ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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あと、三日

森の中で

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 私は走った。逃げた。
 リリィという、私の心を乱す存在から。
 後ろから、別にリリィは追ってきていないけれど。
 それでも私は走り続けた。
 止まったら、余計なことを考えそうで怖かったから。

 気付いたら、街の門を抜けていた。
 門番の人に声をかけられたのに、それすらも無視した。

 朝。私が街に帰るために通った、舗装された土の道。
 朝。私が中身の無い魔法を放った草原。
 朝。ベリーを採集した森の中。

 駆け抜けて。
 ずっと走り続けて。
 けど、自分の体が限界を訴えかけて、私は遂に足を止めた。
 下は土だというのに、迷わずそこにへたり込み。近くの木にもたれかかる。

「……はぁはぁ」

 荒すぎる息。
 この心臓の動悸は、先のことが継続しているのか。
 疲れが由来するものなのか分からない。
 けれど──。

「何、やってんの。私……」

 リリィのことよりも、疲れが頭を支配し始めて。
 私はようやく、少しだけ冷静になれた。

「……はぁ。やっちゃったな……」

 本当にやってしまった。
 私、本当に変なやつ。
 ここに来るまで何人か街の人とすれ違ったけど、絶対おかしく思われたよね。

 というか、どこだここ。
 朝、ベリーを採集したとこの近くっていうのは分かるけど……。
 土地勘はあるつもりだが、ここまで暗いと、どうも正確には分からない。
 目が慣れてくるのを待つしか無いかな。幸い、月光は明るい。

「……はぁ」

 呼吸も落ち着いてきたところで、再度深々とした溜息を吐く。

「戻りたくないな……」

 と言っても、絶対戻らないといけないんだけど。
 私はリリィのところから逃げてしまったわけで。
 あの場面でそういう行動を取るというのは、確実に意味が出る。

 あー。本当にどうしよう。
 一時の感情で、こんなことをするべきではなかったのかもしれない。
 でも。あの場面で、逃げずにずっといたらって思うと……。
 こうしたのは正解なのかもしれないと思えてしまう。

 そう思い返すと……また。さっきみたいに身体が火照っていく。

 まぁ、一人だから。
 どんなにまた顔が赤くなっても。
 動悸が早鐘の如く鳴っていても。
 それを見られることは、決してない。
 それなら目を逸らさずに、このことに向き合ってみるのもアリかもしれないけど。
 多分、結局。出る答えは、もう決まっている。
 だって。もう、あれは……。好きってことじゃん。
 好きってことなんだろうけど。さ。
 色々と、その結論に行き着く過程の中でおかしなところが散々ある。
 だから、私の頭がそれを否定しているのであって。
 一番の理由は、私がそうなるのが早いから。
 一日で人に好意を抱くだなんて。しかも同い歳の女の子に。
 今まで人に恋愛的な感情を持ったことが無い私が。
 こんなに一瞬で、好きになるって。
 それは、本当におかしなことで。
 だから。認めたく無いんだ。

「…………」

 ……どうしようか。
 目は若干慣れてきたから、帰れなくも無さそうではあるが。
 リリィにどんな顔を見せればいいのやら……。
 だって、向こうは。私の身体の変化に全部気づいているからさ。
 絶対、意識がリリィに向いているってバレてるわけで。

 あ。でも。

 あーいう。なんか凄いドキドキする様なことをしてきたってことは。
 多分、好きな人の心を惹きたいからっていう想いがあってのことで。
 私は、まんまとそのリリィに策にハマってしまった、と。
 そういう解釈もできるとするなら、むしろリリィは喜んでくれていそうだけれども。
 だって私は、リリィの好きな人なのだから。
 ここで顔を合わせにいって、嫌がられるということはまず有り得ないと思う。
 私が、勝手に嫌がって。それで、こんな思考をぐるぐると回して。
 結局、ここまでのこと全部、私の身勝手で進んでいること、なのかな。

 ……どうせ、帰らないといけないのなら。帰ろうか。
 ……けどな。やっぱり嫌だな。

 偶の身勝手くらい。別に、いっか。
 もう少し、こうしていよう。

 しかし、ずっとこうして地べたにへたり込んでいるのも、汚い感じがある。
 恐らくもう。私のワンピースは土まみれ。
 このまま座ったままでも、洗濯することには変わりないとは思う。が。

「…………」

 こんな暗いところにいるのも怖いので、ちょっと開けた場所に移動しようかな。
 今日の朝、魔法(スッカスカの)を放った場所にでも。

 そう決めて、私は「よいしょっと」と、その場をゆっくりと立ち上がった。
 お尻に触れてみると、圧倒的に土だった。きたねー。
 ……しょうがない、とりあえず歩こう──って。

「……あれ」

 視界は開けてきたとは言ったが。
 いやもう。ここどこ? 本当にどこ?
 ……まぁ、歩かないことには始まらないか、と。
 とりあえず、私はその場を動く。

 テキトーに動いても良くないとは思うけど、この森も大した広さではない。
 多分、もう少し歩けば舗装された道に出ると思う。
 というか、私、結構奥まで走ってきていたんだな。
 明日には筋肉痛になっていそうで、ちょっと不安。
 だけど、今はリリィとのこれからの方に不安があるので、それはさして気にならなかった。

 歩く。
 地面に落ちた小枝を踏む度に、それが割れる音が森に響く。
 ちょっとだけ、それが耳にうるさかった。

 歩いてから数分が経過した。
 そろそろ道に出てもいいんじゃないか。
 と、そう思った時、私はあるものを見つけた。

「あ……これ」

 見つけたものとは。
 この辺りにベリーの採集に来たとき、お祈りを捧げた小さな女神像だった。
 身元不明の女神像。本当に、誰がこんなところに作ったのかも分からない。
 添えてあげたリンゴはもう無くなっていた。けど、気にすることでもない。
 これで助かった。大方の道は分かりそうだ。
 ホッと胸を撫で下ろす気持ちになりながら、あたりをグルグルと見回した。

「えーっと。ここにこれがあるってことは、私が帰るべき方向は──。……?」

 と、そんな風に見回していると、私の視界に違和感が飛び込んできた。

 ────光?

 女神像の少し奥。
 木々に隠れた向こう側から、少量の輝きが映った。

 なんだろう?
 好奇心に突き動かされて迷わずにそこに向かってみた。
 ガサガサと、草木を掻き分けながら。

 辿り着いたその場所は、ポツンとした大きくも小さくもない池だった。
 月明かりに水面が照らされ、鏡となって森を照らしていたらしい。
 その光景は、なんというか。とても神秘的だ。
 ……こんな場所に池があるなんて、知らなかった。
 あの女神像も見たことなかったし、これも割と最近作られたものなのかな。

 ……せっかく綺麗だし、心の整理がつくまでここにいようかな。

 そう思い、服が汚れる事を忘れて、またその場に座ろうとした。
 その時だった。

 ──ガサガサ。

 どこかで、草木の揺れる音がした。
 後ろからではない。少なくとも、前の方からだ。
 それに、この音は動物が動くような。そんな音だ。
 リリィがこんなところまで迎えに来たとか? かな?
 ……それはないか。私の場所なんて分かるわけないだろうし。
 何かの野生動物だろう。

 そう思い、その音に耳を傾けていると。
 そのガサガサという音は、どんどん音量を上げていった。
 気配がこちらに近づいてきているのが分かる。

 やがてそれは姿を現した。
 リスだった。
 だが、普通のリスよりも何倍も大きい。
 可愛らしい顔。しかし、剥き出しの牙がその可愛さを掻き消していた。
 そいつの毛皮は、ところどころ。赤黒い。

 ──やばい。

 私の本能がそれを察した。

 これはヤバい。
 先までのリリィについての葛藤が全て吹っ飛ぶくらいにはヤバい。
 こいつは、魔物だ。しかし、余りにも季節外れだ。
 だが、今は起きている現実に直面しないと。

 さて……と。
 私は、クルリと踵を返し、

「さよならリスさん!」

 その場を勢いよく駆け出した。
 向かう場所は、街の方角。
 ……体力的に、これ大丈夫?
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