50 / 56
当たり前
しおりを挟む
車窓に映る数々の景色を、清らかな心で眺めていた。ガタンゴトンと揺れる車内は遠い昔に乗った木馬を思い出させる。
誕生日に、家具屋の池田さんから父が買ったドイツ製の木馬。これはドイツ製だから高かったんだぞと自慢げに話す父の顔の隣で、なぜこんなものを買ったのかと少しばかり呆れているが微笑んでいる母の顔が鮮明に浮かんだ。そして、嬉しそうに遊ぶ俺も。
ただ揺れるだけの木馬に熱中していた幼い頃。あの何の不安もない、毎日が永遠に続くようなあの感覚。当たり前のように起き、当たり前のように食べ、当たり前のように遊び、当たり前のように寝るあの感覚。いつしか忘れたあの感覚を少しばかり思い出した。
なぜ、今更思い出したのだろうか?幼い頃の当たり前の感覚と死ぬことが当たり前の今日日の感覚が脳内で混じり合い、混乱しているのだろうか?
わからないが、ただ涙が溢れていた。
俺は日本男児として情けない。きっとこの涙は死への恐怖に対するものだ。
破れかけたポケットから手拭を取り出した。晴子さんからもらったこの手拭で涙を拭くと、余計に溢れてきた。見送りに来てくれた晴子さんの笑顔。必死に涙を堪え、笑ってくれていたその姿が切なくて、愛おしくて、悔しかった。
今日、俺は西へ向かい、晴子さんは北へ向かった。
「どうしたんだ、そんな顔して」
次郎は汽車に乗り込むと早々に俺を見つけては話しかけてきた。彼は昨日、今日の二日間非番だったらしい。
「別に何も」
「嘘言え、お前の顔に全て書いてあるぞ」
「なんて書いてあるんだ?」
ひとときの間の後、次郎は言った。
「決意」
「次郎はどうなんだ?」
「お前と一緒さ」
「ダメだ。お前は生き延びて身寄りの無い子供達を育ててやってくれ。この戦争で親のない子がたくさん生まれるはずだ」
「それを言うならお前が生き延びろ。新婚だろ?夫のいない妻はどうなる?それに、俺は天涯孤独の身だ。生きようが死のうが誰も困りはしない」
「お前の方が多くの子供達を救える。子供達を救う事は未来の日本を救うことに繋がるんや。子供達無くして未来はない。その子供達が露頭に迷い、死んでいく事に俺は耐えられない。俺の妻は強い、大丈夫だ」
基地に着くまでお前が生きろの言い合いだった。
「帰ってきたな」
「ああ」
門を潜ると部下達に声をかけられた。
「お久しぶりです隊長。お怪我の方は大丈夫ですか?」
「おう、完璧に治った。菊池はどうだ?」
「おかげさまで完治致しました」
そう言うと被弾した足をテキパキと動かしていた。
「それは良かった。確か岡本は休暇だったよな、ゆっくり休めたか?」
俺の質問に岡本は薄暗い顔で答えた。
「家族も先祖代々守ってきた家も何もかも無くしました」
しまった……
「そ、そうか。すまないな」
「いえ」
力のない敬礼をした後、岡本は部屋へ消えていった。
彼は俺が不時着したあの空襲で何もかも失っていた。そのことを俺は知らなかった。すまないと言った俺に対して、そんなの皆んな同じだと言わんばかりの視線がいくつか向けられた。
皆、何もかも失っていると。
誕生日に、家具屋の池田さんから父が買ったドイツ製の木馬。これはドイツ製だから高かったんだぞと自慢げに話す父の顔の隣で、なぜこんなものを買ったのかと少しばかり呆れているが微笑んでいる母の顔が鮮明に浮かんだ。そして、嬉しそうに遊ぶ俺も。
ただ揺れるだけの木馬に熱中していた幼い頃。あの何の不安もない、毎日が永遠に続くようなあの感覚。当たり前のように起き、当たり前のように食べ、当たり前のように遊び、当たり前のように寝るあの感覚。いつしか忘れたあの感覚を少しばかり思い出した。
なぜ、今更思い出したのだろうか?幼い頃の当たり前の感覚と死ぬことが当たり前の今日日の感覚が脳内で混じり合い、混乱しているのだろうか?
わからないが、ただ涙が溢れていた。
俺は日本男児として情けない。きっとこの涙は死への恐怖に対するものだ。
破れかけたポケットから手拭を取り出した。晴子さんからもらったこの手拭で涙を拭くと、余計に溢れてきた。見送りに来てくれた晴子さんの笑顔。必死に涙を堪え、笑ってくれていたその姿が切なくて、愛おしくて、悔しかった。
今日、俺は西へ向かい、晴子さんは北へ向かった。
「どうしたんだ、そんな顔して」
次郎は汽車に乗り込むと早々に俺を見つけては話しかけてきた。彼は昨日、今日の二日間非番だったらしい。
「別に何も」
「嘘言え、お前の顔に全て書いてあるぞ」
「なんて書いてあるんだ?」
ひとときの間の後、次郎は言った。
「決意」
「次郎はどうなんだ?」
「お前と一緒さ」
「ダメだ。お前は生き延びて身寄りの無い子供達を育ててやってくれ。この戦争で親のない子がたくさん生まれるはずだ」
「それを言うならお前が生き延びろ。新婚だろ?夫のいない妻はどうなる?それに、俺は天涯孤独の身だ。生きようが死のうが誰も困りはしない」
「お前の方が多くの子供達を救える。子供達を救う事は未来の日本を救うことに繋がるんや。子供達無くして未来はない。その子供達が露頭に迷い、死んでいく事に俺は耐えられない。俺の妻は強い、大丈夫だ」
基地に着くまでお前が生きろの言い合いだった。
「帰ってきたな」
「ああ」
門を潜ると部下達に声をかけられた。
「お久しぶりです隊長。お怪我の方は大丈夫ですか?」
「おう、完璧に治った。菊池はどうだ?」
「おかげさまで完治致しました」
そう言うと被弾した足をテキパキと動かしていた。
「それは良かった。確か岡本は休暇だったよな、ゆっくり休めたか?」
俺の質問に岡本は薄暗い顔で答えた。
「家族も先祖代々守ってきた家も何もかも無くしました」
しまった……
「そ、そうか。すまないな」
「いえ」
力のない敬礼をした後、岡本は部屋へ消えていった。
彼は俺が不時着したあの空襲で何もかも失っていた。そのことを俺は知らなかった。すまないと言った俺に対して、そんなの皆んな同じだと言わんばかりの視線がいくつか向けられた。
皆、何もかも失っていると。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。
タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

艨艟の凱歌―高速戦艦『大和』―
芥流水
歴史・時代
このままでは、帝国海軍は合衆国と開戦した場合、勝ち目はない!
そう考えた松田千秋少佐は、前代未聞の18インチ砲を装備する戦艦の建造を提案する。
真珠湾攻撃が行われなかった世界で、日米間の戦争が勃発!米海軍が押し寄せる中、戦艦『大和』率いる連合艦隊が出撃する。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる