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3・混沌恐怖
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二度嘔吐して息も絶え絶えになっている蒼葉を男は風呂に連れていき、汚れを流して再び歯磨きまで施した。この男はそんな手間をかけてまでなぜ自分を監禁しているのだろうかと、されるがままぼんやりとした蒼葉は不思議に思う。蒼葉には男のことがなにも理解できない。嘔吐を伴うようなセックスをしたかと思うと、その後始末を甲斐甲斐しくする。食事の時も蒼葉の嘔吐を予測していた。そんなめんどくさいことをしてまで蒼葉を監禁する意味がわからない。
歯を磨いた後、洗面所のスツールに座っているように言われ、蒼葉はぼんやりとしていた。なにも抵抗する気力がなかった。二度の嘔吐は体力と気力を削ぐ。男に犯されただけならまだ気力は残っていたかもしれない。
ぼんやりとしていると男がシーツを纏めて洗濯機に放り込んで、蒼葉を連れてベッドに戻った。ほんのりと消臭剤の匂いがして、吐瀉物の匂いが誤魔化されていた。窓は粘土で塞いでしまっているから換気は不可能で、消臭スプレーが精一杯の対策なのかと頭の遠いところで考える。
布団をかける前に男は蒼葉に錠剤をひとつ与えた。もうなんの薬であるのか問う気も蒼葉にはない。言われたままに飲み込んだ。歯を磨いたばかりで水なしでも飲み込むことに苦労はない。
明かりを消されて当然のように一つのベッドに横になる。二人で横になっても窮屈ではないサイズのベッドだったのかと今更、蒼葉は気付いた。二人用のベッドは単純に快適に眠るためか、以前は一緒に眠る誰かがいたのかと疑問が浮かんだが、すぐに煙のように消えてなくなった。
男は蒼葉を後ろから抱いて枕に肘をついていた。
「もう大丈夫だよ。おやすみ、蒼葉」
暗闇の中で男が穏やかに言う。
なにひとつ大丈夫ではなかったが、唾液や精液、吐瀉物に汚れた躰も精液と排泄物に汚れた口の中も清められて少しは蒼葉もほっとしていた。疲労感と虚脱感に抗えずに蒼葉は男の腕の中で瞼を伏せると、あっという間に眠った。
目が覚めても蒼葉に起き上がる気力はなかった。昨晩のセックスで躰が重い。単純な疲労感よりも気力の方が大きく削られていて、目を覚ましてしまったことに絶望した。そのままずっと眠っていたかった。隣にいたはずの男は机の椅子にゆったり腰かけてなにか本を読んでいる。窓の外は陽が高くて朝をとうに過ぎていることがわかった。
このままずっと変わらない小さな部屋の景色を見続けるのかと思うとなにをする気にもならない。外の空気を吸うこともなく、限られた範囲の自由しかなく、手足は拘束されたまま昨晩のセックスで蒼葉は逃げようと考えることも虚しく感じた。
逃げられたと仮定する。もしくは蒼葉の行方不明が判明して警察がこの男を特定して乗り込んでくると仮定する。そうなると警察から何らかの事情聴取をされることは免れない。監禁された経緯は不明だと言っても、その間に起こったことを言わなければ男の罪は深く問えない。男に強姦されたと言わなければ、蒼葉は男の罪を訴えられない。
──男に強姦された。男の蒼葉が。
強姦自体、女でも屈辱的なことは変わりない。だから、性犯罪は表に出にくい。泣き寝入りする女も多いと蒼葉も知っている。
逃げたとしても、事情聴取などされたくない。昨日のことでさえおぞましいのに、どこまで続くかわからない監禁生活になにがあるのかわからない。もっと変態的な行為を強要されるかもしれない。そんなことを説明しろと言われても無理だ。だからと言って、男が法的に拘束されなければ蒼葉が安心して生活できる世界などない。
拘束された両手で掛け布団を引き上げて頭まで被ると、蒼葉は丸くなって頭を抱えた。
つい一昨日までは普通の学生だった。世界は勝手に急変する。逃げたとしても蒼葉が男に強姦された事実は消えない。
「蒼葉。起きたのかい?」
布団を被って丸くなったベッドの気配に気付いたのか、ぱたんと本を閉じる音が聞こえた。足音がベッドに近づいて軋むと布団の上から撫でる手に鳥肌が立って、躰が震えた。
「よく眠っていたね。喉乾いてないかい? お腹は?」
布団の下で蒼葉が頭を抱えていることなどわかっているだろうに、男は構わずに同居する相手か恋人に対するようなことを言う。蒼葉は頭を振って男の問いかけに拒否を示した。
「そっか。じゃあ、欲しくなったら言ってくれてもいいし、自分で好きにしてもいいからね」
男はそう言うと蒼葉の頭を撫でてからあっさりベッドを離れていった。ぎし、と椅子が軋んだ音がして紙が捲れる音がする。男は読書に戻ったのだろう。
男が離れていったことに蒼葉はほっとして、そのまま布団の中で丸くなっていた。
もうなにも考えたくない。この先のことを少しでも考えると絶望しかない。どう足掻いてみても、蒼葉が元の生活に戻れる道はなさそうだ。ならば思考を放棄した方がまだ楽だった。
どれだけ時間が経ったのかわからなくなった頃に蒼葉は腹痛に見舞われた。昨日一日、食事らしいものを口にしていないのに腹が痛い。しかも感じた痛みは腹を下した時と同じ系統の痛みだ。我慢してやり過ごせるものではなく、トイレに行かなければと痛みの種類で理解する。
強姦されて嘔吐の醜態を晒しても、自分でいける範囲のところにトイレがあるのにこのまま垂れ流す醜態など重ねたくない。蒼葉は布団を除けてよろよろとベッドを降りるとトイレに向かった。男は蒼葉の様子を特に気にした風でもなかった。
トイレにこもると、下痢のような水便が出た。
腹を下す原因を考えることもなく、流してしまうと蒼葉はしばらくそのまま座り込んでいた。同じ空間に男がいないことが安心する。ほんのわずかの時間でも解放された気がする。例えトイレだろうとなんでもいい。
腹痛から解放されるまで蒼葉はトイレにこもって、何度か水便を出しては流すを繰り返した後、長いことぼんやりとしてから気が重いまま腰を上げた。拘束された両手では尻が拭けないと気付いて、風呂のシャワーで流して脱衣所にあるタオルを勝手に使って拭いた。
男は好きにしていいと言ったはずだ、と蒼葉はぼんやり思い出すと居室には戻らずにキッチンの椅子に座ってテーブルに突っ伏した。日当たりのいい居室より陽射しが弱いキッチンは少しひんやりとする。冷えたテーブルに頬を付けていると気持ちよかった。全裸で両手と足が拘束されていなければそんなことに気持ちよさも感じなかっただろう。ただ、男が視界にいないだけで蒼葉のストレスは緩和される。
しばらくテーブルに突っ伏したままでいると、隣の居室から男が蒼葉の様子を見に来たようだった。足音がして蒼葉の様子を見て一度とまったかと思うと、数歩歩いて冷蔵庫の開閉音がした。グラスに何かを注ぐ水音がして、蒼葉の前にことんと物音がしてから頭が撫でられる。
「蒼葉。お腹壊したでしょ。ちゃんと水飲んで」
頭上から男に言われても蒼葉は突っ伏したまま頭を振って拒否した。
「駄目。水分はちゃんととらないと、脱水にだってなるから飲んで」
男は語調を少し強めて重ねて蒼葉に言った。
拘束して監禁しているくせに男は蒼葉を気遣う。それが蒼葉にはなんの為か理解できない。理解できないものは怖い。そして、この理不尽に腹が立つ。
「うるさいな! ほっとけよ!」
怒らせないように従っていた方が懸命だという理性に恐怖と理不尽が上回った瞬間、蒼葉は怒鳴って目の前に置かれたグラスを拘束された両手で横殴りにした。がしゃんとガラスが割れる音がして耳障りだ。
なぜこの男の言うことに従って、犯されなければならないのか。
蒼葉は全てが理不尽で、いっそうのことただの怨恨で殺されていた方がましだと思う。理由もわからないまま拘束監禁されて男の性欲処理の道具にされるくらいならば、明確な殺意の方が理解できる。
「なんで俺なんだよ! おまえ誰だよ、知らねえよ!」
怒りにまかせて怒鳴り散らすと、蒼葉はぜいぜいと肩で息をした。蒼葉が飛ばしたグラスは一度男に当たってから床に落ちたのか、男の服が濡れていた。けれど、少し悲しそうな顔をしているだけで男の穏やかさは変わらない。それが蒼葉を余計に恐怖させる。
「ほっといたらハンストされて蒼葉が死んでしまうから、放っておけない。水だけでも飲まないと、人間は簡単に死んじゃうよ」
男は静かに言って、出したままのペットボトルから水を口に含んで、片手で蒼葉の口をこじ開けて指で舌を押さえつけた。そのまま口移しに水を与えられる。舌を押さえられているから吐き出すこともできずに、飲み下すしかなかった。
「こうして口移しで水も栄養のあるものも全部与えられる方が蒼葉はいいのかな。ぼくはもちろんめんどくさくないし、そのくらいのこと全然するよ」
そう言いながら男は二口目の水を蒼葉に与えた。口に指を突っ込まれて舌を押さえられた蒼葉には抵抗ができない。三口目の水を与えてから、男はようやく蒼葉の口から指を引き抜いた。
「ぼくが誰かって言ったね。ぼくは旭だよ。蒼葉は覚えてないかもしれないけれど、面識だってあった。なんで蒼葉なのかって言ったね。簡単じゃないか。ぼくが蒼葉を好きだからだよ」
強引な行動からは微塵も感じさせない穏やかさのままで男は告白する。好きだと言いながら、蒼葉を拘束して監禁している。
何が恐ろしいのか蒼葉はわかったような気がした。常識が通じない。狂っているという単語が蒼葉の頭を掠めた。好きだから、拘束監禁して犯す。常識であればその行動はない。男は当然のように蒼葉を好きだと言った。まるで何度も繰り返した睦言のように。男にとってはその好意は前提条件で共通認識なのかもしれない。
「……イカれてる……」
「蒼葉が一緒にいてくれるなら、ぼくがイカれてようとなんでもいいよ」
にこりと男は笑う。
「それで、蒼葉は食べ物も飲み物も全部ぼくに口移しされたいの?」
「嫌だ」
「自分でできるんだ。いい子だね」
男は蒼葉をゆるりと撫でて頬にキスをして離れた。触れる手にもなにもかも嫌悪感しかないが、蒼葉にはそれをいちいち振り払う気力がない。蒼葉が抵抗しようと怒ろうと男は顔色さえ大して変えない。穏やかさが崩れない。反抗的な言葉にさえ子どもを褒めるような言葉を返してくる。
床に散った割れたグラスの処理をしている男を見ながら蒼葉は混乱していた。
青葉が暴れれば後処理を男が黙ってする。なのに、蒼葉は少しも男に対して優位性を持たない。拘束されろくな自由もない。目に見えないものに抑圧されている。
その夜も次の夜も、蒼葉は男に犯されて嘔吐した。無感情に挿入されても穴扱いされていると思えば屈辱も薄らいだが、喉奥まで陰茎をねじ込まれ吐精されるのと行為のあとの陰茎をねじ込まれるのだけは我慢しきれなかった。
歯を磨いた後、洗面所のスツールに座っているように言われ、蒼葉はぼんやりとしていた。なにも抵抗する気力がなかった。二度の嘔吐は体力と気力を削ぐ。男に犯されただけならまだ気力は残っていたかもしれない。
ぼんやりとしていると男がシーツを纏めて洗濯機に放り込んで、蒼葉を連れてベッドに戻った。ほんのりと消臭剤の匂いがして、吐瀉物の匂いが誤魔化されていた。窓は粘土で塞いでしまっているから換気は不可能で、消臭スプレーが精一杯の対策なのかと頭の遠いところで考える。
布団をかける前に男は蒼葉に錠剤をひとつ与えた。もうなんの薬であるのか問う気も蒼葉にはない。言われたままに飲み込んだ。歯を磨いたばかりで水なしでも飲み込むことに苦労はない。
明かりを消されて当然のように一つのベッドに横になる。二人で横になっても窮屈ではないサイズのベッドだったのかと今更、蒼葉は気付いた。二人用のベッドは単純に快適に眠るためか、以前は一緒に眠る誰かがいたのかと疑問が浮かんだが、すぐに煙のように消えてなくなった。
男は蒼葉を後ろから抱いて枕に肘をついていた。
「もう大丈夫だよ。おやすみ、蒼葉」
暗闇の中で男が穏やかに言う。
なにひとつ大丈夫ではなかったが、唾液や精液、吐瀉物に汚れた躰も精液と排泄物に汚れた口の中も清められて少しは蒼葉もほっとしていた。疲労感と虚脱感に抗えずに蒼葉は男の腕の中で瞼を伏せると、あっという間に眠った。
目が覚めても蒼葉に起き上がる気力はなかった。昨晩のセックスで躰が重い。単純な疲労感よりも気力の方が大きく削られていて、目を覚ましてしまったことに絶望した。そのままずっと眠っていたかった。隣にいたはずの男は机の椅子にゆったり腰かけてなにか本を読んでいる。窓の外は陽が高くて朝をとうに過ぎていることがわかった。
このままずっと変わらない小さな部屋の景色を見続けるのかと思うとなにをする気にもならない。外の空気を吸うこともなく、限られた範囲の自由しかなく、手足は拘束されたまま昨晩のセックスで蒼葉は逃げようと考えることも虚しく感じた。
逃げられたと仮定する。もしくは蒼葉の行方不明が判明して警察がこの男を特定して乗り込んでくると仮定する。そうなると警察から何らかの事情聴取をされることは免れない。監禁された経緯は不明だと言っても、その間に起こったことを言わなければ男の罪は深く問えない。男に強姦されたと言わなければ、蒼葉は男の罪を訴えられない。
──男に強姦された。男の蒼葉が。
強姦自体、女でも屈辱的なことは変わりない。だから、性犯罪は表に出にくい。泣き寝入りする女も多いと蒼葉も知っている。
逃げたとしても、事情聴取などされたくない。昨日のことでさえおぞましいのに、どこまで続くかわからない監禁生活になにがあるのかわからない。もっと変態的な行為を強要されるかもしれない。そんなことを説明しろと言われても無理だ。だからと言って、男が法的に拘束されなければ蒼葉が安心して生活できる世界などない。
拘束された両手で掛け布団を引き上げて頭まで被ると、蒼葉は丸くなって頭を抱えた。
つい一昨日までは普通の学生だった。世界は勝手に急変する。逃げたとしても蒼葉が男に強姦された事実は消えない。
「蒼葉。起きたのかい?」
布団を被って丸くなったベッドの気配に気付いたのか、ぱたんと本を閉じる音が聞こえた。足音がベッドに近づいて軋むと布団の上から撫でる手に鳥肌が立って、躰が震えた。
「よく眠っていたね。喉乾いてないかい? お腹は?」
布団の下で蒼葉が頭を抱えていることなどわかっているだろうに、男は構わずに同居する相手か恋人に対するようなことを言う。蒼葉は頭を振って男の問いかけに拒否を示した。
「そっか。じゃあ、欲しくなったら言ってくれてもいいし、自分で好きにしてもいいからね」
男はそう言うと蒼葉の頭を撫でてからあっさりベッドを離れていった。ぎし、と椅子が軋んだ音がして紙が捲れる音がする。男は読書に戻ったのだろう。
男が離れていったことに蒼葉はほっとして、そのまま布団の中で丸くなっていた。
もうなにも考えたくない。この先のことを少しでも考えると絶望しかない。どう足掻いてみても、蒼葉が元の生活に戻れる道はなさそうだ。ならば思考を放棄した方がまだ楽だった。
どれだけ時間が経ったのかわからなくなった頃に蒼葉は腹痛に見舞われた。昨日一日、食事らしいものを口にしていないのに腹が痛い。しかも感じた痛みは腹を下した時と同じ系統の痛みだ。我慢してやり過ごせるものではなく、トイレに行かなければと痛みの種類で理解する。
強姦されて嘔吐の醜態を晒しても、自分でいける範囲のところにトイレがあるのにこのまま垂れ流す醜態など重ねたくない。蒼葉は布団を除けてよろよろとベッドを降りるとトイレに向かった。男は蒼葉の様子を特に気にした風でもなかった。
トイレにこもると、下痢のような水便が出た。
腹を下す原因を考えることもなく、流してしまうと蒼葉はしばらくそのまま座り込んでいた。同じ空間に男がいないことが安心する。ほんのわずかの時間でも解放された気がする。例えトイレだろうとなんでもいい。
腹痛から解放されるまで蒼葉はトイレにこもって、何度か水便を出しては流すを繰り返した後、長いことぼんやりとしてから気が重いまま腰を上げた。拘束された両手では尻が拭けないと気付いて、風呂のシャワーで流して脱衣所にあるタオルを勝手に使って拭いた。
男は好きにしていいと言ったはずだ、と蒼葉はぼんやり思い出すと居室には戻らずにキッチンの椅子に座ってテーブルに突っ伏した。日当たりのいい居室より陽射しが弱いキッチンは少しひんやりとする。冷えたテーブルに頬を付けていると気持ちよかった。全裸で両手と足が拘束されていなければそんなことに気持ちよさも感じなかっただろう。ただ、男が視界にいないだけで蒼葉のストレスは緩和される。
しばらくテーブルに突っ伏したままでいると、隣の居室から男が蒼葉の様子を見に来たようだった。足音がして蒼葉の様子を見て一度とまったかと思うと、数歩歩いて冷蔵庫の開閉音がした。グラスに何かを注ぐ水音がして、蒼葉の前にことんと物音がしてから頭が撫でられる。
「蒼葉。お腹壊したでしょ。ちゃんと水飲んで」
頭上から男に言われても蒼葉は突っ伏したまま頭を振って拒否した。
「駄目。水分はちゃんととらないと、脱水にだってなるから飲んで」
男は語調を少し強めて重ねて蒼葉に言った。
拘束して監禁しているくせに男は蒼葉を気遣う。それが蒼葉にはなんの為か理解できない。理解できないものは怖い。そして、この理不尽に腹が立つ。
「うるさいな! ほっとけよ!」
怒らせないように従っていた方が懸命だという理性に恐怖と理不尽が上回った瞬間、蒼葉は怒鳴って目の前に置かれたグラスを拘束された両手で横殴りにした。がしゃんとガラスが割れる音がして耳障りだ。
なぜこの男の言うことに従って、犯されなければならないのか。
蒼葉は全てが理不尽で、いっそうのことただの怨恨で殺されていた方がましだと思う。理由もわからないまま拘束監禁されて男の性欲処理の道具にされるくらいならば、明確な殺意の方が理解できる。
「なんで俺なんだよ! おまえ誰だよ、知らねえよ!」
怒りにまかせて怒鳴り散らすと、蒼葉はぜいぜいと肩で息をした。蒼葉が飛ばしたグラスは一度男に当たってから床に落ちたのか、男の服が濡れていた。けれど、少し悲しそうな顔をしているだけで男の穏やかさは変わらない。それが蒼葉を余計に恐怖させる。
「ほっといたらハンストされて蒼葉が死んでしまうから、放っておけない。水だけでも飲まないと、人間は簡単に死んじゃうよ」
男は静かに言って、出したままのペットボトルから水を口に含んで、片手で蒼葉の口をこじ開けて指で舌を押さえつけた。そのまま口移しに水を与えられる。舌を押さえられているから吐き出すこともできずに、飲み下すしかなかった。
「こうして口移しで水も栄養のあるものも全部与えられる方が蒼葉はいいのかな。ぼくはもちろんめんどくさくないし、そのくらいのこと全然するよ」
そう言いながら男は二口目の水を蒼葉に与えた。口に指を突っ込まれて舌を押さえられた蒼葉には抵抗ができない。三口目の水を与えてから、男はようやく蒼葉の口から指を引き抜いた。
「ぼくが誰かって言ったね。ぼくは旭だよ。蒼葉は覚えてないかもしれないけれど、面識だってあった。なんで蒼葉なのかって言ったね。簡単じゃないか。ぼくが蒼葉を好きだからだよ」
強引な行動からは微塵も感じさせない穏やかさのままで男は告白する。好きだと言いながら、蒼葉を拘束して監禁している。
何が恐ろしいのか蒼葉はわかったような気がした。常識が通じない。狂っているという単語が蒼葉の頭を掠めた。好きだから、拘束監禁して犯す。常識であればその行動はない。男は当然のように蒼葉を好きだと言った。まるで何度も繰り返した睦言のように。男にとってはその好意は前提条件で共通認識なのかもしれない。
「……イカれてる……」
「蒼葉が一緒にいてくれるなら、ぼくがイカれてようとなんでもいいよ」
にこりと男は笑う。
「それで、蒼葉は食べ物も飲み物も全部ぼくに口移しされたいの?」
「嫌だ」
「自分でできるんだ。いい子だね」
男は蒼葉をゆるりと撫でて頬にキスをして離れた。触れる手にもなにもかも嫌悪感しかないが、蒼葉にはそれをいちいち振り払う気力がない。蒼葉が抵抗しようと怒ろうと男は顔色さえ大して変えない。穏やかさが崩れない。反抗的な言葉にさえ子どもを褒めるような言葉を返してくる。
床に散った割れたグラスの処理をしている男を見ながら蒼葉は混乱していた。
青葉が暴れれば後処理を男が黙ってする。なのに、蒼葉は少しも男に対して優位性を持たない。拘束されろくな自由もない。目に見えないものに抑圧されている。
その夜も次の夜も、蒼葉は男に犯されて嘔吐した。無感情に挿入されても穴扱いされていると思えば屈辱も薄らいだが、喉奥まで陰茎をねじ込まれ吐精されるのと行為のあとの陰茎をねじ込まれるのだけは我慢しきれなかった。
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