ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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ある日ある朝突然に

あと三日で好きになれる?

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 淡々と、冷淡に『おかしていい?』と、そう言われ思考する。
 その言葉になんて返せばいいのかって。
 考えて考えて、数十秒経過して。
 待たせるのも良くないなって思い始めて。
 結局、私はそんな冷たい声に、こう返答した。

「おかして? ってなに?」

 単純に、私はその言葉の意味が分からなかった。
 言葉の繋がりがどこなのかも分からない。
 『おか』と言うものを『していい?』と聞いたのか。
 それとも、『おかして』って言葉に『いい?』と聞いたのか。

 私、頭良くないし、理解できなかったのかも。と、自分の知識不足を恥じる。
 けど、なんとなく言い方からしてマイナスの言葉というのは理解できていた。

「そっか。分からないよね」

 彼女は言う。先よりも明るい声で。
 けど、表情は俯いていた。さっきから、ずっとこんな感じだ。
 けれど、涙は止まっていた。

「分からないよね。うん。そうだった」

 嬉しそうに、再びそう溢す。
 ちょっと情緒が心配になってしまう。
 私は、そんなおかしな彼女に聞いてみる。

「んー分からない。どういう意味なの?」

 冷たく放たれた言葉の意味が流石に気になる。
 いや、もっと気になることがあるけど。それは置いといて。

「分からなくていいよ」

 彼女は答える。
 俯いていた顔は、いつの間にか私を向いていた。
 明るめの表情に切り替わっていた。

「え、まって。めっちゃ気になるんですけど」
「分からなくていいって」

 目を真っ直ぐ見て言ってきて。
 少し恥ずかしくて目を逸らす。

「……んー。そう?」
「うん。そう」

 渋々と「わかった」と私は頷いた。
 その言葉に、彼女は返事を寄越さなかった。

 代わりに、何かを考えるかのように目を瞑り。
 また、同じように下を向いた。それを横目で確認した。
 そして、またまた何かをボソボソと呟き始めて。

「────よね」

 独り言の語尾だけが、そう耳に届いて。
 彼女は軽く頷いた。
 そして、また私を見る。
 私もまた、彼女を見た。
 乾いた涙の太い線が、くっきりと残っていた。

「今日は、急に家に来てごめん」
「え。あぁ。うん。……うん? いや、うん。……うん?」

「あ、急に家に来たこともだけど──」
「ちょ、ちょいストップ」

「どうしたの?」
「いやいや。何事もなかったかのように話を進めてるけど、その前に私あなたのこと何も知らないから! しかも、ここ、私の部屋だし。なんか知らない人を部屋に入れてるってことに、今更ながら変な感覚になっちゃうんだけど……」

「そう。私、リリィっていうの。あなたミリア、そうよね?」
「あ、うん。私はミリア。いい名前よね──じゃなくてさ! 無視しないで!」

「わっ。急に大声出さないでよ。情緒生きてる?」
「くっ……」

 『あなたに言われたくない』。その言葉を喉元で急停止させる。
 混乱している頭を整理するように軽く深呼吸。
 落ち着いたところで、声を発す。

「本当に知らないの。あなたが誰とかって、何も」
「それはあなたが忘れてるだけ。私はあなたのこと色々知ってるし。前も会ったことだってある。だから、あなたの家も知っている」

 私からしたら、それは嘘の発言なのだけれど。
 けれど。不思議と嘘を吐いてる感じはしない……。
 本当に会ったことがあるのかと錯覚してしまう。

 とりあえず。聞いてみよう。
 そうするのが手っ取り早い。

「私たちって、いつ会ったっけ?」
「……なんか何度も言った気がするけど。ずっと前に会ったよ。その時からずっと知り合いだった」

「いや、だからもうちょっと具体的に──」
「その時から、私はあなたのことが好きだった。今もだけど」

 ……時間が経って少し記憶も薄れていた。
 そういえば、玄関の前でそんなことを言っていた。と思い出す。
 簡単にそんな恥ずかしいことを言えるのって、やっぱり怪しい気もする。
 先は頭が混乱してるからって結論付けたけど、今のこの人は先よりも安定しているように見えるから。うん、怪しいかも。

「……やっぱり、詐欺の人?」
「違う違う。……そうやって疑ってくるけど、なんで顔赤いの?」

「なっ──!」

 指摘されて、思わずバッと顔を背けて。
 意識して、自分の顔が熱いことに気付いて。
 その事実に恥ずかしくなって、もっと熱くなる。

「私、本当にあなたが好きなの。……って言っても。私の言い方、ちょっとあっさりしてるよね」
「めっちゃあっさりしてる。川の水くらいあっさりしてる」

 背を向けたまま、恥ずかしさのせいか、反射的に早口に答える。

「川の水って汚くない?」
「…………」

 指摘され、黙る。
 もっと恥ずかしい。

「ともかくさ。本当に好きなの。だから会いに来たんだよ」
「……も、もう分かった! そういうことにする! いや、分かんないけど!」

 これ以上この事に言及すると私がおかしくなってしまいそうだ。
 だから今は一応そういうことで納得……は出来ないけど。
 そういうことにしておく。

「……それで。会いにくるとしても、なんで今なの?」

 私は彼女に向き直り問うた。

「今というか。私、昔はミリアと同じとこに住んでいたけど。ある日、凄く遠くに引っ越しちゃって。けど幾月か前に、ミリアに──初恋の人に会いに行こうって決心して、旅を続けて、この街に今日辿り着いて。だから、今ってわけじゃない。結構前から」

 まるで文章を暗記したかの様に、スラスラな喋り口調。
 だからって、別にどうとかって訳じゃない。ただの私感だ。
 あまりにも感情の起伏がないから引っかかっただけで。

 まぁいい。

 私と『同じとこに住んでいた』って。
 私、生まれて以来ずっとここで育ってるから、間違いなくこの街のことだ。
 割と私は昔の記憶はあるつもりだけど、確かに曖昧な部分もある。
 そのもやの中に彼女との記憶が存在しているのだろうか。
 友達は多かったし、昔遊んだ子の一部に彼女がいたというのも有り得る。
 ……逆になんでこの可能性を思い付かなかったんだろ。もしやバカかも。私。

 訳の分からない事が率先していて。
 私が記憶していた、見ていたままのものが全てだと思い込んでいた。
 記憶にないもの、見ていないものを視界から外していた。

 確信に変わりつつあるその思考を確実にするために声を飛ばす。

「あのさ」
「はい」

「昔、この街にいた時に私と鬼ごっことかで遊んだりした?」
「うん」

「あぁ。そういうこと」

 納得できた。
 こんな人を見かけたことが無いのも、成長したら、そりゃ分かんないか。
 向こうは知り合いだと思い込んでいて、けど私は違くて。
 そしてその時から私のことが好きで、けど私は記憶にすら無くて。
 なんだか、私って結構薄情者な気がしてきた……。
 それに長い旅をしてきたのならかなり疲れていたのだろう。
 先の気絶も頷ける。
 それなのに私は、詐欺とかなんとか言って疑っちゃって。

「えっと。……ごめんね、ほんとに」

 そこそこ綺麗なお辞儀をして謝罪の言葉を述べる。

 というか、さっきの私の思考。なんてバカなんだ。
 『彼女は嘘の発言をしている』みたいな。いや、私バカすぎん?
 というより、ただの恥ずかしい奴だ……。
 なんだか、別の意味で顔がどんどん熱を帯びていく。

「ミリア、勘違いしていたんだ」
「誤解とけたと思う。ごめん」

「理解してくれたんだから。いいよ」
「……ありがとう。……えっとー、それで。玄関前で会った時に言ってきた『あと三日で好きになって』みたいなやつは? あれは?」

「告白のつもり……だった」
「……そ、そう」

 ……詐欺じゃないって分かると、余計に恥ずかしいな。こう言われるの。
 けど「だった」?
 どういうことだろ。

 続く言葉に耳を傾ける。

「けど、もう大丈夫。私、二日後にはいなくなるからそう言ったんだけど。……だけど、もう好きにならなくて大丈夫になった」
「え、どうして?」

「だって、間に合わないから」
「何に? ……あ。私があなたを好きになるのを、か」

「うん。そう。好きになってくれるのなら、なって欲しいけど」
「それは……」

「難しいよね。だから、いいの。代わりにお願い聞いて欲しい」
「まぁ、聞けるお願いだったら聞くけど」

「ありがとう。……お願いっていうのは。私、帰るアテも無いからさ。二日後の夜まで、この家に泊まっていい?」

 言われ、思考する。
 こういうのって、普通家の人の許可が必要だけど。
 どうせ、父さんもずっと部屋の中だしな。
 さっき彼女に誤解を抱いていたのも悪いなって思うし。

「泊まっていいんじゃないかな。他に泊まるとこないならしょうがないと思う」
「ありがとう。明後日までだから。……うん。明後日までね」

 彼女は何かを自分に言い聞かせるように頷いた。

 その時不意に、頭にさっきの発言が降りて来て、思い出して。
 気になって、そのまま聞いてみる。

「あ。それとさ、さっき言っていた『おかしていい?』ってどういう意味──」
「それは忘れよう。その時、私、なんかパニック状態だったから」

 聞いてみたはいいものの、スルーされてしまった。
 なんかこの話題について避けられてる気もするけど。
 確かにその言葉を放った彼女の顔は冷たかった。ついでに声も。
 ただ混乱して変な言葉を口走ったのだと、今は捉えておこう。

「意味は今度聞きます」
「うん」

 話題が尽きた。
 ちょっとだけ、気まずい空気が私たちの間を通る。
 頭を回し、話題を思いついて、それを言ってみる。

「……あ。一応、自己紹介しておこうかな。あなたは、私のこと知ってるのかもしれないけど」
「うん。お願い」

 三日間とはいえ、一緒に過ごすわけだ。
 こういうのは多分大事なことだと思った。

 「いよっし」と頷き。
 こほんと一つ、わざとらしく咳払いをし。
 その後ろに続くように、私は声を出す。

「えーっと。……私はミリア。姓はフローレス」
「知ってる」

「……うん。そっちは?」
「リリィ」

「姓は?」
「無い」

「事情有り?」
「有り」

「……なるほど」
「うん」

「……んー。本当に明後日、というか二日後までなの? それで大丈夫なの?」
「心配してくれてる? まぁ、明後日までで大丈夫だよ。……というか。こんな暗い話、したくない」

「え、今の暗い話だった?」
「うん。とても」

「えっと、ごめん」
「いいよ」

「ん。……まぁ、明後日まで。とりあえず、よろしく」
「うん。よろしくされちゃいましょうか」

「なーんか、上からじゃない?」
「……。よろしくお願いします」

「よろしいでしょう」
「一緒に、楽しく過ごそうね。……あと、三日」

「そう……だね? いや、そうなのか?」
「うん。そうだよ。……あと三日で、私のこと好きになってね。できたらだけど。……これ、さっきも言ったね」

「うん。それは中々に難しい……かな」
「そっか。でも、さっきから顔赤いよ? 意外と簡単そうかも」

 …………。言われてみれば、確かにまだ熱い。

「……これは。……生理現象、だよ」
「そっか。『私に好きって言われて顔を赤くする』のが生理現象なんだ」

「『私に』を『人に』に訂正しなさい」
「……。照れなくてもいいのに」

「照れてない!」

 大きな声で否定すると、リリィはくすくす笑った。
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