完全犯罪

みかげなち

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4・会話懐柔適応

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 次第に蒼葉の日にち感覚が薄らいでいった。毎日は変化がなく、昼間は蒼葉にやることはなく必ず腹を壊し、夜は男に犯される。毎日、なにかの薬を飲まされて眠る。そんなことばかりを繰り返しているうちに、今日が何月何日何曜日かなど興味も失った。
 興味を失ったものもあるが、蒼葉はいつの間にか環境にも多少適応していった。犯される時に嘔吐する回数が少しずつ減った。喉の奥にねじ込まれる苦しさは変わらないが、口に吐精されても嫌々ながら飲み下せるようになった。行為のあとにはまだ抵抗感が強かったが、心なしか汚物の付着はなくなったような気がする。それがどうしてなのかまでは蒼葉にはわからない。嘔吐が少なければ消耗も軽減され、蒼葉の負担は減る。
 それでも毎日腹を下しているのはストレスがあるとは言え、躰がおかしくなっているのではないかと不安が残った。

 昼間に腹痛でトイレにこもった後、キッチンのテーブルで疲弊した躰を突っ伏して少しずつ水を飲んでいると、本を読むのに飽きた頃合いに男が隣に来て様子を伺う。そんなことにも蒼葉はもう慣れた。
「……あのさあ……あんた、無理矢理ヤルのが趣味なの? 俺を好きとか言ってなかったっけ……」
 セックスの最中は強引だが、そのほかの時間は丁寧に扱う男に矛盾を感じて蒼葉は何気なく問いかけた。腹を下した後でぐったりとした蒼葉は男が撫でる手を振り払う反抗心もなくしていた。ほとんどがされるがままなのに、男はセックスの最中だけは無抵抗な蒼葉に無理を強いる。特に口に陰茎を咥えさせることに関して。
「そんな趣味はないよ。蒼葉が、もう少しぼくに関心を持ってくれたら無理になんてしない。ぼくはサディストではないよ」
 男は苦笑して蒼葉を撫で続ける。
 されるがままに蒼葉はグラスに手を伸ばして少し水を飲むと、再び突っ伏した顔を男にだけ向けて口を開いた。
「あんたを好きになれって? この状況で?」
「無理があるよね」
「自覚してんじゃん」
 全裸で両手と足を拘束されて、下の世話までされている訳ではなく清潔も保たれているとはいえ蒼葉が監禁されている状況を意外なことに男は自覚していた。そしてその上で、強姦し好意を求めることに無理があることも。けれど表情ひとつ変えないのは、現状を変える気がないという表れでもある。
「毎日、腹下してるんだけどさあ……あんた、変なもの食わせてない?」
 テーブルに肘をついて蒼葉を撫でていた男は、その質問に少し表情を変えた。眉根を寄せて、困っているようだ。
「それはね、セックスの度に中出ししてるのが原因なんだけど」
「は? それって腹下す原因なのかよ」
 思わず驚いた蒼葉が突っ伏した躰を起こすと、男は撫でる手を引いた。
「そうだよ。ほかにも性病や感染症のリスクがあるから、男同士でも普通はゴムを付けるよ。ああ、ぼくは性病のキャリアはないから安心して」
 言われてみれば納得できる。男女であってもゴムは避妊のためだけの道具ではない。けれど、それならばリスクがあるのは蒼葉よりも男の方なのではないか。蒼葉には確かに腹を下すという負担がかかっているが、この男は蒼葉になんのリスクもないとでも思っているのだろうか。
「あんた、俺が潔白だと思ってんの?」
「わからないよ。性病を持っていなくても、直腸内は雑菌があるものだし、尿道から感染症になるかもしれない。でも、いいよ」
「……やっぱ、イカれてる」
 なにも問題がないかのように問題だらけのことを言う男を見て蒼葉は薄く苦笑した。
「なんて思われててもいいよ。蒼葉がちゃんとぼくと話てくれたから嬉しいし、少しでも笑ってくれた」
 穏やかに笑う男はこんな奇行をしていなければ、顔立ちが整った一般的に言う女性好きのする好青年に見える。外に出たらそんな好青年なのかもしれない。けれど蒼葉は男の異常な行動しか知らない。言葉や仕草が丁寧で蒼葉を大事に扱っているようでも、結局は犯す為なのだから穏やかで柔和な言葉も、優しいような手つきも信じるに足りない。
 けれど、毎夜躰は浸蝕されるように懐柔されていくことにまだ蒼葉は気付いていない。

 犯される時は必ず体位はバックのままだった。体位のことまで蒼葉は深く考えていない。一度、犯すことだけが目的なら尻の中を弄らずに早く突っ込めと言ったら、本当にそうされて酷い目にあった。その行為が女性に対する前戯に当たると、その時蒼葉は理解して、余計なことを言うのをやめた。
 流れは変わらずにまず蒼葉がいったん口で吐精まで導かれる。その後、蒼葉の口に男の陰茎がねじ込まれて喉奥まで突かれて男が達する。そして嘔吐しようがしなかろうが、疲れ果てた蒼葉は躰を返されて四つん這いにされて尻の中を弄られ、その後挿入されて達した男の陰茎を口に押し込まれて行為が終わる。
 もう何日も同じことの繰り返しで、流れが変わることもなく蒼葉はひたすら屈辱に耐えているはずだった。なのに。
 躰を返されて、直腸を指で拡げられている最中になにかが蒼葉を掠めた。「あっ」と反射的な声が出て、男の指が止まると躊躇った末に蒼葉は枕を強く抱き締めてくぐもった声を発した。
「まって……そこ」
「どこ? ここ?」
 内臓に埋められた指が慎重に動いて蒼葉の胎内を探った。
「ちょっと違う……あ、そこ……」
 きゅ、きゅ、と蒼葉の内臓を押しては探る男の指の動きに蒼葉は息を潜めて感覚を確かめた。
「いいかも、しれない」
 尻の中、排泄する場所で直腸の内部に快感を感じるなどおかしいと思いながら、蒼葉は刺激される感覚に正直に答えた。この行為にまともな思考など必要なく、愛情を確かめる行為ですらない。ただ、蒼葉は本能的快感を拾って口にしただけだった。
「ここ? こうしたらいいかな」
 男は蒼葉の尻に埋めた指を器用に動かしてゆっくりと刺激していく。場所がぶれない分、受け取る感覚は鋭くなって蒼葉は枕を強く抱いてくぐもった声をいくつも上げる。まだそれを明確ない快感とは感じ取れない。けれど、ただ無暗に尻の内部を広げられているのとは違う感覚がする。
「あっ……ああ、やだ、おかしいっ……! そんなのっ! 駄目だ、やめろっ……」
 その場所を緩急をつけて押し上げられると蒼葉の腰が明らかに震えて、言葉に反して声が濡れた。
 男は蒼葉の尻に指を埋めて刺激しながら四つん這いになって頭を下げた蒼葉に背後から抱く腕を回す。
「蒼葉。ここ、気持ちいいんだね。そっか。やっと中も気持ちいいところ、見付けられていい子だね。気持ちいいところは忘れないように、たくさん良くなって忘れないようにないないと」
 男は蒼葉の背中を抱いてキスを落としながら同じ場所を執拗に責め立てる。直腸の腹側を押し上げられて、撫でられると、快感ともつかないものと共にぞくりと鳥肌が立つ。ただ、挿入の為だけに広げられているのとは明らかに男の指使いが違う。
「やだ……やめろ……きもちわる、い」
 薄い快感よりも内臓を圧迫される不快感に蒼葉は吐き気を催した。喉奥まで陰茎を口に突っ込まれて吐精されても嘔吐しなかったのに、今までは吐き気を感じたことのないところで嘔吐の予感がする。腰が震えているのは快感のためか吐き気を抑えているためかどちらかもわからない。
「あさ、ひ……やめて」
 懇願にも似た声で蒼葉が願うと背中を抱かれたまま男の指の動きが止まった。ぎゅう、と直腸の中を押し上げたままで、蒼葉の腰の震えは止まらない。
「もっと、ゆっくりの方がよかったかな? いまは気持ち悪い?」
 圧迫と弛緩を繰り返す動きが止まって蒼葉はやっとまともな息ができるようになって、呼吸が整った後震える腰のまま頭を振った。ただ、内臓を押し上げられているだけなら吐き気はさほどではない。
「じゃあ、このまましばらくいよっか。こんなに腰を震わせて初めて中で気持ち良くなってるんだから、忘れて欲しくないし」
 男はうっとりとした声で蒼葉の背中にキスを落とす。片手は腰を抱き上げて、片手は直腸に指を深く埋めたまま動かさない。じんわりとした感覚が蒼葉の中に広がって、直腸の一点を押されていることが快感に結びついていく。勝手に震える腰の方が本能で快感を受け取っていて、遅れて脳みそが快感と認知する。
「──やっ……あ。やだ。気持ちいい。やだっ」
「蒼葉。気持ちいいことは悪くないよ」
「やだよそんなとこっ! 気持ちいいなんてやだっ! やだっ、抜いて! やめて、おかしくなるからやめろっ」
 腰を抱かれて、尻に指を埋められてろくな身動きが取れない蒼葉は枕を強く抱き締めて叫ぶしかできない。なのに、蒼葉の意思に反して指を埋められて押し上げられた内臓は未知の快感に震えて溢れてしまいそうで恐ろしい。
「大丈夫。蒼葉。怖くないよ。気持ちよくなるだけ」
 ぎゅっと腰を抱いた腕を強くされて背中に柔いキスを落とされると蒼葉の中の許容が溢れて、腰がおかしいくらいに震えて下半身の力が抜けた。頭の中が真っ白になって、なにかが書き替えられた。ぐったりと全身の力が抜けたまま、男の腕に身を任せていると耳元にキスが触れて反射的に蒼葉は震えた。不意打ちで性感帯に触れられたような感覚がして、声にならない音が喉から鳴る。
「蒼葉。ここでしょ? ここ、気持ちよかったんだよね」
 ゆるりと直腸のその部分を撫でられて蒼葉は悲鳴に似た声を上げる。いまは明確にそこが気持ちいいとわかる。けれど、内臓と呼ぶべき場所に快感を感じている自分をまだ理解しきれない。
「忘れないように、もっと気持ちよくなろうか」
「や、だ……」
 思わず零れた掠れた声には常識を外れた場所で感じる理性が残っていた。ただ犯されるならその方がよかった。なにも感じない穴になっていれば自分を少しは守れた。吐精は生理的現象とまだ言い訳ができた。けれど、直腸の中ではそんな言い訳が効かない。蒼葉が自分で快楽として感覚を拾ってしまった。
「嫌じゃないよ。上手にできるようになろうねって言ったでしょ。それは吐かなくなることだけじゃないよ。蒼葉も気持ちよくなるようになれるようにってことだよ」
「やだっ! 気持ちよくなんてないっ……」
「そうかな」
 ゆるゆると男の指が蒼葉の直腸内部を撫でていく。とても敏感になった場所にそっと触れられても感度が上がっているのと同じく、蒼葉は抗えない。あられもない声を上げてすぐに腰が震えてしまう。
「や。あ…….あ」
 情けない声がいくつも零れて蒼葉は泣いてしまいたい気持ちになった。感情と感覚が乖離しすぎている。快楽を認めたくない感情の方がまだ強い。躰の方が陥落が早いけれど、感情はまだ意地を張っている。この男の手で吐精以外の快楽を受け取ることなど、まだ蒼葉は許せなかった。
 けれど、ゆっくりとした動きで感覚を叩きこむように触れる男の指の動きに蒼葉は次第に混濁していく。感情を置き去りにして躰が勝手に感じてしまう。口をつく言葉が感情より本能に引っ張られる。
「やだっ……あ、や。やぁっ……そこっ、おかしくなるっ! 気持ちよくておかしくなるからっ……」
「おかしくなっちゃうから、どうしてほしいの?」
「いいっ……! 気持ちいいからっ……もっと! ちゃんとイカせろよっ」
 その言葉を吐いた瞬間、蒼葉は一瞬だけ正気に戻った。なにを言ったのかと考えたが、それはほんの一瞬だけで、躰の快感にすぐ飲み込まれてしまった。
「いいよ。もっとあげるから、ぼくの指でちゃんと中イキしてね、蒼葉」
 くすくすと笑うような気配が背中に触れた。
 言葉が脳裏に焼き付く。
 けれど躰はもう手遅れで男の指に簡単に操られて反応して達する。直腸で。内臓で。性感帯でもない場所で。
 訳が分からない知らない快感が全身を襲って躰が緊張した後、震えがきて蒼葉は男の手に完全に落ちた。間を開けずに挿入されても、ただ不快感と違和感しかなかったいままでが嘘のように、蒼葉の感情だけを置き去りに腹の中を描き回される全てが快感に変わった。男が蒼葉の奥深くに吐精した時も体が震えておかしいのに、引き抜かれると謎の喪失感を味わう。喪失感を埋めるために、口にねじ込まれた汚れた陰茎を無意識に丁寧に舐め上げた。ねじ込まれた陰茎に汚物がほぼついていないことに蒼葉は気付いていない。
 その夜は行為の後にも一緒に風呂に浸かった。蒼葉はまだ呆然としたままで、男に導かれるままだ。対面して入っていた湯船に後ろから抱かれて入っていても違和感に気付かない。
「蒼葉。今日はとても上手にできたね。いい子だね」
 青葉を後ろから抱いた男は柔い声で頭を撫でながら言う。
「苦しくて泣きそうな顔も可愛いけど、やっぱり気持ちいい顔を見せてくれると嬉しいな」
「……なにがなんだか、わかんない……」
「ここで気持ちよくなって、イッたの覚えてない?」
 背中から抱いた男の手が蒼葉の腹を撫でて臍の下をとんとんと叩いた。その感覚で蒼葉はびくりと震えた。腹の上から叩かれているのに、内臓まで響いたようで先ほどの快感が呼び覚まされる。そこは空虚で当たり前なはずなのに、満たされていないことが心許ないと思う。
「知らない。覚えてない」
 ふるりと身震いした蒼葉は硬い声で強がりを言った。男は片手で蒼葉を抱いて腹を撫でながら耳元で囁く。
「いいよ、知らなくても覚えてなくても。でも、ぼくのことを初めて名前で呼んだことは忘れないで」
 そんなことも呆然と混乱したままの蒼葉は覚えていない。けれど、腹を撫でられて快楽に引き戻されるよりも、どうでもよさそうなことが心に棘のように刺さって抜けなかった。
 されるがままに躰を拭かれて、清潔なシーツに変えたベッドに戻されると蒼葉は毎夜同じく薬を与えられた。最初の夜以外は薬を口に入れた後、男が水を口移ししている。吐き出さないための行為だと蒼葉は勝手に解釈していた。頭の片隅で、違うかもしれないと思う。それから、何を飲まされているのかという疑問。
 明かりが落ちると蒼葉はすぐに眠ってしまう。男は蒼葉が眠るまでいつも様子をみているようだ。枕に肘をついて、背中を抱くのも同じ。
 なにがどうなったのかわからない。自分の心境の変化さえまだ把握できていない。
 けれど、蒼葉は寝返りを打って男に背を向けずに対面して躰を丸くした。顔も上げずに俯いて、小さくなったまま、それでも背中を抱かれているよりは気持ちが落ち着きそうだと思った。

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