16 / 47
あと、三日
森の中で
しおりを挟む
私は走った。逃げた。
リリィという、私の心を乱す存在から。
後ろから、別にリリィは追ってきていないけれど。
それでも私は走り続けた。
止まったら、余計なことを考えそうで怖かったから。
気付いたら、街の門を抜けていた。
門番の人に声をかけられたのに、それすらも無視した。
朝。私が街に帰るために通った、舗装された土の道。
朝。私が中身の無い魔法を放った草原。
朝。ベリーを採集した森の中。
駆け抜けて。
ずっと走り続けて。
けど、自分の体が限界を訴えかけて、私は遂に足を止めた。
下は土だというのに、迷わずそこにへたり込み。近くの木にもたれかかる。
「……はぁはぁ」
荒すぎる息。
この心臓の動悸は、先のことが継続しているのか。
疲れが由来するものなのか分からない。
けれど──。
「何、やってんの。私……」
リリィのことよりも、疲れが頭を支配し始めて。
私はようやく、少しだけ冷静になれた。
「……はぁ。やっちゃったな……」
本当にやってしまった。
私、本当に変なやつ。
ここに来るまで何人か街の人とすれ違ったけど、絶対おかしく思われたよね。
というか、どこだここ。
朝、ベリーを採集したとこの近くっていうのは分かるけど……。
土地勘はあるつもりだが、ここまで暗いと、どうも正確には分からない。
目が慣れてくるのを待つしか無いかな。幸い、月光は明るい。
「……はぁ」
呼吸も落ち着いてきたところで、再度深々とした溜息を吐く。
「戻りたくないな……」
と言っても、絶対戻らないといけないんだけど。
私はリリィのところから逃げてしまったわけで。
あの場面でそういう行動を取るというのは、確実に意味が出る。
あー。本当にどうしよう。
一時の感情で、こんなことをするべきではなかったのかもしれない。
でも。あの場面で、逃げずにずっといたらって思うと……。
こうしたのは正解なのかもしれないと思えてしまう。
そう思い返すと……また。さっきみたいに身体が火照っていく。
まぁ、一人だから。
どんなにまた顔が赤くなっても。
動悸が早鐘の如く鳴っていても。
それを見られることは、決してない。
それなら目を逸らさずに、このことに向き合ってみるのもアリかもしれないけど。
多分、結局。出る答えは、もう決まっている。
だって。もう、あれは……。好きってことじゃん。
好きってことなんだろうけど。さ。
色々と、その結論に行き着く過程の中でおかしなところが散々ある。
だから、私の頭がそれを否定しているのであって。
一番の理由は、私がそうなるのが早いから。
一日で人に好意を抱くだなんて。しかも同い歳の女の子に。
今まで人に恋愛的な感情を持ったことが無い私が。
こんなに一瞬で、好きになるって。
それは、本当におかしなことで。
だから。認めたく無いんだ。
「…………」
……どうしようか。
目は若干慣れてきたから、帰れなくも無さそうではあるが。
リリィにどんな顔を見せればいいのやら……。
だって、向こうは。私の身体の変化に全部気づいているからさ。
絶対、意識がリリィに向いているってバレてるわけで。
あ。でも。
あーいう。なんか凄いドキドキする様なことをしてきたってことは。
多分、好きな人の心を惹きたいからっていう想いがあってのことで。
私は、まんまとそのリリィに策にハマってしまった、と。
そういう解釈もできるとするなら、むしろリリィは喜んでくれていそうだけれども。
だって私は、リリィの好きな人なのだから。
ここで顔を合わせにいって、嫌がられるということはまず有り得ないと思う。
私が、勝手に嫌がって。それで、こんな思考をぐるぐると回して。
結局、ここまでのこと全部、私の身勝手で進んでいること、なのかな。
……どうせ、帰らないといけないのなら。帰ろうか。
……けどな。やっぱり嫌だな。
偶の身勝手くらい。別に、いっか。
もう少し、こうしていよう。
しかし、ずっとこうして地べたにへたり込んでいるのも、汚い感じがある。
恐らくもう。私のワンピースは土まみれ。
このまま座ったままでも、洗濯することには変わりないとは思う。が。
「…………」
こんな暗いところにいるのも怖いので、ちょっと開けた場所に移動しようかな。
今日の朝、魔法(スッカスカの)を放った場所にでも。
そう決めて、私は「よいしょっと」と、その場をゆっくりと立ち上がった。
お尻に触れてみると、圧倒的に土だった。きたねー。
……しょうがない、とりあえず歩こう──って。
「……あれ」
視界は開けてきたとは言ったが。
いやもう。ここどこ? 本当にどこ?
……まぁ、歩かないことには始まらないか、と。
とりあえず、私はその場を動く。
テキトーに動いても良くないとは思うけど、この森も大した広さではない。
多分、もう少し歩けば舗装された道に出ると思う。
というか、私、結構奥まで走ってきていたんだな。
明日には筋肉痛になっていそうで、ちょっと不安。
だけど、今はリリィとのこれからの方に不安があるので、それはさして気にならなかった。
歩く。
地面に落ちた小枝を踏む度に、それが割れる音が森に響く。
ちょっとだけ、それが耳にうるさかった。
歩いてから数分が経過した。
そろそろ道に出てもいいんじゃないか。
と、そう思った時、私はあるものを見つけた。
「あ……これ」
見つけたものとは。
この辺りにベリーの採集に来たとき、お祈りを捧げた小さな女神像だった。
身元不明の女神像。本当に、誰がこんなところに作ったのかも分からない。
添えてあげたリンゴはもう無くなっていた。けど、気にすることでもない。
これで助かった。大方の道は分かりそうだ。
ホッと胸を撫で下ろす気持ちになりながら、あたりをグルグルと見回した。
「えーっと。ここにこれがあるってことは、私が帰るべき方向は──。……?」
と、そんな風に見回していると、私の視界に違和感が飛び込んできた。
────光?
女神像の少し奥。
木々に隠れた向こう側から、少量の輝きが映った。
なんだろう?
好奇心に突き動かされて迷わずにそこに向かってみた。
ガサガサと、草木を掻き分けながら。
辿り着いたその場所は、ポツンとした大きくも小さくもない池だった。
月明かりに水面が照らされ、鏡となって森を照らしていたらしい。
その光景は、なんというか。とても神秘的だ。
……こんな場所に池があるなんて、知らなかった。
あの女神像も見たことなかったし、これも割と最近作られたものなのかな。
……せっかく綺麗だし、心の整理がつくまでここにいようかな。
そう思い、服が汚れる事を忘れて、またその場に座ろうとした。
その時だった。
──ガサガサ。
どこかで、草木の揺れる音がした。
後ろからではない。少なくとも、前の方からだ。
それに、この音は動物が動くような。そんな音だ。
リリィがこんなところまで迎えに来たとか? かな?
……それはないか。私の場所なんて分かるわけないだろうし。
何かの野生動物だろう。
そう思い、その音に耳を傾けていると。
そのガサガサという音は、どんどん音量を上げていった。
気配がこちらに近づいてきているのが分かる。
やがてそれは姿を現した。
リスだった。
だが、普通のリスよりも何倍も大きい。
可愛らしい顔。しかし、剥き出しの牙がその可愛さを掻き消していた。
そいつの毛皮は、ところどころ。赤黒い。
──やばい。
私の本能がそれを察した。
これはヤバい。
先までのリリィについての葛藤が全て吹っ飛ぶくらいにはヤバい。
こいつは、魔物だ。しかし、余りにも季節外れだ。
だが、今は起きている現実に直面しないと。
さて……と。
私は、クルリと踵を返し、
「さよならリスさん!」
その場を勢いよく駆け出した。
向かう場所は、街の方角。
……体力的に、これ大丈夫?
リリィという、私の心を乱す存在から。
後ろから、別にリリィは追ってきていないけれど。
それでも私は走り続けた。
止まったら、余計なことを考えそうで怖かったから。
気付いたら、街の門を抜けていた。
門番の人に声をかけられたのに、それすらも無視した。
朝。私が街に帰るために通った、舗装された土の道。
朝。私が中身の無い魔法を放った草原。
朝。ベリーを採集した森の中。
駆け抜けて。
ずっと走り続けて。
けど、自分の体が限界を訴えかけて、私は遂に足を止めた。
下は土だというのに、迷わずそこにへたり込み。近くの木にもたれかかる。
「……はぁはぁ」
荒すぎる息。
この心臓の動悸は、先のことが継続しているのか。
疲れが由来するものなのか分からない。
けれど──。
「何、やってんの。私……」
リリィのことよりも、疲れが頭を支配し始めて。
私はようやく、少しだけ冷静になれた。
「……はぁ。やっちゃったな……」
本当にやってしまった。
私、本当に変なやつ。
ここに来るまで何人か街の人とすれ違ったけど、絶対おかしく思われたよね。
というか、どこだここ。
朝、ベリーを採集したとこの近くっていうのは分かるけど……。
土地勘はあるつもりだが、ここまで暗いと、どうも正確には分からない。
目が慣れてくるのを待つしか無いかな。幸い、月光は明るい。
「……はぁ」
呼吸も落ち着いてきたところで、再度深々とした溜息を吐く。
「戻りたくないな……」
と言っても、絶対戻らないといけないんだけど。
私はリリィのところから逃げてしまったわけで。
あの場面でそういう行動を取るというのは、確実に意味が出る。
あー。本当にどうしよう。
一時の感情で、こんなことをするべきではなかったのかもしれない。
でも。あの場面で、逃げずにずっといたらって思うと……。
こうしたのは正解なのかもしれないと思えてしまう。
そう思い返すと……また。さっきみたいに身体が火照っていく。
まぁ、一人だから。
どんなにまた顔が赤くなっても。
動悸が早鐘の如く鳴っていても。
それを見られることは、決してない。
それなら目を逸らさずに、このことに向き合ってみるのもアリかもしれないけど。
多分、結局。出る答えは、もう決まっている。
だって。もう、あれは……。好きってことじゃん。
好きってことなんだろうけど。さ。
色々と、その結論に行き着く過程の中でおかしなところが散々ある。
だから、私の頭がそれを否定しているのであって。
一番の理由は、私がそうなるのが早いから。
一日で人に好意を抱くだなんて。しかも同い歳の女の子に。
今まで人に恋愛的な感情を持ったことが無い私が。
こんなに一瞬で、好きになるって。
それは、本当におかしなことで。
だから。認めたく無いんだ。
「…………」
……どうしようか。
目は若干慣れてきたから、帰れなくも無さそうではあるが。
リリィにどんな顔を見せればいいのやら……。
だって、向こうは。私の身体の変化に全部気づいているからさ。
絶対、意識がリリィに向いているってバレてるわけで。
あ。でも。
あーいう。なんか凄いドキドキする様なことをしてきたってことは。
多分、好きな人の心を惹きたいからっていう想いがあってのことで。
私は、まんまとそのリリィに策にハマってしまった、と。
そういう解釈もできるとするなら、むしろリリィは喜んでくれていそうだけれども。
だって私は、リリィの好きな人なのだから。
ここで顔を合わせにいって、嫌がられるということはまず有り得ないと思う。
私が、勝手に嫌がって。それで、こんな思考をぐるぐると回して。
結局、ここまでのこと全部、私の身勝手で進んでいること、なのかな。
……どうせ、帰らないといけないのなら。帰ろうか。
……けどな。やっぱり嫌だな。
偶の身勝手くらい。別に、いっか。
もう少し、こうしていよう。
しかし、ずっとこうして地べたにへたり込んでいるのも、汚い感じがある。
恐らくもう。私のワンピースは土まみれ。
このまま座ったままでも、洗濯することには変わりないとは思う。が。
「…………」
こんな暗いところにいるのも怖いので、ちょっと開けた場所に移動しようかな。
今日の朝、魔法(スッカスカの)を放った場所にでも。
そう決めて、私は「よいしょっと」と、その場をゆっくりと立ち上がった。
お尻に触れてみると、圧倒的に土だった。きたねー。
……しょうがない、とりあえず歩こう──って。
「……あれ」
視界は開けてきたとは言ったが。
いやもう。ここどこ? 本当にどこ?
……まぁ、歩かないことには始まらないか、と。
とりあえず、私はその場を動く。
テキトーに動いても良くないとは思うけど、この森も大した広さではない。
多分、もう少し歩けば舗装された道に出ると思う。
というか、私、結構奥まで走ってきていたんだな。
明日には筋肉痛になっていそうで、ちょっと不安。
だけど、今はリリィとのこれからの方に不安があるので、それはさして気にならなかった。
歩く。
地面に落ちた小枝を踏む度に、それが割れる音が森に響く。
ちょっとだけ、それが耳にうるさかった。
歩いてから数分が経過した。
そろそろ道に出てもいいんじゃないか。
と、そう思った時、私はあるものを見つけた。
「あ……これ」
見つけたものとは。
この辺りにベリーの採集に来たとき、お祈りを捧げた小さな女神像だった。
身元不明の女神像。本当に、誰がこんなところに作ったのかも分からない。
添えてあげたリンゴはもう無くなっていた。けど、気にすることでもない。
これで助かった。大方の道は分かりそうだ。
ホッと胸を撫で下ろす気持ちになりながら、あたりをグルグルと見回した。
「えーっと。ここにこれがあるってことは、私が帰るべき方向は──。……?」
と、そんな風に見回していると、私の視界に違和感が飛び込んできた。
────光?
女神像の少し奥。
木々に隠れた向こう側から、少量の輝きが映った。
なんだろう?
好奇心に突き動かされて迷わずにそこに向かってみた。
ガサガサと、草木を掻き分けながら。
辿り着いたその場所は、ポツンとした大きくも小さくもない池だった。
月明かりに水面が照らされ、鏡となって森を照らしていたらしい。
その光景は、なんというか。とても神秘的だ。
……こんな場所に池があるなんて、知らなかった。
あの女神像も見たことなかったし、これも割と最近作られたものなのかな。
……せっかく綺麗だし、心の整理がつくまでここにいようかな。
そう思い、服が汚れる事を忘れて、またその場に座ろうとした。
その時だった。
──ガサガサ。
どこかで、草木の揺れる音がした。
後ろからではない。少なくとも、前の方からだ。
それに、この音は動物が動くような。そんな音だ。
リリィがこんなところまで迎えに来たとか? かな?
……それはないか。私の場所なんて分かるわけないだろうし。
何かの野生動物だろう。
そう思い、その音に耳を傾けていると。
そのガサガサという音は、どんどん音量を上げていった。
気配がこちらに近づいてきているのが分かる。
やがてそれは姿を現した。
リスだった。
だが、普通のリスよりも何倍も大きい。
可愛らしい顔。しかし、剥き出しの牙がその可愛さを掻き消していた。
そいつの毛皮は、ところどころ。赤黒い。
──やばい。
私の本能がそれを察した。
これはヤバい。
先までのリリィについての葛藤が全て吹っ飛ぶくらいにはヤバい。
こいつは、魔物だ。しかし、余りにも季節外れだ。
だが、今は起きている現実に直面しないと。
さて……と。
私は、クルリと踵を返し、
「さよならリスさん!」
その場を勢いよく駆け出した。
向かう場所は、街の方角。
……体力的に、これ大丈夫?
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる