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見上げた空は蒼かった
見上げたものは
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木曜日。十五時。
その時間に、私は目を覚ました。
私がこれを回想している二時間前のことだ。
お腹は空いていない。
だから、受信機の前へと私は移動する。
声が聞こえる。声の質からして先生の声だ。
英語を話している。今は、英語の授業時間らしい。
まぁ。だから何って感じだ。とりあえず、放課後になる時を待った。
ぼーっとしながら過ごして、放課後となる。
その間は、特に語ることもない。
上の空みたいに、ただただぼーっとしていたのだ。
チャイムの音のおかげで、私は放課後ということに気づくことができた。
注意を受信機に戻し、私は耳を澄ませた。
これをしているのは、伊奈ちゃんとあの女の関係を探るため。
けど。もうそれをする意味すらないような気がしてしまう。
これ以上こんなことを続けていても、私が苦しくなるだけだと。
そんな嫌な予感がするのだ。
けど、前も思ったことだけど、ブレーキが効かない。
部室に入る音が聞こえた。
このドアの音は、もう結構耳に馴染んできたと思う。
足音が聞こえ、少し移動していることが分かり。その音が止まる。
空気の音のようなものが聞こえて、多分座ったのだろうと思った。
『あーーーーー! 分からん!』
昨日と同じだ。
突然、伊奈ちゃんの叫び声が聞こえてくる。
『もうこれ神隠しでいいでしょ。……いや? 神隠しって隠された人の記憶って覚えていないものなんだっけ? もーう! 分からん!』
どういう話なのだろうか。
神隠しって。
映画以外じゃ耳にしないその単語に、圧倒的な違和感がある。
なんの話をしているのだろうか。
神隠し? いや、私のことを言っている?
昨日も私の話し合いをしていたようだし。
けれど神隠しって。私はこうして生きているし。
今、伊奈ちゃんたちの声を聞いている。
じゃあ私以外の別の人なのかな。
にしてもそんな非現実的なこと、あるわけない。
耳を傾ける。
声は聞こえない。
だから、あの女が伊奈ちゃんに何かを話しているのだろう。
また数分経った。
『よし! 善は急げだ!』
勢いの良い、そんな言葉が聞こえたと思えば。
多分だが。立ち上がる音。
『心音も! 行くよ!』
そして次に受けたのは衝撃だった。
名前呼び。そこまでは普通な気がするが、呼び捨てだ。
こんなのが普通だろうか?
一般的に見たら普通かもだが、私から見たらこれは普通ではなかった。
『美結ちゃん⁉︎』
私の名を呼ぶそんな声。
ドアが開く音とそれが重なる。
ほら。私のことはちゃん付けだ。
なぜ私の名を呼んだのかは不明。
『あ──』
もういい。
そんな邪念は今は気にしない。
受信機の奥で、起こっていることに意識を集中させる。
『……あの。急に押しかけてすみません。ご相談があるのですが』
急に聞こえた別の声。
か細いその声を、私はどこかで聞いたことがあるような気がした。
『ご、ごめんね! 今、ちょっと急いでて。また明日来てもらえる?』
どこだったか。
ただの他人の空似だろうか。
『待ってください!』
声量のあるその声。
何かを思い出せそうな気がした。
『どうか聞いて貰えませんか。……その。今さっき私を『美結ちゃん』と言いましたよね? その美結ちゃんについてのことなんです』
『何か知ってるの?』
……。
あぁ。そうだ。
私の隣の席にいた人だ。
私の。友達? だったのかな、あれは。
名前は……もう、忘れてしまった。
※
その人は教室に入ったらしく。
すぐに自己紹介を始めた。
そうだそうだ。飯塚さんだ。
『朱里ちゃん。その、美結ちゃんのことを知っているって……本当? さっき、教室に行った時、確か「分かりません」って言ってたよね?』
伊奈ちゃんが言った。
さっき、教室に行ったという事は昼休みとかだろうか。
私は寝ていたので知らないが、そんな事があったのか。
伊奈ちゃんはどうやら私のことを探っているらしくて、けれどそれ以上のことは分からなかった。
柄の悪そうな声の女子が部屋に入ってきたかと思えば、その人は飯塚さんと共に部屋を出ていったようだ。
その柄の悪い人とは、多分、グループラインで私の悪口を言った最低な奴ら。
飯塚さんに口止めする気だろう。
今更、私のことを気にしても何もないというのに、なんで飯塚さんは私のことを未だに気にしているのか。
罪悪感のようなものがあるのだろうか。
別にどうでもよかった。
私にとっては、次のことが重要だった。
次のこととは、伊奈ちゃんとあの女の会話だった。
『なにあいつ! マジやな感じなんですけど!』
柄の悪いやつに、激昂している伊奈ちゃんの声。
『ねぇ、心音。本当に嫌な感じだったよね?』
それをあの女に確かめる伊奈ちゃんの声。
『伊奈さん。落ち着いてください。……あのヤンキーみたいな女子生徒は、絶対友達同士なんかじゃない。それは分かってるから。そんなに怒らないで』
『は、はぃ!』
それを宥めるあの女の声。
それに過激な反応をする伊奈ちゃんの声。
あの女の声は初めて聞いた。
こんな綺麗な声なのか。と思って。
感心した。
『久しぶりのハグ……ですね』
けれど。
そんな威力のある発言が聞こえた時、その声はとても汚いもののように感じられた。
私は固まった。
膠着して動けなくなった。
受信機から出るその声が、私の耳から全身を貪りつくすようだった。
やっぱり。
こんなことをしても無意味。
ただ、より辛い気持ちに陥るだけ。
耳を塞ぎたいけど、手すらも動かない。
沢山の異物がそこへ入っていく。
聞きたくなくても、嫌なことに限って、こうして耳に入る。
人間のクソみたいな仕組みだと思う。
受信機から出される残酷な声。
あの女が、盗聴器の入ってる小箱の中身──媚薬を見たいと言い出した。
そして、小箱が開けられたらしい。
特有の音がしたから。
終わったなと思った。
『こ、これが媚薬か~』
けど、伊奈ちゃんはそう言った。
直ぐにまた、小箱にしまった音が聞こえる。
どうやらこれが盗聴器ということまでは理解が出来なかったらしい。
唯一の救いだった。
私は受信機に張り付きっぱなしだ。
ほぼ放心状態。
受信機からは、伊奈ちゃんの頷きが聞こえてきて、しばらくしたらドアの音がした。
あの女が教室から出ていったのだろう。
それから伊奈ちゃんは、意味の分からない独り言を口にしていた。
本当に意味が分からなかった。
──プルルル。
家の固定電話の音が、一階から聞こえた。
別にそれだけだ。
こういうことは至ってよくある。
注意を受信機に戻す。
けれど、母の話し声が終わったかと思えば、次には階段を上る音。
私に何か用があるのだろうと察して、私は部屋の外に出て、母と対峙する。
「どうしたの、母さん」
「いや。今、学校から美結は家にいるかって連絡がきたの。まぁ、元気にやってるかって確認だった」
「なんでこのタイミング? 先生からはちょくちょく電話きてたよね?」
「それは分からないけど、前、あなた学校に忘れ物取りに言ってたわよね? その時、なにかあったんじゃないの?」
「いや、先生とは何も」
本当に、なぜ今なのだろうか。
あの女が、教室から出ていった事と何か関係性がありそうな気がした。
ただの勘だ。
「今からさ、誰か家に来ても絶対家にいれないで」
ただの勘だが、私はそう伝えた。
「わかった」
母は、どこか神妙な顔つきで頷いた。
受信機の元へ戻る。
今は、無音だった。
けど、微かに衣擦れの音は聞こえた。
そして深呼吸の音も聞こえて──
──パン。
そういう軽く手を叩くような音。
『あー。トイレ行こ~』
ダルそうな感じの伊奈ちゃんの声。
その後、静かにトイレへと移動した。
微かに五月蝿く走る音も聞こえる。
トイレに歩み、個室のドアを閉める音。
溜息を吐いた伊奈ちゃん。
これが私の回想だ。
※
死のうかな。
部屋の窓を開けて、ベランダに出る。
そこから庭の地面を見下ろして、ここから落ちたらどうなるのだろうかと考えた。
多分。死ねないと思う。
なぜ死ぬのかと問われても、今の私には答えられない。
死にたいから、死ぬんだと思う。
私は、部屋に戻る。
鍵も閉めるのも面倒で、私はそれを放棄した。
カーテンだけは、とりあえず閉める。
受信機からは何も聞こえない。
まぁ。トイレしているとこなんて、聞いたところでだ。
──ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
これも別に驚くことではない。
宅配物かなにか。
母が誰かと話している。
内容までは聞き取れない。
そう思った時だった。
「あー。分かりました! また今度出向きますね!」
元気な伊奈ちゃんの受信機からではない生声。
「大丈夫ですよ! さようなら!」
私はすぐに受信機に目をやった。
何も聞こえてこない。
けれど、僅かな衣擦れの音は聞こえる。
誰か別の人が所有しているのか?
意味不明だったが、今存在する事実に私は集中した。
伊奈ちゃんが家に来た。
それで母が今、私は家にいないということにしたのだろう。
私が張ったあの保険は正解だったと言える。
なぜ家に来たのか理由は考えなかった。
けれど、さっき家にかかった電話と関係性はありそうだった。
「……………………はぁ」
溜息と共に、涙が出てきた。
まぁ。なんにせよ、これで終わりだ。
伊奈ちゃんも去り、私もこの世を去る。
私が出会った運命は、間違いなく残酷だった。
私の数年間の想いは、ここで砕けた。
失恋をしたのだと受け入れた。
残酷なのは運命では無くて、恋なのかもしれない。
私の気持ちを、上げたり下げたり。
最後にはどん底に落とした訳だけど。
来世では、もう勘弁だ。
今の誰も私を必要としていないこの世界には、もう何も思い残すことは無い。
そう決意した。
ちょうど、その時だっただろうか。
そんな涙で濡れた私の部屋に。
──コンコン。
ノックの音が転がった。
けれどそれはドアからじゃなくて、窓からだった。
何かが当たったのだろうと思ったけど、やけに規則的な音だと思った。
カーテンを閉めているから見えないけれど。
それに関して深く考える暇もなく。
次には、勢いの良い音を立て、窓とカーテンが何者かによって開かれる。
唐突すぎて、訳が分からなかった。
「──なんで」
喉の奥から絞り出した私の声。
「ほら! やっぱいるじゃん!」
見上げたそこにあったのは、快活に笑った伊奈ちゃんと、沈みかけの蒼い空。
その時間に、私は目を覚ました。
私がこれを回想している二時間前のことだ。
お腹は空いていない。
だから、受信機の前へと私は移動する。
声が聞こえる。声の質からして先生の声だ。
英語を話している。今は、英語の授業時間らしい。
まぁ。だから何って感じだ。とりあえず、放課後になる時を待った。
ぼーっとしながら過ごして、放課後となる。
その間は、特に語ることもない。
上の空みたいに、ただただぼーっとしていたのだ。
チャイムの音のおかげで、私は放課後ということに気づくことができた。
注意を受信機に戻し、私は耳を澄ませた。
これをしているのは、伊奈ちゃんとあの女の関係を探るため。
けど。もうそれをする意味すらないような気がしてしまう。
これ以上こんなことを続けていても、私が苦しくなるだけだと。
そんな嫌な予感がするのだ。
けど、前も思ったことだけど、ブレーキが効かない。
部室に入る音が聞こえた。
このドアの音は、もう結構耳に馴染んできたと思う。
足音が聞こえ、少し移動していることが分かり。その音が止まる。
空気の音のようなものが聞こえて、多分座ったのだろうと思った。
『あーーーーー! 分からん!』
昨日と同じだ。
突然、伊奈ちゃんの叫び声が聞こえてくる。
『もうこれ神隠しでいいでしょ。……いや? 神隠しって隠された人の記憶って覚えていないものなんだっけ? もーう! 分からん!』
どういう話なのだろうか。
神隠しって。
映画以外じゃ耳にしないその単語に、圧倒的な違和感がある。
なんの話をしているのだろうか。
神隠し? いや、私のことを言っている?
昨日も私の話し合いをしていたようだし。
けれど神隠しって。私はこうして生きているし。
今、伊奈ちゃんたちの声を聞いている。
じゃあ私以外の別の人なのかな。
にしてもそんな非現実的なこと、あるわけない。
耳を傾ける。
声は聞こえない。
だから、あの女が伊奈ちゃんに何かを話しているのだろう。
また数分経った。
『よし! 善は急げだ!』
勢いの良い、そんな言葉が聞こえたと思えば。
多分だが。立ち上がる音。
『心音も! 行くよ!』
そして次に受けたのは衝撃だった。
名前呼び。そこまでは普通な気がするが、呼び捨てだ。
こんなのが普通だろうか?
一般的に見たら普通かもだが、私から見たらこれは普通ではなかった。
『美結ちゃん⁉︎』
私の名を呼ぶそんな声。
ドアが開く音とそれが重なる。
ほら。私のことはちゃん付けだ。
なぜ私の名を呼んだのかは不明。
『あ──』
もういい。
そんな邪念は今は気にしない。
受信機の奥で、起こっていることに意識を集中させる。
『……あの。急に押しかけてすみません。ご相談があるのですが』
急に聞こえた別の声。
か細いその声を、私はどこかで聞いたことがあるような気がした。
『ご、ごめんね! 今、ちょっと急いでて。また明日来てもらえる?』
どこだったか。
ただの他人の空似だろうか。
『待ってください!』
声量のあるその声。
何かを思い出せそうな気がした。
『どうか聞いて貰えませんか。……その。今さっき私を『美結ちゃん』と言いましたよね? その美結ちゃんについてのことなんです』
『何か知ってるの?』
……。
あぁ。そうだ。
私の隣の席にいた人だ。
私の。友達? だったのかな、あれは。
名前は……もう、忘れてしまった。
※
その人は教室に入ったらしく。
すぐに自己紹介を始めた。
そうだそうだ。飯塚さんだ。
『朱里ちゃん。その、美結ちゃんのことを知っているって……本当? さっき、教室に行った時、確か「分かりません」って言ってたよね?』
伊奈ちゃんが言った。
さっき、教室に行ったという事は昼休みとかだろうか。
私は寝ていたので知らないが、そんな事があったのか。
伊奈ちゃんはどうやら私のことを探っているらしくて、けれどそれ以上のことは分からなかった。
柄の悪そうな声の女子が部屋に入ってきたかと思えば、その人は飯塚さんと共に部屋を出ていったようだ。
その柄の悪い人とは、多分、グループラインで私の悪口を言った最低な奴ら。
飯塚さんに口止めする気だろう。
今更、私のことを気にしても何もないというのに、なんで飯塚さんは私のことを未だに気にしているのか。
罪悪感のようなものがあるのだろうか。
別にどうでもよかった。
私にとっては、次のことが重要だった。
次のこととは、伊奈ちゃんとあの女の会話だった。
『なにあいつ! マジやな感じなんですけど!』
柄の悪いやつに、激昂している伊奈ちゃんの声。
『ねぇ、心音。本当に嫌な感じだったよね?』
それをあの女に確かめる伊奈ちゃんの声。
『伊奈さん。落ち着いてください。……あのヤンキーみたいな女子生徒は、絶対友達同士なんかじゃない。それは分かってるから。そんなに怒らないで』
『は、はぃ!』
それを宥めるあの女の声。
それに過激な反応をする伊奈ちゃんの声。
あの女の声は初めて聞いた。
こんな綺麗な声なのか。と思って。
感心した。
『久しぶりのハグ……ですね』
けれど。
そんな威力のある発言が聞こえた時、その声はとても汚いもののように感じられた。
私は固まった。
膠着して動けなくなった。
受信機から出るその声が、私の耳から全身を貪りつくすようだった。
やっぱり。
こんなことをしても無意味。
ただ、より辛い気持ちに陥るだけ。
耳を塞ぎたいけど、手すらも動かない。
沢山の異物がそこへ入っていく。
聞きたくなくても、嫌なことに限って、こうして耳に入る。
人間のクソみたいな仕組みだと思う。
受信機から出される残酷な声。
あの女が、盗聴器の入ってる小箱の中身──媚薬を見たいと言い出した。
そして、小箱が開けられたらしい。
特有の音がしたから。
終わったなと思った。
『こ、これが媚薬か~』
けど、伊奈ちゃんはそう言った。
直ぐにまた、小箱にしまった音が聞こえる。
どうやらこれが盗聴器ということまでは理解が出来なかったらしい。
唯一の救いだった。
私は受信機に張り付きっぱなしだ。
ほぼ放心状態。
受信機からは、伊奈ちゃんの頷きが聞こえてきて、しばらくしたらドアの音がした。
あの女が教室から出ていったのだろう。
それから伊奈ちゃんは、意味の分からない独り言を口にしていた。
本当に意味が分からなかった。
──プルルル。
家の固定電話の音が、一階から聞こえた。
別にそれだけだ。
こういうことは至ってよくある。
注意を受信機に戻す。
けれど、母の話し声が終わったかと思えば、次には階段を上る音。
私に何か用があるのだろうと察して、私は部屋の外に出て、母と対峙する。
「どうしたの、母さん」
「いや。今、学校から美結は家にいるかって連絡がきたの。まぁ、元気にやってるかって確認だった」
「なんでこのタイミング? 先生からはちょくちょく電話きてたよね?」
「それは分からないけど、前、あなた学校に忘れ物取りに言ってたわよね? その時、なにかあったんじゃないの?」
「いや、先生とは何も」
本当に、なぜ今なのだろうか。
あの女が、教室から出ていった事と何か関係性がありそうな気がした。
ただの勘だ。
「今からさ、誰か家に来ても絶対家にいれないで」
ただの勘だが、私はそう伝えた。
「わかった」
母は、どこか神妙な顔つきで頷いた。
受信機の元へ戻る。
今は、無音だった。
けど、微かに衣擦れの音は聞こえた。
そして深呼吸の音も聞こえて──
──パン。
そういう軽く手を叩くような音。
『あー。トイレ行こ~』
ダルそうな感じの伊奈ちゃんの声。
その後、静かにトイレへと移動した。
微かに五月蝿く走る音も聞こえる。
トイレに歩み、個室のドアを閉める音。
溜息を吐いた伊奈ちゃん。
これが私の回想だ。
※
死のうかな。
部屋の窓を開けて、ベランダに出る。
そこから庭の地面を見下ろして、ここから落ちたらどうなるのだろうかと考えた。
多分。死ねないと思う。
なぜ死ぬのかと問われても、今の私には答えられない。
死にたいから、死ぬんだと思う。
私は、部屋に戻る。
鍵も閉めるのも面倒で、私はそれを放棄した。
カーテンだけは、とりあえず閉める。
受信機からは何も聞こえない。
まぁ。トイレしているとこなんて、聞いたところでだ。
──ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
これも別に驚くことではない。
宅配物かなにか。
母が誰かと話している。
内容までは聞き取れない。
そう思った時だった。
「あー。分かりました! また今度出向きますね!」
元気な伊奈ちゃんの受信機からではない生声。
「大丈夫ですよ! さようなら!」
私はすぐに受信機に目をやった。
何も聞こえてこない。
けれど、僅かな衣擦れの音は聞こえる。
誰か別の人が所有しているのか?
意味不明だったが、今存在する事実に私は集中した。
伊奈ちゃんが家に来た。
それで母が今、私は家にいないということにしたのだろう。
私が張ったあの保険は正解だったと言える。
なぜ家に来たのか理由は考えなかった。
けれど、さっき家にかかった電話と関係性はありそうだった。
「……………………はぁ」
溜息と共に、涙が出てきた。
まぁ。なんにせよ、これで終わりだ。
伊奈ちゃんも去り、私もこの世を去る。
私が出会った運命は、間違いなく残酷だった。
私の数年間の想いは、ここで砕けた。
失恋をしたのだと受け入れた。
残酷なのは運命では無くて、恋なのかもしれない。
私の気持ちを、上げたり下げたり。
最後にはどん底に落とした訳だけど。
来世では、もう勘弁だ。
今の誰も私を必要としていないこの世界には、もう何も思い残すことは無い。
そう決意した。
ちょうど、その時だっただろうか。
そんな涙で濡れた私の部屋に。
──コンコン。
ノックの音が転がった。
けれどそれはドアからじゃなくて、窓からだった。
何かが当たったのだろうと思ったけど、やけに規則的な音だと思った。
カーテンを閉めているから見えないけれど。
それに関して深く考える暇もなく。
次には、勢いの良い音を立て、窓とカーテンが何者かによって開かれる。
唐突すぎて、訳が分からなかった。
「──なんで」
喉の奥から絞り出した私の声。
「ほら! やっぱいるじゃん!」
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