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見上げた空は蒼かった
伊奈ちゃんは私のことが好きだよね。
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私は家に帰ってしばらく気力を失くした。
今日は何もできなかった。
だけど、受信機から流れる声は聞いていた。
あの女と伊奈ちゃんとの話し声を聞こえなかった。
設定ミスを疑ったが、そんなことはなく。
伊奈ちゃんが家に帰った後の、家族との会話はちゃんと聞こえていた。
高音質でしっかり聞こえる。
怪しそうなやつを購入したのは正解だった。
ただただ無気力に。今日は終わった。
※
水曜日。
さすがにもう学校に行く気はない。
そもそも行きたくない。
昨日より考え方は軽くなったような気がしたけど、昨日の出来事を思い出せば、すぐに心はどんよりと重くなった。
私は十五時から、受信機の前に密着した。
確か水曜日は授業が終わるのがいつもより早いらしいから。
これくらいだと大丈夫だと思うけど。
ぼーっと最早目的は何だったのか分からなくなってきたが、私は音声を聞いていた。
さようならの挨拶が聞こえる。
机を動かす音や、人のガヤガヤ。
けれど、伊奈ちゃんの声は聞こえない。
やがて、椅子を引く音が近くで鳴る。音が大きかったからそれが分かった。
多分だけど、伊奈ちゃんが席から立ち上がったのだと思う。
衣擦れの音も聞こえていた。
『行こっか』
声が聞こえた。伊奈ちゃんのだ。
すぐに、あの女に対する呼びかけだと理解をした。
次に聞こえるのは階段の音。
上ってるのか下っているのか、どちらかの音かは聞き取れない。
けど、鍵を取りに行くのなら、この音は下る音だ。
また、手を繋いでるのかなって。
考えたくもないけど、どうしてか考えてしまう。
職員室についたらしい、鍵のジャラジャラという音が微かに聞こえる。
けれど。会話などは特にない。
やがて恐らく部室であろうドアの開く音がして「ふぅ」というため息が聞こえた。
それからも特に会話はない。
やはり盗聴器の設定ミスかと思ったが、普通に自然音とか衣擦れの音は聞こえるからそんなことは無いはず。
けれど私は、その前で声が聞こえるのを待ち続けた。
やがて数十分が経過した後。
『さて。なぜ美結ちゃんが来なかったのか。話し合おうじゃないか!』
急に大声が受信機から飛び出てきた。
私は思わず身を震わす。
急にどうしたと。
うん。やっぱりあの女と伊奈ちゃんは同じ部屋にいるらしい。
それで、なぜ私が来なかったのかの話し合い?
私が今日学校に来なかったことを心配してくれているのだろうか。
もし。そうだったのなら、私は嬉しいかもしれない。
しかし。一向に話し声は聞こえてこない。
話し合いとは何のことだったのだろうか。
いや、あの女が補聴器を付けているっていうことは、多分あの女は喋ることができないのだろうけど、伊奈ちゃんは喋ることが出来るはず。
伊奈ちゃんが手話を身につけるとも思えないし、補聴器を付けているってことは声は聞こえるはずなのだ。
頭がこんがらがった。
今は気にしていても仕方ないと思い、私は受信機に耳を傾けた。
すぅ、と息を吸う音が聞こえたと思った瞬間。
『そんなわけないです!』
先のように、いきなり声が飛び出してくる。
驚きはしたが、先ほどよりかは驚きはしなかった。
何か、筆談かなんかで文字を見せられて、伊奈ちゃんがそれに答えているのだろうと察すことができた。
だが。また数分間の沈黙が訪れた。
次に聞こえたのは、パチパチと手を叩く音。
そして、それに合わせながら。
『はい! 話戻すよ! 伊奈ちゃんの話に!』
一方的に、あの女が私について話しているのだろうと思った。
にしても、私のことなんか何も理解していないだろうに。
勝手に私のことを伊奈ちゃんと話さないで欲しい。
またまた沈黙。
こうなることは大体わかっていた。
どうせまた少ししたら、伊奈ちゃんの大声が受信機から飛び出してくるのだろうと──。
『本当に違います!』
うん。やっぱりそうだ。
もう驚かない。
何が違うのか気になるけど。まぁいい。
……。沈黙。
またか。
と、そう思った時。
少し大きな自然音がした。
何の音かは分からなかった。
また。次には、ドアがバタンと閉まる音がした。
あの女が、教室から出て行ったんだと思う。
音が遠かったから、それが理解できる。
『白だった……。いいね』
次には伊奈ちゃんの、ちょっとだけの微笑みと、そんな言葉。
何を言っているのか、理解しようとしてもそれは叶わない。
もうあの女と伊奈ちゃんは今は離れている。
この二人は、別に付き合っていないのかな。と。
確実ではないその予想に、少しホッとした。
ちょっと受信機に張り付いているのも疲れてきたので。
少しだけ仮眠しようとその場を立った時。
『私の好きな人は、あなたなのに』
そういう伊奈ちゃんの話しかけるような声が聞こえた。
私はすぐに床に座り直し、その受信機を見た。
伊奈ちゃんは今は一人。
これ。小箱の中の存在が伊奈ちゃんにバレているんじゃないか?
いや。バレていてもいい。
さっきまで、あの二人は私についての話し合いをしていた。
しかも、伊奈ちゃんが喋った言葉数は少ない。
あの女のことを言ってるとは考え難い。
だから、これは私に向けた言葉だ。
私は頭の中に湧いた嫌な思考を取り除くために、布団を被った。
しばらくの眠りについた。
※
この日の夜。
受信機からは、こんな話し声が聞こえてきた。
その前から、話し声はちょくちょく聞こえていたが。
今回の話し声には、私の名前が混ざっていたのだ。
『そういえばさ。美結ちゃんのクラスってどこか知ってる。えっと、白河美結ちゃんね』
『えっとねー。Eクラ! でも私。五月以来会ってないなー。どうしてそんなこと聞いたの?』
『いや、単に。気になってるからかな。AクラとEクラじゃ結構離れてるもんね、そりゃ会わなくても不思議はないか……』
『というかね、そもそもEクラの情報自体あんま耳に入ってこん!』
『おけおけ。ありがとー!』
『どもども』
ほら。やっぱり私のことを気にしている。
なんでもないみたいな素振りしていて、やっぱり私のことが好きなんだ。
「…………」
都合よすぎるその考えに『そんな訳ない』という思考が邪魔をする。
でも、ここで『そんな訳ない』と否定をしたら、昼に聞こえた伊奈ちゃんのあの発言が、あの女に向けたものとなるから。否定は無理にでもしなかった。
できなかった。
今日は何もできなかった。
だけど、受信機から流れる声は聞いていた。
あの女と伊奈ちゃんとの話し声を聞こえなかった。
設定ミスを疑ったが、そんなことはなく。
伊奈ちゃんが家に帰った後の、家族との会話はちゃんと聞こえていた。
高音質でしっかり聞こえる。
怪しそうなやつを購入したのは正解だった。
ただただ無気力に。今日は終わった。
※
水曜日。
さすがにもう学校に行く気はない。
そもそも行きたくない。
昨日より考え方は軽くなったような気がしたけど、昨日の出来事を思い出せば、すぐに心はどんよりと重くなった。
私は十五時から、受信機の前に密着した。
確か水曜日は授業が終わるのがいつもより早いらしいから。
これくらいだと大丈夫だと思うけど。
ぼーっと最早目的は何だったのか分からなくなってきたが、私は音声を聞いていた。
さようならの挨拶が聞こえる。
机を動かす音や、人のガヤガヤ。
けれど、伊奈ちゃんの声は聞こえない。
やがて、椅子を引く音が近くで鳴る。音が大きかったからそれが分かった。
多分だけど、伊奈ちゃんが席から立ち上がったのだと思う。
衣擦れの音も聞こえていた。
『行こっか』
声が聞こえた。伊奈ちゃんのだ。
すぐに、あの女に対する呼びかけだと理解をした。
次に聞こえるのは階段の音。
上ってるのか下っているのか、どちらかの音かは聞き取れない。
けど、鍵を取りに行くのなら、この音は下る音だ。
また、手を繋いでるのかなって。
考えたくもないけど、どうしてか考えてしまう。
職員室についたらしい、鍵のジャラジャラという音が微かに聞こえる。
けれど。会話などは特にない。
やがて恐らく部室であろうドアの開く音がして「ふぅ」というため息が聞こえた。
それからも特に会話はない。
やはり盗聴器の設定ミスかと思ったが、普通に自然音とか衣擦れの音は聞こえるからそんなことは無いはず。
けれど私は、その前で声が聞こえるのを待ち続けた。
やがて数十分が経過した後。
『さて。なぜ美結ちゃんが来なかったのか。話し合おうじゃないか!』
急に大声が受信機から飛び出てきた。
私は思わず身を震わす。
急にどうしたと。
うん。やっぱりあの女と伊奈ちゃんは同じ部屋にいるらしい。
それで、なぜ私が来なかったのかの話し合い?
私が今日学校に来なかったことを心配してくれているのだろうか。
もし。そうだったのなら、私は嬉しいかもしれない。
しかし。一向に話し声は聞こえてこない。
話し合いとは何のことだったのだろうか。
いや、あの女が補聴器を付けているっていうことは、多分あの女は喋ることができないのだろうけど、伊奈ちゃんは喋ることが出来るはず。
伊奈ちゃんが手話を身につけるとも思えないし、補聴器を付けているってことは声は聞こえるはずなのだ。
頭がこんがらがった。
今は気にしていても仕方ないと思い、私は受信機に耳を傾けた。
すぅ、と息を吸う音が聞こえたと思った瞬間。
『そんなわけないです!』
先のように、いきなり声が飛び出してくる。
驚きはしたが、先ほどよりかは驚きはしなかった。
何か、筆談かなんかで文字を見せられて、伊奈ちゃんがそれに答えているのだろうと察すことができた。
だが。また数分間の沈黙が訪れた。
次に聞こえたのは、パチパチと手を叩く音。
そして、それに合わせながら。
『はい! 話戻すよ! 伊奈ちゃんの話に!』
一方的に、あの女が私について話しているのだろうと思った。
にしても、私のことなんか何も理解していないだろうに。
勝手に私のことを伊奈ちゃんと話さないで欲しい。
またまた沈黙。
こうなることは大体わかっていた。
どうせまた少ししたら、伊奈ちゃんの大声が受信機から飛び出してくるのだろうと──。
『本当に違います!』
うん。やっぱりそうだ。
もう驚かない。
何が違うのか気になるけど。まぁいい。
……。沈黙。
またか。
と、そう思った時。
少し大きな自然音がした。
何の音かは分からなかった。
また。次には、ドアがバタンと閉まる音がした。
あの女が、教室から出て行ったんだと思う。
音が遠かったから、それが理解できる。
『白だった……。いいね』
次には伊奈ちゃんの、ちょっとだけの微笑みと、そんな言葉。
何を言っているのか、理解しようとしてもそれは叶わない。
もうあの女と伊奈ちゃんは今は離れている。
この二人は、別に付き合っていないのかな。と。
確実ではないその予想に、少しホッとした。
ちょっと受信機に張り付いているのも疲れてきたので。
少しだけ仮眠しようとその場を立った時。
『私の好きな人は、あなたなのに』
そういう伊奈ちゃんの話しかけるような声が聞こえた。
私はすぐに床に座り直し、その受信機を見た。
伊奈ちゃんは今は一人。
これ。小箱の中の存在が伊奈ちゃんにバレているんじゃないか?
いや。バレていてもいい。
さっきまで、あの二人は私についての話し合いをしていた。
しかも、伊奈ちゃんが喋った言葉数は少ない。
あの女のことを言ってるとは考え難い。
だから、これは私に向けた言葉だ。
私は頭の中に湧いた嫌な思考を取り除くために、布団を被った。
しばらくの眠りについた。
※
この日の夜。
受信機からは、こんな話し声が聞こえてきた。
その前から、話し声はちょくちょく聞こえていたが。
今回の話し声には、私の名前が混ざっていたのだ。
『そういえばさ。美結ちゃんのクラスってどこか知ってる。えっと、白河美結ちゃんね』
『えっとねー。Eクラ! でも私。五月以来会ってないなー。どうしてそんなこと聞いたの?』
『いや、単に。気になってるからかな。AクラとEクラじゃ結構離れてるもんね、そりゃ会わなくても不思議はないか……』
『というかね、そもそもEクラの情報自体あんま耳に入ってこん!』
『おけおけ。ありがとー!』
『どもども』
ほら。やっぱり私のことを気にしている。
なんでもないみたいな素振りしていて、やっぱり私のことが好きなんだ。
「…………」
都合よすぎるその考えに『そんな訳ない』という思考が邪魔をする。
でも、ここで『そんな訳ない』と否定をしたら、昼に聞こえた伊奈ちゃんのあの発言が、あの女に向けたものとなるから。否定は無理にでもしなかった。
できなかった。
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