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あと、三日
かき混ぜられた、私の心
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「……リリィ。さっきの氷、冷たかったんだけど。今は痛い」
「痛いなら冷やすよ?」
「……もう、氷は勘弁です」
「そう。痛いのには氷だと思うんだけど」
「その通りかもしれないけどさ。そんなことしたら完全に悪循環だからやめよう!」
「……分かった」
……という。
そんな頭の可笑しな会話はとりあえず置いといて。
結局、あの氷はリリィに取り出して貰った。
『そんな叫んだら近所迷惑』と、そう言われながら。
なんだか私が悪いみたいだけど。……実際、私が悪いのか。
いや。けど。
私に対する罰が氷の魔法っていうのは。それに関してはリリィが悪いと思う。
この冷たさは何度やられても慣れる気がしないし、慣れたくもない。
……で。今は、私のお気に入りのレストランに向かっている道中。
さっきまでの暗さが嘘の様に、明るく。家の窓からも光が飛び出していて眩しい。
だけど。この光にも段々と目が慣れてくるんだろうなーと。
そんなことや、その他諸々を考えながら、舗装された石畳の上を歩いていた。
あと。なぜか私の左手が、リリィの手に繋がれている。絡み合っている。
今更、リリィのこういう行動に関してはもう慣れた気でいるので、特にこれといったツッコミもせずに、私はその手を握り返していた。
ちょっとだけ蒸し暑くて、手が滑る度にリリィがぎゅっとしてくる。
ベッドで寝てた時もこうしてきたけど、あれはご褒美の一環ってことになっていて。
それが今も継続されているのかなって、まぁ普通に考えたらそうなるけど。
冷静に考えたら、なんで手を繋ぐ必要があるのかって感じで。
もっと冷静に考えてみたら、私のことが好きだから握ってくるのかなって納得できた。
そんな状態でしばらく歩いていると。
「……ミリア」
隣から、リリィの声。
「どーしたの?」
と、聞き返す。
聞きながら、リリィの顔を覗いてみる。
ずっと真っ直ぐ前を見てるなって思っていたら、その視線に気が付いたらしく私に目を合わせてきて。その真っ直ぐな瞳が恥ずかしくて目を逸らす。
動悸がワンテンポ、速さを上げると共に、自身の単純さを再認識した。
リリィは私が目を逸らしたことを不思議がる様子も無く、再び前を向くのを横目で見た。
いや。ひょっとしたら不思議がっているのかもしれない。
リリィの表情から心情を読み取るのって、なんだか難しいし。
まだ一日目の所感ではあるけど。
……それでも。それを言うとするなら、朝のリリィの表情はコロコロと変わっていた。
分かりやすく、悲しさが滲み出た。そんな表情になっていたし。
何せ、朝のリリィはちょっと怖かった。ちょっと? いや、かなり。
なんか私の知らない言葉を、冷たく言い放ってきたし。
『おかしていい?』とかいう。
結局、その意味も分からず仕舞い。聞いたところで話を逸らされたし。
朝は長旅で疲れたから、ちょっと変になってただけなのだろうけど。
などと思考していると。
「えっとさ」
私の思考の隙間に入り込むリリィの声。
そういえば何か言おうとしていたな、と。「うん」そう頷く。
「今の私。ミリアにとったら、どんな感じ?」
今度はリリィから私の顔を覗いてきた。
私のその人に目を合わせなかった。
さっきみたいに、また顔を逸らしてしまうかもだから。
平静を保ちつつ、前を見ながら。
しかし、焦点は視界の端のリリィに合わさっていて。
私はリリィに言葉を返す。
「どんな感じときましたか……」
「うん」
「そう聞かれるとちょっと難しいけど。……んーまぁ、優しい人? みたいな」
言った言葉に嘘は無かった。
「分かった」
リリィはそう頷くと、またまた前を向いた。
「あ、うん。……え? それだけ?」
呆気なく終わった会話に、思わず間抜けな声が出てしまう。
その問いに、
「うん。それだけ」
と、あっさりと返されてしまった。
「……そ、そうっすか」
「うん」
あまりにも中身が薄い会話。
ただ私のリリィに対する感想を聞きたかっただけなのか。
と、そう思考した直後に。
「嬉しい。ありがと」
そんな。素直な感謝の言葉を述べられた。
「──うっ」
……。
……いざ、そんな素直に感謝されても反応に困る。
困るっていうか、なんかもう恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
思わず、喉に何かを詰まらせたみたいな変な声を出してしまったじゃないか。
やばい。手汗がやばい。顔が熱い。全身が熱い。
今日はもうずっとこんな感じだ。
リリィの手のひらの上で踊らされているというか。
私が勝手に舞い上がって、ただ一人で激しく踊っているだけなのかもだけど。
それはひとまず置いといて、だ。
やっぱり、ここは普通に『どういたしまして』でいいよね?
うん。それが一番安定しているような気がする。
よし──。
そう決意し、口を開いた。その時。
「ミリア」
私より、一足先にリリィが私の名を呼んだ。
喉元まで出掛かっていた感謝の言葉が引っかかり、ちょっと咳き込む。
落ち着いたところで「……う、うん」と、曖昧な返事をした。
歩く速度は次第に遅くなり、やがてリリィが立ち止まる。
手は握られているので、それに合わせて私もその場で立ち止まった。
「えーっと。……どしたの?」
聞くが。しかし、リリィは黙りこくる。
分からない。リリィが何をしようとしているのか。
なぜか先よりも心臓の動悸が激しくて。
その理由を探っても、答えは見つからない。
そして。
絡み合った手からスルスルと抜けたリリィの親指。
それが、私の手首の付け根に当てられた。
「心臓の動き、凄く早いね。手も、汗でべっとりしていて──」
痛いところを、的確に。突いてくる。
その心臓の速さを意識した途端に、もっと速度が上がった気がした。
刹那。
リリィは、繋がれていた手をパッと離し。
私の正面にやってきて、先まで繋いでいた濡れた手で、私の顔を固定した。
私が目を逸らすことができないくらいに。
親指とそれ以外の指で、両頬の下をしっかりと。
その突き刺すような目には、もう目も逸らすことも、瞑ることもできなくって。
リリィの顔のことを、綺麗だと思うことしか、できなくなっていて。
住人に見られるという心配も、どこかに飛んでいっていて。
私の脳が、沸点を大幅に越した。
彼女の唇がゆっくりと開かれて。熱い息が私に吹きかかる。
その息の後ろを、リリィの言葉が追って。
「何より。顔が赤い。凄く赤い。……まるで、私のことが好きみたい」
そんな風に。私の心を見え透いているかのように。
「な、何言って──」
リリィのその言葉を否定しようと、声を多少荒げた時。
それを阻止するかの如く、顔をスレスレまで私に寄せてきて、
「じゃあ。キスしたら、分かるよね」
私の脳髄を破壊するかのような。そんなことを言ってきた。
私の思考が、その言葉の意味を理解するのを拒んだ。
いや。理解したからこそ、それを真に受け止めたく無かったのかもしれない。
だって。怖いから。
私が私じゃなくなるみたいで。とても。
だが、そんな複雑な思考をしたのも束の間。
その近付いた顔は、すぐに私に距離を置いた。
「なんて、嘘だよ」
リリィは、大したことじゃないかのようにあっさりと。
「ミリアが、私のことをこんなに早く好きになるはずがない」
そう続けて、私に踵を返した。
「通行人こなくてよかったね。レストラン、行こっか」
…………。
おかしい。とてつもないほどに、おかしい。
本当に、死にそうなくらいに。心臓の動きが早い。
私の中の本来あるべきテンポと、有り得ないくらい、ずれがある。
──ここにいたら、危険だ。
私は、リリィと同じように踵を返した。
混乱に身を任せて、訳も分からずにその場から走り出した。
リリィの元から逃げた。
自分でも何をしているのか分からない。こんないきなり逃げるだなんて。
でも、これ以上リリィの傍にいたら、どうにかなっちゃいそうで。
こんなの。好意を抱いている以外の、どんな感情でもない。
けどさ。絶対、こんなのおかしいんだって。
だって。早いじゃん。出会ったのだって今日の朝じゃん。
それほどまでに、私は愛に飢えていたとか、そういうこと?
それにしてもさ。おかしいじゃん。
こんなに心臓がドキドキしてるだなんて。
まるでリリィのことが好きみたいじゃん。
まだ、関わったことといえば魔法を教えてもらったくらいなのに。
それだけで、こんなに心の内を掻き乱されるなんてさ。
なぜだか無性に悔しくて、なぜだか涙が出てきそうで。
辛い。この現実を認めたくない。そんな想いが湧き上がる。
私、リリィのことが好きなの?
自分に問いかける。
けれど、その問いには答えられない。
ただただ。ずっと、走り続けた。
答えられなかった時点で、答えは既に出ていたのかもしれない。
「痛いなら冷やすよ?」
「……もう、氷は勘弁です」
「そう。痛いのには氷だと思うんだけど」
「その通りかもしれないけどさ。そんなことしたら完全に悪循環だからやめよう!」
「……分かった」
……という。
そんな頭の可笑しな会話はとりあえず置いといて。
結局、あの氷はリリィに取り出して貰った。
『そんな叫んだら近所迷惑』と、そう言われながら。
なんだか私が悪いみたいだけど。……実際、私が悪いのか。
いや。けど。
私に対する罰が氷の魔法っていうのは。それに関してはリリィが悪いと思う。
この冷たさは何度やられても慣れる気がしないし、慣れたくもない。
……で。今は、私のお気に入りのレストランに向かっている道中。
さっきまでの暗さが嘘の様に、明るく。家の窓からも光が飛び出していて眩しい。
だけど。この光にも段々と目が慣れてくるんだろうなーと。
そんなことや、その他諸々を考えながら、舗装された石畳の上を歩いていた。
あと。なぜか私の左手が、リリィの手に繋がれている。絡み合っている。
今更、リリィのこういう行動に関してはもう慣れた気でいるので、特にこれといったツッコミもせずに、私はその手を握り返していた。
ちょっとだけ蒸し暑くて、手が滑る度にリリィがぎゅっとしてくる。
ベッドで寝てた時もこうしてきたけど、あれはご褒美の一環ってことになっていて。
それが今も継続されているのかなって、まぁ普通に考えたらそうなるけど。
冷静に考えたら、なんで手を繋ぐ必要があるのかって感じで。
もっと冷静に考えてみたら、私のことが好きだから握ってくるのかなって納得できた。
そんな状態でしばらく歩いていると。
「……ミリア」
隣から、リリィの声。
「どーしたの?」
と、聞き返す。
聞きながら、リリィの顔を覗いてみる。
ずっと真っ直ぐ前を見てるなって思っていたら、その視線に気が付いたらしく私に目を合わせてきて。その真っ直ぐな瞳が恥ずかしくて目を逸らす。
動悸がワンテンポ、速さを上げると共に、自身の単純さを再認識した。
リリィは私が目を逸らしたことを不思議がる様子も無く、再び前を向くのを横目で見た。
いや。ひょっとしたら不思議がっているのかもしれない。
リリィの表情から心情を読み取るのって、なんだか難しいし。
まだ一日目の所感ではあるけど。
……それでも。それを言うとするなら、朝のリリィの表情はコロコロと変わっていた。
分かりやすく、悲しさが滲み出た。そんな表情になっていたし。
何せ、朝のリリィはちょっと怖かった。ちょっと? いや、かなり。
なんか私の知らない言葉を、冷たく言い放ってきたし。
『おかしていい?』とかいう。
結局、その意味も分からず仕舞い。聞いたところで話を逸らされたし。
朝は長旅で疲れたから、ちょっと変になってただけなのだろうけど。
などと思考していると。
「えっとさ」
私の思考の隙間に入り込むリリィの声。
そういえば何か言おうとしていたな、と。「うん」そう頷く。
「今の私。ミリアにとったら、どんな感じ?」
今度はリリィから私の顔を覗いてきた。
私のその人に目を合わせなかった。
さっきみたいに、また顔を逸らしてしまうかもだから。
平静を保ちつつ、前を見ながら。
しかし、焦点は視界の端のリリィに合わさっていて。
私はリリィに言葉を返す。
「どんな感じときましたか……」
「うん」
「そう聞かれるとちょっと難しいけど。……んーまぁ、優しい人? みたいな」
言った言葉に嘘は無かった。
「分かった」
リリィはそう頷くと、またまた前を向いた。
「あ、うん。……え? それだけ?」
呆気なく終わった会話に、思わず間抜けな声が出てしまう。
その問いに、
「うん。それだけ」
と、あっさりと返されてしまった。
「……そ、そうっすか」
「うん」
あまりにも中身が薄い会話。
ただ私のリリィに対する感想を聞きたかっただけなのか。
と、そう思考した直後に。
「嬉しい。ありがと」
そんな。素直な感謝の言葉を述べられた。
「──うっ」
……。
……いざ、そんな素直に感謝されても反応に困る。
困るっていうか、なんかもう恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
思わず、喉に何かを詰まらせたみたいな変な声を出してしまったじゃないか。
やばい。手汗がやばい。顔が熱い。全身が熱い。
今日はもうずっとこんな感じだ。
リリィの手のひらの上で踊らされているというか。
私が勝手に舞い上がって、ただ一人で激しく踊っているだけなのかもだけど。
それはひとまず置いといて、だ。
やっぱり、ここは普通に『どういたしまして』でいいよね?
うん。それが一番安定しているような気がする。
よし──。
そう決意し、口を開いた。その時。
「ミリア」
私より、一足先にリリィが私の名を呼んだ。
喉元まで出掛かっていた感謝の言葉が引っかかり、ちょっと咳き込む。
落ち着いたところで「……う、うん」と、曖昧な返事をした。
歩く速度は次第に遅くなり、やがてリリィが立ち止まる。
手は握られているので、それに合わせて私もその場で立ち止まった。
「えーっと。……どしたの?」
聞くが。しかし、リリィは黙りこくる。
分からない。リリィが何をしようとしているのか。
なぜか先よりも心臓の動悸が激しくて。
その理由を探っても、答えは見つからない。
そして。
絡み合った手からスルスルと抜けたリリィの親指。
それが、私の手首の付け根に当てられた。
「心臓の動き、凄く早いね。手も、汗でべっとりしていて──」
痛いところを、的確に。突いてくる。
その心臓の速さを意識した途端に、もっと速度が上がった気がした。
刹那。
リリィは、繋がれていた手をパッと離し。
私の正面にやってきて、先まで繋いでいた濡れた手で、私の顔を固定した。
私が目を逸らすことができないくらいに。
親指とそれ以外の指で、両頬の下をしっかりと。
その突き刺すような目には、もう目も逸らすことも、瞑ることもできなくって。
リリィの顔のことを、綺麗だと思うことしか、できなくなっていて。
住人に見られるという心配も、どこかに飛んでいっていて。
私の脳が、沸点を大幅に越した。
彼女の唇がゆっくりと開かれて。熱い息が私に吹きかかる。
その息の後ろを、リリィの言葉が追って。
「何より。顔が赤い。凄く赤い。……まるで、私のことが好きみたい」
そんな風に。私の心を見え透いているかのように。
「な、何言って──」
リリィのその言葉を否定しようと、声を多少荒げた時。
それを阻止するかの如く、顔をスレスレまで私に寄せてきて、
「じゃあ。キスしたら、分かるよね」
私の脳髄を破壊するかのような。そんなことを言ってきた。
私の思考が、その言葉の意味を理解するのを拒んだ。
いや。理解したからこそ、それを真に受け止めたく無かったのかもしれない。
だって。怖いから。
私が私じゃなくなるみたいで。とても。
だが、そんな複雑な思考をしたのも束の間。
その近付いた顔は、すぐに私に距離を置いた。
「なんて、嘘だよ」
リリィは、大したことじゃないかのようにあっさりと。
「ミリアが、私のことをこんなに早く好きになるはずがない」
そう続けて、私に踵を返した。
「通行人こなくてよかったね。レストラン、行こっか」
…………。
おかしい。とてつもないほどに、おかしい。
本当に、死にそうなくらいに。心臓の動きが早い。
私の中の本来あるべきテンポと、有り得ないくらい、ずれがある。
──ここにいたら、危険だ。
私は、リリィと同じように踵を返した。
混乱に身を任せて、訳も分からずにその場から走り出した。
リリィの元から逃げた。
自分でも何をしているのか分からない。こんないきなり逃げるだなんて。
でも、これ以上リリィの傍にいたら、どうにかなっちゃいそうで。
こんなの。好意を抱いている以外の、どんな感情でもない。
けどさ。絶対、こんなのおかしいんだって。
だって。早いじゃん。出会ったのだって今日の朝じゃん。
それほどまでに、私は愛に飢えていたとか、そういうこと?
それにしてもさ。おかしいじゃん。
こんなに心臓がドキドキしてるだなんて。
まるでリリィのことが好きみたいじゃん。
まだ、関わったことといえば魔法を教えてもらったくらいなのに。
それだけで、こんなに心の内を掻き乱されるなんてさ。
なぜだか無性に悔しくて、なぜだか涙が出てきそうで。
辛い。この現実を認めたくない。そんな想いが湧き上がる。
私、リリィのことが好きなの?
自分に問いかける。
けれど、その問いには答えられない。
ただただ。ずっと、走り続けた。
答えられなかった時点で、答えは既に出ていたのかもしれない。
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