の心情の変化は早いのかな。と。
 人一倍。いや、人五倍。人に惹かれやすい性質の持ち主なのかもしれない。
 ちょろい女とか言うな。

「……ふーん。そ」

 リリィは嬉しそうに呟いた。
 私から顔を逸らし「分かった」と、両頬から手を除けた。
 無意識に上がっていた肩が、ストンとおりる。
 頬に当たった夏の夜風が、とても冷たく感じた。

 リリィは逸らし顔のまま、私に言葉を放ってきた。

「嫌じゃないんだ。三日も経ってないのに、私のことが好きなんだ」
「おいー? いつそんなこと言ったかな。言ってないよね!」

 なぜそのような早とちりをしてしまうのだろう。
 またドキッてしちゃうからやめて欲しい。

「……そういえば、まだ言ってなかったっけ」
「ん? なにを?」

「……私、人の心が読めるんだよ」
「えっ⁉︎」

 え、じゃあ、今までの私の恥ずかしい思考が筒抜けだったってこと⁉︎

「嘘だけど」
「嘘かい」

 リリィは可笑しがるように、口を押さえてちょっと笑った。
 なんだこれ。なんだこの謎やり取り。
 焦った自分が馬鹿みたいだ。事実、馬鹿である。

 考えてみれば。いや、考えなくともそりゃそうだ。
 なぜ、普通に信じようとしたのか。
 リリィは魔法が得意だから、そんなことも出来ると頭が誤解したのかも。
 だけど、たまに私の心を見透かしたような発言もしてくる気もする。
 本当に心読まれてる?
 ……いや、冷静に考えて心読むとか意味不だし。
 そんなこと有り得る訳ないか。
 リリィは「けどね」と逸らしていた顔を私の方に戻し、言葉を続けた。

「ミリアの表情は分かりやすい」

 …………。

「……それは。自覚あるよ……」

 ……どうせ今も顔赤いんだろうし!
 もう常時、顔が赤くなってて最早これが普通みたいになりつつある。

「え、自覚あったの?」
「あるわ!」

「……ふーん」
「興味なさそうっすね……」

 本当に興味なさそうな感じである。
 私を見ているのに、どこか遠くを見ているようだった。
 これ以上、ここにいても特にこれといったことは起こりそうになかった。
 通行人の邪魔にもなりそうだから、さっさとここを立ち去ろう。

 そう思考し。
 私はこの雰囲気を変えようと、パンと手を叩く。
 なるだけ明るい声色で、リリィに言う。

「ま、まぁ! 話にも一段落ついたところで、お家に帰って今日は寝よう!」

 私は家の方角へと体を向けて、「さぁ」と意気込んだ。
 リリィも着いてくるだろうと、私は歩みを進めようと足を前へと──。

「……待って」

 右の腕が、リリィによって後方から捕らえられた。

「どーしたの?」

 出しかけた足を元の位置に引っ込め。
 言いながら顔だけリリィに向ける。
 リリィはどこか恥ずかしげな様子だった。
 顔は下を向いていて、映る耳はちょっと赤い。
 なんか珍しい感じ。

「……ミリア」
「なーに?」

「家に帰る?」
「……あれ? さっき帰るって言ったじゃん」

 首を傾げなら言うと、リリィは下を向いていた顔を前に。
 私の方に向けた。

「ん。着いてきて」

 言うと同時に、リリィは私の右腕を引っ張り、私の前を歩き出す。

「リ、リリィ? どこ行くの?」

 急に引っ張られ、若干驚きながらもリリィに問うた。

「どこって。家だけど?」
「家なの⁉︎ じゃあ、なんでリリィが先導してるの」

「……なんとなく? ただ、先導したいだけ」
「……そ、そうっすか」

 確かに、こっちは間違いなく家の方向だ。
 色々と疑問はあったが、そこに触れるのも面倒なので。
 ただ、リリィのしたいようにさせた。

 特に会話も無く。ただ歩く。

 あと三分くらいかな。家に辿り着くの。
 と、そう考えて、数秒経った後の事だった。

「わっ──!」

 リリィは唐突に進行方向を変えた。
 真横にある、家と家の間の狭い道──。
 路地裏へと私を引っ張った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

処理中です...