18 / 47
あと、三日
リリィと私
しおりを挟む
「リリィー!」
私が魔物に襲われる寸前。私はリリィに助けられた。
ようやく、自分が死ななかったってことをちゃんと理解して。
その安心感に、私は身体の動くままリリィに泣きつく。
「ちょっ。ミリア」
鼻水ズビズビ、涙ボロボロ。
なんか抱き合っているみたいな感じになってしまう。
抱き合ってるというか、私が一方的に抱き付いてるだけ。
それを、あやすかのようにリリィが背中をポンポンと叩く。
街で起こったことなんて、もうどうでもいいくらいだった。
あれ? なんてさっきまで、リリィのことであんなに悩んでたんだっけ?
って、そう思えるくらいに。
「ほんとーにありがとぉ。怖かったよぉ」
より強く、リリィのことを抱きしめた。
「わ、分かった。分かったから。急に恥じらいを捨てないで!」
珍しく声を荒げるリリィ。
だけど、私は力を弱めなかった。
むしろ、強めていったのかもしれない。
「あ。えと。ミリア……」
ちょっと恥ずかしそうな声が、耳に届く。
「ま、まだ魔物は、いっぱいいるから」
続くその言葉に、肩越しの魔物を見遣る。
火が鎮まり始めて、そこに生き残った黒焦げのリス。
その姿が現れ始めていた。
だが、まだ火に捕らえられて動けてはいなさそうだった。
「ほ、ほんとだ」
かなり傷を負っているが、だが殺意はまだこちらに剥き出しだった。
少し怖気付いて、ちょっとだけ安堵の涙も引っ込んで不安が募る。
「大丈夫、私に任せて」
耳に囁いてくる、凄く。凄く凄く優しい声。
そして、背中に置いていた手で今度はさすってきた。
安心させようとしているのかな。
……リリィ、優しい。
「この魔物たちだったら、なんとかなりそうだから」
「……うん。頑張って」
再度、私の背中を二回叩いて、リリィは腕を取り外した。
私は空気が読める女なので、私も回していた腕を渋々取り外す。
少しだけ二人距離を置くと、リリィと顔が合って思わず顔を両手で覆う。
「み、見ないで。……リリィは、魔物に集中して」
だって、今の私の顔、ぐちゃぐちゃだし。
汚絶対に鼻水が出てるし、目は充血してそうだし。
けど、リリィはこんな私の顔でも、可愛いって。好きって言ってくれそう。
私、めっちゃ愛されてるしね。
…………うん。なに考えてんだ私。
考えながら、私は目元を腕で拭った。
鼻水もズビーって、はしたない音を立てながら元の場所に戻す。
これで少しは整えられたかなって、覆っていた手を元に戻した。
それにしても。
こんな恥ずかしい思考がリリィに読み取られてるのか心配だ。
読み取られるなんて有り得ないけど、どうしてもそう思ってしまう。
だが、リリィは特に気にした素振りも見せず、先の私の言葉に返答してきた。
「分かった」
「うん」
「色々したいけど、今は魔物に集中するね」
「色々って⁉︎」
なぜだか意味深に聞こえたその発言を、刹那に聞き返す。
リリィは、聞こえてないかのように振り返り魔物と対峙した。
「無視すなー」
それすらも無視された。ちょっとショック。
まぁいいや。後で聞こう。
首をブンブン振り、リス軍団の方を見る。
そいつらは、自身についた火の消化活動を丁度し終えていた。
そこから、一体。また一体と。
仲間の死体を踏みつけながら、こちらへ近付いて来ていた。
リリィはそんな魔物らにも動じず、至って冷静である。
と思えば、リリィの息を吸う音が聞こえてきた。
そして、自身の右手を空に掲げた。
魔法を使おうとしているらしい。
例によって、その手が輝きを放ち出す。
「ミリア、目を瞑って後ろ向いて。光魔法だから」
「え、うん!」
おぉ。光魔法。
祝い事とかお祭りの日とかに、空に撃たれてるやつだ。
ここで光魔法ということは、目眩しに使うのだろう。
そこで戸惑ったリス共に、攻撃魔法でどん! ってことだろう。
確実に、殺りにいくつもりらしい、リリィは。
などと感銘を受けつつ、言われた通りに。
踵を返し、目を瞑った。
リリィの声が聞こえたのは、そうした直後だった。
「……『フレア』」
そのリリィの声と共に、私の閉じた瞼が赤く光り出す。
一瞬だけ昼にでもなったような感じだ。
同時に、後ろからリス軍団の苦しそうな呻きが聞こえてきた。
そろそろいいかなって思って、一応問うてみる。
「リリィー。もうそっち向いていいー?」
「うん」
目を開き振り返る。
そこにあるのはリリィの、後ろ姿。
ちょっと顔が見えやすいところに移動してみる。
なんとなく。なんとなくね。
そして、奥のリス軍団はというと。
特有の短い手で、目を押さえ込んで暴れていた。
しかしリリィは容赦がない。
自身の左の掌を上に向け、地面と並行にさせ。
「──『ファイヤ』」
そこに火の塊を現出させる。
先も見た通り、見惚れてしまう程の鮮やかな赤色。
そんな赤にリリィの端正な顔が照らされるわけだから、それはもう。
綺麗……っていう、簡単な言葉しか浮かんでこない。
しかし、その手の向きで魔法を放てるのかと少し疑問だった。
だって、その火が宿った左手は上向きだ。
このまま放つと、上に飛んでいっちゃいそうだ。
だが、すぐに。
その私の心内の疑問に答えるように。
右の掌を、火の魔法のある手に直角になるように立たせた。
なんだか──。
「……熱そう」
私のなんとなしの呟きが届いたのか、リリィは首を横に振った。
声で言えないのは、魔法に集中しているからか。
なんか悪いことしちゃったかな。
だけど、リリィは集中を切らす様子も見せない。
瞬間、リリィの右手が震えた。
魔法が発射される、前兆だ──。
「──『ウィンド』」
その名前と共に、風が掌から吹き荒れた。
その風が、巨大になった火の塊を吹き飛ばし、リス軍団を二度焼する。
火が踊るように、そいつらの元で燃え盛る。
本当に容赦ない。生き残りがいそうな場所に、火を向け風で飛ばす。
案の定、そいつらは次々と断末魔をあげ。私は耳を塞ぐ。
全滅だろうか。リリィが魔法の放出を止めた。
断末魔が収まったところで、私は塞いでいた両手をとる。
聞こえるのは、パチパチという火の音。
ただ、リリィは手を下げていない。
と思ったのも束の間だ。
「……『ウォーター』」
上げたままの右手。そこに水の球が現出した。
なるほど。確かに、このまま燃え広がったら大変だ。
リリィは、その水の球を発射させ、消火を始める。
なんというか、やっぱり魔法を使えるのってかっこいいなって思った。
けど、なぜだか。次第に心がモヤモヤしていっていた。
……リリィが私に色々してくれて、私は何もできていないから。
だから、こんな気持ちになっているのかもしれない。
やがて火を鎮火させたリリィが、こっちに向かってきた。
「じゃあ。街に帰ろっか」
事もなげに。
今までのこと、全てなんでもないように。
私にそう促してくる。
「うん……」
曖昧な頷きをして、私はリリィの目を見た。
「あの、リリィ」
「……どうしたの?」
どこかキョトンした様子だった。
対する私は、リリィに向かって深くお辞儀をした。
「……ありがと。そして、ごめんね。迷惑かけた」
助けてくれたこと、リリィから一人勝手に逃げ出したこと。
私が倒した一匹の魔物によって、仲間が大量に引き寄せられたこと。
その諸々を込めて。
「うん。私の方こそ。ごめん。そしてありがと」
「なんで謝るの。なんでお礼を言うの」
少しずつ、さっきのことについて頭が回ってきた。
その時は、リリィにありがとうって。それしか思ってなかった。
……リリィに対して、申し訳ないことが沢山あった。それに気付けなかった。
「私、してもらってばっかりだよ……?」
口に出してみると余計に、自身の無力さ。身勝手さ。
それらに押し潰されてしまいそうになる。
でも、事実なのだ。これは。
だけど。続く私に答えるリリィの口調は、とても柔らかかった。
「助けるのが遅くなったから、ごめん。生きていてくれたから、ありがと」
落ち込んだ子供を慰めているかのような、そんな声。
私……落ち込んでるように見えるのかな。
私はリリィに、俯きながら反論した。
「……でも。でもさ。……私が。あの時、リリィから逃げなければ。こんなことにはならなかった。私が……命の危機に瀕すことも。なかった。全部、私が招いたことで……。リリィが謝る必要もなければ、お礼を言えるような立派な相手でもないよ、私」
「……違うよ。本当だったら、あの後すぐにミリアを追いかけることだって出来たはずなのに。……追いかけなかった。少し遅れて、向かった。そしたら、ミリアが魔物に襲われそうになっていたの。……だから、ごめんね」
思わず言葉に詰まる。
リリィは続けた。
「それにさ、近くに尖った氷が落ちてた。それに、魔物の死体も。それミリアが倒してくれたんだよね?」
ただただ頷いた。
リスを貫いた氷の槍は、近くに転がっていたらしい。
多分、もう熱気でそれは消えたと思うけど。
リリィ、ちゃんと見てくれていたんだ。
「……ミリアは、魔法で魔物を倒してくれた。……私が、教えた魔法でだよ? ……だから嬉しいし、それもありがとうって思ってる。……けど、それ以上に。さっきも言ったけどさ、生きていてくれたんだよ? ……私の好きな人がだよ。そりゃ、ありがとうって気持ちになってもおかしくないでしょ……?」
「…………」
何も言えずに、黙る。
頬を伝う違和感で気付いた。
……私は泣いていた。
リリィの優しさに、申し訳なくなって。
けど、それ以上に嬉しくって。
私を、こんなに好きな人がいるって。
それが、こんなに優しい人なんだって。
私、凄く恵まれているって。そう思って。
その想いが、涙に変わって溢れちゃった。
また、泣いてるとこ見られた。恥ずかしいよ。
「……リ、リリィは。こんな私のどこがいいの……?」
涙を拭いながら、私は聞いた。
声は震えていたかもしれない。
だって。こんな人が、私のどこを好きなのか。
リリィが良い人だって思うたびに、それが分からなくなる。
「ミリアの、好きなところ?」
「そ、そう」
「沢山あるよ」
「……細かく言ってみて」
「分かった。じゃあ、言うね」
「うん」
私の頷きに、一拍置いて。リリィは話し始めた。
「可愛いところ」
「……うん」
「優しいところ」
「うん……」
「髪が綺麗なところ」
「……ありがと」
「身体が、凄く柔らかいところ」
「…………うん」
「凄く良い子なのに『こんな私』だなんて謙遜するところ」
「良い子じゃないもん……」
「私に言い寄られたくらいで、すぐに顔を赤くするところ」
「…………だって。しょうがないじゃん……」
「全部が、好きなの」
全部が好き。
その言葉に。私の中の感情が、リリィに対する感情が。
凄く。凄く。いっぱいいっぱいになっちゃって。
もっと、溢れちゃって。
……何かが切れる音がした。
「……うん。リリィ、ありがと」
言うと、リリィは私のことを抱き寄せた。
離れられないくらいに、しっかりと。
「今度は、逃げないでね」
「……逃げないよ」
「ほんと?」
「同じ過ちを繰り返さない人間だから。私」
「そう」
「……うん、そう」
「……。ねぇ、ミリア。しばらくこのままでいい?」
「……いいよ」
少し、リリィの方から強く抱きしめてきた。
出会って間もない頃にされたハグと同じくらいの強度なのに。
全然、少しも痛くない。
凄く、温かい。
夏のせいで、蒸し暑いはずなのに。不思議と暖かいんだ。
その時、リリィの息が私の耳にふきかかる。
「ミリア……」
「どうしたの?」
「臭くない? リスの死体」
「……うん。ムード壊したくないから黙ってた」
そう。
死体は割とすぐそこなので、結構こっちまで死臭が来る。
耐えようと思ったけど、リリィもそう思っているなら、
「……ちょっと場所変よっか?」
「そうする」
「お家がいいよね」
「うん。晩御飯は?」
「なんか、もうお腹いっぱいになっちゃった」
「私も」
リリィが微笑むのに釣られ、私もちょっと笑う。
お互いに手を離して、お互いの顔を見て。
なぜだか、もう一回笑ってしまった。
泣き顔はもう、笑顔に変わっていた。
「じゃ、行こっか」
「うん」
数十メートル離れた、街の門に向き直る。
歩みを進めようと、一歩二歩と進み出した。
しかし。
「──あれ?」
その門から松明の光がいくつか出てくるのが見えた。
街の住人だろうけど、どうしてこんな時間に?
「ねぇ、あれ。リリィ、人がいる」
「……魔物の叫びに引き寄せられたのかも」
「あー。なるほど。……バレないように裏門から入る?」
「そうする。……魔物を倒したってバレたら、目立ちそうだから」
「そうだね。しかも、季節外れの魔物だし。余計、面倒なことになりそう」
「うん。私、ミリアとの時間を大切にしたいから。バレないのが、最善策」
私たちは「よし」と、また別の方角を向く。
意味もなく手を繋ぎ。
どっちから手を差し伸べたのかすらも分からないけど。
そのまま裏門へと、夜の風を切りながら駆けて行った。
楽しくて、気持ちの良い。夜のランニングだった。
私が魔物に襲われる寸前。私はリリィに助けられた。
ようやく、自分が死ななかったってことをちゃんと理解して。
その安心感に、私は身体の動くままリリィに泣きつく。
「ちょっ。ミリア」
鼻水ズビズビ、涙ボロボロ。
なんか抱き合っているみたいな感じになってしまう。
抱き合ってるというか、私が一方的に抱き付いてるだけ。
それを、あやすかのようにリリィが背中をポンポンと叩く。
街で起こったことなんて、もうどうでもいいくらいだった。
あれ? なんてさっきまで、リリィのことであんなに悩んでたんだっけ?
って、そう思えるくらいに。
「ほんとーにありがとぉ。怖かったよぉ」
より強く、リリィのことを抱きしめた。
「わ、分かった。分かったから。急に恥じらいを捨てないで!」
珍しく声を荒げるリリィ。
だけど、私は力を弱めなかった。
むしろ、強めていったのかもしれない。
「あ。えと。ミリア……」
ちょっと恥ずかしそうな声が、耳に届く。
「ま、まだ魔物は、いっぱいいるから」
続くその言葉に、肩越しの魔物を見遣る。
火が鎮まり始めて、そこに生き残った黒焦げのリス。
その姿が現れ始めていた。
だが、まだ火に捕らえられて動けてはいなさそうだった。
「ほ、ほんとだ」
かなり傷を負っているが、だが殺意はまだこちらに剥き出しだった。
少し怖気付いて、ちょっとだけ安堵の涙も引っ込んで不安が募る。
「大丈夫、私に任せて」
耳に囁いてくる、凄く。凄く凄く優しい声。
そして、背中に置いていた手で今度はさすってきた。
安心させようとしているのかな。
……リリィ、優しい。
「この魔物たちだったら、なんとかなりそうだから」
「……うん。頑張って」
再度、私の背中を二回叩いて、リリィは腕を取り外した。
私は空気が読める女なので、私も回していた腕を渋々取り外す。
少しだけ二人距離を置くと、リリィと顔が合って思わず顔を両手で覆う。
「み、見ないで。……リリィは、魔物に集中して」
だって、今の私の顔、ぐちゃぐちゃだし。
汚絶対に鼻水が出てるし、目は充血してそうだし。
けど、リリィはこんな私の顔でも、可愛いって。好きって言ってくれそう。
私、めっちゃ愛されてるしね。
…………うん。なに考えてんだ私。
考えながら、私は目元を腕で拭った。
鼻水もズビーって、はしたない音を立てながら元の場所に戻す。
これで少しは整えられたかなって、覆っていた手を元に戻した。
それにしても。
こんな恥ずかしい思考がリリィに読み取られてるのか心配だ。
読み取られるなんて有り得ないけど、どうしてもそう思ってしまう。
だが、リリィは特に気にした素振りも見せず、先の私の言葉に返答してきた。
「分かった」
「うん」
「色々したいけど、今は魔物に集中するね」
「色々って⁉︎」
なぜだか意味深に聞こえたその発言を、刹那に聞き返す。
リリィは、聞こえてないかのように振り返り魔物と対峙した。
「無視すなー」
それすらも無視された。ちょっとショック。
まぁいいや。後で聞こう。
首をブンブン振り、リス軍団の方を見る。
そいつらは、自身についた火の消化活動を丁度し終えていた。
そこから、一体。また一体と。
仲間の死体を踏みつけながら、こちらへ近付いて来ていた。
リリィはそんな魔物らにも動じず、至って冷静である。
と思えば、リリィの息を吸う音が聞こえてきた。
そして、自身の右手を空に掲げた。
魔法を使おうとしているらしい。
例によって、その手が輝きを放ち出す。
「ミリア、目を瞑って後ろ向いて。光魔法だから」
「え、うん!」
おぉ。光魔法。
祝い事とかお祭りの日とかに、空に撃たれてるやつだ。
ここで光魔法ということは、目眩しに使うのだろう。
そこで戸惑ったリス共に、攻撃魔法でどん! ってことだろう。
確実に、殺りにいくつもりらしい、リリィは。
などと感銘を受けつつ、言われた通りに。
踵を返し、目を瞑った。
リリィの声が聞こえたのは、そうした直後だった。
「……『フレア』」
そのリリィの声と共に、私の閉じた瞼が赤く光り出す。
一瞬だけ昼にでもなったような感じだ。
同時に、後ろからリス軍団の苦しそうな呻きが聞こえてきた。
そろそろいいかなって思って、一応問うてみる。
「リリィー。もうそっち向いていいー?」
「うん」
目を開き振り返る。
そこにあるのはリリィの、後ろ姿。
ちょっと顔が見えやすいところに移動してみる。
なんとなく。なんとなくね。
そして、奥のリス軍団はというと。
特有の短い手で、目を押さえ込んで暴れていた。
しかしリリィは容赦がない。
自身の左の掌を上に向け、地面と並行にさせ。
「──『ファイヤ』」
そこに火の塊を現出させる。
先も見た通り、見惚れてしまう程の鮮やかな赤色。
そんな赤にリリィの端正な顔が照らされるわけだから、それはもう。
綺麗……っていう、簡単な言葉しか浮かんでこない。
しかし、その手の向きで魔法を放てるのかと少し疑問だった。
だって、その火が宿った左手は上向きだ。
このまま放つと、上に飛んでいっちゃいそうだ。
だが、すぐに。
その私の心内の疑問に答えるように。
右の掌を、火の魔法のある手に直角になるように立たせた。
なんだか──。
「……熱そう」
私のなんとなしの呟きが届いたのか、リリィは首を横に振った。
声で言えないのは、魔法に集中しているからか。
なんか悪いことしちゃったかな。
だけど、リリィは集中を切らす様子も見せない。
瞬間、リリィの右手が震えた。
魔法が発射される、前兆だ──。
「──『ウィンド』」
その名前と共に、風が掌から吹き荒れた。
その風が、巨大になった火の塊を吹き飛ばし、リス軍団を二度焼する。
火が踊るように、そいつらの元で燃え盛る。
本当に容赦ない。生き残りがいそうな場所に、火を向け風で飛ばす。
案の定、そいつらは次々と断末魔をあげ。私は耳を塞ぐ。
全滅だろうか。リリィが魔法の放出を止めた。
断末魔が収まったところで、私は塞いでいた両手をとる。
聞こえるのは、パチパチという火の音。
ただ、リリィは手を下げていない。
と思ったのも束の間だ。
「……『ウォーター』」
上げたままの右手。そこに水の球が現出した。
なるほど。確かに、このまま燃え広がったら大変だ。
リリィは、その水の球を発射させ、消火を始める。
なんというか、やっぱり魔法を使えるのってかっこいいなって思った。
けど、なぜだか。次第に心がモヤモヤしていっていた。
……リリィが私に色々してくれて、私は何もできていないから。
だから、こんな気持ちになっているのかもしれない。
やがて火を鎮火させたリリィが、こっちに向かってきた。
「じゃあ。街に帰ろっか」
事もなげに。
今までのこと、全てなんでもないように。
私にそう促してくる。
「うん……」
曖昧な頷きをして、私はリリィの目を見た。
「あの、リリィ」
「……どうしたの?」
どこかキョトンした様子だった。
対する私は、リリィに向かって深くお辞儀をした。
「……ありがと。そして、ごめんね。迷惑かけた」
助けてくれたこと、リリィから一人勝手に逃げ出したこと。
私が倒した一匹の魔物によって、仲間が大量に引き寄せられたこと。
その諸々を込めて。
「うん。私の方こそ。ごめん。そしてありがと」
「なんで謝るの。なんでお礼を言うの」
少しずつ、さっきのことについて頭が回ってきた。
その時は、リリィにありがとうって。それしか思ってなかった。
……リリィに対して、申し訳ないことが沢山あった。それに気付けなかった。
「私、してもらってばっかりだよ……?」
口に出してみると余計に、自身の無力さ。身勝手さ。
それらに押し潰されてしまいそうになる。
でも、事実なのだ。これは。
だけど。続く私に答えるリリィの口調は、とても柔らかかった。
「助けるのが遅くなったから、ごめん。生きていてくれたから、ありがと」
落ち込んだ子供を慰めているかのような、そんな声。
私……落ち込んでるように見えるのかな。
私はリリィに、俯きながら反論した。
「……でも。でもさ。……私が。あの時、リリィから逃げなければ。こんなことにはならなかった。私が……命の危機に瀕すことも。なかった。全部、私が招いたことで……。リリィが謝る必要もなければ、お礼を言えるような立派な相手でもないよ、私」
「……違うよ。本当だったら、あの後すぐにミリアを追いかけることだって出来たはずなのに。……追いかけなかった。少し遅れて、向かった。そしたら、ミリアが魔物に襲われそうになっていたの。……だから、ごめんね」
思わず言葉に詰まる。
リリィは続けた。
「それにさ、近くに尖った氷が落ちてた。それに、魔物の死体も。それミリアが倒してくれたんだよね?」
ただただ頷いた。
リスを貫いた氷の槍は、近くに転がっていたらしい。
多分、もう熱気でそれは消えたと思うけど。
リリィ、ちゃんと見てくれていたんだ。
「……ミリアは、魔法で魔物を倒してくれた。……私が、教えた魔法でだよ? ……だから嬉しいし、それもありがとうって思ってる。……けど、それ以上に。さっきも言ったけどさ、生きていてくれたんだよ? ……私の好きな人がだよ。そりゃ、ありがとうって気持ちになってもおかしくないでしょ……?」
「…………」
何も言えずに、黙る。
頬を伝う違和感で気付いた。
……私は泣いていた。
リリィの優しさに、申し訳なくなって。
けど、それ以上に嬉しくって。
私を、こんなに好きな人がいるって。
それが、こんなに優しい人なんだって。
私、凄く恵まれているって。そう思って。
その想いが、涙に変わって溢れちゃった。
また、泣いてるとこ見られた。恥ずかしいよ。
「……リ、リリィは。こんな私のどこがいいの……?」
涙を拭いながら、私は聞いた。
声は震えていたかもしれない。
だって。こんな人が、私のどこを好きなのか。
リリィが良い人だって思うたびに、それが分からなくなる。
「ミリアの、好きなところ?」
「そ、そう」
「沢山あるよ」
「……細かく言ってみて」
「分かった。じゃあ、言うね」
「うん」
私の頷きに、一拍置いて。リリィは話し始めた。
「可愛いところ」
「……うん」
「優しいところ」
「うん……」
「髪が綺麗なところ」
「……ありがと」
「身体が、凄く柔らかいところ」
「…………うん」
「凄く良い子なのに『こんな私』だなんて謙遜するところ」
「良い子じゃないもん……」
「私に言い寄られたくらいで、すぐに顔を赤くするところ」
「…………だって。しょうがないじゃん……」
「全部が、好きなの」
全部が好き。
その言葉に。私の中の感情が、リリィに対する感情が。
凄く。凄く。いっぱいいっぱいになっちゃって。
もっと、溢れちゃって。
……何かが切れる音がした。
「……うん。リリィ、ありがと」
言うと、リリィは私のことを抱き寄せた。
離れられないくらいに、しっかりと。
「今度は、逃げないでね」
「……逃げないよ」
「ほんと?」
「同じ過ちを繰り返さない人間だから。私」
「そう」
「……うん、そう」
「……。ねぇ、ミリア。しばらくこのままでいい?」
「……いいよ」
少し、リリィの方から強く抱きしめてきた。
出会って間もない頃にされたハグと同じくらいの強度なのに。
全然、少しも痛くない。
凄く、温かい。
夏のせいで、蒸し暑いはずなのに。不思議と暖かいんだ。
その時、リリィの息が私の耳にふきかかる。
「ミリア……」
「どうしたの?」
「臭くない? リスの死体」
「……うん。ムード壊したくないから黙ってた」
そう。
死体は割とすぐそこなので、結構こっちまで死臭が来る。
耐えようと思ったけど、リリィもそう思っているなら、
「……ちょっと場所変よっか?」
「そうする」
「お家がいいよね」
「うん。晩御飯は?」
「なんか、もうお腹いっぱいになっちゃった」
「私も」
リリィが微笑むのに釣られ、私もちょっと笑う。
お互いに手を離して、お互いの顔を見て。
なぜだか、もう一回笑ってしまった。
泣き顔はもう、笑顔に変わっていた。
「じゃ、行こっか」
「うん」
数十メートル離れた、街の門に向き直る。
歩みを進めようと、一歩二歩と進み出した。
しかし。
「──あれ?」
その門から松明の光がいくつか出てくるのが見えた。
街の住人だろうけど、どうしてこんな時間に?
「ねぇ、あれ。リリィ、人がいる」
「……魔物の叫びに引き寄せられたのかも」
「あー。なるほど。……バレないように裏門から入る?」
「そうする。……魔物を倒したってバレたら、目立ちそうだから」
「そうだね。しかも、季節外れの魔物だし。余計、面倒なことになりそう」
「うん。私、ミリアとの時間を大切にしたいから。バレないのが、最善策」
私たちは「よし」と、また別の方角を向く。
意味もなく手を繋ぎ。
どっちから手を差し伸べたのかすらも分からないけど。
そのまま裏門へと、夜の風を切りながら駆けて行った。
楽しくて、気持ちの良い。夜のランニングだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる